第21話 最後の希望

 籠城戦が始まり、四日が経過しました。

 一日目でこちらの戦力を計ったのか、スナージャは無理な攻撃はしなくなったものの。

 昼夜問わず行われる擾乱じょうらん射撃により、兵たちの疲労は増すばかり。

 城壁にも大砲による破損が見え、内側から修復するも追いつかず。

 斥候兵による襲撃も防ぎきれず、次第に負傷者が発生していく。


 兵数の差。


 ズルイですよね、十万とか。 

 半分はお休みしていても、残りの半分で攻めることが出来るのですから。

 こっちは二千しかいないのに、こんなのイジメです。


「姫様! 探知兵より、スナージャ兵が雪道を進んでいるとの情報あり!」


 初日に雪崩で潰したはずの道を、しょうこりもなく利用するとか。

 食料や弾の備蓄には余裕があるものの、それを使うべき人には一切の余裕がありません。


「火球魔術を二発、山の上層に撃ち込んで下さい。雪崩の誘発を狙いましょう」

「了! ……成功です! 雪道の封鎖を確認!」


 本当、奇跡の連発ですよ。

 でももう、次はないでしょうね。

 最近、天気良いですし。


 その後も五日目、六日目と死線をくぐり、七日目の朝を迎えることが出来ました。

 いえ、眠ることなく、朝が来てしまいました。


 城壁に築いた簡易テントの中で、死んだように横になる。

 もう何回、治癒魔術使ったのでしょうか。

 ずっと眠れないし、ずっと考えないといけない。


 一番早い援軍でも、一か月。

 まだ、七日しか経過していない。

 これを、あと四回? 眠れない夜を、二十日以上?


 もう……ムリ。

 静かに眠りたい。

 戦死したエリエント殿下のことを、少しだけ羨ましいと思ってしまいます。


「姫様」


 それでも、私を起こす声がする。

 治癒魔術は、私にしか出来ないから。


「大丈夫です、負傷者が百人を超えたら、治癒魔術を発動させます」


 泣き言は、心の中で。 

 私が始めた戦いなのですから、私が諦めたらダメ。

 だから、今は寝かせて。 

 眠いの。


「いえ、ゼネラルギルドのゲーリッヒ・ゼネラル氏が、面会をしたいと」

「ギルドマスターが……? はい、分かりました。通して下さい」


 また、苦情でしょうか。

 そんなに無血開城が良かったのですかね。

 確かに、毎日轟音でうるさいですしね。

 出迎える気力もないので、マスターに来てもらうことにしました。


「アナスイ王女……随分とやつれましたな」


 だったら寝かして下さい。

 

「姫様、先日はとんだご無礼を働き、誠に申し訳ありませんでした」

「……別に、いいですよ」


 もうほんと、どうでもいいと思っています。

 なのにマスターは、床に額をこすり始めました。


「エリエント殿下の戦死後、民の意見も変わりました。連日連夜戦い続ける、兵士の皆さまを支援したいという声が多数上がって来ているのです。物資支援だけでなく、戦える者は武器を手に取り戦いたいと言っております。……遅かったかもしれませんが、是非とも我らを、手足のように使って頂けたらと存じ上げます」


 そんなことを今更言われても……ん?

 ガデッサの民を使えるのですか?


 確か、ガデッサ辺境伯領の人口は二十万人はいたはずです。

 そして要塞城に住まう人口は、確かその四分の一、五万人はいたはず。

 子供を除いたとしても、その数四万近く……。


「マスター」

「はい」

「今すぐ、動ける者に装備品を配給します。直ぐに装備して下さい。そして不寝番の如く戦い続けている兵士を休ませて下さい。一秒が惜しいです、早く行動を」

「わ、わかりました」


 これで、二千しかいなかった兵が、一気に四万二千に増えました。

 とはいえ、鍛錬を積んでいないのですから、頭数にしかなりませんが。


「ルールル」

「はい」

「ガミ曹長、ショウエ少尉と協力して、民の中から指揮が執れそうな者を小隊長に任命して下さい。それと兵士たちに五時間交代で休息を取らせてください。擾乱じょうらん射撃が煩いですからね、出来るだけ静穏が保てる場所で、一秒でも長く寝るよう指示を出して下さい」


 頼れる人がいてくれて、本当に助かります。

 これでようやく、兵も休ませることが出来る。

 私も少し寝よう……おやすみなさい。


 それから更に五日が経過しました。 

 このまま乗り切れるのではないか、そんな空気が流れていたのですが。


「スナージャ軍、動きます!」


 物量に任せた攻撃。

 いつまでも私たちに付き合ってくれるほど、相手は甘くなかったのです。

 それはそうでしょう、援軍が来てしまったら、向こうは敗北なのですから。

 

「ショウエ少尉、火球魔術を」

「了、魔術師団、二小隊にて火球魔術、放て!」


 損害を度外視した攻めは、やがて城門に届く。

 古き魔術によって守られていた大きな門が、地鳴りのような轟音と共に軋む。 


「城門が爆破されています!」

「攻撃して下さい、門を開かせる訳にはいきません」

「姫様、城壁は危険です! 下に降りましょう!」


 城壁を降り、城下町から城門が見える位置まで行くと、連続で爆破された城門から、防護魔術の青い光が宙に舞っているのが見えました。

 城門が、ただの大きな、丈夫な鉄製の扉に代わった瞬間。


 穴が、開いてしまいました。


 人の頭程度の穴ですが、そこに多量の砲弾が殴り込まれると、やがて扉は形を変えます。

 強引にこじ開けられ、城門が開いてしまう。


「歩兵部隊、侵入を許してはいけません」

「――っ、ダメです、姫様」


 人の隙間を縫うように、スナージャ兵が雪崩れ込んで来るのが見える。 

 城下町にスナージャ兵が入って来てしまった。

 こちらの兵は、数だけの、鍛錬も何もしていない民兵がほとんど。

 砂漠の民の兵士に、敵うはずがありません。


「まだです、姫殿下」

「……ショウエ少尉」

「治癒魔術のご準備を。味方の歩兵部隊ごと焼き尽くします」


 焼き尽くす。

 言葉通りの炎が、城門付近にいた人間たちを丸焦げにしていく。

 敵味方問わず、全員まとめて。


「治癒」


 死に至ってしまっては、回復が出来なくなってしまうから。

 黒こげで焼かれている最中の兵へと、治癒の魔術を掛ける。

 悲鳴がずっと聞こえてくる、熱い熱いって声が。


「痛いのなら、まだ生きています」


 涙が出てきます。

 こんな事をして喜ばれるはずがありません。

 焼かれているのに、治されて、また焼かれ続ける。

 

「治癒」


 こんなの、拷問以外の何物でもないじゃないですか。

 きっと私は、マスターの言う通り、悪魔と呼ばれてしまうのでしょうね。

 死にゆくことを許さずに、業火に焼かれる人を治し続ける悪魔と。

 

「……もう、大丈夫です。城門の鉄部分が溶けて、穴が塞がりました」


 私の治癒魔術は、敵味方区別なく回復してしまうから。

 生き残った敵兵は、また殺される。

 死ぬほどの痛みを数度味わったあの人たちは、どれだけ私を憎んだのでしょうか。


 これが戦争。

 これが、人を殺すということ。


「城壁がいつまで持つか分かりません、城へと下がりましょう」


 せっかく閉じた城門なのに、爆破する音が止みません。

 要塞城ガデッサの堅牢な門が破かれると、残るは町の中心部にある城を残すのみ。

 こちらの城には防衛機能はほとんどなく、籠城するだけの守りもありません。

 目抜き通りからの景観が優れた城、ただ、それだけです。


 二週間は耐えました。

 それだけでもきっと、凄いことなのだと思います。

 だって、最初は二千しかいなかったのですよ?

 それをここまで守ることが出来た。

 誇っていい事だと思います。


「ルールル中尉……もう、諦めましょうか」


 これ以上抵抗したら、全員殺されてしまうから。


「私の首を差し出せば、少しは温情してくれるかもしれません」

「姫様……ダメです、諦めてはいけません!」

「頑張った、私たちは頑張ったのですよ」


 だからもう、悔いはありませんから。

 一人でも多くの民が、生き残れると信じて。

 

 ……。


 最後に、グレンさんの声を、聞いてしまおうかしら。

 思えば、戦いが始まってから、送話魔術を使う暇なんてありませんでした。


「ルールル、少しだけお時間を」

「少しだけなんて言わずに、ずっと大丈夫ですから」


 あんなに綺麗だった白髪を、こんなにまで汚してしまって。

 私なんかにはもったいないぐらい、可愛くて、優秀な子。

 彼女の髪に口づけを落とすと、ルールルは泣いてしまって。

 ごめんなさい、私がもっと、いろいろと上手く動けていれば。


 彼との会話も、きっとこれが最後になります。

 アースレイ平原に、到着出来ていればいいのだけど。


 ……。


 最後ですから、元気良くしないと。

 光の帯を手繰り寄せて、今は遠い、あの人へと語り掛ける。


「グレンさん、聞こえますか?」


 初めて送話を受けた時が懐かしいです。

 やはり、この魔術は素晴らしい。

 一番大事な時に、大事な人の声を聞くことが出来る。


『アナ!』


 ああ、良かった。

 声が聞けた。


「グレンさん、私――」

『生きているんだな! 良かった、間に合った!』


 ……間に合った?


『聞いてくれアナ! 現在、俺達は要塞城ガデッサへと到着している!』

「到着……本当ですか」

『ああ、嘘じゃない! もう少しで側に行ける! だから、もうちょっとだけ耐えてくれ!』


 目頭が、熱い。

 勝手に、涙が出てきてしまいます。


 もうちょっとだけ。

 もうちょっとだけなら。


「……はい、絶対、耐えてみせます。だから、早く、迎えに来て下さい……」

『任せておけ、すぐにアナの所に辿り着いみせる!』

 

 そこまで語ると、送話は切れてしまいました。

 ずっと繋がっていたかった。

 心の底から安心できる。


「姫様……」


 泣いている場合じゃありません。

 ここで踏ん張らないと、せっかく駆けつけてくれたのですから。


「ルールル中尉、援軍です」

「援軍?」

「グレンさんたちが、既に到着していると」

「それは、真ですか!」


 遠く、城門の先から爆音が鳴り響いています。

 彼らが来ていたとしても、負傷兵ばかりのはず。


 杖を大地に付けて、背筋を伸ばし、自身を律する。

 治癒魔術を使わないと、数では負けているはずですから。


 私たちの兵は殺させない。

 たとえ悪魔と呼ばれようとも。

 聖女と呼ばれる、私がついているのですから。

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