最終話 神の子

「私は反対です」


 俺の腕を握り締めて、アナはハッキリと言い切った。

 

「生贄の儀式だか何だか分かりませんがが、グレンをあんな肉の塊に入れさせるなんて、絶対に反対です。戻ってこられなかったらどうするのですか? エリエント殿下の時と違い、グロデバルグは完全に暴走しています。それに飲み込んでしまったのですよ? あんな、どこがお腹か分からない肉塊の中から、宝石一個をどうやって探し出せというのですか」


 今もまだ、グロデバルグだった肉の塊は肥大化を続けている。

 崩れた王城を王冠のように頭に乗せ、醜くも大きくなった身体で、今も叫び続けている。

 幸い、王城周辺に民の姿はないが、あんなのが叫んでいるんだ。

 今頃、家財道具をまとめて、避難を始めているだろう。


「意味の無い、王女としてあり得ないワガママだというのは理解しています」

「アナ……」

「……わかっています。だから、一人の女として、反対させて頂きました」


 アナは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き、目に溜まった涙を服の袖で拭い取る。

 赤い瞳に炎が宿る、俺から離れ姿勢を律したアナは、柳眉に力を込めた。


「エリエント殿下、ここからは、フォルカンヌ国の王女として接します」

「……かしこましました」


 両かかとを揃え、王女に対し親愛なる敬礼を行う。

 互いに服装はボロボロだ。 

 アナの白い魔術師の制服は血で染まったままだし。

 俺の黒い外套は破れ、中に着込んだ隊服にはクーハイの返り血が飛び散っている。

 顔は煤で汚れ、服装の至る所に砂や埃が目立ち、髪だってボサボサなまま。

 

 だけど、とても凛々しかった。

 まるで一枚の絵みたいだった。

 王族として相応しい雰囲気を、アナはその身から醸し出す。


「グレン、貴方に命じます。我が国を裏切り、亡国とせん者の暴走を、絶対に止めて下さい」

「了、アナスイ姫殿下のご命令、しかと承りました」


 差し出された手の甲に、片膝をつけ、口づけを。

 触れた肌は絹の如く、柔らかく、繊細なもの。


「これまでも、これからも」


 初めて出会った時から、この誓いは変わらない。


「俺は、貴方の為に戦い、貴方の為に生き、貴方の為に死にます」

「……グレン、私の為に戦うのであれば、必ず生きて戻ってきなさい」

「……そうでしたね」

「どんな怪我でも、私の治療魔術によって、回復してあげますからね」


 あの時と変わらない笑みを、アナは浮かべてくれるんだ。

 そして、大切な言葉を、続けてくれる。


「愛しています、グレン」

「はい、俺も、貴女のことを、愛しています」


 つけていた片膝を立てて、再度深く礼をする。

 

 【対象】――――暴走せしエレメントジェーバイト。

 【方法】――――グロデバルグの肉体を支配し、体内に取り込んだエレメントジェーバイトを取り除く。


「では、行ってまいります」

「お気をつけて」


 両手を掲げ、右目に宿るいエレメントジェーバイトの魔力を、最大限に高める。

 クーハイの時のように、エリエントの時のように。

 己自身を魔術によって、相手へと強引に送り込む。

 この魔術は送話でも、肉体支配でもない。



【新魔術】――――「神の子」



 自分の肉体を、生贄に捧げる。

 精神だけになった俺は、グロデバルグへと突貫した。


 肉の塊となった奴の身体は、自分の意識で操作することが出来ず。

 ただ、魔力を垂れ流すだけの存在であることに、驚愕し、納得した。


 油断すると、この肉体に取り込まれる。

 膨大な魔力の渦に、精神全てが飲まれそうになる。


(早く抜け出さないといけない。その為にも、一秒でも早くエレメントジェーバイトを見つけ出さないと)


 既に、この身体は城よりも大きくなってしまっている。

 手足を操作して抜き出す、ということは不可能だろう。

 だから、あくまで魔術に頼る。


(探知)


 身体の中の魔力の流れ。

 足音よりも、もっと繊細に。

 呼吸をした空気の流れる音、喉の栓が開く音、血流の音、鼓動する心臓の音。

 巨大な肉体になったとしても、探知魔術なら、分かる。

 心臓よりも音が多き場所が、一か所だけある。

 傷口が裂け、治り、裂け、治る。

 膨大な魔力の音は、体内で脈打つ打楽器のようだ。


(見つけた)


 青く輝く、魔力の奔流。

 けれど、魔力を前にして、一人の男の姿があった。

 変化する前の姿、細身で、灰色の髪をした、物憂げな顔をした男。


(グロデバルグ……)


 俺の存在に気づいたのか、奴は顔を上げると、少しだけ笑顔になった。

 ほころんだ口元を四回だけ動かすと、奴を型取っていた魔力は消え去る。

 自分勝手に国を裏切り、自分勝手に国を滅ぼし、自分勝手に死を望む。


 助かったとしても極刑、このまま死ぬことこそ本望なのだろう。 

 こんな肉の塊になってまで、生きていたくないよな。


(……やるか)


 この肉体は、自分では動かすことが出来ない。

 だから、使えるとしたら魔術しかない。

 俺のエレメントジェーバイトは風、エリエントがしていたように、風魔術で押し出す。


(――――大竜巻)


 出来るか心配だったけど、精神だけの状態ならば、風魔術が使えるらしい。

 俺本来の土属性、それの邪魔が無くなったからか?

 ともかく、使えるのなら助かる。

 肉体を切り裂いてでも、この宝石を取り出さないと。


 だが、いくら切り裂いても、宝石が肉体から飛び出ることはなくて。

 回復が速すぎる。

 回復する時のダメージを魔力に転換しているから、そもそもがダメなのかも。


 それに、分かる。


 この青いエレメントジェーバイト、俺の魔力をも吸い上げている。

 渇望状態とでもいうのか? どれだけ吸い上げても満足しないのかよ。

 このまま俺のまで魔力切れになったら、一体どうなっちまうんだ?

 

 一個で肉塊なんだ。

 そんなのが二個になったら、想像も出来ないぞ。

 くそ……ショウエ少尉め、何が簡単だよ、激ムズじゃないか。

 

 シクリと、右目が痛む。

 枯れてきてしまったのか。

 このまま魔力が尽きてしまったら、伝承の通り、俺は生贄になっちまう。

 しくじったか。


 無くなったはずの、右目が痛い。

 俺を形成する魔力が、尽きる。

 ダメだ、消える。

 膨大な魔力の渦に、飲まれる。


 アナ。


 ……。


『グレン』


 ……アナ。


『グレン! お父様が、今から残る魔力の全てを叩き込みます!』


 ……、お父さま。

 …………フォルカンヌ陛下?


『私の魔力も、全部……だから、お願い! そんな奴やっつけて、私の所に帰って来て!』


 青い魔力へと、凄まじい魔力が注がれている。

 天上から降り注ぐ魔力、消えかけていた俺の身体が、蘇る。

 そうか、フォルカンヌ陛下をアナの治癒魔術で回復させたのか。

 

 ここに漂う魔力は、もともと陛下のもの。 

 叩き込まれ、そして逆流している。

 魔力が、元ある場所に帰ろうとしているんだ。


(なら、それを利用する以外、手はない)


 吹き上がれ、どこまでも、天高く吹き上がるんだ。 

 模造品なんかに、本物が負ける訳にはいかないだろ。

 そして帰るんだ。

 世界で一番、大切な人の所へ。


(――――大竜巻、巻き上がれ、どこまでも、果てなく)


 生贄の力。

 言い換えれば、人を助ける為の力だ。

 自らを犠牲にして、世界を救う力。


 負ける訳には、いかないよな。




 やがて宝石は、天高く舞い上がり、俺の探知の範囲外に消えた。 

 多分、グロデバルグの肉体から出て、陛下が回収しているのだろう。

 俺も、この身体から抜け出さないといけない。

 

 けど、魔力が。


 それに、残る青の魔力が、離れさせてくれない。 

 最後の最後を使い切っちまったからかな。

 このまま、グロデバルグから離れられずに、死ぬのか。


『貸し、ひとつだ』


 ……この声、ラムチャフリ元帥か?


『貴様には、まだまだやるべき事がある』

 

 両肩に、翼? 炎の翼が勝手に動いて、俺の身体が、空へ。

 別れ際、俺の両肩に、こんなものを仕込んでやがったのか。

 というか、こうなるって分かっていたな? だから城内に居なかったのか。


『くっくっくっ……どう捉えても構わん。役に立てよ、小僧』


 送話、切れたか。

 ちくしょう。

 完全に掌の上だったってことか。

 厄介な奴に貸しを作っちまったな。


「……! ……レン! ……グレン!」 


 でも、まぁ、いいか。


「グレン! ああ、グレン! 良かった、良かった!!!」


 こうして、最愛の人の所に、帰ることが出来たのだから。

 

「ただいま、アナ」

「グレン……グレン!」


 泣きながら抱きしめてきて。

 それが可愛くて、誰が見ているかも分からずに、思いっきりキスをした。

 愛情表現として、キスは最高だ。

 言葉にせずとも、互いの想いが体の中に満ち溢れていく。

 最高の人と巡り合うことが出来た。

 俺の人生は、きっと、誰よりも幸せだ。




 今回の王都カナディースを襲った戦いは、グロデバルグの内乱と呼ばれるようになった。


 首謀者であるグロデバルグを、第三王女アナスイの婚約者、エリエント殿下が倒した事により平定された。と、巷では噂されている。実際戦ったのはエリエント殿下を名乗る俺なのだから、この噂は正しいと言えよう。更に言えば、フォルカンヌ陛下が俺のことを認めたっていうのも大きい。


「主が偽物でも本物でも、どちらでもいい。一度は見捨ててしまった娘が、こんなにも笑顔になってくれるのだから、それが何よりもの真実だ。それに、君は私の命の恩人、救国の英雄でもある。娘との婚約を止めることなぞ、私には出来んよ」


 隣に立つアナスイ姫が、にんまりと笑顔になったのが、とても可愛かった。 


『遅い。貴様の送話が遅かったら、ラムチャフリ元帥に攻め込むところだったぞ』

「アレス殿下、すいません、すっかり遅れてしまいました」

『まぁいい、親父を救出し、グロデバルグを制裁したのだからな。それと、心配していたかどうかは知らんが、アーチボルグ中尉の追撃軍だが、奴がたまたま道を間違えたらしくてな、元帥の軍とはぶつからなかったそうだ。アイツもなかなかどうして、運が良い』


 アーチボルグ中尉、完全に失念していた。

 ぶつからなくて良かった、元帥と正面からぶつかるなんて、自殺行為に等しい。


 スナージャ国は、今回の一件を全てグロデバルグの責任とするも、敗戦国としての役割を果たすとし、戦争賠償金、更にはフォルカンヌ国との数多の条約を締結、平和への原則を結ぶ形となった。

 アースレイ平原、シンレイ山脈からも軍を引き、フォルカンヌ国の国境線は、シナンジュ大河川よりもずっと西側へと移動、結果として、フォルカンヌ国は国土を戦前よりも更に大きくなる結果となった。


「エリエント・ディ・カルマ、貴殿にソウルラレイの領土を与える。スナージャ国とフォルカンヌ国、双方の架け橋となり、二国に悠久の平和をもたらんことを、期待する」


 事実上、王位継承権第十三位になった俺は、新たにフォルカンヌの領土となった、赤土の都、ソウルラレイの領土を与えられる事となった。二国の中心部に位置する商業都市だが、なかなかに立派な城もあり、駐留して過ごす分には快適そのもの。


 とはいえ、王族の一人として、王都に出向くことも多々あり。

 一兵士として生きていた時に比べたら、想像以上に忙しい毎日だったりもする。


『そういえばエリエント、お前がグロデバルグと戦っていた時、かなり危険な状況だったのを知っているか?』


 ソリタス殿下から教えられ、驚いたのだが、俺が王都カナディースにてグロデバルグ宰相と戦っていた時、周辺七か国は、フォルカンヌへと向けて合従軍を動かす直前までいっていたらしい。フォルカンヌは周辺諸国と地続きで繋がっており、攻め込まれようものなら全面戦争になっていたのだとか。


 ソリタス殿下はアースレイ平原を基盤に南方三か国を押さえつけ、シンレイ山脈に残っていた第三皇子リデロ殿下も同様に、大将軍のミッケランと共に、北側に集結しつつある二か国を相手に睨みを利かせ、王都救援へと行くことが出来ない状態にあったのだとか。


『それら合従軍の総大将が、スナージャ国のラムチャフリ元帥だった。彼が退却したとの知らせが入るなり、合従軍は解散、俺達は九死に一生を得たという訳さ。まぁ、負ける気はしなかったがな』


 合従軍、というか、反魔術同盟なのだろう。

 何はともあれ、一時の平和は訪れたんだ。

 今は少しだけ、休みを満喫したい。


「グレン」


 声を聞くだけで、頬の力が緩む。

 戦後処理がどれだけ忙しくとも、彼女の声を聞くだけで幸せな気持ちになる。


「アナ、俺の名前はエリエントだよ」

「あら、二人きりなんですもの。大丈夫ですよ」


 既に陽も沈み、空が夕焼けに染まる。

 城内にも火が灯り、街の人たちが家々へと帰り始めるころ。

 アナは俺の側までくると、背後からゆっくりと抱きしめてきた。


 お互い、歳を一つ増やして、十八歳同士。 

 陛下にも認められ、こうして小さいながらも領主にもなった。

 止める人は誰もいない、止められる人も誰もいない。


 席から立ち上がり、求められるがままに彼女を受け入れ、それと共に、俺も彼女を求め続ける。

 いつしか同衾するのが当たり前のようになり、この時間は誰も邪魔することが無くなった。

 甘い口づけを、何度繰り返しただろうか。

 肌を重ねる回数が増えれば増えるほど、互いをより深く知りたくなる。


 でも、まだ、最後まではしていない。

 式を挙げるまではダメなんだとか。


「身重で結婚式は、お父さまに叱られてしまいます」


 生殺しだ。

 目の前に愛する人がいるのに。

 でも、ダメなものはダメ。

 手を繋いで、一緒に眠るだけ。

 大好きだから、迷惑を掛けたくない。




 我慢に我慢を重ね、ようやく、戦争から一年が経過した。

 盛大な結婚式には、各国の王族や貴族が集まり、俺達を祝杯する。


「魔術大国カルマの王子と、是非ともお近づきになりたい」


 そんな言葉で溢れていたが、そこら辺の対応はショウエ大尉に一任した。

 昇進させたのだから、そこら辺のお仕事は頼まれて欲しい。


「いずれ、ショウエ大尉とは敵になってしまうのかな」

「彼女はカルマからの派遣魔術師ですものね……」 

 

 反魔術同盟の動きは、今のところ俺の耳には入ってきていない。

 合従軍の話を聞く限り、水面下では動いているのだろうけど。

 でも、こんな式で考えることでもないか。


 他国へと嫁いでしまったお姉さま方とも挨拶をかわし、幸せな結婚式は、あっという間に幕を閉じた。

 すぐにはソウルラレイには戻らず、王都に一週間ほど滞在することにした。

 挨拶しなくてはいけない人が沢山いる。

 無論、俺はエリエント殿下なのだから、表立っては出来ない人も。


「エリエント殿下に、敬礼!」


 さらに階級を上げたデイズ大隊長に、元ザヤのガミ中隊長、国一番の狙撃手と呼ばれるオルオ中隊長に、トーランド技術長。元デイズ小隊の生き残りの面々や、各地でお世話になった人たち。


 それと。


「シナンジュ大河川、ここに眠る兵たちは、全てこの慰霊碑の下で眠っております」


 数えきれない戦死者の名を刻んだ慰霊碑に残る、ヒュメルの名前。

 彼女だけじゃない、ギュノル、ボッケ、マルクス、俺の下にいてくれた、大切な仲間たち。


「私の夫を守っていただき、誠にありがとうございました」


 アナと共に、二人手を合わせ、死んでいった仲間を弔う。

 スナージャ国との和平なんて、彼等は望まないかもしれない。

 でも、大切な人達の死があったからこそ、この平和は存在する。

 忘れてはいけない、俺達の平和には、彼等の努力があったことを。


「……行こうか」

「……はい。アナタ」


 もう、戦いたくないと願ってしまう。

 だから、俺は動かないといけない。




「エリエント殿下、ご準備が整いました」

「……分かった。では、行こうか」


 魔術大国カルマを変える。

 反魔術同盟との戦争を止められるのは、カルマの王子を騙る、俺だけなのだから。

 

『そうか、カルマへと旅立つか』

「はい」

『反魔術同盟は着々と数を増やしている。臨戦態勢と言ってもいいぐらいだ』


 総大将なのだ、元帥の言葉に嘘はない。

 カルマは今も変わらず、魔術至上主義であり、仮初の中立国を謳っている。

 

『言っておくが、そうそう簡単には、この流れは止まらんぞ?』

「……止めてみせますよ」

『ほう? どのようにだ?』


 覚悟は決めた。

 アナも一生ついて行くと約束してくれている。

 全ての戦争を止める方法は、これしかないから。




「俺が、魔術大国カルマの王になる」





※エピローグを後日投稿します!

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