戦えモンスター社員!

「や、やっぱり怖いっす! ここのマスター、人を炙って食べるんっすよね!」

「その通りです、でも怖くないですよ、私の夫ですから」 

「聞こえてるぞお前らー。あとアヤメちゃんは嘘を吹き込むなよ!」


 ランバーとチューザちゃんがコロッケづくりに精を出した日の夜。店外からそんな声が聞こえたので俺は抗議した。人は食べねえよ、俺を何だと思ってんだ。


「あらすみません、ちょっと面白かったものでして」


 そうやって中に入ってくるのは常連客の一人、牙統アヤメ。牙統組組長の一人娘であり、ドS。そして今日はあの全裸ドエムアサルトは連れていない。


「本日はトーキョー・バイオケミカル社から依頼を受けまして、仲介役として参加させていただきます」

「おや、あそことは仲が良くないと思っていたが」

「いえ、ビジネスで取引はあります。まあ少し手数料を追加で頂いているのは事実ですけれどね」


 牙統組のビジネスは違法物品の販売だけではなく、この暗黒街での暴力行為・犯罪行為及び危険作業の代行にも及ぶ。これに際して数多の機密や他社の弱みを手に入れ成長してきた。


 そして今回は、俺との交渉と言う危険作業の補助を請け負った、ということなのだろう。向こうからしたら敵地、交渉を丸く収めるために彼女を雇うのは正しいと言える。問題は滅茶苦茶搾取されてそうという所なのだが。トーキョー・バイオケミカル社のお財布が心配される。


「は、初めまして『龍』殿! この度は当社の不手際、申し訳ございませんでしたっす! 私は社員のハヤサカと申します!」


 そして続いて入ってきたスーツの女は俺を見て深く頭を下げる。短髪のピンク髪、背は少し高くどこか気の抜けた雰囲気が特徴だろうか。


「ほら聞いたかチューザ! ドラゴンだドラゴン!」

「絶対ちゃうって、コードネームや!」


 会話を聞いて奥の部屋に引っ込んでいる二人が騒いでいる様子が壁越しに聞こえる。『龍』とは呼ばれてるけど、ランバーの思っているファンタジー生命体ではないんだよなぁ。かといって単なるコードネームかというと少し違うし、うーん難しい。


 一応今回は俺とトーキョー・バイオケミカル社の取引なので、二人には下がってもらっている。21世紀なら被害者が加害者に文句を言うのが筋に見えるかもしれないが、俺が割り込んだ時点で勢力同士の争い、という認識になるっぽいので仕方がない。


 この時代、企業は絶対だ。企業が全てを支配して、人はそれに従う。トーキョー・バイオケミカル社は正に国家規模の勢力を持つ大企業。だからこそここで失敗するともっと大事になる、今の時点でしっかりと話をつけなければならない。


「座ってくれ。話は事情を聴いてからだ」





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 数日前、輸送船爆破事件が発生した。犯人は『不死計画』に参加していた元トーキョー・バイオケミカル社の社員、アルタード研究員だった。彼は機密情報と成功体の情報を持って逃走した。


 アルタード研究員の特徴は、過度な身体改造だった。特筆すべきは換装能力、簡単に自身の体を入れ替えられるよう、体の根底からメスを入れている。もはや機械人間とでも呼ぶ方が正しいだろう。


 その中の部品の一つ、股間部ロケットランチャーの刺青から発する信号を追い、トーキョー・バイオケミカル社の戦闘部隊が飛び出していった、と言うわけだ。


「個体識別用に体の各部に発信機を有することが義務付けられているんだっけか」

「はい、そしておじ様の近辺で信号が見つかったことで、とりあえず対象を確保しよう、という方針に決まったようです。万一データをおじ様に取られたらもう手出しできなくなりますから」


 話としては簡単、この街ではよくある盗難事件だ。爆破して無理やり目的物を盗み、様々な方法で姿をくらまそうとする。一方で追いかける側はありとあらゆる手を使って対象を捉えようとする。


 彼女、ハヤサカはバイオ技術の中でも電脳、いわゆる仮想世界と接続するための部品とかを管理する部署の人員らしい。今回流出した機密情報に彼女の部署が管轄するものが含まれていたため、関わっていたとのことだった。


「私たちの部署、技術管理十課が治安維持戦闘部隊に捜査を依頼していました。攻撃先を決定したのは彼らですが、責任は私たちの部署にあるっす」

「いずれにせよ先に俺に連絡するべきだよな? あんたの店の客を襲っていいかと」

「当社としては『不死計画』のサンプルを奪われたら一番問題になる相手が……」

「それはお前らの社内の問題だろう。そもそも俺は嫌いなんだよ、とりあえず殺して脅して、っていうのが。話し合いと金で解決できるのが最もスマートだ」

「しかしそうだとするなら情報の確度や余計な拡散が……」

「それは巻き込まれる奴には関係ない。今回も通りすがりの一人をコスパがいいから殺そうとしただろ? 俺が腹を立てているのはそういう所だ。ましてや俺の関係する部分でやるとはな」


 俺はどうしても21世紀の感覚が抜けない。当たり前の倫理観、当然の義理や人情が体を強く縛り、放っておけばよい話でも首を突っ込んでしまう。


 実際にハヤサカは俺の言葉を聞いて腑に落ちないような表情をしている。まあ23世紀の人間からすれば、正しいのは社の利益だ。暗黒街の浮浪者の命などではない。が、それは奴らのルールと倫理の話だ。


 弱かったら長い物には巻かれるしかないが、幸い俺には最低限の戦闘能力がある。文句を言うくらいは許されるだろう。


「今回、あいつらに事実を確認した。闇医者から安価で買い取った装備があの股間部だ。犯人ですらない参考人を確保するために人を殺す、嫌な話だ。俺の関係するところでそういう真似はやめてくれと言ったはずなんだがな」

「え、えっと……」


 ハヤサカは俺の話についていけないらしく、頭上に? を浮かべている。流石にマズイと思ったのか、アヤメちゃんが補足を入れた。


「彼女はいわゆるモンスター社員です。新卒で入ったものの会社でお荷物扱いされて、今回の責任を取るためだけに派遣されました。まあ体の良い処分ですね。ですので話したところであまり分からないかと」

「謝罪相手に寄越す相手としては最悪だな。……いや、怒りを買ったという理由を付けて首にしたいのか。酷い話だ」

「私がモンスターっすか!?」


 でもいくらモンスター社員としてもそんな使われ方はしないだろう。俺相手ならなおさら。上の頭が相当悪くないとそんなことは起きない。俺はそう思ってたがそれは企業を信頼し過ぎていたらしい。


「派閥闘争が最近発生しまして、その関係で組織がかなりごたついているようですね」

「はい、最近3日おきに部長が入れ替わるなんてことがありました! なので新卒ですが何一つ仕事について教えてもらっていません! 噂話やデータベースの情報しか知りませんし、前任者は飛びました! 先輩は上司と喧嘩している私に、触らぬ神に祟りなしとスルー状態っす!」

「嘘だろ……」


 つまり今俺の前にいるこの新入社員は、マジで何の引継ぎもされずに責任をとるためだけに送り込まれた生贄そのものである。やっぱ企業はクソだな。全部解体しようぜ。


「加えてこの娘はトラブルメーカーで上司との折り合いが最悪でして。そんな彼女をクビにしつつ、かつ謝罪をきちんと済ませてくる、それが私にきた依頼というわけです」

「上司自らやれよ」

「おじ様の過去のログを見た瞬間怯えて縮こまっていたそうですよ」

「そんな、やったことといえば『アルファアサルト』をスポーツカーでゴルフしたくらいしか記憶にないぞ」

「何一つ単語が繋がっていないっスね……」


 アヤメちゃんの笑顔が邪悪すぎるし、この娘も自分が解雇されるというのに能天気過ぎる。というかハヤサカ、さっきからっすっす言ってるけど普通にダメだろ。上がヤバいだけじゃなくてこの娘自身も相当な変人だぞ。モンスター社員×モンスター職場、地獄の完成である。


「企業の奴隷としての自覚が無いって言われるんっすよね。そんな、入社式に遅刻したり同僚の名前を全く覚えてなかったりしただけなのに……」

「あとは会議中に寝たとか敬語が下手、とかでしょうか。学業や個人起業の成績は素晴らしいのですが、このあたりの問題のせいでモンスター社員扱いだそうです。おじ様、そういったわけでしてこの娘の態度については今だけ大目に見て頂けませんか。どうか私に免じて」

「それは別にいいんだけど、ハヤサカか、ちょっといい?」


 アヤメちゃんは機嫌良さそうに仲介に入る。俺のことを制御できるのは自分だけ、みたいな感じで喋っているがまあそれは否定できない。実際アヤメちゃんが間に入ると俺の価値観を配慮して良い落とし所を作ってくれるんだよな。本当に優秀な娘である。


 だが今、俺はそんなことよりも気になることがあった。彼女の発するその空気。すごく懐かしい雰囲気だ。つまり。


「打刻時刻は?」

「始業のベル直前」

「リモートワークは?」

「業務無ければ実質睡眠」

「仕事後の飲み会は?」

「給料出ないし行かないっス」


 とても懐かしい響きだ。なんてことだ、この資本主義全盛期、人権軽視の時代にまさかこんな逸材と出会えるとは! すなわち彼女は


「「YES! ライフワークバランス!!!」」

「お、おじ様……?」


 ああ昔を思い出す。クソみたいなブラック企業で人生を浪費し、ホワイト企業に転職したときのあの解放感を! 定時で帰れるあの喜びを! 理不尽な言いがかりをつけられないあの天国を! 


「やっぱ定時に帰るのが一番気持ちがいいよな!」

「その通りっす! 帰ってからゲームするのが最高なんっすよね! でも上司が最近やかましくて」

「3日で変わったって人?」

「そうっす。この前は胸を揉もうとしていたから股間を鉄板入り安全靴で蹴とばして事なきを得たんですけれど、そしたら「愛人にもならず仕事もできない、お前のような無能社員はいらない!」って言われまして。もうそれでやる気がゼロに」

「分かるぜ、理不尽を言われると途端に会社への忠誠消えるよな。流石にそれとはレベルが違うが、社内の一部にしか無いローカルルールでガチギレされたりするの、仕方が無いとはいえ本当にストレス溜まったぜ……」

「そんなわけで水筒にクロムぶち込んだり色々嫌がらせをしてみてるんですけど、中々自主退職して頂けないんっすよね。セクハラパワハラ脅迫個人情報の悪用、入って僅か数ヶ月でこれなのに」

「お、おじ様……今時は一日16時間労働、職歴に傷がついたら人生終了、人生は企業への奉仕、上司は神という概念が一般的なのですよ……? あとクロム入れるのは普通に犯罪です……」


 アヤメちゃんが何か言ってるが暗黒街の住人にはあまり関係が無い。というかそんだけブラックで権力持ってるやばい上司、許されちゃいけないだろう。ハヤサカは諦めた様子でぐでっと体をテーブルに乗せる。


「入社したての頃は良かったんっすけど、企業のこういう姿を見るとやる気無くすっす。金稼いで仕送りして感謝されて、とか入る前は夢あったのに」

「ハヤサカさん、謝罪相手にする態度ではないでしょう」

「どーでもいいっす。それより他の人間のミスで謝罪するの、うわーってなるっスよね~」

「分かるわ~なんかどうでもよくなってきたし俺もだらけようっと」

「おじ様!?」


 アヤメちゃんが悲鳴を上げる。まあ彼女はどっちかというと管理側の人間だから、こういう光景は本当にホラーなのだろう。今回は上司側がやべーやつだからもうどうしようにもない。アヤメちゃんはこんな社員を生まないよう頑張ってね。


「私、もう本気でやめようと思ってるんっすよ。どうせ会社から責任押し付けられて借金とか背負わせられるなら、暗黒街に逃げようかなーって」

「そういや会社がかばってくれないのか。クソだな」

「学歴全てパーになって、戸籍なしのその日暮らしにジョブチェンジっす! いやー、私の頑張ってきた20年、何だったんだろうな……」


 ハヤサカの寂しい表情を見て、ああこういうのは今も昔も変わらないな、と思ってしまう。自分の努力が自分がどうしようにもできない理由で無意味になる瞬間の絶望。俺自身は恵まれていたからそんなことは無かったが、周囲では病や事故などでちらほら、悲しいことになっていたなぁと思い出す。


 ……まあ折角だし、ちょっとだけ手助けしてやるか。助けは人の為ならず、である。


「そうだ、それよりいい方法があるぜ」

「何っすか?」

「えーっと、ハヤサカ氏の真摯な態度に免じて特別に今回は許す、その他賠償不要、今回の件については情報共有を行うことにするっと。ほい」


 さらさらっとペンで紙にそう書き、サインをつけて彼女に渡す。アヤメちゃんは意気投合し過ぎている俺たちにもう白目を剝いている。ハヤサカは何度も紙を見直し、「え、いいんですか」と呟いた。


「いいんだよ、これで成果を出せてしまった以上、首に出来なくなっただろう? アホ上司が俺に怯えている以上、むしろ対俺への仕事をできる要員は喉から手が出るほど欲しいはずだ。これで全解決だ」

「……人が良すぎるっすよ」

「恩は先に売るものだ。それに今回の件で派閥抗争で俺への対応や情報共有が相当駄目になっているんだろう? なら君を抱きこんでおいて、そのあたりを調整するのも必要だろう。まあ何よりも、未来ある若者が大人の都合で潰されるのは気分が悪い」


 ばちん、と柄にも無いウインクをする。そもそも今回の件は、謝罪と次から気をつけろ、で済ませるつもりだった。賠償とか言い出してややこしい真似をする気はなく、しょうもない陰謀で俺のまったり居酒屋生活を邪魔するなというのが目的だからな。


 ならそのついでに人助けも悪くないだろう。気も合うしアヤメちゃんの話を聞くに強みもきちんとある。繋がりは多いに越したことはないのだ。あとヤバい上司とやらと直接関わりたくない。お前はシールドになってくれ。


「ありがとうございます、この恩は必ず返すっす! とりあえず体でどうっすか!」

「ほう……」

「おじ様、反応しないでください! そんな、思わぬ強敵が……どうしてこんなことに……」


 ちょっと涙目になりながら頭を深く下げるハヤサカと、想定外の連続に目を回すアヤメちゃん。そして後ろの部屋で爆笑しているランバーとチューザ。カオスな光景と共に夜は更けていった。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 後日の話である。


「『龍』さん、あの案件成功させたお陰でクソ上司の顔がすごいことになったッス! しかも他の先輩が使える奴と認めてくれて情報共有とか色々してくれるようになりました!」

「よし偉いぞ。お前はモンスター社員ではなくちょっと変わった、仕事を教えてもらえなかっただけの新人だ。成果を見せて黙らせていけ」

「えへへへ……頑張るっす!」

「どうして昔からの知り合いの私よりおじ様に気に入られてるんですか……」


 若者を導くのもオッサンの役目である。こうして常連が一人増えましたとさ。



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