第19話 下らない男
「姫様、迫撃砲の準備、完了しました」
「ルールル、ありがとうございます。それに他の兵士の皆さまも、ご協力に感謝いたします」
要塞城ガデッサの城壁は、通常とは違い特殊な形をしています。
船首のように突き出た先端へと迫撃砲を並べると、まるで海賊船のようです。
幸い、銃弾や大砲の類、砲弾も大量に在庫があるのですから、ある程度のけん制は可能でしょう。
「トーチカの方はどう?」
「一応出来てはおりますが、雪を固めたもので大丈夫なのでしょうか?」
「あら? 雪って意外と硬いのよ? それに人は配置しないのだから、大丈夫よ」
案山子案は、ルールルにも意味がないと言われてしまいました。
ですので代案として、多量にある雪を利用してのトーチカを作成することにしました。
四角く固めた雪をレンガ状に積み上げ、監視穴を設ければ完成です。
銃を二丁ほど見えるように配置すれば、それっぽく見えるでしょう。
「本当に大丈夫なのですか? 結局、民の協力は得られなかったのですよね?」
「ない物を欲してもしょうがありません。今は残る時間を如何に悔いなく動けるかです」
無人のトーチカですが、最悪、的ぐらいにはなってくれるはずですから。
相手の弾を消費出来れば、それだけでも良しとしましょう。
それにもうひとつ、とっておきを仕込んでおきました。
役に立たないことはない、そのはずです。
「これ以上しても意味がないって、ルールルは言いたいのですよ、姫殿下」
「その声は、ショウエ少尉!」
以前よりも伸びた水色の髪が、雪に反射してとても綺麗に見えます。
曹長から少尉へと昇格したショウエ少尉は、私へと敬礼をしてくれました。
長袖の軍服がとても似合っておりますし、下のミニスカートがとても可愛らしい。
「カルマ魔術師団実行部隊所属、ショウエ少尉、この度正式に、アナスイ姫殿下直属の部隊へと配属となりましたことを、ここにご報告いたします。これで何のしらがみなく、姫殿下の為に動くことが可能になりましたよ」
味方がいてくれる。
それだけで泣きたくなるほど嬉しい。
「わわっ、姫様、急に抱き着かれては」
「だって、だって……」
「まぁ、私と魔術師団が残った所で、多勢に無勢なのは変わらないのですけどね」
十万の軍勢は、既に遠目に見ることが出来る距離にあります。
余裕の表れなのでしょう、行軍速度は遅く、横に大きく広がった陣形です。
「そんなことありません。火球魔術の有無は、此度の防衛戦では非常に大きな差を生みます」
「二百人の魔術師団が残ってはいるものの、各々、一日に撃てる火球魔術は四発が限度です」
「はい、ですので、狙いを絞って、一発必中でお願いしますね」
「かしこまりました。とはいえ、雨のように撃つのが主流でしたからね、あまり期待なさらずに」
要塞城の前に塹壕を深堀した落とし穴を作り、ソウルレイ山脈には多数のトーチカを作りました。
迫撃砲と大砲を追加し、二千の兵には全員城内から銃を使用して頂きます。
とにかく遠距離、近距離戦に持ち込まれたが最後、勝ち目は無いでしょう。
「まだ、諦めていないのかい?」
冬にしては温かな日差しを感じられる城壁にて、私たちへと声を掛ける緑髪の人。
付き添いの兵とずっと一緒のエリエント殿下、もはや私の中で、彼は敵です。
「ゼネラルギルドにも断られたのだろう? この城は民も君には味方しない。君は一体、誰の為に戦っているのだ? 君たちが奮戦することを、この場の誰も望んでいないというのに」
「……王族が国の為に戦うことに、理由など必要でしょうか?」
「理由なき戦いに何の意味がある? それでは子供の喧嘩と変わらないではないか。戦争とは政治面が大きく出ないといけない、大義名分が必要なのだよ。今の君には、それがあるとは思えないね」
勝ち誇った高笑いをあげながら、エリエント殿下は私たちの前から消えました。
一体何がしたくて現れたのでしょうか、彼の行動こそ幼稚そのものです。
「……姫様」
「大丈夫です、他にも準備しなくてはいけない事は山積みなのですから、どんどん頑張りましょう!」
意味のない野次に応える必要はない。
そう考え、日が暮れても迎撃戦に備えていたのですが。
「なんですか、これは……!」
翌朝、たった一晩でトーチカの全てが破壊され、塹壕は埋め立てられ、迫撃砲や大砲は地上へと落下、破壊されている状態でした。迎撃戦用に準備していたもの、全てがたった一晩でなかったことにされる。こんなことが出来るのは、一人しかいません。
「ルールル」
「はっ」
「誰がこれを」
「昨晩、エリエント殿下が風魔術を使い、お一人で」
「そう、ありがとう」
まぁ、分かっておりましたけどね。
あの人は私の邪魔をすることなら何でもする。
自分に有利な大層な理由を付けて、偉そうに語るのでしょうね。
「……当然だろう? 無血開城するのに、あんなもの必要ない」
「無血開城はしない、現状、この城の主権は私にあるはずですが」
寝起きのエリエント殿下はとても眠そうにし、ベッドから出ようともしません。
「確かに、僕は援軍としてやってきたに過ぎない。全権委任された訳ではないが、それは表面上のことだ。事実、僕は軍を率いて戦ったではないか。その僕が決めた事に逆らう君の方が間違っているのだよ」
「ならば、次回は私が軍を率いて戦います。これ以上の邪魔はしないで頂きたい。さもなくば……」
このお方は、煽り文句が好きなのでしょうね。
言葉を止めると、嬉しそうに起き上がりました。
「さもなくば、なんだ? 言ってみろよ」
ベッドの上で膝を立てて座ると、目は半眼になり、まるで敵を見るみたいに歪む。
「本当、どうしてこのように性格が歪んでしまったのか」
「御託はいい、早く言え」
「では、僭越ながら。エリエント殿下の右目にある宝石、私はそれを見たことがございます」
宝石のことを言われると、彼は柳眉をぴくりと動かしました。
「右目の宝石、エレメントジェーバイト、ですよね?」
「……どこで、それを」
「幼き頃、魔術大国カルマで」
エレメントジェーバイト、別名、魔力の泉。
宝石自体が魔力を保持し、所持者はあたかも魔術使いのように、宝石に宿る魔力を使いこなすことが出来る、魔術大国カルマの国宝のひとつ。
「宝石のことを思い出すと、私はそこから更に疑問を抱きました。なぜ、そのような物をエリエント殿下が右目に装着しているのか。でも、考えてもみればとても簡単なことでした。エリエント殿下には生まれつき魔力が備わっていない。魔術大国カルマの第四王子としてこの世に生を授かったにも関わらず、魔力無しとして生まれてしまったのです」
「……」
「滑稽ですよね、自分にも魔力が無いくせに、魔力を持たない人間を格下に見ていたのですから。送話魔術に興味が無いのも納得です。研究した所で魔力がない殿下には、使うことも繋ぐことも不可能でしょうからね。此度の縁談に白羽の矢が立ったのもそう、魔力無しをいつまでも本国に置いておく訳にはいかないから。屈辱でしかないのですよね? 王位継承権第十三位の第三王女なんていう、政略結婚とも呼べないレベルの相手と婚約をしないといけないとか。宝石の力とはいえ、自分はこんなにも上手に風魔術を使えるのに」
「黙れ!」
感情を露わにした彼は、ベッドから飛び跳ねるようにして、私の着用しているドレスを掴み上げました。
「何の証拠も無しにぐだぐだと語りやがって!」
「……証拠ならございますよ?」
「なに!?」
「失礼ですが殿下、この魔力の帯、見えておりますか?」
私が言葉にした帯は、グレンさんとの送話の際に利用している魔力の結晶のようなものです。
ショウエ少尉や魔力をお持ちの方、ほとんどの人が見ることが可能なこの帯ですが。
「み、見えるさ」
「そうですか、私の手には何もないのに?」
帯は地中にあるのですよ。
見えるとしたら足元です、手のひらではございません。
「貴様……っ!」
「私の要求はただひとつです。これ以上の邪魔はしない、そう、お約束下さい」
ここから先は憶測にしか過ぎませんが、恐らく、彼の右目は実母によって抉り取られたのでしょう。
魔術大国の王子に魔力無しが生まれてしまったなんて、世に知られていい話ではありません。
見えている目を取られる恐怖、激痛、それらが魔術に対する憎しみに変わった。
同情の余地はあります、ですが、今は彼の人生なんてどうでもいい。
小物にいつまでも関わっている暇はありません。
私は今、目の前に敵に注力しないといけない。
破壊されてしまった迫撃砲や大砲は、もう使い物にならないでしょう。
出来ることと言えば、トーチカを直し、塹壕を掘り返すぐらい。
この作業が、一体どれだけの役に立つのか。
この街の誰も、私に期待などしていないのに。
「……よし、やるかぁ!」
バカな考えこそ役に立たないじゃない。
時間は有限なの、一秒でも早く動かないと。
「どうでしょうか……?」
「そうですね、砲身が曲がった訳ではないので、まだ使えますよ」
良かった。
大砲や迫撃砲、まだ使えるみたいです。
兵にお願いして、修復、及び再配置を依頼しました。
「姫殿下、こちらを」
「……これは?」
兵と共にトーチカを直していると、ショウエ少尉が杖と金属の胸当てを手渡してくれました。
「とても、軽いです」
「はい、これならば、アナスイ姫殿下でも装着が可能だと思われます」
不思議な胸当てです。
軽いのに、とても硬い。
「カルマでは、女性も魔術師である以上、戦場に立たなければならない場面がございます。男性のように防刃仕様の軍服で……という訳にはいきませんから、魔力を込めた防具を装着し、戦場へと赴くのです。お渡ししたそちらの胸当てには、軽量化の魔術と、防刃、防弾の魔術が込められております」
「……凄い、この杖は?」
「そちらの杖ですが、杖自体に魔術は込められていないのですが、代わりに、使用した魔術の範囲化を可能としています。姫殿下の治癒魔術を広範囲に使用することが可能となりますので、決戦の日までにお試しする事をおススメいたします」
治癒魔術の広範囲化。
これって、あの日のカルマの治癒魔術を再現できるということ、でしょうか。
「治癒」
さっそく試してみると、城下町一体に私の治癒魔術が降り注いでいるのが分かります。
要塞城全域に使用できるということは、戦場全域に掛けられるのと同じ。
「おお……姫殿下、さすがです」
「魔力消費が、かなり大きくなってしまうのですね」
「はい、ですので、私たちの部隊ではその杖を使用できる者がおりません。ですが、聖女の加護をお持ちの姫殿下ならば、使いこなせることが出来るかと。それと、これは私たちの着用している制服なのですが、こちらにも防刃、防弾の魔術が込められておりますので、是非姫殿下も袖通しを」
真っ白な制服、胸の部分にフリルもついていて可愛い。
ミニスカートは、ちょっと慣れませんけど……あ、でも、これ。
「お分かりになりました? 足の部分が露出しているように見えて、一番防御力が高いんですよ」
「カーテンのように魔力が溢れている……凄い、逆に足を狙わせる造りなのですね」
「はい、男はバカな生き物ですので」
思わず笑ってしまうと、ルールルもショウエ少尉も笑ってしまって。
「ルールルも、似合っていますよ」
「……ありがとう、ございます」
恥ずかしそうに赤面しつつも、白髪の隙間から笑顔を覗かせる。
戦争直前だなんて、思えないぐらいに楽しい。
この日常を、一日でも早く取り戻したい。
「姫様」
「……はい」
そして、始まろうとしています。
十万対二千の、無謀なる防衛戦が。
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