俳人の皆様に謝罪しろ

「私から一句です! 実るほど頭が下がるチ〇ポかな」

「詠んだ人に謝れ」

「無茶な身体改造を繰り返した結果ホルモンバランス等が崩れ、能力と引き換えに不能になっていく戦闘員の悲哀を詠んでる歌ですね。犬の割には頑張りました。80点」

「季語は何だよ」

「性欲の秋って言いますよ!」

「言わねえよ!」


 あくる日の夜、カウンターのドエムアサルトとアヤメちゃんは夜食用の合成された棒状の何かをつまんでいた。俺から見ると汚い緑色で不味そうなのだが、シゲヒラ議員曰く完璧な比率で配合された売り切れ必至の神食らしい。マジでよく分からなかったが、まあ折角ということで注文したら飛ぶように売れる売れる。……ってか売り切れ必至なのにどうやって入手したんだ変態議員のやつ。


 他の客についてはシゲヒラ議員が対応してくれており、勝手に酒を倉庫からとり出して注いでくれている。……汚職とかするんじゃないか、って睨んでいたんだけど正確に管理された帳簿を渡されておったまげたのは内緒だ。マジで誠実に仕事してくれるんだよなこいつ。


「店員ちゃん可愛いねえ」

「嬉しいのじゃ! でも割引はないのじゃ!」


 まあ自分の能力を発揮できるし、安全は(多分)保証されるしでまあ頑張りたくなるのは分からないでもないけど。そんな素晴らしい店員が頑張る一方で、クソドM女は大声で下ネタを叫んでいるのであった。防音設備で本当に良かった。


「さて次はマスターが詠む番ですよ」

「ちょっと待て何だこの俳句バトルは」


 ドエムアサルトは自信満々にその胸を張り、ジャッジを務めるアヤメちゃんは嫌な笑みを浮かべる。ってかドエムアサルトの野郎最近やけに露出の多い服を着てやがるから目に毒なんだよな。今着てるのもやたらと色んな所が開放されたスーツみたいな感じだし。全裸の時は変態さの方が際立っていたが、こうなるとちょっと流れが変わってくる。


 ドエムアサルトのちょっと汗ばんだ谷間に向かう視線がアヤメちゃんに気付かれたらしく、凄くジトっとした目で睨まれてしまう。慌てて俺は話を逸らすことにした。


「さっきの点数付けてたやつは何なんだ?」

「『下ネタ俳句バトル』ですね」

「聞かなきゃよかった……」


 マジで知りたくない情報だった。しかもお嬢様から出てくる言葉がこれかよ。そう思って嘆息していたが、どうやら内情は異なるらしい。


「俳句はかなり昔の文化でとっつきにくいという理由から、近年では敬遠されていました。ですが下ネタを組み合わせバトルという形式をとることにより、昔の文化により親しみを持ってもらうことができるんです」

「うまい事言ってるけど出てくるのは冒頭の俳句だぞ!?」

「ええ、その性質上本歌取りをする歌が多いですね」


 う、そう言われると何か悪くない文化に思えてきた……。伝統に中指を突き立てることでおなじみこの暗黒街で、授業で習った懐かしいフレーズを聞けるのは悪くない。


 というかこの文化自体が実は先鋭化した反伝統・過剰な資本主義へのカウンター的な存在なのかもしれなかった。となると乗ってやるしかないのだろう、俺はため息をついて句を詠む。えっと、昔の俳句を改造すればいいんだろ? もうやけくそだ。


「古池や全裸飛び込む水の音」

「安価な身体改造に手を出した結果、パーツ不良による熱暴走等の異常が多発した人々の末路をよく表しています。しかし上品すぎますね、69点」

「もう訳が分からねえよ」


 そんな光景あるなんて知らねえよ、あとこれでドエムアサルトのドヘタな俳句に負けてるのマジで納得いかないんだが。ドエムアサルトはふふんと上機嫌になっている。うわ、あの顔凄く腹立つ。


「マジでどうでもいいバトルのくせに何か熱くなってきたぞ……!」

「お客様、空いたお皿をお下げしますのじゃ!」


 俺達がカスみたいな会話をしている横で、変態議員は丁寧な接客を続けている。もうこの店の名前、居酒屋『メス堕ち世襲議員』にした方がいいかもしれない。そろそろ真面目に接客技術とかクソ客のいなしかたとか教えてもらった方がいいな。あの変態が消えたらこの店終わるぞ。アルタード研究員に替えのメス堕ち世襲議員を用意してもらう必要が出るじゃねえか。


 そんなことを考えている横で、ドエムアサルトの奴は勝手に第二ラウンドを始めようとしていた。


「私が再び先行です! 鞭打てば マゾが鳴くなり 法隆寺」

「熱い法隆寺への風評被害やめろ」

「咳をしたら二人」

「分裂した!?」

「前者は自身の様子をよく表しています、75点。後者は人格分裂の様子を描いていますが描写不足ですし上品です、65点と連続攻撃補正で5点」

「補正システムあるの!?」


 本当に最悪な会話である。そんなバカげたことを話しているうちに背後の客は徐々に帰っていく。まあこの暗黒街を真夜中に歩くのは怖すぎる、早めに帰るのが正解だ。だがアヤメちゃんは全くそんな様子もなく、困っている俺を見てなまめかしい笑みを浮かべる。……下ネタを切るいい機会だし言っておいた方がいいか。


「すまんな、わざわざ」

「あら、気づいてたのですね」

「まあ毎晩わざわざ最後まで残ってたら気づくよ。……客に迷惑がかからないよう抑止力になってくれてたんだろ、この店を狙ってる集団から。牙頭組のご令嬢に流れ弾を当てるわけにはいかないからな」


 俺はちらり、と扉の外を見る。通常の視覚では捕捉できないほどの僅かな反射光は、そこに隠された監視カメラの存在を示している。つまり以前ハヤサカが言っていたトーキョー・バイオケミカル社の妙な動きとはこういうことだった。アヤメちゃんはあきれた様子でため息をつく。


「とんでもない無茶をする方がいるそうで」

「トーキョー・バイオケミカル社の派閥争いを上手く利用したんだったか。諸々のカードに加え、いざとなったら機密をばらまくぞという脅しも使える。本当に研究者か?」


よく頑張ったものである。俺と正面戦闘をする準備は十分、ということらしい。そしてその際に最も考えられるトラブルこそが、客が巻き込まれることだった。


「向こうの部隊にも話を通しています、他の客にも手を出すなと」

「それを頼もうと思っていたのに、言う前にやってくれるとは本当にいい女だよ、アヤメちゃんは」

「ではマゾ化で返していただけますでしょうか」

「性癖以外はな!」


 そう言っている背後で、遂に最後の客が店から出ていく。それを見て、アヤメちゃんは憂鬱そうなため息をついた。このまま彼女が帰ってしまえば、そのまま戦闘が始まってしまうだろう。アヤメちゃんは目を伏せながらぽつり、と呟いた。


「……いざという時のために、戦力を配置しております」

「過保護だなぁ」

「心配なのは、本心ですから。最強と呼ばれたとしてもそれは永遠とは限りません。おじ様が最強とはいっても、時と場合によっては」


 アヤメちゃんの懸念も分からないではない。彼女は身を乗り出し、俺の手を取る。その細い指は、アヤメちゃんがどこまでいってもまだ16歳の少女であることを示していた。


「おじ様が死んでしまったら私は……」


 それはアヤメちゃんの吐いた珍しい本心からの弱音であった。冗談で言うことはあってもここまで切実な声色なことは初めてだ。困ったなぁ、と顎を搔きながら俺は彼女を慰める。


「大丈夫だって、心配すんな。お前の親父さんを叩きのめした俺を信じろ。それに実は隠している力があと70個くらいあるんだ」


 そう言いながら俺はぽんぽん、と彼女の頭をなでる。……やべ、反射的にやっちゃたけどこれって21世紀でもセクハラなんだっけ。いやだぞ戦闘前に警察にお世話になっちまうの。その方が安全かもしれないけれど。


アヤメちゃんは少し安心したような表情になり、目を閉じた。


「このまま接着します」

「なでる事しかできなくなっちゃう!」







◇◇◇◇






 アヤメちゃんが帰った後。シゲヒラ議員はいそいそと片付けを始めている。背が足りないからむん、と背伸びをしながら壁の上にたまったほこりを払っていた。が、そろそろなのを察知して俺は声をかける。


「シゲヒラ議員、お疲れ様。もう明日でいいぞ」

「マスター、もっと褒めて欲しいのじゃ」

「……変態マゾ豚、とっとと消えろ」

「はいぃ♡…………ご武運を」


 若干白目を向きながらそれ以外は真顔でシゲヒラ議員は3階に登っていく。3階の倉庫は防備がしっかりしており、並の爆撃では中の人間は死なないはずだ。しかし最後に一瞬見せた心配そうな目を見て少し笑ってしまう。


 どうにも最近、暴れていないせいで弱く見られている気がする。まあそれ自体は別にいいんだけれど、心配をかけるのがちょっと申し訳なくなってしまうのだ。


「陰謀にも勢力争いにも興味ないんだけどな。まったり居酒屋させてくれよ」


 俺はゆっくりと店の外に歩き出す。既に夏が近くなっており、外はこんなに暗いのに蒸し暑い。全自動除湿装置とか空に浮かべてくれないかな、なんて思ってしまうレベルである。そしてそんな空気よりも熱い視線が俺に注がれている。


 道は以前と比べ少しゴミが増えている。この辺りを通る客も増えたし、俺も仕込みに時間を取られ、あまり道の掃除ができていない。そろそろ金を払って誰かにやってもらってもいいのかもしれないなぁ、なんて思ってしまう。


 まあそのためにもまず、目の前のややこしい案件を解決するべきだろう。幸いにも相手は俺の得意とする土俵に乗ってくれた。後は潰すだけである。


 以前チューザちゃんたちと戦った広場まで来た俺は、周囲を見渡す。暗黒街の隅にあるこの場所に人は住んでおらず、廃墟のビルがあちこちに並んで先を見通すことができない。僅かに隙間からは繫華街の光が漏れていた。


 薄暗い電灯の光の下で、俺はちょいちょいと宙に向かって手招きをした。


「かかってこjevf」


 瞬間、俺の頬に恐ろしい衝撃が走り頭に爆音と痛みが反響し全てが滅茶苦茶になる。途切れる意識の中、強化した聴覚は僅かに彼らの言葉を捉えていた。



「『アルファアサルト』各位、これより対象の再生速度を上回る火力にて人間部を連続破壊し、自我崩壊を引き起こす。射撃開始!」

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