第37話 そして彼女は、聖女になった。(アナ視点)

 グレンが囮になり、私たちがその隙に王都へと侵入を果たす。

 大雑把な作戦でしたが、これは見事に成功に至りました。

 いえ、グレンがいたからこそ、成功したのでしょう。

 彼のお陰で、城下町を徘徊する兵はいなくなり、全てが彼へと向かってしまいました。


「さすが……三等兵から中隊長まで成りあがった実力は、本物ですね」

「今の内に行きましょうか。ウチの中隊長がやられる心配はないでしょうけど、早いに越したことはありません」


 ルールルが前を行き、後ろをヒミコさんが守る。

 二人の戦闘力は相当に高く、小隊ぐらいならものの数秒で制圧してしまいます。

 銃を使うと他の兵に気づかれるからと、二人とも短刀を使っているのですが、凄いです。

 容赦なく相手の首に叩き込みます、カッコいいです。


「私も、短刀を使えるようになりたいです」


 絶対、便利だと思うのです。

 小さいし軽いから持ち運びに便利ですし、殺傷能力も二人を見る限りでは高い。

 ですが、私の言葉に対して、二人は苦笑しながら首を横に振りました。

 

「やめときなよ。刃を人に向けるのは、兵隊であるアタシ等だけでいい」

「そうですよアナスイ姫。こんなの、誰にでも出来る、どうでもいい技術です」


 そうでしょうか。

 護身の為にも、使えた方が良いと思うのですが。

 ですが、こんな問答で、グレンが作ってくれた貴重な時間を無駄にする訳にはいきません。


 二人に急かされつつも、第二の城門を抜けることに成功しました。

 守りの兵が私の顔を見るなり、小さな門戸を開き、招き入れてくれたのです。


「アナスイ王女、よくぞご無事で!」

「ありがとう。魔馬が来るまで、この門を絶対に開けないよう、お願いしますね」

「了解しました!」

「それと……宰相は、城へと戻られましたか?」

「グロデバルグ宰相閣下ならば、攻め込まれる直前に城内へと戻られましたが」


やっぱり。

それは、直前に戻ったのではありません。

引き連れて、戻ってきたのでしょう。


「失礼。宰相閣下は、従者を連れておりませんでしたか?」

「はい、護衛に数名。見たこと無い方々でしたが、それが何か?」

「いえ、失礼があってはと思い、聞いたまでの事です」


 ルールルは門兵へと敬礼すると、私の方へと向き直りました。

 その従者は、間違いなくスナージャ、ラムチャフリ元帥その人でしょう。

 急がなければならない、もしかしたら、まだ間に合うかもしれないから。


「アナスイ王女!」


 しかし、第三の城壁をくぐろうとした時に、私を呼び止める声がありました。

 振り返るとそこには、女性の腕に抱かれた、血まみれの赤子の姿が。 


「娘がスナージャ兵の攻撃を受けてしまい、今にも息を引き取りそうなのです! 治癒魔術を、民への施しを、宜しくお願いいたします! どうか、どうか!」 


 頭部に大きな創傷、腹部に弾痕。

 

「アナスイ姫」

「治癒魔術を使うぐらい、すぐに済みます」


 この子は今すぐに治療しないと、死んでしまうから。

 

「治癒」


 両手から溢れる光が、赤子を包み込み、傷を再生させる。 

 頭部の創傷は傷跡も残らず治り、腹部からは銃弾が零れ落ち、そして埋まる。


「ふぇ、ふぇぇぇ……」

「ああ、良かった! ありがとうございます、ありがとうございます!」


 泣き始めた赤子を抱いて、母親は涙ながらに頭を下げていきました。

 これで良い、命を救えないで、何が聖女か。


「では、行きましょうか」

「お待ちを! 聖女様、まだ多数の怪我人がおります!」


 見れば、いつの間にか怪我人が続々と集まっていきます。


「ですが、私たちは行かないと」

「兵が出払い、医者も病院も機能していないのです! お願いします聖女様!」


 本来、有事の際には野戦病院が開かれなくてはならないのに、衛生兵がいないから。

 範囲治癒魔術を使えば、それこそ一瞬で治ってしまう事でしょう。

 ですがアレは、あまりに目立ちすぎる。

 

「アナスイ姫、今は王城へと急ぎましょう。こんなの相手にしていたら、きりがないですよ」


 ヒミコさんの言葉は、正鵠を射ているのでしょう。

 戦場と化してしまった王都には、負傷者が溢れ返ってしまっている。

 時間さえあれば、王都に残る医師をかき集めて、臨時の野戦病院を構えられるのに。


「姫様」

「……っ、いいえ、民の要望を聞き入れてこそが、王族の正しき姿です」


 社会的地位を持つ者は、社会的義務を伴う。

 お父様が教えてくれたこの言葉を実践せずして、王族は語れません。


「皆さん! これから広範囲治癒魔術を行います! 出来る限り怪我人を中央に集めて下さい!」


 ショウエ少尉から預かった範囲の杖。

 何度か練習し、範囲の調整が今なら出来る。

 外で戦っているグレンの邪魔にだけはならないように、視界に入る範囲のみで、治癒を。


「……」


 注ぐ魔力を調整して。


「治癒」


 杖先から溢れる光。

 範囲内にいる全員の傷や怪我、全てを包み込み、癒す。

 区別はつかない、敵味方、重症軽傷構わず全てを治癒してしまう。

 魔力が問答無用に吸われる……だからこそ、この杖は使用者が限られる。


「おおお、傷が治っている!」

「素晴らしい、これが聖女様の奇跡!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 大体、五十人前後でしょうか。

 結構、消費してしまいました。


 息を整えないと。

 以前使った時と違い、全員が負傷者だと、想像以上に魔力を使ってしまいます。

 でも、これでようやく。


「素晴らしい奇跡でした、アナスイ第三王女」


 首に触れる、冷気を帯びた何か。

 カチリと聞こえる金属音と共に、私の首に何かが掛けられる。


 声に、聞き覚えがあります。

 神出鬼没、人を驚かすことが大好きな、好々爺然とした人。


「……ラムチャフリ元帥」

「おや、覚えていて下さいましたか。あんなにも小さかったお姫様が、大きくなられたものです」


 身動き一つ許されない、相手を拘束してしまう程の殺意。

 なぜ、元帥が一人でこんな場所にいるの。

 グロデバルグと共に、王城へと向かったとばっかり思っていたのに。


「元帥閣下、いろいろと、お聞きしたい事がございますの」

「そうですか。ですが、まずは家臣の者たちの相手をせねばいけません」


 このままお待ちを。

 手品を見せる時みたいに、愉悦に語る。

 家臣の者たち、つまり、ルールルとヒミコさんのこと。


「……ぐっ」

「……っ」

 

 慌てて振り返り、我が目を疑いました。

 右手にはルールル、左手にはヒミコさん。 

 片手で首を握られ、二人の足が地面から離れてしまっている。

 苦悶に満ちた二人の顔が、元帥の力のすさまじさを物語っています。


「離しなさい! ラムチャフリ元帥!」


 私の言葉に呼応し、ルールルが短刀を彼へと投げつけ、投げつけた短刀をヒミコさんが蹴り込む。

 殺した? ……ダメか、短刀が地に落ち、元帥は自分の胸を手で払う。

 でも、解放された二人が即で私の側へと戻り、各々武器を構える。


「まさか、背後を取られるとは思いませんでした」

「気配も何もなかった、コイツ、相当な武人だよ」


 改めて見る。


 褐色肌に波打つ白髪、太く整えられた髭から覗く白い歯が、無駄に元帥の顔を端正に見せてきます。スナージャ国を象徴する双頭蛇の紋章が刻まれた鎧、鎖帷子を身に纏うも、下は薄い布のパンツのみ。鎧から伸びる手は角ばっていて、浮かび上がる太い血管、凄まじいまでの筋肉。なるほど、女性二人を軽く持ちあげてしまう訳です。


 ゆらり。

 ルールルが揺れると、速攻を仕掛けます。


 超高速の連撃、ですが、ラムチャフリ元帥は軽くいなし、彼女の足を払い、手のひらで吹き飛ばしました。その後、吹き飛んだルールルへと元帥は銃を構えるも、引き金を引かれる前にヒミコさんが二丁拳銃を元帥へと乱射、ですが、マントだけで弾を受け止めると、元帥は余裕のある顔を私へと向ける。


「魔術が介入してから、戦争はつまらなくなりました」


 二人の猛撃を受けながら、元帥は語る。


「意味もなく理由もなく、一発の弾丸である日突然死ぬ。その恐怖と戦いながら、命の価値を噛み締める事こそが、戦争における美学なのです。千の弾を一人で受け止め、弾き返し、たった一人が塹壕を占拠し、戦場を蹂躙する。戦争とは、一人のヒーローを生み出す為のものではないのですよ」


 飛びかかってきたルールルを躱し、すれ違いざまに足首を掴み、振り回してヒミコさんへと放り投げる。

 

「おわわ!」


 飛んできたルールルを受け止めるヒミコさんでしたが、彼女諸共、元帥は強烈な飛び込み蹴りを撃ち込みました。壁に激突し、重なり合って倒れる彼女達に対して、元帥は容赦なく足蹴あしげにする。


「治癒魔術もいただけない。ただでさえ軽かった命が、より一層軽くなってしまった。ある程度の怪我ならば治せるというのは、覚悟を鈍らせます。負傷者には負傷者の義務がある。そこから学ぶことが多くあるのに、魔術というものは全てを台無しにしてしまう」


 踏みつけたまま、元帥は銃を構え、撃つ。

 

「うあああぁ!」

「ぐぅっ!」


 一発だけ打ち込むと、元帥は追い打ちをせず、彼女達から離れる。


「ルールル! ヒミコさん! すぐ治します!」


 撃ち込まれた場所がどこであろうと、私の治癒魔術なら治せる。

 杖を彼女たちへと向け、身体の中の魔力を集中して。


「治癒…………えっ」


 声を発した途端、首にかけられた何かが光を放つ。

 そして、杖先から出るはずの治癒魔術を、全て吸い取ってしまう。 

 

「魔術は不要なのですよ。人とは常に均一でなければならない。貴族の生まれ、富豪の生まれ、下民の生まれ、ごみ溜めの生まれ。ただでさえ不平等な世界なのですから、そこに輪をかけて不平等を促す魔術などという存在は、差別に拍車を掛けます」


 首輪が、取れない。

 どうしよう、治癒魔術が使えない。

 二人を治せない。


「努力ではどうしても埋まらない差を、神の気まぐれで与えられてしまう。落ちこぼれは永遠に落ちこぼれのまま。魔力保持の有無だけで、かたや英雄になり、かたや村人のまま終わる。そんな横暴、許されていいはずがない。しかもそれは厄介なことに、血と共に継承されてしまう」


 語りながら、ラムチャフリ元帥は銃口を二人へと向け、撃つ。


「うあああああぁ!」

「うぐっ! ……姫様、ダメです、逃げて下さい!」

「ですが、ですが、あああ! 治癒! どうして、出来ない! この首輪、どうして外れないの!」


 そうです、確か近くに兵がいたはず。

 彼等の助力を受ければ、立て直せる。


「ぐぁ!」


 視線を向けただけで、彼等の顔に穴が。

 元帥だけじゃない、他に何名ものスナージャの兵が。


「反魔術同盟、我々が加担する理由、お分かりになりましたでしょうか? 魔術至上主義は終わりを迎えます。いいですかアナスイ王女、これは民の声でもあるのです。正当な民主主義の声なのです。誰もが平等に生きる為の、必要な犠牲なのです。輝かしい未来の為に、尊き礎になって頂きたい」


 銃口が、私へと向けられる。

 ダメだ、終わる。


「さようならアナスイ王女、お会いできて光栄でした」


 銃が、怖い。

 終わってしまうのが、怖い。

 グレンともう生きられないのが、とても怖い。

 まだ、諦めたくない。

 受け入れたくないよ。


「……逃げて、下さい」


 ルールル。


「アタシ等は、代わり沢山、いますから」


 ヒミコさん。

 二人が私の前に。

 どうして、こんなに強いの。

 私なんかを守る為に、どうして。


「まだ動けるのか」


 銃声。

 何度も、何度も。

 両手を広げた二人が、動かなくなるまで。


「もう、止めて」


 まだ、撃つの。

 もう、動かないよ。


「撃たないで、二人を、撃たないで」


 あんなに可愛かったのに。

 あんなに綺麗だったのに。

 あんなに優しかったのに。


「撃つなら……私を撃って」


 もう、こんなに辛いの、嫌だから。


「では、お覚悟を」


 ……。


「ご安心下さい。反魔術同盟の旗揚げとして、フォルカンヌ国の王族は、全員犠牲になって頂きます」


 ……。


 お兄様、お姉様。


 ……。


 ドンッ

 

 反射的に、身体が動く。


 ドンッ、ドンッ


 銃声が、聞こえる。

 何発もの銃声が、聞こえてくる。 

 私を殺す音、怖くて、目が開けられない。


 でも、痛くない。 

 神様は、優しかったのかな。

 痛いのは、嫌だから。

 良かった。


「貴様」


 ……違う?

 私の前に、誰か立っているの?

 誰が――――。


「お前が、ラムチャフリ元帥か」


 グレン。


「だとしたら、どうする?」

「殺す」

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