第39話 勝利の代償

「黒髪に右目の宝石……どういうことだ。貴様、名をなんという」


 喋る訳にはいかない。

 ここで俺の本名を教えることは、絶対に不味い。


「タダでは語らないか、ならば交換条件を設けようか。アナスイ王女の首に付けた魔封じの首輪、アレを外してやろう。瀕死の女二人も、治癒魔術で救うことが出来るぞ?」


 ルールル中尉と、ヒミコ二曹を救うことが出来る、だと。

 二人はまだ、魔馬、ファラマンの上にいる。

 血がしたたり落ち、間違いなく、普通の手当はもう間に合わない。


「絶対に、外すんだな」

「ああ、不安ならば、先に外しておいてやろうか」


元帥は腰に着けた袋から取り出した鍵を、周囲にいたスナージャ兵へと投げ渡す。

受け取った兵は言われた通りに、アナの首輪を外した。

すぐさま治癒魔術を発動させるも、二人の意識は戻らず。

だが、アナは心配ないと、送話魔術で教えてくれた。


「さぁ、名を名乗れ」


 約束を守ってくれたんだ、違える訳にはいかない。


「……グレン」

「所属は」

「最初は屯田兵だった。その後、歩兵部隊になり、突撃兵に志願した」

「エリエント王子はどうした」

 

 喋ってしまっていいのか。

 だが、喋った所でデメリットになりえるものでもない。

 エリエントを最初に狙ったのはスナージャだ、問題は無いと言える。


「エリエント王子は、俺が殺した」

「なんだと」


 ラムチャフリ元帥は思案顔になり、一人呟き始める。

 今がチャンスか? しかし、俺の方も俺の方で、結構ダメージがでかい。

 不意に訪れた休息の時に合わせて、集中力が切れちまった。


「だが、いや待てよ、貴様のことを、アナスイ王女は受け入れていたな。エリエント王子はアナスイ王女の婚約者だったはずだ。そのエリエント王子を殺し、別の者が王子に成り代わっているだと? そしてそれを王族が受け入れている……なぜだ、理由を述べろ」


 黙る必要は、ないな。


「エリエントは、フォルカンヌを潰そうとした。それと、アナスイ姫殿下のことを殺そうとした。だから、俺が殺したんだ」

「そのことを知っているのは、アナスイ王女だけか?」

「王族全部が受け入れている訳じゃない。だが、何人かの王族は、そのことを知っている」


 ソリタス殿下とアレス殿下が認めているんだ。

 特に、王位継承権第一位のソリタス殿下が認めているのは大きい。

 俺の返事を聞くなり、ラムチャフリ元帥は肩を揺らしながら笑い始めた。

 

「そうか……くっくっくっ、俺の知らない所で、そんな楽しいことが起きていたとはな。では質問を変えるが、どのようにして貴様の言う王族とやらは、その情報を入手したのだ? 普通の伝令兵では間に合うはずもなかろう? 恐らく、貴様が言葉にした王族とはソリタス第一王子だ。奴は今アースレイ平原にいるはず、どのようにして情報を与え、どのようにして情報を得た?」

「……っ」

「その、足裏から伸びる光の帯か?」


 なんだと?

 光の帯が見えているだと?


「確か、カルマ援軍の条件に、アナスイ王女の送話魔術というのが話題になっていたな。新魔術が生まれたと言っていたが、それがそうか……確かに、アナスイ王女と繋がっておるわ」

「アンタ、これが見えるって事は」

 

 魔力があるって事だ。

 反魔術同盟とか言いながら、自分は魔力保持者かよ。


「光の帯、どうやら、貴様が送話魔術の起点になっている様子だな」

「ああ」

「その帯、私にもつなげろ」

「……別に構わないが、一度繋がったら二度と外れないぜ?」

「構わぬ、やれ」


 肉体支配の方を発動したくなるが、アレこそまだ不完全魔術だ。

 失敗したが最後、この場にいる全員が殺される。

 首に嵌められた首輪を外してもらうと、一気に身体の中に魔力が充填された。

 

「送話」


 素直に従い、送話の帯をラムチャフリ元帥へと繋げる。


『ほぉ……これが、送話魔術か』


 コイツ、王族並みの魔力保持者じゃねぇか。 

 送話魔術を使って平然とした顔をしていやがる。

 

『くっくっくっ……ああ、いいぞ、大体理解した』


 送話を解除するも、光の帯は繋がったまま。

 分かっていたことだが、これでコイツとも、送話魔術が出来るようになっちまったな。


「グレン、貴様は今後どうするつもりなのだ?」

「どうするって、王城に向かって、グロデバルグ宰相を止める」

「その先は?」

「その先? ……いや、特に何も考えていないが」


 口を引き結ぶと、ラムチャフリ元帥は送話魔術へと切り替える。


『グレン、貴様が置かれている状況は、とても稀有なものだ。我々、反魔術同盟が最も欲している状況と言っていいほどにな』

『どういう意味だよ』

『いずれ貴様は、カルマ本国へと強制送還される日が来るだろう。新魔術送話を手にしている以上、それは確定事項だ。その時に得た情報、全てを我ら反魔術同盟に流せ。反カルマは、貴様達フォルカンヌ国としても、存外悪い話ではないだろう? なにせ、エリエント王子によって亡国になりかけていたのだからな。カルマにとって自国以外、国はあってないようなもの。奴等は新魔術という餌意外、一切に興味がないのだ』

 

 それは、エリエントを見てきたから、分かる。

 俺だってカルマを潰したいって、少しは思っていた。

 だが、ここでその決断をしてもいいものなのか。


『……考える時間が欲しい』

『ああ、いいだろう。これまで十年も待ったのだ、吉報の為なら幾らでも待とう』


 元帥は俺のウィッグを直すと、俺の両肩を軽く叩き、背を向ける。


「ルットルイ! (全軍、撤退する!)」


 元帥の号令ひとつで、スナージャ兵が隊列を組み、城壁の外へと行進を開始しちまった。

 

「そうだグレン、貴様に教えておいてやろう」

「……なにをですか」

「この戦争の発端、貿易摩擦が原因と言われているが、本当は違う」


金が原因じゃないのか?

スナージャ国が物資の値段を吊り上げたとか聞いていたが。


「病に倒れた母親を救う為に、小娘が一人、その身を投げ打って金を作り、薬を購入した。だが、小娘が買った薬を寄こせと言ってきた男がいた。その薬は希少価値が高いものでな、その村では二個と存在しないものだったのだ。結局、小娘はその場から逃げ去ろうとするも、男に撃たれて命を落としてしまった。薬を手にした男は家へと持ち帰り、男の家族は回復し、小娘の母親は病で死んだ」


「その男っていうのが、フォルカンヌの人間なのか」


「ああ、そうだ。だが、その話にはもうひとつ裏がある。薬の存在を小娘と男、二人に情報を流した第三者がいる。双方から情報料として金を貰い、小娘が金を稼ぐたびに紹介料を手にし、男へは仕留める為の銃を売った。第三者は金を手にし、その後、一発の銃弾は戦争の引き金へと変わった」

「……」

「そして、その善意ある第三者は、双方の国へと魔術師団を派遣した。莫大な金と引き換えにな」

「……その話、本当かよ」

「さぁな、好きに受け取るがいい。では、吉報を待っているぞ。貴様と私は、既に繋がっているのだからな」


 光の帯をわざとらしく見せつけると、ラムチャフリ元帥は城門へと消えていった。

 先ほどまでの喧騒が嘘みたいに静まり返るも、すぐさま喝采へと変わる。

 

「スナージャ兵が逃げていくぞ!」

「エリエント殿下の秘術だ! エリエント殿下万歳!」

「戦争に勝ったんだ! フォルカンヌ国の勝利だ!」


 違う、戦争に勝った訳じゃない。

 カルマが敵だから、敵の敵は味方、それにしか過ぎない。


 民に囲まれていると、波をかき分けて魔馬、ファラマンが俺の側に近寄った。

 大きさに威圧されたのか、自然と民が距離を取る。

 そして、ファラマンの上からルールル中尉と、ヒミコ二曹が降りて来て、片膝をついた。


「エリエント殿下、誠に申し訳ございませんでした」

「アタシが足を引っ張ってしまいました、この処罰はいかようにも」


 傷は、治ったみたいだな。

 良かった、二人とも、弾痕も何も残っていない。


「処罰なんかいい、それよりも王城に急がないと」


 グロデバルグ宰相を止める。

 そうじゃないと、この戦いに勝ったと言えない。

 ファラマンにまたがると、既に騎乗していたアナが、背後から抱き着く。


「アナ」

「グレン……ごめんなさい、私」

「いいよ、君が無事で、本当に良かった」


 怖い思いをさせてしまった。

 もっと強くならないとダメだ、もう二度と、彼女を泣かせないぐらいに、強く。

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