第15話 腐った信念

(アナスイ王女視点)


「グレンさん! グレンさん!」


 どうしたのでしょうか、突然、送話魔術が打ち切られてしまいました。

 彼が殺された? ……でも、まだ、送話魔術が届こうとしている。

 まだ、殺されてはいない。 

 きっと彼は、彼たちはまだ、戦っているはずです。


「開けて! 扉を開けなさい!」


 必死になって扉を叩くも、全然、びくともしない。

 グレンさんは送話魔術の最後、ショウエ曹長を探していました。

 歩兵部隊の彼らが望むは、魔術師団による火球魔術の支援に違いありません。

 駐屯地後方の爆破、そこからすぐに連れ込まれてしまった私には、何も分からないまま。

 丸一日、ずっと馬車に閉じ込められて、ようやく扉が開くと、私は愕然としました。


「要塞城ガデッサ……なぜ、こんな場所に戻っているのですか」


 シナンジュ大河川では、まだグレンさんたちが戦っているのに。 

 送話こそ繋がらないけれど、きっとまだ、彼等は戦っている。

 孤立無援の状態で、残り僅かな食料と共に。


「エリエント殿下! これは一体、どういう事なのでしょうか!」

 

 馬車を降り、私はエリエント殿下の執務室へと駆け込みました。

 

「……どういうこと、とは?」


 既に軍服から楽な服へと着替えを済ませ、着席し、足を机上へと乗せる。

 おおよそ王族らしからぬ振る舞いに、憤慨しそうになります。

 ですが、今はそれどころじゃありません。


「まだ我が軍の兵士が戦っているのですよ!? 彼等は火球魔術を要請しておりました! 魔術大国カルマからお預かりしていた魔術師団は、今もあの地に残されているのですよね!?」

「……ああ、ショウエ曹長の部隊のことかい? 彼女はあの爆破音を聞いてしまったら、僕の言うことを聞かずに戦場に残りそうだったからね。予め打診し、僕達よりも前に撤退しているよ」

「て、撤退!?」


 あり得ない、では、今のグレンたちに残された戦力は、自国民のみ。 

 何の為の支援、何の為の援軍なの。


「貴重なカルマの人間を、むざむざ殺させる訳にはいくまい? 魔術師団に何かあれば、僕が怒られてしまうからね。第一に考えるは、カルマの人間がどうすれば無傷に帰れるか。スナージャでは全員処刑されてしまったんだ、当然だろう? そして第二は、どうすれば送話魔術の存在を消せるか」


 送話魔術の存在を、消す?

 机上に乗せていた足を下ろすと、緑色の髪を掻き上げ、彼は私へと近寄ってきました。


「送話魔術は僕にも使えない魔術なんだ。ということは、カルマの誰も使うことが出来ない。そんな魔術、存在していいはずがないだろう? ならばどうする? 答えは一つだ」


 壁に手を当て、私の顎を持ち、彼は信じられないことを口にしました。


「術者を消せばいい」


 汎用性がない魔術を、カルマは良しとしない。

 どうやら、この言葉は違うみたいですね。

 汎用性ではなく、自分たちが使いこなせない魔術を、カルマは良しとしないのでしょう。


「それはつまり、私をも殺すということですか」

「いいえ? これまで観測した結果、送話魔術の使い手はグレンという男にあると調べがついています。アナスイ王女が使用しているのは、たるんだ糸電話の糸を伸ばす程度のこと。送話魔術の本体は、あの男で間違いないのですよ」

「ならばなぜ、彼をもっと調査しないのですか。エリエント殿下はこちらに来られてから、ただの一度も、彼と顔合わせすらしていらっしゃられないですよね」


 私から離れると、今度は応接用のソファへと腰かける。

 用意されていた菓子をひとつまみ食べると、彼は美味しそうに表情を歪ませました。


「僕は無駄なことが嫌いなんだ」

「では、なぜ急な撤退を? まさか、スナージャと裏で繋がっているのですか」

「あははっ、そんなことをしたら、僕がカルマ本国に殺されてしまうよ。伝令兵の手紙ね、アレを見た瞬間に、これは罠だって気づいただけのことさ。丁度いいと思ったよ。このまま罠に嵌めてしまえば、送話魔術の術者を葬れる。その方が、カルマ本国の奴等にも報告がしやすい。アイツ等は送話魔術を解明して、なんとか自分たちのものにしようとしていた。本当、滑稽だよ。……それと」


 エリエント殿下は応接用の机に足を投げ出すと、私を見ながらこう言いました。


「君とグレンは、どうやら恋仲のようだったからね。僕という婚約者がありながら、毎日のように送話魔術で密談をされてはね。ああ、そうだ、これは嫉妬心からの出来事だったのかもしれないよ? ということは、責任は僕じゃない、君にあるってことだ」


 拳を握り、歯を食いしばります。

 軍隊には、個人の思想は不要と言います。

 個よりも全、国を生かす為に、軍隊は存在するのです。

 それを、この男は。


「それに、僕は防衛戦で勝利している。一度の勝利と一度の敗北、天秤は傾かないさ」

「……エリエント殿下」

「なにかな?」


 無理だと、私の心が叫んでいます。

 こんな男と一緒になるくらいなら、死んだ方がましです。


「私は、エリエント殿下との、婚約破棄を申し出ます」

「……ほう?」

「私は、フォルカンヌ国の第三王女です。国の為に戦う勇者たちを、無駄に殺させる訳にはいきません。すぐさまお父様へと早馬を出し、婚約破棄したことをご報告いたします。……では、失礼します」


 執務室を後にするも、エリエント殿下は追いかけて来ませんでした。 

 あの男は、最初からこれが狙いだったのかもしれません。

 私と婚約なんて、最初から頭の中に無かった。


 イライラして頭がどうにかなりそう。

 でも、だからこそ冷静にならないといけません。


 送話魔術の術者を殺す、しかし、先の会話の中に矛盾点がありました。

 彼は汎用性の無い魔術は不要と言いながらも、カルマ本国は送話魔術を欲していたと言いました。

 恐らく、今回の撤退はエリエント殿下の独断によるもの。

 全てをカルマ本国へと通告すれば……ううん、それでは間に合わない

 今もまだ、グレンさんは戦っているのですから。


「……っ、どうして私は、送話魔術が使えないのでしょうか」


 無能な自分に嫌気がさして、本当、嫌になります。

 私が送話魔術さえ使いこなせていれば、ショウエ曹長にも連絡が取れたのに。

 お父様にもカルマ国王にも、エリエント殿下について相談することが出来たのに。

 私は無能です、どうしようもなく、ダメな王女です。


「グレンさん……」


 カルマ本国は、遠距離治癒魔術を発動させることが出来たのだと、耳にしました。

 どうすればそれが出来るのか? 

 治癒の範囲を調べる?

 探知魔術?


 探知魔術と治癒を混合させれば、それが可能になるの?

 しかし、探知魔術を遠距離に飛ばすことは出来ません。

 出来て徒歩二十分圏内が限度……違う、探知魔術じゃない。

 送話魔術、アレなら距離関係なく、場所を把握することが出来ます。

 送話と治癒、二つをかけ合わせれば、遠距離治癒魔術が可能になるかも。


「……」


 いつものように、送話魔術の糸を手繰り寄せます。

 エリエント殿下の言っていたことは、この魔術の正解に近いです。

 普段は緩んでいる送話魔術の糸を張ることで、彼と繋がることが可能となる。


「……グレンさん、聞こえますか?」

『アナスイ姫殿下、ですか』


 良かった、まだ生きている。


「はい、すいません、大事な時にお近くにいることが出来ず。遠距離での治癒魔術が可能か、試してみたいと思います。どなたかお怪我をした方はいらっしゃいませんか? ああ、いえ、まずは出来るかどうか、グレンさんで試しても宜しいでしょうか?」

『不要です。俺なんかよりも、もっと他に治療しなければならない兵が沢山います』

 

 ……? グレンさん、雰囲気が少し違います。

 ですが、それを詮索している時間が惜しい。 


「現状をお知らせ下さい。大至急お父様に依頼し、援軍を出させます」

『了解しました。今、俺達はシナンジュ大河川を南へと下っています。駐屯地に残された天幕や木材を利用し、即席のイカダで川を下っている最中です。川の流れが早く、生き残れたのはほんの一握りの兵だけです。俺の部隊も半数が戦死してしまいました。……ヒュメルも』


 ヒュメルさん、いつもグレンさんの横にいた、ピンク色の髪をした彼女も。

 眩しい笑顔、ずっとグレンさんの横にいることに、私も嫉妬していたのに。


 ……胸が痛いです。

 グレンさんの悲しみが、ナイフとなって私の心臓に刺さるように、痛い。


「……分かりました。南下しているのであれば、そのまま川を下り、アースレイ平原へと向かって下さい。アースレイ平原駐留部隊、総大将、ソリタス第一王子ならば、グレンさんたちを迎え入れてくれることでしょう。他に何か、聞きたいことはございますか?」

『ショウエ曹長は、今どこに』

「エリエント殿下の指示により、戦いが起こる二日前に、彼女の部隊も撤退しております。一番側にいておきながら、何も役に立てなかったこと、本当に申し訳ございません」


 罵倒、したいのですよね。

 昨日のあの瞬間、状況を打破出来るのは、彼女の火球魔術部隊だけだったでしょうから。


『アナスイ姫殿下』

「はい」

『要塞城ガデッサから、退避して下さい』


 ……退避? 


『俺達が敗北した以上、スナージャは籠城戦に付き合うことなく、要塞城ガデッサを攻め落とす可能性が高いです。ガデッサに残る戦力はカルマの魔術騎兵団のみ、あれ一部隊では到底凌ぎきることが出来ません。ショウエ曹長にはガデッサから火球魔術を放てるよう準備をさせ、アナスイ姫殿下は一秒でも早く、その場から退避して下さい』


 グレンさんの言う通りです。

 今のこの要塞城は張りぼてもいいところ。

 どれだけ堅固な造りをしていても、兵がいなければ意味がありません。


「ありがとうございます、至急そのようにいたします。それと、会話の最中に遠距離治癒を試したのですが……どうやら、無理みたいです。ごめんなさい。では、送話を切りますね。グレンの、部隊全員のご武運を、お祈りいたします」


 急がないといけない、でも、この要塞城を抜かれてしまっては、スナージャの魔の手が王都カナディースにまで届いてしまう。ソウルレイ山脈から東はなだらかな盆地が続きます。途中にある農村や街、それらの防衛機能はあってないに等しい。攻め込まれたら、殺されるだけ。


 グレンさんは逃げろと言ってくれましたが、逃げる訳にはいきません。


「失礼します。エリエント殿下、お話を宜しいでしょうか」


 頼りたくない。

 でも、現状を打破出来るのは、この人だけだから。


「おや? 誰かと思えば、婚約破棄をしたアナスイ姫殿下ではございませんか」


 執務用の席に座り、彼はふんぞり返ります。

 

「分かっているのですね」

「……何を?」

「要塞城ガデッサの、置かれている状況が」


 スナージャの兵が押し寄せてくる、それが分かっているからこそ、彼はこの部屋から出る準備をしているのでしょう。よく見れば執務机の上に書類はなく、調度品こそ残されていますが、彼の私物と呼ばれるものは何一つありません。


 その身ひとつでいつでも移動できる。

 そうでしょうね、彼にはフォルカンヌと運命を共にする義理はないのですから。


「ああ、分かっているよ。よって、この城は無血開城をする予定だ」

「無血開城……戦うつもりすらないという事ですか!」

「当然、勝てるはずがない。これは斥候班から得た情報だが、いま現在、グロッサ丘陵を行軍しているスナージャの部隊は、かの国から来た主力級の部隊だ。五個師団、何万という軍勢がこの城目掛けてやってきているというのに、どうして五百程度の騎兵と、二百人程度の魔術師団で戦えるよ」


 どうしてこの人は、愉悦な顔をされているのでしょうか。

 スナージャが来たら、ご自分だって殺されるかもしれないのに。

 

「エリエント殿下、貴方まさか、スナージャと裏取引をされたのですか」

「……その質問には、先に答えたつもりだが? 確かに、カルマとスナージャは敵対関係にある。だが、それは一時的なものであり、いずれは国交回復となるさ。魔術師団の不在、経済制裁を受けたままでは、あの国は成り立たなくなるからね。それこそ、貿易摩擦で国交が遮断され、戦争状態になったどこかの国のせいでね。そんな未来が確約された状態で、カルマの第四王子の僕を殺すと思うかい? それこそ、永久的に敵対国となること間違いなしさ」


 自分の命だけは助かる。

 きっと彼はそう言っているのでしょうね。

 フォルカンヌなんてどうでもいい、この国なんか無くなってしまえばいいと。


「貴方は、どこまで最低なのですか」


 彼は立ち上がると、再度私へと近寄ってきました。

 目の前に立つと、睨みつける私の顔を持ち上げ、顔を近づけてきます。


「まだ、婚約破棄を打診していないのだろう? 今ならまだ、僕の妃としてお前は生き残れる」

 

 自分の命を助けるために、こんなクズと一緒になれと?

 そんなの、出来るはずがありません。


「――っ!」


 室内に、頬を叩いた乾いた音が響きます。

 感情の高ぶりを、堪える事が出来ませんでした。


 でも、その瞬間。

 私の指が彼の眼帯を捉え、隠していた彼の右目が露わになりました。


「宝石……」

「……見たな、お前、僕の右目を見たな!」

「――っ! 近寄らないで下さい! 私はもう、貴方と何の関係もないのですから!」


 迫りくる彼を突き飛ばして、執務室を逃げるように走り出ました。

 あの右目の宝石、昔どこかで見た記憶があります。

 子供の頃、どこかで……いいえ、今は、そんなどうでもいいことを考える時間はありません。

 この城に残る兵力で、一番頼りになる人のところに急がないと。


「ショウエ曹長!」


 良かった、いてくれた。

 水色の瞳で私を見る彼女は、多分、何も知らされていない。


「おや、アナスイ姫殿下ではございませんか。どうなされましたか?」

「敵が、スナージャが攻めてきます! 大至急防衛の陣を!」

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