第28話 十三歳の暴君

 俺達の部隊が中央平原に到着した時、スナージャ軍は南北に広く陣形を構えていた。

 中央の軍におよそ四万、南北それぞれに一万ずつ。

 

 中央はなだらかな盆地であり、広大な畑がどこまでも広がっていた。

 夏季冬季、それぞれに対応した作物を育てていた畑が、今は土だけになっている。

 刈り取ってしまったのだろう、兵站を得て、長期戦が可能になってしまった。

 更に言えば、その場所は既に塹壕が掘られ、畑のほとんどが無くなってしまっている。

 農家の生まれとしては、これだけでも許しがたいことだ。


 南側は小高い丘が連なる丘陵地帯であり、丘の頂上に陣を幾つか構えているのが見える。

 俺達が攻め入る場合、どうしても下から上へと向かう事となり、視野が広いスナージャ軍の方が優勢となってしまうのであろう。

 難攻不落な即席の城といった感じだ。

  

 北側には集落が見える。

 ルクブルク将軍が言うには、ボルクスという村があった場所らしい。 

 今は完全に落ち、黒煙が上がっている。

 村民が避難出来たかどうかは未知数。

 ガデッサ城下町の惨状を考慮するに、生存者は皆無と考えていい。


「では、スカール将軍、後を宜しくお願いします」

「了、エリエント殿下、ご武運を」


 一万の軍勢は、そのままスカール将軍に指揮を委ねた。

 後方を一万の敵が睨み続けているだけでも、スナージャにとって驚異なのは違いない。


『あまり大勢で動くなよ、気取られる可能性がある』


 アレス殿下の言葉通り、俺は少数でグロデバルグ宰相閣下のもとへと馬を走らせる。

 乗馬なんてほとんどしたことが無かったから、走らせるのがやっとだ。

 

 俺に追従しているのは、ルクブルク将軍、そしてロッカ中隊長を始めとした、元グレン中隊のメンバーから選出した、僅か十名の兵だけだ。


 南の丘陵地帯、その更に南側の森林地帯を馬で駆ける。

 獣道しかなく、駆けるというよりも、歩くが正しい。


「関所を通りたくないバカ者が、こういった道を利用するのですな」


 ルクブルク将軍の愚痴を耳にしながら、俺達は強行軍を敢行した。

 既に戦いは始まっており、砲撃の音や、銃声が耳に届く。

 だが、どこか静かに感じるのは、何故だろうか。

 ガデッサ城下町や、グロッサ丘陵の時のような、激しさを感じない。 

 形だけの戦、俺の目には、そう見えてしまっていた。


 馬を走らせること丸一日、俺達は、ようやくフォルカンヌ軍の最南端へと到着する事が出来た。

 そして、違う意味での惨状を目の当たりにして、我が目を疑う。


「なにこれ……趣味悪」

「こんなの知られたら、アレス殿下の逆鱗に触れるぞ」


 ヒミコ二曹が嫌悪感を露わにし、ガンデス一曹が戦慄する。

 駐屯地の柵、一本一本にスナージャ兵の生首が突き刺さっている。

 裸にされた身体の方も玩具にされていて、吐き気を催すような遊び方をされていた。

 晒されているのは男の死体ばかり。

 スナージャ兵には女もいるが、彼女たちは恐らく天幕の中にいるのだろう。

 何人もの男が出入りし、付近には醜悪な臭いが漂っている。

 反吐が出る、軍規はどこへいってしまったのか。


「おお! 爺や! お久しゅうございます!」


 中央平原南部軍本部へと向かうと、幼さが残る少年が俺達を出迎えてくれた。

 アナやアレス殿下と同じ赤い瞳、波打つ金髪は王族の証ともいえる。

 十三歳にして将軍に抜擢された若き王族。

 王位継承権第十二位、ゼーノクルス第十皇子、その人だ。


 アナの方が十七歳と年上だが、継承権は男児が優先される。

 とはいえ、十二位と十三位では、差があってないようなものだが。

 

「……君は?」


 新品同様の軍服に身を包み、曇りなき眼で俺を見る。

 俺が口を開く前に、ルクブルク将軍が先んじて質問に答えてくれた。

 

「ゼーノクルス殿下、このお方が魔術大国カルマからの援軍、エリエント殿下でございます」

「ああ、この方が……噂では爆殺されたとお聞きしておりましたが、ご無事で何よりです」


 差し出された手を握ると、子供のように小さかった。

 力もない、幼さ残るこの少年を、どうして起用したのか。

 手を離すと、間髪入れずルクブルク将軍が割って入る。


「ゼーノクルス殿下、差し出がましいお言葉ですが、駐屯地のこの有様は一体どういうおつもりでしょうか? このような状態を、ソリタス殿下を初めとした諸兄に知られてしまっては、一大事でございますぞ? 今すぐ兵へと指示を出し、やめさせるよう徹底させた方が宜しいと、爺は進言させて頂きます」

 

 ルクブルク将軍の言う通りだ、こんなの、許される状況じゃない。

 まだ勉強中だが、捕虜に関する取扱い条約だってあったはずだ。

 それらを破ってしまっては、戦争に勝ったところで世界が敵に回ってしまう。

 勝ち方を間違えている、アレス殿下の言葉通りじゃないか。


「なんで?」


 とても素直に、彼は言った。


「もう死んでいるんだよ? 死んだらただの肉じゃないか。それに奴等は敵だ、アイツ等に殺された仲間だって数えきれないぐらいいる。むくいなんだよアレは」

「しかし殿下」

「いいじゃないか、拷問にかけている訳じゃない。死んだ肉には感情も精神も、命だってないんだ。爺だって肉を食べるだろ? 豚の肉を食べるのに、豚が悲しむとか考えないだろ? アイツ等は豚なんだよ爺や、人の形をした豚だ。人間だと考えることが間違っているんだよ」


 十三歳の考え方じゃない。

 なんなんだ、この歪んだ考え方は。


「ああ、そうだエリエント殿下、貴方に渡したい物があるんだ」

「……これは?」


 なんだこれは、血にまみれた紙? 

 字が、フォルカンヌの字ではない。

 多分、スナージャ語なのだろうけど、俺には読むことが出来ないぞ。


「こ、これは!」


 俺から紙を奪い取ると、ルクブルク将軍が目を見開き、紙に見入る。


「ゼーノクルス殿下、これはスナージャ南部軍による、無条件降伏の書状ではないですか!」


 無条件降伏の、書状。 

 それがここにあり、血にまみれている。

 それが意味することは、たったひとつだ。


「殿下! 貴方は無条件降伏を、拒否したのですか!」

「……うるさいなぁ、当然だろ? やっと始まった僕の戦争なんだよ? 戦いもせずに終わらせてどうするんだよ。それに書かれている名前を見てみなよ、総大将ではなく、南の丘陵を任されていただけの将軍に過ぎないんだよ? つまりそいつの独断、罠とみるが正しいに決まっている」

「ですが!」


 怒り冷めやまぬルクブルク将軍から離れると、ゼーノクルス殿下は俺の方へとやってきた。 


「爺を怒らせちゃったみたい。しばらくすれば機嫌も良くなるでしょうから、一緒に戦場へと行きませんか?」

「……戦場?」

「はい。ああ、ですがご安心下さい。散歩のようなものですから」


 満面の笑みで言っているが、戦場を散歩?

 この人は一体、何を言っているんだ。

 

「それにしても……さすがは魔術大国カルマの王子様ですね」


 ゼーノクルス殿下は、俺の全身を見た後に、俺の右目部分を見やる。

 

「我ら王族にも匹敵する風の魔力をお持ちなのに、全身を包み込む魔力は土色をしている。反発属性が同居している魔術師なんて聞いた事がありませんよ。凄いなぁ、一体どんな魔術をお使いになられるのでしょうか? 土と風、二つ同時に扱えるとか?」

「……魔術に関しては、全て極秘の扱いを受けておりますので、ご容赦下さい」

「そっか、そうですよね。魔術大国カルマにおいて魔術は絶対、おっしゃる通りだ」


 笑顔を作り「では、参りましょうか」と天幕を後にする。

 確実に、俺の右目の眼帯を見ていた。


 ルクブルク将軍が俺の正体を話さなかった理由が、何となく分かる。

 ゼーノクルス殿下にだけは、正体を見破られてはいけない。

 彼はきっと、何事にも容赦がない。

 そのことを確信したのは、戦場へと出向いてすぐのことだ。

 

「そらそら、逃げろ逃げろ!」


 馬にまたがり銃を構えると、ゼーノクルス殿下は逃げ惑うスナージャ兵へと引き金を引いた。

 

「ズットイボイッ! シンバイズドォ!」 

「助けて欲しい!? 豚のくせに生意気なんだよ!」


 膝をつき、命乞いをする相手に対しても、容赦なく弾丸を撃ち込む。

 スナージャ兵は皆、武器を所持していない。

 ボロの防具だけを身に纏い、裸足で逃げ回っている。

 理解が出来ない、一体これは、どういう状況なんだ。


「あっはははは! やっぱり戦争って楽しいなぁ!」


 まるでスポーツを終わらせてきたみたいに、爽やかな笑顔で俺達の所へと戻ってきた。

 護衛に付けてきたヒミコ二曹は、ずっと眉をひそめたままだ。

 

「エリエント殿下もどうですか? 気晴らしになりますよ?」

「……いや、結構。それよりも、彼等は一体なんなのですか?」


 丘を見れば、まだ多数のスナージャ兵が、怯えた眼で俺達の方を見ている。

 その誰もが武装をしていない、蹂躙されるのを恐怖しているようにしか見えない。


「ああ、気になりますか? 答えは簡単ですよ。無条件降伏してきたことを、スナージャ総大将、ラムチャフリ元帥へと密告したのです。そうしたらほら、中央軍と南部軍との間に柵があるでしょう? あそこから先へと、南部軍の兵士は通行することを禁止されてしまったのです。武器も全部没収、防具もボロ、南部軍は味方にまで見放されて、こうして孤立無援の状態という訳です。おっかしいでしょう?」


 愉悦に顔を歪ませたまま、彼は肩を揺らしながら笑う。

 状況は理解したが、やっている事は何一つ理解出来ない。


「エリエント殿下、こちらに来てください」


 まだ、何かあるのだろうか。

 不穏な空気のまま、ゼーノクルス殿下は丘の裏、軍の目の届かない場所に建てられた小屋へと向かうと、馬を降りた。


「エリエント殿下、アタシ、中に入りたくない」

「……ああ、分かった。ヒミコ二曹は付近の警戒を頼む」

「了、周囲警戒に入ります」


 何かを察したのだろう。

 そして、彼女の判断は、とても正しかった。


「これは、一体何をされているのですか、殿下」


 窓の無い小屋には、多数の女が吊るされていた。 

 全員裸で、天井から垂らされた縄に両手を縛られ、強引に立たされ続けている。 

 縛られた手首が血で滲み、つま先立ちしている足が震えていた。

 何をされていたのか。形容しがたい臭いに、鼻が曲がりそうになる。


「何って、戦争だよ?」

「これのどこが戦争なんですか」

「敵国の兵士を殺す。殺す前に犯す。ただそれだけの事だよ? でも駐屯地に連れて行った女兵はちょっとね、やられ過ぎて僕には不潔すぎる。そこで、こっそりここに集めておいたって訳さ。この子たちはいいよ? 他の兵士に犯されてないからね。王族のよしみだ、共に交誼を交わそうじゃないか」


 ゼーノクルスが軍服を脱ごうとすると、女たちは涙を流し始めた。 

 もう、これが日常になってしまっているのだろう。

 人を人として扱わない日々が、全てを壊してしまっている。


「第一条第一項、軍にとって、軍規は絶対である」

 

 我慢の限界だ。


「軍に個人の思想はいらない、全ての兵が国の為に生き、国の為に死ななければならない」

「……どうしたのですか? 急にウチの軍規なんか言葉にして」


 デイズ中隊長がこの場にいたら、間違いなくこうしていた。

 軍服を脱ぎ、裸になったゼーノクルスを前にして、俺は拳を握る。


「歯を食いしばれゼーノクルスっ! 貴様は、軍の命令に背いたも同然だ!」


 鈍い音が、小屋に響いた。

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