第20話 意外な生存者

 スナージャ帝国の軍隊が間近に迫ってくると、平穏だった町は表情を変えました。

 無血開城をさせまいと兵を敷くも、そこに迫るは怒りに染まった護るべき民の姿。 


「城門を開け! スナージャ帝国を刺激するな!」

「戦ってどうにかなる数じゃないでしょ! この街を滅ぼしたいの!?」

「エリエント殿下に逆らうのか!? スナージャだけじゃなく、カルマも敵になるぞ!」


 この城門を開いたらどうなるのか、説き伏せようにも聞く耳を持ちません。

 防衛戦以前の問題、内戦のような街を前にして、私たちは動くことが出来ず。


「姫様、守備兵の配置、完了しました」

「ルールル、ありがとうございます」

「凄い反発ですね、まるで我々が敵みたいじゃないですか」


 誰の為に血を流すと思っているのか、そうルールルは愚痴をこぼしました。

 ルールルだけじゃなく、兵も同じ気持ちの方が多数いらっしゃるのでしょう。

 ですが、我々はここを動く訳にはいきません。

 スナージャ帝国を受け入れたが最後、この国は終わってしまうのですから。


「せめて、徹底抗戦の構えだけでも出来れば――っ、痛い!」


 瞼の上あたり、何か飛んできた?

 ズキズキと痛みだして、手で触れると、血が。

 

「投げ石!? 姫様! こうなったら、武力制圧するしか!」

「いけません! 護るべき民に対して、刃を向けることは断じて許可しません!」

「ですが! ――っ、ちっ!」

 

 防弾の制服も、魔力を発揮しなければただの服という事ですか。

 ひとつの石を許したからか、どんどんと物が投げ込まれるようになりました。

 盾を持っている兵でなんとか防げますが、このままでは私たちは動くことも出来ません。

 兵たちも、どこまで耐えられるか。


「投石をやめたまえ諸君!」


 耳に覚えのある声。

 この状況を生み出した元凶。


「我々は無血開城を望んでいる! それは、誰の血であろうともだ!」


 馬上から叫ぶエリエント殿下。

 魔術騎士団と共に現れた彼等を前にして、民衆は歓喜の声を上げました。

 まるで救世主でも現れたかのような喜び方に、ルールルは嫌悪感を隠そうとしません。


「大丈夫だったか、我が婚約者よ」

「……随分と高い所からの物言いでございますね」


 馬上からの影差す表情ですが、一歩も臆しませんよ。

 誰のせいでこんな状況になってしまったというのか。

 無血開城の噂さえ流れなければ、民衆ももう少しは落ち着いてくれたかもしれないのに。


「道を開けてくれないか? スナージャ帝国を待たせる訳にもいかないだろう?」

「私たちは無血開城を認めたつもりはございませんが」

「君は僕の婚約者なのだろう? 将来の妃ならば、王子である僕の意見に従うべきだと思うが?」


 適当な言葉とは裏腹に、共に引き連れてきた魔術騎士団の槍が私たちへと向けられました。

 彼等の持つ武具は私がショウエ少尉から預かった杖と同じ。

 魔術武具で武装した彼等は、一人一人が小隊長のようなもの。


「……かしこまりました。ただし、通門後は閉鎖することをお許し下さい」

「ああ、構わないさ。話がまとまり次第戻る、その時は開けてくれたまえ」


 既に話がまとまっているのでしょうか? 随分と余裕のある態度が癪に障ります。

 門を開くと、既にスナージャ帝国の軍勢が陣を成しておりました。

 左右に広い陣形、防衛戦の時の奇襲作戦も、今回は通用しないでしょうね。


「閉門します!」


 エリエント殿下と魔術騎士団が通過した後、城門は閉鎖されました。

 このまま追い出しちゃいましょうよ、ルールルはそんな事を口にしていましたけど。


「城壁から様子を伺いましょう。エリエント殿下が話し合いをまとめたとしても、通す訳にはいきません」

「さっすが姫様! このまま話し合いが失敗してくれたら笑えるんですけどね!」


 あの様子からして、それは無いと思いますが。

 エリエント殿下のお陰か、民は沈静化し、城門から離れて行きます。

 彼が来て良かったことと言えば、これぐらいのことでしょうか。


 圧巻。


 スナージャ帝国の軍勢を城壁から見た、最初の感想はこれでした。

 統率の執れた部隊に、均等に並べられた大砲や迫撃砲の数々。

 この要塞城ガデッサを徹底的に破壊する、そんな気概を感じられます。


「あ、エリエント殿下の部隊が接敵しますね」


 五百の魔術騎士団が近づいてくるだけで、相手からしたら脅威だと思いますが。

 スナージャ帝国が手出ししてこないという事は、予め内通していたという事でしょう。

 何度か、外出する格好でしたものね。


 中央の部隊へと到達すると、彼等の姿は見えなくなってしまいました。

 五百の魔術騎士団があれば、また違う戦い方も出来たのに。

 それ程までに彼等は強く、敵からしたら度し難いものだった。

 その彼らが無手のまま接敵するとは…………ん?


「あれ? 姫様、左右の軍が陣形を変えていますよ?」


 中央の部隊が凹の形になり、そのまま中央の凹みを包むような形へと変わる。

 そうです、スナージャから見たら一番厄介なのは魔術騎士団です。

 彼等を一網打尽にしてしまえば――――


「爆発!?」


 円陣を組んだであろうスナージャの部隊から、巨大な爆発が発生しました。

 衝撃波が城壁まで届くほどの爆発は、見ている者の目を奪います。


「今のって、まさか……」

「やられましたね。スナージャ帝国の狙いは、最初から魔術騎士団だったという訳ですか」


 エリエント殿下の誘いに乗ったと見せかけて、一番厄介だった敵を葬り去る。

 相当な軍略家がおりますね、これはどうあがいても勝ち目がない。


「皆さん、これがスナージャ帝国の答えです!」


 不幸な戦死に敬礼を。

 大嫌いな人でしたが、人心掌握のために最大限の役目を果たしてくれました。


「無血開城なぞあり得ない! 彼等は我々の血を欲している! この城を抜かれたが最後、フォルカンヌという国は跡形もなく蹂躙されてしまう事でしょう! 敵は多い、ですが貴方達には聖女である私がついています! 精鋭よ! 職務を果たしなさい! 貴方達がすべきことは、フォルカンヌの鉄壁であることです!」


 私の声と同じくして、スナージャ軍の方からも鬨の声が上がりました。

 数で勝てるはずがない、いいえ、この戦いは負けなければいいのです。


「正面から馬鹿正直に来るのですか、人海戦術を執るとは、舐められたものですね」


 多ければ多いほど、迫撃砲と大砲の餌食にしか過ぎませんが。

 それであっても、撃ち漏らしは発生してしまいますね。

 駆け抜けてくる兵、彼らの命の価値は、とても軽い。


「ショウエ少尉」

「はっ、二小隊、火球魔術用意!」


 二百名いる魔術師団を十名ずつの小隊に分けて撃たせる。

 錬度の高い魔術師が残ってくれたお陰ですね。

 残る歩兵部隊へと火の雨を降らせることに無事成功しました。


 スナージャの攻撃方法は、とても原始的なものが多い。

 遠距離からの砲弾や、大型梯子を城壁に掛けてきたり。

 古代兵器である破城槌まで持ち出してきそうな勢いです。


「姫様、南北に反応あり」

「予想通りですね」


 スナージャの行軍が遅かった理由は、恐らくこれでしょう。

 グレンさんたちが作り上げた雪道、これを使用しての奇襲。

 仕掛けておいたとっておき・・・・・の出番です。


「城内へと敵を侵入させる訳にはいきません! トーチカ爆破!」

「了! トーチカ爆破!」


 何日掛けて歩いてきたのかは知りませんが。

 

「ソウルレイ山脈、雪崩発生! 敵兵を飲み込んでいるのを確認!」


 皆さま、全員仲良く雪崩に飲まれてしまって下さいね。

 叶うことならば、そのまま冬眠なさってください。


 南北の奇襲が失敗したことに気づいたのか、敵の行動ががらりと変わりました。

 長銃を用いての狙撃、砲台による徹底掃射、投擲武器による手りゅう弾の投下。

 これまでの人海戦術が嘘みたいに、臆病な攻め方です。


「しかし、戦い辛い」

「姫様、負傷者多数発生!」

「わかりました」


 範囲治癒魔術。

 籠城作戦だからこそ、敵味方の判別を付けることなく治癒が出来る。 

 カルマは私たちだけを治癒しておりましたよね……まだまだ、その域には達せそうにありません。


「全兵回復を確認!」

「良かったです」

 

 こちらは二千しか兵がいないのですから、一人一人の役割が途方もなく大きい。

 失う訳にはいかない、この状態で、援軍が来るまで持ちこたえないと。


「――――ッ! 姫様!」

「え?」


 目の前に影? ……敵!?

 咄嗟に魔力を放出させると、防刃が発動、敵の鎌のような刃を弾いてくれました。


「チッ!」


 危なかった。

 まさかこんな距離まで接近を許すなんて。

 一体、どこを登ってきたのでしょうか。

 

「貴様! 姫様に向かって!」

「ルールル! 相手の刃には毒が塗られています!」

「了! 触れられずに倒しますよ!」


 ルールルの一撃を跳んで躱す。

 凄い身体能力です、彼女なら反り立った城壁すらも登ってしまうのかも。

 

「トウェイノチョバン!」

 

 今のは、スナージャの母国語? 

 一体誰に……誰? もう一人いるということ!?


「デイノウチョトイ」


 私の影の中に、敵。

 深く沈んだ黒い瞳に、吸い込まれそうになる。

 どうしよう、防刃で防げるのかな。

 もう、刃が首に。


「させねぇよ!」


 目の前にいた敵が、一瞬でどこかへと消えました。  

 代わりに現れたのは、灰色の髪をした背の低い兵士さん。


「アナスイ姫が殺されたなんてなったら、デイズ小隊長にどやされちまうからな」

「デイズ小隊長……デイズ小隊の方ですか!?」

「ああ、デイズ小隊、切り込み隊長のガミ兵士長ってなぁ俺のことだ!」


 強い、斥候相手に一歩も引かない、それどころか押している。

 懐に隠してあった投げナイフをもアッサリと避けて、ガミさんは斥候兵の喉に剣を突き立てました。


「スナージャの斥候部隊とやり合うのは、これが初めてじゃないんでな」

「……凄い、でも、どうして。まだ援軍は到着していないはずなのに」

「ああ、俺は右腕をやられちまってな。情けねぇことに戦力外通告出されて、療養中だったんだが」


 ガミさんはルールルと戦っている斥候兵へと近づくと、背後から剣を叩きつけました。

 態勢を崩したところに、ルールルの剣が相手の喉を切り裂き、倒す。


「何日か前に姫さんの治癒魔術が届いてな、こうして動けるようになった訳だ」

「……あの時の、試し魔術で」

「ああ、俺以外にも回復した奴が五十はいる。全員戦えるぜ」


 ここに来て、この援軍は助かります。

 

「ガミ兵士長、貴方に王女特権にて、臨時の曹長へと昇格を言い渡します。復帰した五十の兵を率いて、スナージャの斥候兵への対処に当たって下さい」

「……ありがたき幸せ。それじゃあ探知兵を貸してくれ。全員あぶり出してくるからよ」

「分かりました。ショウエ少尉、探知兵を一名、ガミ曹長へ」


 この流れを殺す訳にはいかない。

 勝つ必要はないのです。

 生き延びれば、それで勝ちなのですから。

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