第38話 バレた。

「ファラマン、彼女たちを頼む」


 黒天の馬は、動けなくなったルールル中尉とヒミコ二曹を口で咥えると、自らの背に放るように乗せた。 

 アナも立ち上がれないのか、ボロボロと涙をこぼしながら、地べたに座り込んだまま。

 そんな彼女のことも、ファラマンは四つ足を折り、乗るように促す。


「グレン……」

「大丈夫です。とりあえず、目の前の障害を取り除きましょう」

「……はい」


 治癒魔術が使えないのか、アナは二人を治そうとしない。

 青い宝石のある首輪、あれが魔術を封印しているのか。

 エレメントジェーバイトにも似た何か、その可能性が高い。


「貴様が、この戦争で生まれた英雄か」


 低い声で、皮肉めいたことを言う。

 ラムチャフリ元帥。

 本当に、コイツの行動だけは予想が出来なかった。

 なぜここまで来て王城へと行かずに、こんな場所にいる。

 最終目標はフォルカンヌ陛下じゃなかったのか。


 右手に小銃、左手に曲刀、良く見るスナージャの基本装備だな。

 俺へと向けた銃口が火を噴くも、目の前で弾が止まる。


「魔術か」


 止められたのを見ながらも、続けざまに数発撃ち続ける。

 無駄弾を消費してくれるのはありがたい、このまま受け続けるか。


「また魔術か。魔術は意味もなく英雄を生んでしまう。まったくもって存在価値が無い。どうせ貴様もロクに努力もせずに、今そこに立っているのだろう? 魔術とは堕落だ。努力の全てを否定する」


 他の兵は動こうとしない。

 クーハイの時と同じか、一騎打ちの邪魔をするつもりは無さそうだ。


「先のアナスイ王女もそうだ。治癒魔術などと言っているが、あれを魔力を持たない人間が実施しようとした場合、どれだけの時間と努力が必要になる。人体構造を理解し、人間に与えられた自然治癒を活かす為の補助道具を埋め込み、何百という時間を掛けて自然再生を促す。血液の種類、薬物投与のタイミング、苦痛を取り除く技法、その為の道具。それら全てを魔術は無に帰してしまう。たった一言、治癒と唱えるだけで終わり。そんなものが認められるか。魔術は、人間の進化を否定してしまう。これからあったであろう未来を、根こそぎ奪い取ってしまうのだ」


「それが、反魔術同盟の結成理由か」


「それだけではない。それだけではないが、貴様に説明する理由もない。魔術大国カルマで生まれた王子様なのだろう? 颶風ぐふうの魔術師、エリエント・ディ・カルマ。人馬揃って魔術で固められた貴様なんぞに何を言っても、無駄だと理解出来る。精々魔術の恩恵を、今の内に味わっておくといい。いずれ、使えなくなるからな」


 いずれ使えなくなる?

 何を言っているか分からんが、弾は切れたようだな。

 

「馬鹿面下げてやってきたあの時、死体がなかった事を懸念したが、まさか回復しているとはな」

「別に、回復した訳じゃないさ」

「ほう? ならば、あの爆風を利用して逃亡した、そういう訳か」


 このまま、エリエントが活躍した方向で話を進めてしまった方が良いだろう。 

 周囲には民もいる、俺の存在は隠し通した方がいい。

 銃撃は通用しない、だが、俺の方も銃を撃ったところで、どうやら通用しないらしい。

 数発、元帥へと向けて発砲するも、マントが弾を受け止める。


「マントだけで銃弾が防げるのかよ」

「魔術だと言いたいのか? 残念、これはれっきとした、人間の知恵が産んだ技術だ」


 防弾繊維でも織り込んであるのか?

 とにかく、適当に撃ったところで通用しない。

 ならば、防御を意味しない、軍刀カゼキリで攻める。


「また魔術か。貴様は何をするにも魔術なのだな」

「使えるからな、使える物を使わずして負けるなぞ、愚の骨頂だ」

「その通りだ。魔術師風情が、なかなかいいことを言う」


 魔術を帯びた軍刀カゼキリの一撃を、普通の曲刀で捌いている。

 この男、相当に強いぞ。 

 

 ダメだ、元帥の掌の上で遊ばれている気がする。 

 ルクブルク将軍のもとで剣術を学びはしたものの、通用する気がしない。

 ただ、相手の攻撃も避けられる。

 探知魔術の範囲内ならば、踏み込む時の荷重で、何とか相手の動きを読める。 


「探知か」


 気づかれたか。

 元帥は腰から下げた手榴弾を、そこらに撒いた。

 咄嗟に飛び下がるも、ダメだ、避けきれない。

 だが、この距離、まさか自爆か?

 

「安心しろ、スタングレネードだ」


 閃光、爆発と音、さらには荷重が消える。

 視界も音も荷重もない、だが、これは相手も同じはず。

 こんな至近距離でやる事じゃない。

 

「ぐっ!?」


 斬られた。

 飛び下がっていたから、薄皮一枚を斬られる程度で済んだが。

 その後も元帥の剣が届く、アイツこそ魔術を使っているんじゃないのか。


「ふむ、貴様は相当、魔術に頼って生きてきたのだな。魔術に甘え、あぐらをかき、怠惰な人生を送ってきたのだろう。分からないことを知ろうともしない、与えられた魔術だけを使って生き、一切の苦痛を味逢わずに死んでいく。天子にでもなったつもりか? たかだか魔力が使える程度のことで」

「……ぐだぐだと、うるさいんだよ」

「ははっ、すまんな。魔術師を見るとどうしてもイライラしてしまう。許せ」


 首。

 

 飛ぶように襲ってきた曲刀の一撃を、軍刀カゼキリで受ける。


 ――――ここだ。


 エレメントジェーバイトの魔力を、刀に送り込む。

 切れ味を増した刀は、曲刀の凄まじい威力を利用して、逆に曲刀を切断した。

 曲刀が無くなった、銃もない、なら。


「勝てると思ったか?」


 身体ごと、ぶつかってきやがった。

 最初から曲刀を捨てるつもりだったのか。

 凄まじい一撃が、俺のみぞおちに入っちまった。

 胃液が、一気に逆流してくる。

 口の中が、酸っぱい。 


「貴様なぞ、剣も銃も無くとも勝てる」


筋肉の化け物かよ。

一撃一撃が馬鹿みたいに重い。

防弾の腕輪で防げない。

銃弾よりも重い一撃ってことか。

そんなバカな。


「そうだ、念のために付けておくか。また風魔術で逃げられたら面倒だからな」

「ふざけ――」


 ふわりと避けられて、首に何かを嵌められた。 

 これ、アナが付けられていた奴と同じ。

 魔術が、封印された。


「ようこそ、こちら側の世界へ」


 魔術が使えない世界、銃弾も止められない、探知魔術も使えない。

 軍刀カゼキリも単なる刀になり、送話魔術も使えない世界。


「くっくっくっ……魔術大国カルマの王子が、魔力無しになってしまうとはな。さぞかし怖かろう? 全能だった自分が、無能になってしまったみたいだろう? 安心しろ、貴様は最初から無能だ。それこそが人間本来の姿、魔術になぞ頼らずに、努力して生きるべき姿だ」


 天を仰いでいるバカの腕を、がっしと握り締める。 


「ああそうかい、ご高説どうもありがとうございました」


 ようやく掴んだぜ。

 デカい図体のくせに、逃げ回りやがって。


「お前の拳なんか、デイズ中隊長に比べれば、軽くて眠くなっちまうよ」

「……なんだと?」

「お前のアホみたいな考えに付き合わされたせいで、俺は何人もの大切な人を失っちまった。もうこれ以上、誰一人として失う訳にはいかないンダヨッ!」


 掴んだ左腕を引き込みながらの、右拳の一撃。

 顔面に直接届いた一撃は、元帥の鼻を砕いた。

 

「軍人を舐めんな! 毎日毎日筋肉トレーニングばかりさせられて、命を懸けた戦いが終わったら反省会で勉強して、マズイ飯を食った後に筋肉トレーニングが待っているんだよ! 努力が足りないだ? 怠惰な生活だ!? ふざけんな! 俺は軍隊に入ってから、一秒だって気が休まることはなかったんだ!」

 

 ――いいかグレン、敵と肉弾戦になった場合、殴り合いはバカのすることだ――


「お前だって基礎教練が足りてないんだよ! 軍隊格闘術はな、相手を制圧する事に意味があるんじゃない! 相手の息の根を止める、その為に最短の時間で仕留めるんだ! 蹴る殴るじゃない、折るんだ!」


 掴んだラムチャフリ元帥の左ひじを、あらぬ方向へと曲げる。

 関節技は、どれだけ鍛えても抗えるものじゃない。

 鈍い音を立てて、元帥の骨が折れる。


「ぬぐううううううううぅ!」

「このまま、仕留めてやる!」

「腕一本で、勝ったつもりか!」


 頭突き、くそ、モロに喰らっちまった。

 鼻が血の臭いで染まる。

 

「ヌンッ!」


 おいおい嘘だろ、このオッサン、折れた左ひじを強引に元の形に戻しやがった。

 違う、筋肉だけで骨の代わりを果たしてやがる、マジかよ。


「だが、俺だって負けないんだよッ!」

「若造が、魔術大国カルマの王子にしては、なかなか出来るではないか!」


 手四つの力比べ、そのまま互いの額を相手へとぶつける。

 このジジイ、ルクブルク将軍並みに強いじゃないか。

 ふざけんな、俺がこんなジジイに負けて堪るか。


「負けて、堪るかああああああああああぁ!」


 ぐんっと押し込んだ頭が、ふわりと行き場を無くした。 

 不味い、まさか、ここに来て引いたのか。

 身体が浮いちまう、殺される。


「……え」


 だが、俺の身体はそのまま倒れることなく、両足を地面に着けた。

 両腕をラムチャフリ元帥に支えられている。

 なんだ、一体どこを見ている? 上?


「その髪、貴様、エリエント王子ではないな?」


 ――――っ、バレた。

 しまった、ウィッグがズレたか。

 最悪だ。

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