『債務者ビートダウン』
「「カードバトル、スタート!」」
夏場の熱気の中、数百人もの人間がとある建物に集まっていた。参加者の姿は多種多様で、スーツを着たものから装甲服を羽織った者まで様々だ。彼らがわざわざ集まる理由は簡単。
『それではカードバトルマスターズ暗黒街大会の一回戦を始めます!』
今日はカードゲームの大会なのである。なんでも優勝者には高額カードとよく分からん称号が与えられるらしい。俺の隣にいるトキは、うずうずした様子で自身の対戦相手が表示されているであろう画面を見つめている。
夏だから仕方が無いが、白衣は脱いで短パンとジャージといったシンプルな出で立ちだ。ただそのジャージ俺のだけどな。必ず洗って返せよ。
「こんな時代に紙のゲームか、時代錯誤な気もするが」
「あら、チート対策には最適よ。今どき、ハッキングする方が遥かに便利だしね」
凄い時代になったものである。俺の時はデジタルカードゲームの方がチートが少なくて快適、リアルはスリーブに細工したりカードを限度枚数を越して採用したり、なんて認識だったのに。驚いている俺を他所にトキはよくわからない機械にカードの束を差し込む。しばらくするとOKの文字と共にカードが返却され、それを握ったままトキは俺を引き連れて移動を開始する。
「私はAの4ブロックね。それにしてもいいの? 『龍』は参加しなくても」
「いいんだよ、一応護衛の役目があるしな」
「過剰戦力極まりないわね……」
数日前のアヤメちゃんの母を名乗る異常者とエンカウントした後、話の進展は特に無かった。アヤメちゃんからするともっと時期を見計らいたい、ということらしい。
『引き渡しまでに時間をかけて、頑張ってるように見せかけたいんです。結構な費用を吹っかけましたから、すぐ引き渡したらおじ様との関係が露呈して最悪になってしまいます。きゃっ♡』
何がきゃっだよ、お前そういうこと言うタイプじゃないだろというツッコミはさておきとして。そんなわけでまたしても暇な時間ができてしまったため、こうしてトキの希望を叶えているというわけである。ちなみにこんな事態なのに呑気に遊んでるせいでマジで『アルファアサルト』とかも動き出してるらしい。経費の無駄遣いにも程があるだろ。カードゲームしてる奴の監視に使っていい人材じゃない。
「何もしてないのに遊んでいるだけで巨額が動く、俺も罪な男だぜ……」
「あなたの記憶、都合がよすぎないかしら? この前の隔離室襲撃事件のことすら……」
「あーあー聞こえなーい」
耳を塞ぎながら、会場の中を歩き出す。人々は皆、真剣そうな表情でカードを見つめ試合を待っている。皆が遊んでいるカードバトルマスターズは、ここ10年くらいで急速に拡大したカードゲームらしい。元々が趣味人が遊びで作ったカードゲームらしく、独特な効果やカードが多用されている。紙媒体で流行ったのも制作者の趣味の一環らしい。
ゲームの内容としてはシンプルで、特殊な能力を持ったモンスターやサポートカードを使って、先に相手のライフを0にした方が勝ちというものだ。特殊効果により駆け引きが多数あるらしい……が俺は良く分からん。昔カードゲームはしてたから何となく試合の流れは分かるけど。
そうやって指定された席に向かう。カードが十分広げられる机はめくりやすいよう合成繊維の布が敷かれている。そして対戦相手は既に来ており、俺達がデッキを広げるのを待っていた。うわマジかよ、見覚えのある変態じゃん。
「服を着ている……だと……?」
「あれはプレイの一貫です! 日常生活では服を着ているに決まってます!」
常識的な感性を持っているのに全裸になれる精神性、そっちの方が怖いんだが。そう、目の前にいたのはお馴染みドエムアサルト。歩く変質者、高速機動型マゾヒストと名高い女である。
今日は完全に仕事が休みらしく、いつもは全裸の変質者の癖におしゃれをしていた。和風な紋様の入った薄いカーディガンに、白黒の少し短いスカート。傷一つない(おそらく補修を繰り返しているのだろう)生足によく分からないが高そうなネックレスと、着る機会があまりないからこそ気合の入った服であった。
「そして今の私はカードゲーマーです!」
変質者(フォルムチェンジ)の手には、40枚のカードが握られていた。スリーブは真新しいがその姿は手馴れている。その姿を見て、トキはふっと笑う。
「いいでしょう、私のデッキがお相手します」
『それでは試合を開始してください!』
「「カードバトル、スタート!!」」
「俺すっかり置いていかれてるよ……」
どうやらカードゲーマーは言葉で語らずプレイで語るらしい。先手を取ったドエムアサルトは、自身の手札を見てにやりと笑う。
「私は『機動獣マネーバルト』を召喚!」
「来たわね『債務者コントロール』……!」
「なんて?」
ちょっとカードゲームで聞きなれない言葉が出てきた。少し疲れたなと思って上を見上げる。そこには実況らしき男の配信画面が映る。どうやらある程度解説をしてくれるらしいので、耳を傾けてみる。
『さて実況を務めます中田です。このゲームでは様々なデッキタイプが知られています。コントロール、ビートダウン、ワンショットキル、バーンなどが知られていますが今日の人気は『債務者コントロール』! 元々ジョークカードだったのが気づけば暗黒街ではTier1まで出世するに至っています。現在会場にいる債務者は12名です! ここからはリアルタイムで債務者の数を画面に映し出させていただきます!』
……よく分からないのでカードを見せてもらう。
《機動獣マネーバルト 試合会場に債務者が100人以上いる場合、バトルに必ず勝ち、場を離れず、攻撃するときに相手の召喚獣と手札を全て墓地に送る》
うん、召喚コストの低さに反して効果が強い。債務者が100人以上いる時に限るが、1ターン目に出ていい効果ではない。だが債務者がいなければ話になりはしない。というかどうやって債務者をカウントしてるんだよ。頭の上に債務額でも書いてるなら分かるけどさ。
「そして私は、牙統組の権力を使い債務者を会場に招致!」
「カスだ、カスがいる!」
「くくく、勝てば良かろうです! 優勝商品のカードは私の物です!! さあ増えろ債務者トークン!」
「トークン扱い!?」
もう完全に駄目である。ジョークカードの類だったのだろうがこんなガチな人間が出てくることを予想できないのは仕方がないだろう。というか債務者コントロールってコントロールするのは相手じゃないのかよ。
でもまあ、確かに暗黒街ならいくらでも債務者を集めることはできる。会場に来てくれれば金を与えるなんていえば100人くらいは集まるだろう。あまりにも酷い盤外戦術である。俺は諦めて配信画面を見る。
『現在の債務者:11人』
……おかしい、増えていないどころか減っている。ドエムアサルトが呆然とする中、トキは仕返しでもするかの如く、笑い声をあげる。ドエムアサルトのターンが終わり、トキがプレイを始める横で実況映像が移り変わる。会場の入場門には、いつの間にか数多の身なりの悪い人々が集っていた。そして彼らの侵入を防ぐべく黒服が入場門をがっちりと塞いでいる。これが『債務者コントロール』の戦い方らしい。いや盤上で戦えよ。
『バイス班長が死んだ──!』
『……モヒカンよ、負けるな。債務者の誇りを、見せてやれ……!』
『もちろんだべ! うおおお駆け抜けるべ!』
「何やってんだこいつら」
わりと見覚えのあるメンツが映る。そうだよな、債務者ですぐ出てくる奴と言えば地下の賭場にいたあいつらだよな。見覚えのある大男が崩れ落ちる中、モヒカンは全力で門に向かって走り出す。しかし急に現れた黒服の拳がモヒカンの腹を捉える。
『おーっと、『債務者ビートダウン』の反撃です! 素晴らしい内臓破壊パンチ(安全仕様)で債務者を会場に入れないぞ!』
「ビートダウンってそっちかよ! あと債務者一人減ってるのはどうなってるんだ!」
『おっと、『債務者ワンショットキル』により一人が……』
「殺されたのか、最悪だな」
『……ニンゲンではなくなったようです……』
「もっと怖いよ!」
地獄みたいな環境である。債務者の数が揃わない中、能力の発動できない機動獣マネーバルトはあっさりと破壊される。切り札を失ったドエムアサルトは悔しそうにハンカチを噛む。トキは実況画面を見ながらため息をついた。
「これが『債務者コントロール』の弱点、盤外戦術だから他卓の『債務者ビートダウン』に巻き込まれてしまうのよね」
「冷静に解説するなよ。因みにトキのデッキは?」
「『透視ハンデス』ね。小型カメラが隠し味よ」
「シンプルいかさまじゃねえか!」
「暗黒街でいまさら何を言っているの? それに『債務者ビートダウン』よりは良心的だと思うけど」
『さあ盛り上がってきました、『悪臭アグロ』に『毒殺ミッドレンジ』が続々と勝利を決めていきます! 残り債務者3名!』
「債務者──!」
本当に良心的かもしれない。兎に角俺はプレイヤーの無事をただ祈るのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
数時間後。地獄の如き祭典は終わりをつげ、優勝者が決まる。高額カードを手にしていたのはまさかのシゲヒラ議員だった。いつも通りのメイド服をはためかせ、飛び跳ねながら全身でVサインを表現する。
「読みあいなら負けないのじゃ!」
「貫禄が凄い……!」
流石汚職と賄賂の天才。圧倒的な経験値が物を言ったようであった。因みにトキは4回戦敗退。『シャカパチワンショットキル』の、カードをこすり合わせて発生させる衝撃波を食らってプレイ続行できなくなってしまったのだ。幸い今は回復して、シゲヒラ議員の勝利に手を叩いている。
それはそれとして。俺はすっと頭を下げる。シゲヒラ議員は俺の姿を見てくすりと笑った。
「このカードを売って店に金を入れようか迷っているのじゃが……言うべきことがあるじゃろ、マスター?」
「ぐぬぬぬ」
こいつの口車には乗りたくない。だが目の前の高額カード。これを店の売上に入れてもらえるのなら財政がかなり改善する。俺は覚悟を決める。
「いよっ、天才! 頭脳派メイド!」
「やり直しじゃ」
「カスキモメイド!!」
「もう一声なのじゃ!」
「方向性はあってるのね……」
「いよっ、性転換変態責務放棄おじさん!」
「もう一足! 儂の頭の上に!」
「一声じゃなくて一足!?」
そうして翌日、いつもより質の良い刺身が店に並ぶのであったとさ。俺も始めよう、カードバトルマスターズ……。こんなこと続けてたらアヤメちゃん(隠語)になってしまう……。
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