第22話 潜入作戦
アレス殿下率いるアースレイ平原の部隊、三万。
俺達グロッサ丘陵の生き残りが二千。
合わせて三万二千の兵だが、スナージャは十万。
士気は異常なまでに高いが、兵数の差はある。
闇雲に突貫しては、負けは確実。
黒煙上がる要塞城ガデッサを前にしながらも、開かれた軍議の場、俺は末席に身を置いた。
アレス殿下が上座へと座すると、他を抑え、殿下自らが語り始める。
「現在、我々はスナージャ軍に対し、チマチマとした囮作戦しか出来ていなかった。背後まで警戒している奴等へと餌を投げ出し、つられた馬鹿どもを制裁する、陳腐な作戦だ。だがしかし、そこにいるグレン中隊長の送話魔術により、要塞城ガデッサに我が妹、アナスイが生存しているとの情報が入った」
第三王女の生存情報は、軍議に参加した者たちの表情を明るくさせる。
「よってここに、作戦変更を提案する。まずは現状の確認だが、現在、要塞城ガデッサの城壁は既に敵兵に抑えられ、大砲や迫撃砲の類は敵の手に渡ってしまっている。城門前に広がる塹壕地帯も、敵兵の巣窟だ。十万の内、半数以上は城壁内へとなだれ込み、残る半数が俺達西方からの攻撃に備えている状態だ。ここからの打開策は、正直なところ存在しない」
「では、姫君は」
立ち上がった将校の一人を、アレス殿下が手で制する。
「慌てるな。要塞城ガデッサも歴史ある城だ、隠し通路の一つや二つ、無論存在する。ただ、それら隠し通路は逃走経路であり、一列縦隊がやっとだ。のんびりと行軍させては、間に合わなくなる可能性が高い。よって、隠し通路へは少数精鋭で臨みたい。スカール将軍、貴殿お抱えの特務部隊と共に、隠し通路からガデッサ城へと向かい、我が妹、アナスイを救出して欲しい」
スカール将軍。
鉄仮面をかぶった表情の分からない、無言であることが多い将軍。
俺とは別部隊に配置されていたが、囮作戦においてよく聞く名だった。
アレス殿下の信頼が厚い将軍の一人、ということなのだろう。
「無論、囮作戦は継続して行う。デイズ中隊長、職務遂行を頼む」
「了解」
爆炎のデイズの名は健在だ。
デイズ中隊長が敵陣後衛に切り込み、すぐさま撤退を掛ける。
深追いしてきた部隊を挟撃し、仕留めるのが、囮作戦の主な内容だった。
七万の差は、そう簡単に埋まるものではない。
僅かながらでも削ることで、活路を見出す。
「以上だ、質疑は?」
俺は唯一の送話魔術の使い手であり、アレス殿下、ソリタス殿下の情報共有に必要な人材なのだと自負している。
「はい!」
「グレン中隊長か、なんだ」
自負しているが、これだけは譲れない。
「俺も、アナスイ姫殿下の救出作戦に、参加させて下さい!」
「却下だ。貴様には役割がある。それぐらい分かっているだろう」
「分かっておりますが、俺はアナスイ姫殿下に誓ったのです! 必ず生きて戻ると!」
俺は、アナスイ姫殿下直属の騎士だ。
彼女の為に生き、彼女の為に死ぬ。
それは逆に、彼女が死んでしまったら、俺には生きている理由がないということ。
「僭越ながらアレス殿下、彼の意見を、俺は尊重したいと考えております」
呆れた表情で額に手を当てるアレス殿下をなだめるのは、意外な人物だった。
「デイズ中隊長……なぜだ、理由を述べよ」
腕組みしたまま、デイズ中隊長は瞼を閉じて語る。
「俺はグレンに三度、軍としての生き方を拳で叩き込みました。軍に個人はいらない、国の為に生き、国の為に死ねと。そんなグレンが、王族である姫君の為に動こうというのは、ある意味正しい。それにグレンは魔術兵だ、探知魔術を駆使し、カルマ秘蔵の軍刀カゼキリを振るい、防弾の腕輪も使いこなしている。単騎としての力量は、俺に匹敵します」
「しかし、グレン中隊長には特許魔術が存在する。死なれてしまっては俺の首が飛ぶぞ」
「大丈夫でしょう。なぜなら、彼は俺の部隊の生き残りですからね」
ある意味、何よりも信頼度の高い言葉だ。
ちくしょう、嬉しくて、なんか泣けてくる。
「……そうか、そこまで言うのなら許可しよう。ただし、グレン中隊長が戦死した時は、デイズ中隊長も責任を取って自害しろ。王族に意見したのだ、それぐらいの覚悟は、もちろんあるのだろう?」
「当然、見事に爆散してみせますよ」
豪快に笑い飛ばすと、デイズ中隊長は俺を見た。
青く輝く碧眼は、これまでで一番優しく微笑んでいて。
「という訳だ。行ってこい」
「了解しました! ……っ、デイズ中隊長、俺!」
「泣くな鬱陶しい。早く行け」
相変わらずの素っ気なさが、たまらなく好きだ。
軍議を終えると、俺は自部隊へと戻り、小隊長達を呼び出した。
これまでの戦いから、個の力量で見ても、この四人は強い。
だが、特務に全員を連れていける訳じゃない。
誰を連れていくか、選抜しないと。
「はーい、じゃあヒミコ二曹、特務に立候補しまーす」
「サレス一曹、同じく立候補します」
「あー、私はパスかな。部隊指揮も必要でしょ?」
「同じく、俺も隠密とかは性格的に向いてねぇ。クーデルカ二曹と共に残留希望だ」
となると、俺と共に潜入するのがヒミコ二曹、サレス一曹。
残留して指揮を執るのが、クーデルカ二曹、ガンデス一曹。
振り分け階級的にも問題なさそうだな。
「クーデルカはおっぱい大きいから、潜入とか向いてないもんね」
「あはは、そうかもね。ヒミコはスレンダーでいいなぁ」
「なんだとぅ!?」
「いちいち喧嘩するな。それとロッカ、君も同行して欲しい」
兵士長から三曹へと階級を上げたロッカの名を呼ぶと、彼は俺へと敬礼をした。
「了、ロッカ三曹、特務任務へと従事します」
「頼りにしている、俺の背後を任せられるのは、君以外ありえない」
「ええ、任せて下さい」
最初期から彼を知っているが、人間は本当に変わるのだと思い知る。
いや、戦争が、あどけない彼をここまで変えてしまったんだ。
無邪気な子供のような目をしていたのに、今はもう、兵士の目をしている。
国の為なら人を殺せる、兵士の目だ。
「そんな目で見ないで下さい。グレン、貴方も変わりましたよ」
「……そうか、そうだよな」
「ええ、変わらないと生きていけない。そういう世界でしたからね」
そう語るロッカが、少しだけ寂し気に見えた。
優しい性格が表に出ているのだろう。
死んだ奴等は皆、ロッカを慕っていたんだ。
彼等を思えば、俺達は何だってやれる。
ああ、何だってやれるんだ。
「この廃村の井戸が、そのまま城下町の墓地に通じている」
アレス殿下に連れられて、俺達は駐屯地近くの廃村へと足を運んでいた。
いや、廃村があるからこそ、駐屯地を近くに配置した、というのが正しいのかも。
「墓地は城から少し離れているが、逆に都合がいいだろう。斥候兵の調べでは、妹たちは城に籠り、徹底して籠城を決め込んでいるらしい。腐っても城だ、出入口を完全に封鎖しちまえば、それなりに入るのは難しい。……なんだグレン、質問がありそうな顔をしているな」
「ああ、いえ、姫殿下はこの隠し通路のことを知らなかったのかな、と思いまして」
知っていれば、何人もの住人を逃していそうな気がする。
王族ご用達の隠し通路を、なぜアナだけは知らなかったのか。
「妹は母親が違うからな。貴族でもない女に手を出した親父が悪いんだが、それもあってか、俺達の母さんはアナの母親を毛嫌いしていたんだ。王都にも居づらかったんだろうな、自分から戦地へと赴き、聖女として振舞うとか。そういう訳だ、アナが隠し通路を知らない理由、分かるだろ?」
「はい、踏み込んだ質問をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
そういえば、以前アナが言っていた気がする。
自分は妾の子で、王宮でも肩身が狭い思いをしていると。
簡単に口にしていたけど、結構重い内容だったのかも。
「では、宜しく頼む」
アレス殿下へと敬礼し、俺達は井戸を降りる。
俺達四人と、スカール将軍率いる特務部隊、五十人。
特務部隊の方々、スカール将軍と同じ鉄仮面を被っていて、なんか怖い。
井戸底へと降り立つと、立って歩けるぐらいの横穴が延々と続いていた。
昼間だというのに、陽の光の届かない真っ暗な横穴は、手探りで進むしかなくて。
「うひゃ、虫!」
「ヒミコ、叫ばないの」
「ごめーん、だって、指に何か当たったんだもん」
幸い、反対側から誰か来る、ということもなく。
俺達は無事、横穴の突き当りに辿り着くことが出来た。
「グレン中隊長」
初めてスカール将軍から名を呼ばれた。
とても低い声、年齢的に四十代ぐらいだろうか。
「先に我らが上がり、付近を制圧する。グレン中隊長は城へと向かい、アナスイ王女を頼む」
「了解しました、ご武運をお祈りいたします」
鉄仮面に薄い鱗のような鎧を身に纏うスカール将軍は、両手にかぎ爪のような武具を装着すると、掛けられた梯子を使うことなく、縦穴を跳びながら上がっていってしまった。それに追従し、特務部隊の面々も同様にかぎ爪を装着し、梯子を使わず、縦穴の壁を蹴って登り続ける。
五十名はいた兵があっと言う間に見えなくなり、出口の蓋を開けて外へと出て行ってしまった。
その様子を、唖然としながら四人で見上げる。
「……俺達は、普通に梯子を使って行こうか」
「はい。それが賢明かと」
「あはは、あんなのに合わせるのとか、ムリムリ」
人間離れしすぎている、あんなのにならないと、将軍にはなれないのか。
俺とアナが一緒になるには、将軍になるしかない……と思っていたのだけどな。
梯子を登りきると、アレス殿下の言う通り、そこはガデッサ城下町にある墓地だった。
先に出たはずのスカール将軍たちの姿は既になく、辺りは不気味にも静まり返っていた。
「……あ、死体があるよ」
うつぶせに倒れていて、首裏に三個の穴。
あのかぎ爪で背後から突いた感じだ。
この静けさから察するに、敵は俺達の侵入に気づいていない。
気づかれないまま、五十を超える兵が暗殺に走っている。
スナージャからしたら、想像もしたくない状況だろうな。
無駄に口角が上がりそうになる。
「それにしても、城壁の中って五万人はいるはずなんでしょ? なんでこんなに静かなのかな」
「静かって言っても、城門の方は賑やかだけどね」
「地道な囮作戦が功を奏したのだろう。行くぞ、籠城が崩される前に、姫殿下の所に行かないと」
たかだか三万の兵に、いつまでもやられる訳にもいかないのだろう。
スナージャの主力部隊が城壁へと向かっている今が、ある意味チャンスだ。
「探知」
急ぎながらも、敵兵に見つからないように、探知を使用する。
城下町なんだ、家や路地裏、隠れる場所は沢山ある。
「敵兵二、正面」
「了解」
ヒミコ二曹とサレス一曹の動きは、とても場慣れしている動きだった。
路地に身を潜ませ、通り過ぎた敵兵の背後から襲い掛かり、気づかれる前に仕留める。
ゴギリッ、という耳に慣れない音と、口をふさがれたまま喉元から血が出る音。
「制圧完了、だね」
頼りになる二人だ。
魔術武具も持たないのに、女性にして肉弾戦を好む。
さすがはアースレイ平原で戦う曹兵といった所か。
このままガデッサ城へと向かい、籠城しているアナと合流したかったのだけど。
「――っ!? 中隊長、下がって!」
探知には何も引っ掛からなかった。
だが、ヒミコ二曹が何かに気づき、俺の首根っこを掴み、引き下げる。
空気を切り裂く音。
きりもみ上になった何かが、激しい爆音と共に民家の石壁に激突する。
「一体何が……」
見覚えのある鉄仮面。
吹き飛んできたのは特務部隊の一人だった。
そして吹き飛ばしたのは、最も接敵したくない人物の一人。
砂漠のロンドマン。
その人だった。
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