第9話

 戦いながらも、デイズ小隊長は俺へと戦術を指南してくれている。

 草木が生い茂るグロッサ丘陵での戦いは、これまでの様な視界は確保されていない。

 背の高い草、一本の木が死角となり、戦況を変えてしまう事だってある。

 ただし、それは一般兵の場合のみ。


「相手の裏をかき続ける事が出来る探知魔術は、接近戦において卑怯な程に強い。この魔術を使っている限り、グレン、お前は無敵だ。だが、その力に自惚れるなよ。調子に乗って戦い続け、魔力が切れた途端に殺される探知兵が何人いたことか」

「はい!」


 デイズ小隊長の言う通り、探知魔術を発動させていれば、隠れている敵はむしろ好機だ。

 容赦なく背後から剣を突き刺し、音も無く殺すことが出来る。


「これまで同様、俺の許可なく探知魔術は発動するな。それと防弾の腕輪だが、あまり過信するな。数発試してみたが、ケガこそしなかったが死ぬほど痛かったぞ」

「はい! ……え、試されたのですか?」

「ああ、実戦で役に立たなければ、意味がないからな」


 相も変わらず、デイズ小隊長は人間離れをしている。

 だからこそ、頼りになる。


「グレン! 正面から三! 来るぞ!」

「はい! 目視確認しました!」


 最初は銃撃戦だった。

 互いに樹木を盾にして、隙あらば銃口を相手へと向ける。

 しかし、魔術兵でもあるデイズ小隊長相手に、銃撃戦は無用だ。


「爆炎!」


 樹木ごと相手を吹き飛ばし、倒れた敵へと容赦なく剣を突き立てる。

 炎に包まれたデイズ小隊長への銃撃は、一切意味をなさない。

 弾が熱波で逸れ、明後日の方向へと飛んでいく。

 爆炎のデイズ、ここに極まれりって感じだ。 


 グロッサ丘陵の東、以前俺がいた屯田兵部隊よりも東側、渓谷、女神の二重瞼の入口。

 俺達の部隊は追撃を耐えながら、徐々に戦線を東側へと移動させる事を目的としていた。

 渓谷の出入口は軍隊には狭く、渓谷入口まで下がれば、そこが天然の要塞となる。

 懸念すべきは、渓谷上部に陣取っているであろう、スナージャの魔術師団だが。

 

「火球魔術の使用者は、そのまま自害しているだろうな」


 デイズ小隊長は東側の黒煙が消えたのを見て、ひとりごちる。

 火球魔術一発の消費魔力は相当なもの。

 ショウエ曹長の部隊も一発撃つごとに交代していたのだから、スナージャもそれは変わらないはず。

 休む暇を与える程、ウチの部隊は甘くない。

 初弾こそ許したが、その後は渓谷を駆けあがり、魔術師全員を仕留めてしまうだろう。

 捕虜になった所で、魔術大国カルマに引き渡され、処刑確定だ。

 

「ここで死ぬか、カルマで死ぬか、どちらかしかねぇんだよ」


 逃げられない死の運命、ならば、自らで幕を下ろす。

 そう、デイズ小隊長は戦いながら教えてくれた。

 側で聞いている、オルオ一等兵のために。


「数が多いな、グレン」

「はい! 探知!」


 確かに、数が多い。

 踏みしめる音、荷重。


 正面の大樹の裏に三人。

 右側の大樹の裏にも五人。

 草むらの中に寝そべったのが二人。

 木の上から五人。

 大樹奥に六人がしゃがみ。

 その奥に静止しているのが十人。


 この中から、一番に狙わないといけないのは。


「オルオさん! 正面右、草むらの中に二人!」

「了解した」


 俺の指示を聞き、オルオさんは正確無比に草むらを射抜いた。

 飛び散る赤い血が、俺達に弾の命中を教えてくれる。


「狙撃手か」

「デイズ小隊長! 正面左の大樹三! 右の大樹五!」

「分かった。グレン、お前が正面左をれ」

「はい!」


 腰に付けた鞘から軍刀カゼキリを手に取り、頭を低くして突貫する。

 だが、その前に。


「オルオさん、トーランドさん、木の上に五!」

「了解、ヒュメル二等兵、お前も撃て」

「え、あ、はい!」


 銃兵が複数いると、それだけでけん制になるから助かる。

 ヒュメル二等兵は、小隊から外れたガミさんとザック二等兵の代わりに配属された、若い女の子だ。

 もとは伝令兵だった彼女が、こうして歩兵部隊へと配置転換をされる。 

 ウチの懐事情が分かってしまうというものだ。


 木の上の五人は、銃でけん制され、俺とデイズ小隊長に注視出来ずにいる。

 俺が対峙すべき三人の兵士も、先に突貫したデイズ小隊長の方が気になっている様子だ。


「ジィ!? チョッキィニョベッドドウ!?」

「なに言ってるか分からないんだよ!」

 

 背後から近づいた俺に気づいたものの、三人の兵は何も出来ず。 

 これまでロクに剣術なんて習わなかった。 

 それでも、俺がカゼキリを振り下ろすだけで、三人まとめて、胴体と首がさよならをする。

 

「デイズ小隊長! 正面、しゃがんでいるのが六! 静止しているのが十!」

「わかった、左右から行くぞ」


 俺が三人を仕留める間に、デイズ小隊長は五人を仕留め、木の上の五人も仕留めていた。 

 心から、敵じゃなくて良かったと思う。

 呆けた顔で自分の上長を見る。

 そんな、一瞬の気の緩みを、敵兵は逃しはしない。


「――っ!」


 いきなりの衝撃、硬い棒で頬を思いっきり突かれた感じに似ている。


「痛ってて……」 

「キラバ!? サウバンチョデディ!?」


 俺を撃った兵が何か言っているが。

 これが防弾の腕輪の効果か、確かに痛い。

 でも、それだけだ。


「グレン、死ぬほど痛かっただろう?」

「はい! 想像以上でした!」


 足を止める暇なんてない、可能な限り敵兵を斬り殺す。

 防弾の腕輪と軍刀カゼキリ、それに探知魔術を使えば、俺はこの戦場では無敵だ。

 

「グレン! 油断するな!」

「オルオさん、ありがとうございます!」


 いいや、それだけじゃない。

 頼れる仲間がいる、だからこそ、俺達は戦えるんだ。


 戦いが始まってから数時間後、遠かった渓谷の入口が、目前まで迫る。 

 伝令兵の話によれば、北側の部隊、中央部隊、それぞれに敵襲が発生していたらしい。

 各個撃破、それ以外に活路がないのだとか。

 そして、渓谷が近づくにつれ、オルオさんの集中力が徐々に切れ始める。


「……くそ、くそ!」

「オルオさん」

「ああ、分かってる、分かってるよ!」


 シーシャさんの事が、気になって仕方ないんだ。

 あれから衛生兵がどうなったのか、まだ連絡が入ってこない。

 

「伝令兵にはお願いしたのですから、彼等の到着を待ちましょう」

「……グレン、送話魔術は使えないのか?」

「送話魔術ですか? あの魔術を使用してしまうと、俺の魔力が」

「一回でいいんだ、繋がらなくてもいい、シーシャの安否が分かれば、それでいいんだ」


 オルオさんの気持ちを汲めば、試してあげたい所だ。

 だが、それは既にアナスイ王女が実験し、失敗している。

 他の人には繋がらなかったという、送話魔術。

 俺から他の人へは……まだ、試したことがない。

 一度使用してしまうと、全魔力を持ってかれてしまい、戦えなくなってしまうから。

 そんな余力のない状態を許してくれるほど、これまでも甘くはなかった。

 

「すいません、送話魔術を使用してしまうと、俺が動けなくなってしまいます」

「なら、探知魔術はどうなんだ? そろそろ近いだろう?」

「探知魔術は、荷重と音で判断するんです。個別に誰を、ではないんですよ」


 送話魔術と探知魔術は違う。

 探知魔術は面を意識し、送話魔術は点を意識する。

 もし、この時に、俺が送話魔術を自由に使えたら、オルオさんをどれだけ励ませた事か。


「お役に立てず、すみません」

「……いいや、俺の方こそ、無理を言ってすまない」


 本当なら、もっとオルオさんに掛けるべき言葉があったのかもしれない。

 だが、俺は俺で、必死になって敵と戦い続けていたんだ。

 余裕がない。

 防弾の腕輪がなければ、何回死んでいたことか。

 軍刀カゼキリに回す魔力だって、底を尽きかけている。

 探知も使えない、今の俺は、ちょっと頑丈なだけの兵士だ。


「おい、グレン」

「はい」

「アイツから、目を離すなよ」


 アイツ? デイズ小隊長が言っていた〝アイツ〟の存在は、すぐに分かった。

 木の上に立ち、顔を黒い布で隠し、腕を組んでいる背の高い男が一人。

 軽鎧を身に纏うも、腕には喪章のような一枚布を巻きつけている。

 その男は、この何千人、何万人と入り乱れる戦場で、俺一人を睨みつけていた。


「来るぞ」


 身体を柳のように左右に揺らすと、落ちるように男は戦場へと姿を消した。

 直後、姿を消したはずの男が、俺の目の前に現れる。

 首に掛かる見覚えのある武器、斥候兵、俺が何人も殺した兵の武器だ。

 防弾の腕輪が、相手の攻撃を止める。

 その隙にカゼキリを振り下ろすも、相手は腕を交差させて、手首に付けた鎌のような刃で受け止めた。


「トウセイ、チィチョバン」

「だから、なに言ってるか分からないんだよ」

「……黒髪、貴様ダケハ、許サナイ」


 喋った? コイツ、俺達の国の言葉、喋れるのかよ。

 しかもコイツ、力が凄い。

 押しているはずの俺が、逆に押し返されている。


「キズナヲ殺シタ、貴様ダケハ、絶対ニ俺ガ殺ス」

「……まさか、斥候兵の中に、恋人がいたのか?」

「……トイコンゴ、ニィアオエイデイバイ」

「だから、分からないって言ってるだろ!」


 残る魔力をカゼキリに込めて、切れ味を一気に増した。

 相手の手首にある鎌を左右に振って切断すると、男は後方に回転しながら距離を取る。


「分からないけど、お前が何を言いたいのかは理解した」

「バイディー、ハイデイトウ、セイハイ」

「だから」

「貴様ニ、教エル、義理ハナイ」

「ああ、俺も知る必要はない」


 最後の言葉は、デイズ小隊長のものだ。

 男の背後からデイズ小隊長が、真紅の刃を斬り付ける。

 鮮血が舞い上がるも、致命傷にはならなかったらしい。

 そこら辺に落ちていた剣を二本拾うと、男は二刀流に構える。


「斥候兵、男とは珍しいな」

「爆炎ノ、デイズ」

「ほう、俺の名前を知っているか。俺も有名になったもんだ」

「貴様ハ、俺ノ、対象外ダ」

「そうか。だが、グレンは俺の部下だ。殺させる訳にはいかん」


 言葉少なに会話を終えると、二人は凄い速度で斬り合いを始めた。

 デイズ小隊長、まだあんなにも魔力が残っているのか。

 斥候兵の男を相手に、爆炎を発動させ、加速しながら斬り続けている。

 

「グレン!」

「はい!」

「俺はいい! 他の奴を守れ!」


 他の奴、オルオさんやトーランドさん、ヒュメルさんたちの事だろうか。 

 振り返り、皆の所へ向かおうとするも、視界が曲がり、上手く歩けない。


 世界が紫色に染まる。

 ……なんだ、これは。

 空気が澱んできて、なんだか、呼吸が上手く出来ない。


「デッ、デイジュッ……がはっ、かひゅー、が、がはっ」


 力が、入らない。

 こんなの、今までなった事が無い。

 魔力切れ?

 違う、アレとは全く別の、何か。


「……お前等、まさか」

「クカカ、クカカカカ」


 男が瞳を三日月に歪め、ほくそ笑んでいる。

 

「爆炎!」


 男の顔を隠している布を、デイズ小隊長は焼き払った。

 男が装着していた物。

 徹底して男が顔を隠していた理由は、これを俺達に探知させない為か。

 

「……防毒マスク!」

「クカカ、クカカカカカ!」

「お前等、戦場に毒ガスをばら撒いたのか!」

「ドウシテ、オ前ハ死ナナイ? 爆炎ノ、デイズ」

「教える訳ないだろうが! スナージャ野郎が!」

 

 デイズ小隊長が、一人でスナージャの斥候兵と戦っている。

 多分、爆炎により、毒ガスを自分の身体から遠ざけているのだろう。

 俺もデイズ小隊長と共に、戦わないといけないのに。

 身体が、動かない。

 他の人達も皆、毒ガスにやられている。

 スナージャの野郎は、どんどん数を増やしているのに。

 

 くそ……悔しいな。

 もっと殺して、殺しまくって。

 殺されたみんなの仇、取りたかったのに。

 

 ……ダメだ。

 もう……目が、見えない。


『グレンさん』


 ……アナスイ王女。


『今、貴方の場所で何が起こっているのかを、確認しました』


 ……。


『遅くなって申し訳ありません。ですが、もう、大丈夫です』 

 

 ……だい、じょうぶ?


『魔術大国カルマの制裁が、戦場に落とされます』


 アナスイ王女の言葉が終わった瞬間に、俺達は光に包まれた。

 温かくて、心地よくて、毒を吸い込んで苦しかったのに、もう、普通に呼吸が出来る。

 これは、治癒魔術だ、これまでの苦痛が嘘みたいに消えていく。


「おお、なんだこれは」

「ぷはー! し、死ぬかと思いました!」


 オルオさんも、トーランドさんもヒュメルさんも。

 倒れていた仲間たちが全員起き上がり、息を取り戻している。

 

 凄い、超広範囲治癒魔術か?

 傷だけじゃない、魔力も、何もかもが完全復活だ。

 これが、魔術大国カルマの制裁。


 ……そうだ、報告しないと!

 

「デイズ小隊長! アナスイ王女から、魔術大国カルマの制裁が始まったとの事です!」

「……そうか、送話魔術か。便利なもんだな」

「はい! この戦場全体に、治癒魔術を発動させているとの事です!」


 しかもこの治癒魔術、アナスイ王女レベルの完全治癒魔術だ。

 斬られても何をされても、即座に治癒が完了してしまう。

 

「ナンダ……ナンダコレハ!」


 慌てるのも無理はないだろう。

 これまで圧勝ムードだったのが一転、相手が不死の軍勢へと変わってしまったのだから。 

 慌てふためく斥候兵へと、デイズ小隊長が爆炎を纏い、静かに歩み始める。

 

「火球魔術に毒ガス散布、貴様達は幾つ禁忌を犯せば気が済むんだ。そんなに俺達が怖いか? そんなに俺達が憎いか? だが、安心しろ。もう俺達に恐怖する必要はない。なぜなら、お前はここで死ぬんだからな」

「グッ……ゾッルーイ! トイゾウダッ、ゾッルーイ!」

「ズルイ? ズルイのは、お前たちの方だ」


 多分、ズルイという意味ではないのだろう。

 言葉を発した途端、スナージャの兵士は全員どこかへと撤退してしまったのだから。

 だが、あの男だけは、最後に俺の方を見て、こう叫んだ。


「我ガ名ハクーハイ! カオ・チェン・クーハイ! 忘レルナ! 俺ガイツカ必ズ、貴様ヲ殺ス!」


 最後の最後まで、凄まじい殺気を俺へと向けながら、クーハイという男は姿を消した。

 恋人を殺されたから、憎しみを持って戦いに参加する。

 気持ちは痛く理解できるが、軍隊において、それは二流の考え方だ。

 デイズ小隊長に言わせれば、個人の思想を持っている段階で、矯正指導に値するだろう。

 シーシャさんの所へと向かわなかった、オルオさんの方が圧倒的に一流だ。

 

「逃げたか。お前等、追撃は無しだ。俺達は当初の目的に戻る。全軍撤退、女神の二重瞼に突入するぞ」

「はい!」


 剣についた血を拭い取りながら、デイズ小隊長はオルオさんへと近づく。


「オルオ一等兵」

「はい」

「お前、先に行っていいぞ」

「……ありがとうございます!」


 これでようやく、シーシャさんの安否を確認することが出来る。

 武器を俺やトーランドさんに預けると、オルオさんは一目散に渓谷の入口を目指した。

 例え大怪我であったとしても、先の全回復治癒魔術で快癒している事だろう。

 俺としても、安心してオルオさんを見送る事が出来る。


 これが魔術大国カルマの実力。

 彼らが中立国を名乗っている事は、もしかしたら俺達にとって、幸せな事なのかもしれない。

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