第41話 魔力大暴走
「魔力切れ、だと」
本来、エレメントジェーバイトは長い年月をかけて魔力を蓄積する宝石なのだろう。
それをグロデバルグは、ほんの僅かな時間しか蓄積させずに体内に取り込んでしまった。
結果、宝石は蓄積された魔力を完全放出し、魔力切れを起こす。
「うぐっ、ぐぐぐっ」
そう予想したのだけど……どういう事だ?
鼻血は出ている、だが、雷の放出が止まっていない。
奴の身体は、青白い雷を纏ったままだ。
こちらの銃撃を相も変わらず雷で受け止め、未だ一発もヒットしていない。
「ねぇ、エリエント殿下、アイツどうしたの?」
「分からない、だが、魔力切れの現象は起きている。なら、撃ち続けるだけだ」
エリエントの時もそうだった、エレメントジェーバイトを外した後も、奴は魔術を使い自害した。
それと同じならば、いずれ魔力は枯れるはず。
そのはずなのに。
「……弾切れ、か」
元々敵の銃を拾いながら使っていたんだ、予備弾倉なんかある訳がない。
撃ち尽くした銃を投げつけるも、奴はその場を動かずに雷だけではじき返した。
まだ魔術を使えるのか。
これでもう、奴を倒す手段は無くなっちまった。
「ウググググッああっ、あ、あっがああああああぁ!」
だが、明らかに様子がおかしい。
頭を掻きむしりながら、涙や涎といった、体液を垂れ流し続けている。
鼻血も止まらず、やがて涙も血涙へと色を変えた。
「アナ、これは?」
「エレメントジェーバイトの暴走、だと思います」
エレメントジェーバイトの、暴走?
「失った魔力を、強引にグロデバルグの体内から補填しているのだと思います。魔力を持たない者に魔力を与える宝石、それがなぜ一般的に流通していないのか、少しだけ疑問だったのですが……」
言われてみればそうだ。
魔力を蓄える宝石が存在するのならば、カルマはそれを輸出し、貿易の要にすればいい。
魔術至上主義ではあるものの、カルマは魔術を独占しようとは考えていない。
ショウエ少尉が言っていた通り、カルマは派遣させた国々で、魔術指南を行っている。
カルマはむしろ、魔術師を増やそうと考えているんだ。
ならば、エレメントジェーバイトを増産し、魔術師を簡単に増やしていってしまえばいい。
だが、カルマはそれをしなかった。
考えられる唯一の理由。
あの宝石は、欠陥品の可能性が高い。
グロデバルグは、国宝として飾られているのは研究済みだからと言っていたが、それは違う。
あの国は閉鎖的な国だ、他国へと警告する必要なんかない。
だとすると、その警告は自国民へのもの。
魔力無しが生まれたとしても、エレメントジェーバイトの使用を禁ずる。
そう、言いたかったのだろう。
だとすると、エリエント殿下は、やはり追放されたとみるのが妥当か。
そして、俺の右目の宝石は……。
「エリエント殿下、ちょっとヤバそうだぜ」
グロデバルグを見るヒミコ二曹の目が、
奴の肉体の至る所が裂け、血を吹き出しながらドンドンと肥大化している。
「グオオオオオオッ! ぐがっ、な、あんなんだこればああああああぁ!」
腹部や腰、両足、更には顔面まで膨れ上がり、グロデバルグの身体が際限なく肥大化を続けていやがる。肥大化に耐え切れず裂けて血が噴き出るも、即座に肉で埋まり、そしてそこがまた裂ける。膨れ上がる肉の塊、こんなのが、エレメントジェーバイトを使った者の末路なのか。
「人の再生能力、それを魔力へと転換し、強引に魔力を補填している」
「アナスイ姫、それは一体、どういう意味なのでしょうか?」
「私たち魔術師が魔力切れを起こした時に、毎回鼻血を出しているのをご存じですよね? あれは己の再生能力を魔力へと転換しているからこそ、起こる現象なのです。再生能力を犠牲にし、魔力へと転換する。エレメントジェーバイトは、それを強引に行っている」
グロデバルグの肉体は、気付けば部屋の半分を埋める程に大きくなっていた。
尻をついた状態で腕だけを振り回し、奴は叫び続ける。
「ムボオオオオオオオオオオオォ! ググッ、ウヌガアアアアアアアアアァ!」
頭の中まで肉になっちまったみたいだな、あんなに端正だった顔が、御愁傷様なこった。
「一旦逃げるぞ! ルールル、陛下を!」
「了解!」
このままじゃグロデバルグに押しつぶされる。
扉を開け、陛下を担いだルールルが出た辺りで、奴の自重で部屋の床が抜けた。
そのまま落下を続けているのか、王城全体が揺れる。
「うおおおおおおぉ!?」
「きゃあああああああぁ!」
部屋全体が斜めになって、とっさに戸枠を掴んだ。
「きゃあ!」
「アナ!」
部屋へと滑り落ちそうになっていた彼女の手を掴み、引き上げる。
「あ、ありがとうございます」
「アナ、このままじゃ崩落に巻き込まれます、逃げましょう」
部屋だけじゃない、これ、城全体が傾いている。
廊下へと這い上がると、俺たちは斜めになった廊下を全力で駆けた。
「走れえええええ!」
必死になって廊下を走り、階段を駆け下りて謁見の間に。
「ファラマン!」
地鳴りと共に謁見の間も崩れ始めているのに、ファラマンは俺たちを待っていてくれていた。
揺れの一切を気にせず、闊歩しながら俺達の方に近づくと、静かに四つ足を折る。
ウマなのに、度胸あり過ぎるだろ。
でも、助かった。
「ファラマン、駆けろ!」
いななき一閃、豪! と音を立てて駆け始めると、崩れ去る床よりも早くファラマンは走り始める。
謁見の間の階段を無視し、既に割れている窓ガラスを抜けて、バルコニーから外へ。
「え、飛ぶ!?」
「きゃあああああああああああぁ!」
「うひゃああああああぁ!」
「ひょおおおおお!」
民家の二階とは訳が違う。
陛下が民へと手を振るような、城前広場全体が見える高さからの跳躍。
普通に飛び降りたら大怪我間違いなしの高さから飛び降り、そして見事に着地した。
「あうっ!」
着地の衝撃が、尻に来る。
でも、全員無事、ファラマンも普通に歩いているから、大丈夫そうだ。
「……アナ、大丈夫ですか?」
「は、はい、なんとか。怖かった……でも、ちょっと、楽しかったです」
えへへ、と微笑むアナ、さすがは王女様か。
ヒミコ二曹やルールル中尉も無事だが、状況は何も好転していない。
「まだ大きくなってる、どうすんだよアレ」
ヒミコ二曹の言う通り、城の小窓から見える肉の塊は、未だ肥大化を続けている。
このままじゃ王城は崩落、尖塔が崩れ去り、いずれ城下町まで被害が及んじまうぞ。
強引に肉を引き裂き、再生させ、そこから生まれる魔力を吸い上げているんだ。
肥大化の永久機関、このままじゃ国全部がグロデバルグで埋まっちまうぞ。
「一度、何か出来ないか、聞いてみたいと思います」
「聞くって、誰にですか?」
「魔術大国カルマのことは、魔術大国カルマの人間に聞くのが一番ですよ」
送話魔術で唯一繋がっている魔術大国カルマの人間。
ショウエ少尉、彼女に聞けば、何かしら止める手段があるかもしれない。
『ないですよ』
いきなり終わってしまった。
『それに、エレメントジェーバイトを利用した人が肉の塊になった、という話も聞いたことがありません。そもそもエレメントジェーバイトは魔術大国カルマの国宝ですよ? スナージャ国やフォルカンヌ国にあること自体がおかしいのです。そのエレメントジェーバイトは、青い宝石だったのですよね?』
「ああ、青い色をしていた」
『ならば、全くの別物だと思った方が宜しいかと。もしくは模造品なのではないでしょうか? 模造品なのに同じような使い方をして、結果暴走してしまった。そう考えるのが妥当です』
「模造品なのは分かった。だが、このままだと王都が破壊される、なんとかならないか?」
『なんとかならないかと言われても……そうですね、一個だけ、可能性はあります』
「じゃあそれを!」
止める方法がある。
可能性の段階であれ、それをしない理由はない。
『その前に、私の方から研究結果のご報告をさせて下さい』
「報告?」
『はい。私はエリエント殿下の送話魔術について、徹底的に調べ上げました。これまでの魔術と違い、相当に制限されるこの魔術は、なぜこんなにも汎用性に乏しいのか。土魔術の特性から送話魔術使用時における魔力消費、エリエント殿下と繋がったままの光の帯、更にはエリエント殿下の生まれ故郷まで、多岐にわたって調べ上げたのです』
「俺の生まれ故郷まで?」
『はい、魔術においてルーツを辿るのは、真相解明に役立ったりするのですよ? そして、実際に送話魔術の解明には、必要不可欠なものでありました』
俺の故郷が、送話魔術と何の関係があるんだ?
見れば、王城が崩れ始めている。
グロデバルグの顔……というか、顔らしき部分が城の屋根を突き破り、叫ぶ。
「すまない、早めに頼む」
『かしこまりました。エリエント殿下、私が魔術適正検査をした際に、農作業の神様に愛されている、と申し上げたのを覚えておりますでしょうか?』
「覚えているけど」
『あれが、送話魔術の根幹に当たる部分だったのです』
「……どういう意味?」
『ヨロク村の文献を調べ上げたのですが、あの村には古くから伝わる伝承がありました。その昔、村が飢饉に襲われた際、土地神に愛された子供を、神様に贄として差し出していたそうです』
「贄……生贄ってことか?」
『はい。これは、実際にヨロク村で行われていた生贄の儀式だったそうです。そして、生贄に差し出される土地神に愛された子供というのは、決まって神様との対話が出来たとか。自分の子供が神様との対話をしているのを見た親は、自分の子供が生贄に……と涙したそうです。そして時が流れ、生贄の儀式は廃れましたが、神の子に愛される力は人知れず継承されていったのです』
「それが、送話魔術」
『はい。そしてエリエント殿下が使用した肉体支配ですが、これも文献に記録が残されておりました。神の子が生贄として捧げられる際、野生動物や魔物に食べさせるといった手法ではなかったのです。ヨロク村の生贄の儀式は、神の子が生贄として捧げられる際、肉体から意識を乖離させ、精神のみを神様に捧げたとあります。原文はもっとごちゃごちゃした内容でしたが、要約するとそんな感じです』
「確かに、肉体支配と似ているな」
『似ているのではなく、そのものなのだと思います。村の人たちは中身が無くなった子供の亡骸を燃やし、畑に撒いて豊作を願ったとありました。エリエント殿下が使用した際も、殿下の肉体は誰の意識も介入していない、中身がない状態だったのですよね?』
「そう、だけど」
『捧げる対象が神様か人かの違い、ただそれだけなのかもしれません。昔の生贄に捧げられた子供は、自分の体が燃やされているのを、精神だけになりながら見ていたのかもしれませんね』
「……で?」
『はい?』
「いや、それで、どうやってグロデバルグ止めるのかなって」
『……ああ、失念しておりました。研究者にとって研究報告は至福の時間でしたので』
一番大事な部分を失念しないで欲しい。
『簡単です。エリエント殿下が自らを生贄にしてしまえばいいのです』
「は?」
『エリエント殿下に行ったのと同じことをすればいいのですよ。肉体を支配し、飲み込んでしまったエレメントジェーバイトの模造品を、強引に抜き取ってしまえばいいのです』
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