裏メニューを作ろう!
「毒殺のテイクアウトってやってるんっすか?」
「お前何言ってんだ?」
ここ最近は居酒屋『郷』は資金繰り以外はまったりとした経営を続けていた。客もある程度入るようになったしクレーマーはマゾが率先して引き受けてくれる。時たま来る暴れん坊は俺の10万ボルトによりまっくろくろすけ(比喩)にしていた。
そのため珍味の評判がイマイチという一点を除けば特筆するべきことはない。ふざけんなよ刺身は最高だろ、なんで罰ゲーム扱いしてる客がたまにいるんだよ。これだから23世紀キッズは……。
とはいっても以前発明(?)したケミカルソルトは普通に好評だ。珍味の中ではそこそこ美味しい方ということで、普通の23世紀キッズからも時たま注文が入るくらいだ。
それはそれとして。
「毒殺なんてメニューに無いに決まってるだろ、ハヤサカ」
今日は久しぶりにトーキョー・バイオケミカル社の(モンスター)社員であるハヤサカが来ていた。以前のアルタード研究員の事件担当者であり、そして現在は『龍』担当になっている女だ。
ピンクの短髪が特徴的で、仕事帰りなのか彼女はノーネクタイで席に座っていた。カウンターの位置からだと胸元が良く見えて眼福である。……いや、これ見せてるんだろうな。
それはそれとして彼女は平然と毒殺を注文していた。毒殺を注文ってなんだよ、と思うがハヤサカは不思議そうに首を傾ける。
「居酒屋は裏メニューがあるもんっすよね?」
確かに普通の店でも小さい個人店なら裏メニューがあることもある。それにこういった隠れ家のような店で、店主に合言葉を言うと違法な製品が出てくる、というのは映画なら定番といっても良いだろう。だけど毒殺なんてでてくるわけがないんだよな。
「裏メニューのことを何だと思ってるんだよ」
「裏稼業メニュー、っすよね!」
「んなわけねえだろ!」
俺が叫ぶのを聞いて、注文をさばいている猫耳メイド服のシゲヒラ議員が通路越しにちらっとこちらを覗きこむ。目が合ったシゲヒラ議員は良い笑顔で親指を立てるが、それどういう意味だよ。お前まさか接客だけじゃなくて毒殺もできるの……?
「それはそうと、うちは毒殺はしません」
「えー、近くの店は松竹梅があるんっすよ!」
「3コース!?」
「松だと死亡率70%なんで結構リスクあるらしいっす。上司は梅コースの常連らしいっすね」
「お前の上司どうなってんだよ……」
「他の店だと密売品とか違法武器とかを売ってくれるっす」
「居酒屋とは一体……?」
まあ確かにこの街では命が軽い。個室で、静かに人を殺せることに需要はあるのだろう。とにかく大金が欲しい店と、大金を払ってでも殺したい人。両者の意思が一致すればあっさりそういったことも起きるのだろう。
『暗殺なら当店にお任せを! 人殺しがスムーズ、快適に! 暗殺し放題プラン拡大中!』
『暗殺してもいいかな?』
『いいとも!!!』
モニターからはオリンピック中継のCMとしてはあまりにも最悪なものが流れる。うん、本当にそういう裏メニューありそうだなこの空気だと。というかなんだよ暗殺し放題プランって。読み放題プランみたいに言うんじゃねえ。
「ってわけで、やってくれるっすか!?」
「やらねえよ馬鹿。うちは信頼第一なの」
「むぎゅ!」
身を乗り出すハヤサカの頬をつついて制止する。恐らくハヤサカの言う話は一部店舗ではあるのだろうが、うちみたいな店では逆効果だ。漁船『債務者御一行』を使わずとも利益が出るようになるだろうが、まったりした日々は訪れなくなるだろう。というか日常業務に死体の処理とかが入る未来はあまり想像したくない。
ハヤサカはつつかれた頬をさすりながら、残念そうに俺を見る。
「『龍』さんのお財布が改善して、ついでにクソ上司を始末できると思ったのに残念っす……」
「ちょっとまて俺の財布の情報をどこで聞いた?」
「牙統アヤメさんの母親っす。『龍』さんが分裂してた日に会ったッス」
それ絶対母親じゃない。母親を自認する変な人だ。そこらで諦めがついたのか、ハヤサカは合成酒を飲みながら愚痴を吐くフェイズに移行する。彼女のクソ上司は、確かランバーに刺客を差し向けた無能だったと記憶していたが、やはりそうだったらしい。
「無能上司、社内政治だけは一人前なんっすよね。自分のカジノ代を経費で賄って平然としてますし」
「そういうのって落としちゃ駄目なんだよな?」
「当然駄目っすね。接待とかちゃんと理由あれば別なんっすけど。私も会社の金で私物を買いたいっす……」
ハヤサカは肩を落とす。トーキョー・バイオケミカル社はれっきとした大企業。扱う案件も桁が違い、ストレスも段違いなのだろう。
「疲れたからミナザル液飲みたいんっすけど、あれ高いんっすよね」
突っ伏したハヤサカはもごもごとそう言う。ちょうどよいタイミングで、オリンピックのCMでミナザル液のCMが流れ出した。
『大好評ミナザル液、発売中! 口から入った成分が脳に選択的に作用し、疲労を吹き飛ばします! 他社の類似製品と異なり依存性はゼロ、安全性は抜群! お求めはデンジャラス製薬ホームページより!』
「会社名が終わり過ぎてるだろ」
「でも効果は本物なんっすよ。普通の薬と違って脳だけに作用するんで本当に効果高いですし。ただ製薬方法が難しすぎて信じられない値段するんっすよねー。販売も独占っすし」
ネットで調べると、ミナザル液の別名は『ベホマ』『ザオリク』『リザレクション』『これなしでは生きていけない』。うん、流石2240年製の薬だ。効果は信じられないくらい高いらしい。中では高額転売する業者すらいるらしく、入手も抽選にせざるを得ないくらいの革命的な薬だ。
「そうそう、トキに言われて合成したけど作るの大変だったし。……ん?」
が、それはそれとして俺は今の言葉でハッとする。そう、確かに収入を増やす別の方法があるじゃねえか! そう、居酒屋という言葉にとらわれ過ぎていた。ここは暗黒街。常識に囚われる必要は無い、俺の強みを生かすべきだ!
「裏メニューを作るぞハヤサカ!」
「お、毒殺してくれるんっすか?」
「違う、逆だ。セラピーをテイクアウトするんだ!」
「?????」
ハヤサカは首を傾げる。そうか、確かに前提情報を共有していないから全く持って意味の分からない話に聞こえてしまうのだろう。
「俺が範囲攻撃や全回復技を持つことは知っていると思うが」
「RPGのボスか何かっすか?」
失礼な。別に自キャラが全体回復と即死攻撃と不死身属性と範囲攻撃と2回行動を持っていてもいいだろうが。それはそうと、俺は実例として手をハヤサカの前に差し伸べる。
「まず手を出すだろ?」
「はいっす」
「次にグーっとする」
「グーっとするっすね」
「するとミナザル液の出来上がりだ!」
「何言ってるんっすか???」
俺の手のひらには透明な液体が浮かんでいる。これこそがトキに合成させられた薬品であり、一般的には高価な物である。
ハヤサカは驚いているが俺としては至極当然だ。そもそも不死身であるなら、体を構成するありとあらゆる物質を瞬時に合成できる必要がある。『賢者の石』と呼ばれる機構はそのために作られたんだからな。あと開発会社はお前の所だぞ。
「どうやってるんっすか!」
「官能基4つ付けるだけなんだから、グーっとすれば完成だ。因みに監修はトキだ」
「うちでも合成できなかったのに……」
「そりゃあ機械でやろうとしてるからだろ。人体の不思議を信じろ」
数日前、トキに「人工特殊臓器『賢者の石』があるならこれ作れない?」と言われて化学式とにらめっこしながら作った記憶を思い出す。確かに難しかったが、コツを掴めば簡単に作れたので一安心だった。NMRで測定してもらったりしたが純度はほぼ100%だったらしいので、完璧と言ってもいいだろう。
ハヤサカは「理不尽すぎるっす……」と机に突っ伏す。まあそもそもこの『賢者の石』は機械による化学合成の限界を超えるために生まれたらしい。が、ふたを開けてみれば制御が難しすぎて無用の長物。そもそもこんな臓器を扱える生命がおらず、電気信号のみでの制御も困難すぎたというわけだ。まあ俺は使えるけど。
試しにコップに生成したミナザル液を少し入れて、ハヤサカの前に出す。ハヤサカは恐る恐るであったがコップを口に運び、透明な液体を飲み干す。
俺は即座に解毒されるのでありとあらゆる薬剤が効かない。なので俺はイマイチ理解できないのだが、ハヤサカにとっては非常に良い物らしい。あっという間にぐでんとなりながら穏やかな表情になる。
「これっすよこれ~。疲れが取れるー」
流石にプラシーボ効果じゃないか、と疑いたくなるが流石2240年の技術。実際に疲れが取れているのか彼女の表情は柔らかい。
「これで裏メニュー、店長のミナザル液の完成だ!」
「サラリーマンに需要の高いミナザル液を密売! 居酒屋代の支払いに混ぜれば経理にバレにくいですし、経費で買えて最高っすね!」
あまり大規模に販売するとデンジャラス製薬に目を付けられるから裏メニューくらいの扱いが良いのは間違いない。これで利益UPだぜ!と俺はガッツポーズをするのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後。店内に黒い仮面を被った男が現れる。彼は静かにシゲヒラ議員に向かって注文をする。
「……『店長の体液』」
「了解したのじゃ、裏メニュー『数式ア〇〇女監修、店長のミナザル液~肉体交換メス堕ち看板ドM世襲議員の野郎娘の特製クッキーを添えて~』を一つじゃの!」
「何一つ間違ってないけどせめてその合言葉はやめてくれない!?」
「おじ様の体液が飲めると聞いたのですが!」
「アヤメちゃんまで!?」
そうやって数日後、裏メニューは一身上の都合により販売停止になるのであったとさ。
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