勝ち抜け争奪戦!
無事にサーモンを手に入れた後、俺はまったりとゲームをして居酒屋の開店時間を待った。この店、居酒屋『郷』は暗黒街の片隅にある。結構前に麻薬の売人共をぶっ飛ばした際に手に入れた建物を、改装して店にしたのだ。そんな理由で土地代0クレジットの店ではあるが、建物としてはきちんとしている。
外観は3階建ての小さなビルで、1階を居酒屋、2階を住処、3階は倉庫代わりにしている。入り口には昔ながらの赤い暖簾がかかっていて、『郷』と店名が記載されていた。外見はなんとか木造っぽくしたい、という超個人的な要望により一階だけ壁をタイルで覆っている。このご時世、大量の木材を手に入れるのは流石に無理だし、木造建築できる業者もいないからな。
そんなわが店の内装は、まさに21世紀の居酒屋といった様相だった。奇跡的に入手できた木製のカウンターに、商品名の書かれた札。ほとんど使われることはないが個室もあり、個人的には凄く満足している。
「でも客が来ねえんだよなぁ……」
俺はカウンターで項垂れる。そもそも暗黒街の片隅にまでくる客なんてほとんどいない。更に俺の存在そのものが敬遠される要因だ。アヤメちゃんとかは俺の店に来ることにより、「胆力がある」と周囲から尊敬の念を集めているほどらしい。恐れすぎだろマフィア共。まあ昔凄く嫌がらせされたから、どでかい仕返ししちゃったもんな。爆破した本拠地、今では直っているのかなぁ。
「おじ様~」
「ワンっ!」
噂をすればなんとやら。昼に出会った声が扉からまた聞こえてくる。ゲームから目を離して視線を上げると、例の二人の姿が見える。すなわちアヤメちゃんと全裸四つん這いド変態女だ。俺は軽く手を上げて歓迎の意を示す。
「いらっしゃい。当然だが未成年には酒は出さんぞ」
「おじ様、相も変わらず考え方が前時代的ですね。頭の中を割ったら脳の化石が出てきそうです」
「採掘してみるか? 親父さんは失敗したけれど、アヤメちゃんなら可能性あるかもな」
「ふふふ、遠慮しておきます。これでも勇敢と無謀の差は分かりますので。でも、脳を割って中に爆弾を仕込んだら、おじ様を思いのままにすることができるんですよね。それは心躍ります」
「うーん」
アヤメちゃんが妙に艶めかしい動きと共に股に手を当てる。可哀想なので真実を告げるのは止めておくか……。というか親父さん、俺の能力をちゃんと口外していないな。偉いぞ。
一方のワンちゃんは若干むすっとした表情で俺を見ている。そういえば彼女の名前を知らないがもうワンちゃんでいいだろう。こんな変態の名前覚えたくないし。
「とりあえず入りなよ。今日はいいサーモンが入ったんだ」
「合成ソルベを頂けますでしょうか?」
「さらっと流すな!」
「お酒が欲しいですワン! 私は18歳以上ですワン! あとサーモンにも興味あるですワン!」
「その語尾腹立つな……まあ座れ、準備する。おいお前は床に座ろうとするな、提供しにくいんだよ椅子に座れ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数十分後。
「サーモン食べた瞬間トイレ行きやがったぞあいつ……」
「胃を改造した際に天然物の消化機構を減らしていたみたいですね。しかもお酒もいっぱい飲んでいましたから、仕方がない子です」
「バラむつみたいな感じなのか……」
「おえええ……ひっく! うい~~」
こんなに美味しいのに、とサーモンの刺身を醤油に漬けて食べる。この脂がたまらないんだ、ああ買ってきて良かった! 俺は感慨に耽りながらサーモンを堪能する。
店主が客と一緒に飯を食べるのはマナー違反な気もするが、こんなことをするのには理由がある。俺が買ってきた天然食材、誰も食べてくれないのだ。だから俺がこうやって美味しそうに食べることで販売促進を行っているわけである。客のことを思うなら合成食品もっと用意しろよ、という声も時たま聞くが知ったことじゃない。俺の店だ、俺のやりたいようにやるのだ。そんなんだから客が来ないんだけれど。
カウンターの向こうでウーロン茶を飲むアヤメちゃんも、初めは恐る恐るだったが今では嬉々としてサーモンの刺身を食べ始めていた。ただし醬油ではなく塩だったが。
「これならシンプルで食べやすくていいですね。おじ様が用意してくださる食材の中では相当マシです」
「凄い失礼な言葉が聞こえたな」
「だっておじ様の味覚が古すぎるんですもの。私、おじ様と食事をするときはいつも味覚パッチを当てているくらいですから。今日のこれはパッチ無しでもいけますけれどね」
「その情報初めて知ったぞ」
「気遣いを悟らせない、これが奥ゆかしさですよ」
「奥ゆかしい人間は全裸四つん這い女を連れ歩かないだろ」
そう言いながら彼女は首元を少しはだけさせる。そこには宝石のような形状をした金属が埋め込まれており、背中まで繋がっている。神経系の強化パーツだ。脳まで接続され、思考や身体制御の補助を行ってくれる。
映像を直接取り込むことも可能で、学習から娯楽までありとあらゆる面でサポートを行ってくれる。そして地味に最高な所は睡眠だ。つまり睡眠薬なく、スイッチを押せば睡眠状態に入れるようになる。そのため軍やマフィアの必需品であり、多くの市民が受け入れる身体改造の一つとなったのであった。まあ俺は付けてないんだけど。
「おじ様も付ければいいのに。折角だし化学合成品の良さも味わってみてはいかがですか?」
「俺の体はそういうのを受け付けないんだよ。そもそもこの酒だって、脳には影響しないんだぜ?」
そう言いながら数日前に珍しく手に入れることに成功した焼酎を飲み干す。この味がたまらないのだが、残念ながらこの体になってからは酔うことはできなくなっていた。体が毒物と判断し、一瞬で分解してしまうのである。強いのはいいんだがこれだけは難点なんだよな。
「お、お腹が~~、おぇぇ!」
「そういえばおじ様、昼の輸送船爆破事件ですが、妙なことになっていましたよ」
店主なのに客を放置して堂々と酒を飲む、という酔わないからこそ出来るムーブをしていると、急にアヤメちゃんが真面目な顔になる。横から聞こえる変態女の叫びで台無しだが、それはさておきとして。
輸送船爆破事件、アヤメちゃんの学校が午前中休校になった原因の事件である。早速調べたのか、と驚きながら俺は問い返す。
「どういうことだ? 『アルファアサルト』の奴らがここ周辺を探っていたということか?」
「……流石、気づかれていたんですね」
「明らかに動きが手馴れているからなぁ。なるほど、それが輸送船由来の捜査だと」
遊びでカマをかけてみると見事にヒットする。この周辺を見張っている人間が多いのには気づいていたが、誰かは分からなかったんだよな。これは助かる。
『アルファアサルト』はとある大企業が保有する治安保持戦闘部隊、その中で最も強い存在だ。この時代では大企業は国に匹敵する権力と戦力を持つため、『アルファアサルト』は例えるなら昔の日本の第一空挺団みたいな存在とでも言えるだろう。ただ違いは、所属企業の利益のためならありとあらゆる非合法活動を行う集団である、という点だ。
そのため必要とあらばこの暗黒街にも介入してくるわけだが、身に覚えが無さ過ぎる。事件当時、多分俺はゲームしてたし。
「何か危ない物を手に入れたり、招き入れたりした覚えはありますでしょうか?」
「お前たちがまさしくそうだぞ。うーん、でも輸送船の爆破事件に関わりそうなものは無かったがなぁ」
二人揃って首をひねる。そうこう話しているうちにアルコールが体内で分解され、あっという間に尿意が押し寄せてきた。まあこれ以上考えても仕方がない、と立ち上がる。
「ちょっとトイレいくわ……!?」
そう言ってカウンターを離れ、便所に行こうとして俺は衝撃的な光景を目にする。
「男性用トイレが、空いていない……!?」
「さっき酔ったワンちゃんが入っていきましたよ。ふふ、あわてんぼうですね」
あわてんぼうのサンタクロース、全裸四つん這い首輪付きでやってきた~、と謎の替え歌が頭をよぎる。あのワンちゃん、急ぎすぎて近い方のトイレに入りやがったのかよ……!
俺は扉をガンガンと叩き、抗議を始める。
「おい四つん這い女! ここは男用だ、出ろ!」
「あ~わたし、おとこだっひゃんでふね~」
「駄目だ酔ってやがる! おい、俺も漏れそうなんだよ! おい、しょんべんさせろ!」
「私を便器にするつもりですか!」
「急に酔いから覚めるんじゃねえ! あとそれはエロ本の読み過ぎだ!」
トイレの壁越しに俺と変態全裸女との攻防が続くが、止まる様子が無い。中では未だに消化器官のエラーが収まらないのか『非適合物質の除去を続行』という機械音が小さく響いている。任務用に特殊な胃に換装したのは分かるけど、ならサーモンを食べるなよ……!
俺が必死の形相で扉を叩くのを見て背後のアヤメちゃんは「ふふふふふ」と口を押えて笑い続けている。彼女はもう一つのトイレ、女性用を指さしながら俺を嘲笑う。
「もう一つ空いておりますよ」
「しねえよ! 絶対何かする気だろ!」
「いいえそんなことは。女性トイレに息を荒げて入る姿を撮影するだけです」
「それが駄目なんだよ!」
「視〇、羨ましいですよ!」
「その元気があるなら早くトイレから出ろ!」
『エラー:人工胃腸の内部洗浄失敗、再起動と再洗浄を実行してください』
「再起動パスワードは、鎌倉幕府だから……1199!」
『再起動に失敗しました。3分間入力不可となります』
「それくらい覚えろポンコツ!」
「知りませんよ! 歴史の授業、22世紀の分量が多すぎて諦める人多いんですよ!」
「検索しろ23世紀キッズ!」
扉に向かって叫び続けるが一向に開く気配が無い。仮に無理やり鍵をこじ開けたところで今度は全裸女をどける作業をしなければならない。もうそんな余裕は、俺の膀胱に残ってはいなかった。
俺の最強の体に思わぬ弱点があることを思い知らされた。ニヤニヤと笑うアヤメちゃんを他所に、俺は店の外に飛び出す。
「ここから大通りの近くにある公衆トイレまで3km、50m1秒で走れば1分、頑張れ俺の膀胱……!」
そこらで野ションするわけにはいかない。『アルファアサルト』がここらへんを捜索している今、見られる可能性があるのだ。万一観られたら放尿シーンをmp4ファイルで社内共有されてしまう。知らんけど。
夜の暗黒街を全速力で走り抜ける。覚えていやがれあの変態女、必ず復讐してやる……!
◇◇◇◇◇◇◇◇
余談であるが、翌日以降、こんな噂が街に流れたらしい。
「車を追い抜いて走るターボ男の噂、聞いた?」
「聞いた聞いた、股間を押さえながら凄いスピードで走ってたって」
「多分股間の部分に加速エンジンを積んでるんだろうね」
「ターボち〇ぽ男か……僕も改造してもらおうかな……」
人の噂も七十五日、すぐ忘れ去られると信じて耐え忍ぶ。それもまた、大人の対応である。
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