第40話 他愛もない最終戦

「このまま一気に駆け上がる! 振り落とされるなよ!」


 四人乗っているとは思えない速度で、ファラマンは王城内の階段を駆け上がっていった。

 城の中はもぬけの殻と言える程に、兵も人も誰もいない。

 

「文官は先に逃げてしまったのだと思います。彼等は自分たちの命を最優先に考えますから」


 王都が攻め込まれた段階で、逃げを選択する。

 戦う為の力を持たないのだから、当然の選択と言えば当然なのだけど。

 なんだか、兵士としては釈然としない。


「陛下も、隠し部屋に隠れたりしているのかな?」

「どうでしょう……お父様の隠し部屋とか、聞いたことがなくて」


 アナは要塞城ガデッサの隠し通路のことも、知らされていなかったんだ。

 王城のこととなったら、より一層教えてもらえないのだろう。

 ……不憫だ。


「そういえば、アナのお母さんも、この城に?」

「はい、第三階級の部屋を与えられております」

「そうか、無事だといいんだけど」


 ぎゅうって、アナが締め付けるように抱きしめてきた。


「私のお母様のことまで心配して下さるのですね」

「当然だろ? アナのお母様にも、ご挨拶しないといけないし」

「そうですよね、きっとお母様も、グレンなら喜んでくれると思います」


 より一層強く抱きしめてきて、なんだか可愛い。


「ほんっと、この二人は」

「ある意味日常、良いと思います」

「だけどさぁ、さすがに胸やけしない?」

「それぐらいが丁度いいのですよ。ヒミコさん、嫉妬ですか?」

「嫉妬? なんでアタシが?」

「エリエント殿下の側妃として、立候補すればいいじゃないですか」

「はぁ? する訳ないじゃない。こんな真っすぐな男、私には向いてないわよ」

「そうですか? 二人の距離は凄く近いと思うのですが」


 ルールル中尉とヒミコ二曹の二人。

 俺達の後ろで、何を語っているんだか。


「俺とヒミコ二曹は頼れる部下と上長ってだけ、それ以上でもそれ以下でもないよ」

「そうですよ? 大体愛情があったのならば、銃弾の盾にしたりすると思います?」

「銃弾の盾……むむむ、さすがにそれは」

「という訳で、この話はここでおしまい。謁見の間に到着よ」


 ヒミコ二曹がぴしゃりと会話を打ち切ったと同時に、ファラマンが謁見の間の扉を蹴破った。

 円柱が規則正しく並ぶ謁見の間、中央に坐する玉座だが、陛下の姿はなく。

 

「誰もいないな」

「グレン、お父さまは執務室か、自室にいると思われます」

「そっか、王様だからって、謁見の間にいるとは限らないよな」


 謁見の間の更に奥、木製の扉の先に陛下の私室があるのだという。

 だが、扉が小さい。

 ファラマンが入るのは無理だな。


「ここで待っていてくれ、何かあったら、また宜しく頼む」


 額を当てながら、ファラマンの顔を優しく撫でる。 

 ヒヒンといななき、ファラマンも俺の頬にすり寄った。

 とても頼りになる馬だ、欲しくなってしまうよ。

 

「……よし、行くか」

「またね、ファラマンちゃん」

「謁見の間に馬とか、なんか無駄に絵になりますね」


 ルールル中尉の言う通り、確かに絵になる。

 毛並みが違うんだよな、神々しい何かを感じるよ。


 さてとと、謁見の間にファラマンを残し、王の私室へと急ぐとするか。

 城内を荒らされた形跡はないが、逆にそれが怖い。

 抵抗できずに殺された可能性、だが、なぜグロデバルグは陛下を殺す?

 それになぜ、ラムチャフリ元帥は城下町に残っていたのか。

 分からない事がまだまだある、だが、そのどれもこれも、本人に聞けばいい。


「お父様!」


 フォルカンヌ陛下は、自室にいた。

 真紅の絨毯に、天蓋のある大きなベッド。

 俺の村の図書館よりも本が置いてあって、壁には国旗が飾られている。

 豪奢な部屋、その中央で、陛下は魔封じの首輪を嵌められ、後ろ手に縛られていた。

 両膝をつき、顔を始め全身痣だらけだ。


「アナスイ姫? なぜ貴女がここに……それに誰ですか、その者共は」


 陛下の髪を掴み、拳を握っていた男が振り返る。

 無駄に甲高い声、年齢と声色があっていない、そんな声で奴は語る。

 やせ細った、如何いかにもな感じの長身の男。

 灰色の髪か、ルールル中尉の白髪と違って、随分と汚らわしく見えるな。

 

「誰だっていいでしょう。それよりもグロデバルグ宰相閣下、この状況、言い逃れは出来ませんよ?」


 詰めてしまっていいだろう。

 自国の国王を縛り、魔力を封じる。 

 こんな事をして、許されるはずがない。


「言い逃れなど、誰がするものですか。ラムチャフリ元帥はどうしたのですか? まさか貴様如きが、元帥を倒したとでも?」

「元帥は自国へと帰りましたよ。後は俺に宜しく頼むと言ってね」

「なに?」


 窓辺に近寄ると、グロデバルグは城下町を睨みつける。


「……確かに、スナージャ軍が一人もいない」

「そういう訳です。とっとと諦めて陛下を解放して下さい。魔封じの首輪の鍵、預かっているのですよね?」


 陛下の首に着けられた魔封じの首輪の鍵は、元帥からは預かっていない。 

 グロデバルグが持っていると断定していいだろう。

 しばらくすると、宰相は額に手を当て、やれやれと首を横に振った。


「まだ、完成していないのですけどね」

「……完成?」

「ですがまぁ、試すには十分でしょうか」


 陛下へと近寄ると、宰相は首に着けられた首輪から、青い宝石を外した。

 離れていても分かる、あの青い宝石は、とても強い魔力を保持している。


「まさか……グロデバルグ、その宝石は!」


 アナが叫んだ。

 途端、グロデバルグの顔が歪む。

 

「ええ、分かりますか。この宝石は魔封じなどではない。装着者の魔力を吸い取ってしまう、渇きの宝石と呼ばれる物です。別名、エレメントジェーバイト、ともいいますがね」


 エレメントジェーバイト、俺の右目に宿る宝石と同じ。

 

「元は、とても希少性の高い、単なる宝石です。ですが、この宝石をひとたび魔力へとあてがうと、物凄い速度で魔力を吸収、保持してしまいます。過去、魔術師殺し、などと呼ばれていた事もあるそうですよ? カルマでは畏怖の意味を込めて、国宝として展示していたらしいですが、アレはこの石については研究済みだと、声に出さずに大言していたのでしょうね」


 グロデバルグは青い宝石を口に含むと、そのまま飲み込んでしまった。

 陛下の魔力を吸い取ったであろう、エレメントジェーバイトを。

  

「ずっと、この時を待っていました。四十年間、この国に仕え、いつかは自分が玉座に座るのだと信じていました。だが、この国は魔力を保持していない者は、決して王になることはない。チャンスすら与えようとしない。それどころか、重要な役どころは全て血脈を重視し、ありとあらゆる場所に、この男は自分の子供たちをあてがってしまった。魔力さえあれば誰でもいいと言うのか……なんとも愚かな考え方です」


 魔力が溢れている。

 グロデバルグの身体を、青白い光が包み込む。


「ようやく、魔力をこの身に宿すことが出来ました」

「……っ」

「さぁ、私の人生初の魔術の犠牲者になれるのです、光栄に思いなさい」


 青白い稲妻が室内を走る。

 雷、それが陛下の魔術属性か。

 

「稲妻」


 気づいたら、喰らっていた。


「あ…………っ、あ、あっ?」


 身体が痺れる。

 手が、足が、見える範囲全部が、真っ黒に焦げている。


「治癒!」


 アナの治癒魔術で、焦げた身体がすぐさま元通りになった。

 あんなの、人間の反応速度で避けられるものじゃない。

 雷、ヤバすぎるだろ。


「クッヒッヒッヒ……まさか、ここまで素晴らしいとは。さすがはフォルカンヌ陛下、この魔力、魔術大国カルマにも引けを取らないのでは? ――――稲妻」


 ダメだ、避けられねぇ。

 口の動きだけで先を読んでもダメだ。

 速すぎる。


「治癒!」


 どうする? むやみに動いたら、アナに稲妻が当たっちまう可能性が高い。

 治癒魔術は生命線だ、アナがやられたら、俺達は終わる。


「ルールル中尉、ヒミコ二曹」

「あいよ、銃弾と稲妻、どっちが速いか競争だね」

「……私は、接近戦で仕留める」


 言葉の直後、ルールル中尉の身体はグロデバルグの前にあった。

 手にした短刀で首を狙う。だが、奴がその身に纏う青白い稲妻が、刃を止めた。

 それだけじゃない、短刀を握っていたルールル中尉が、短刀を通じて感電してしまっている。

 

「きゃああああああああああああああ!」

「おや、自滅しに来たのですか? 雷属性相手に金属武器とは、愚かな事です」


 動けなくなったルールル中尉を、奴は抱きしめようと両手を開いた。

 不味い、全身雷のアイツに抱かれたら、ルールル中尉は死んでしまう。

 

「変態さん、おさわりはご遠慮して下さいね!」


 ヒミコ二曹の撃ち放った弾丸が、グロデバルグに届かんとするも。


「無駄ですよ」


 銃弾よりも早く稲妻が走り、弾はあらぬ方向へと飛んじまった。

 その後もヒミコは諦めず二丁の銃を乱射するも、ことごとく弾かれてしまう。 


「魔術師を銃で仕留めるつもりですか? まったく、あなた方は、魔術師という存在を舐めているのですね」

「魔術師のなんか、一回も舐めたことないよ!」


 銃が通用しない。

 なら、違う戦法を考えないといけないのだけれど。


「ほいな!」


 グロデバルグに抱擁される前に、ヒミコ二曹が腰から下げたかぎ爪付きの縄でルールル中尉を絡め取り、こちらへと引き寄せる。

 

「凄いな、ヒミコ二曹は何でもできるんだな」

「器用貧乏ですけどね。生きる為に、一通りのことは学びましたよ」


 ルールル中尉を取り戻すと、再度銃撃を開始する。

 王族の魔力量は桁違いだ。

 送話魔術ひとつを取ってしても、それが分かる。

 出力を抑えている限り、無尽蔵に魔術を使いこなすことが出来る。 

 そりゃ、重役に置いておきたくもなるよな。

 だが、この戦い、ちょっとだけ解せない所がある。


「くっそ、どうするエリエント殿下、アイツ、何やっても通用しないよ」

「銃撃を続けよう、多分、それが最善手だ」

「了、乱れ撃つとします!」


 俺も手にしていた小銃を乱射し、ヒミコ二曹も二丁拳銃を乱射する。

 その隙にアナが治癒魔術でルールル中尉を治し、彼女も遠距離からの攻撃を開始した。


「……本当に、人類の進化はくだらないな。近代兵器の数々が、たった一人の魔術師に対抗できないとは。これだから魔術大国カルマに、誰もが頭を上げられなくなってしまう。私が、私たち反魔術同盟が、これらを是正しないといけないのです」


「誰も望んでいないとしてもか!」


「私が望んでいるのですから、それで充分ですよ。ご安心を、陛下を抹殺した後、犯人は貴方達に仕立て上げてあげますからね? 他にも、敗戦を理由に各地へと散らばせた王族は、全員処刑にして差し上げましょう。ふふふっ、ゼーノクルスはいい働きをしてくれました。彼のしたことを非難する声は、自然と私の行動を善と判断してくれます」


 ゼーノクルスのしたこと。

 無抵抗な敵兵の人間狩り。


 あんなの、戦時中だからとて許される行為ではない。

 民から非難されるのは目に見えている。


 それを狙い、十三歳のゼーノクルスを将に構え、南部軍の無条件解放も奴に一任させたのか。

 頭の中も魔術一色で染まっちまうと、こんなダメ人間になりますよってことか?

 まぁ、エリエントも似たような所があったから、あながち間違いじゃないんだろうけど。


「では、そろそろこの下らない戦いに、終止符を打つとしましょうか。私には此度の王都侵攻を許してしまった責任として、自害なされる陛下のお手伝いしなくてはなりません」


 白雷を纏う指が、陛下へと向けられる。


「どうするのさ! 本当にこのままでいいの!?」


 ヒミコの焦る声。

 このままでいい、このままでいいはずなんだ。


 魔術適正のない人間ほど、この宝石は上手く使えるのだと、ショウエ少尉は語っていた。

 だが、言い換えればそれは、宝石に蓄積されていた魔力を必要以上に放出してしまう事を意味する。

 現に、アイツはエレメントジェーバイトを装着してから、青白い雷を自身に纏わせ続けている。

 あんなもの、魔術師に必要なものではない。

 制御出来ていない、魔力蓄積にそれほど時間を掛けていない。

 それの二つが、何を意味するか。


「――っ」


 答えは簡単。

 

「……、鼻血?」


 魔力切れだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る