第8話

 火球魔術敗戦から一週間が経過した。

 俺はショウエ曹長からの申し出を受け入れ、送話魔術の実験を幾度となく実践している。

 夜、人目を忍んでする送話とは違い、ショウエ曹長の監視下で行う送話は、どこか気恥ずかしい。

 けれど、送話を実践したところで、証明が難しいものだと知った。


 アナスイ王女の声が聞こえるのは俺だけであり、傍から見たら、俺が一人で喋っているだけにしか見えないのだ。

 それでも、水色の瞳を凛とさせ、真剣な表情でショウエ曹長は、送話魔術を使用している俺を研究し続ける。

 それこそ、寝る間も惜しんで、ずっと研究に入り浸っている様子だ。


『沢山の犠牲が出たとお聞きしました。私が残っていれば救える命があったのかと思うと、やるせない気持ちでいっぱいです。聖女として振舞っておきながら、私は一体、何をしているのでしょうね』


 アナスイ王女と繋がると、彼女は真っ先に戦地にいないことを謝罪した。 

 国としても今回の火球攻めは把握出来ていなかったとし、彼女はデイズ小隊長の言葉を否定する。

 けれど、デイズ小隊長との件を、彼女に伝える必要はないと判断した。  

 アナスイ王女は心優しきお方、他意は無くとも、きっとその胸を痛めてしまう。

 

『今は、この送話魔術に関する情報を出来る限り集める事が先決です。グレンさんもお耳にしたかと思いますが、この魔術に興味を示した魔術大国カルマから、援軍を出して頂ける運びとなりました。しかし、現状のままではいずれ見限られてしまいます。汎用性の無い魔術を、かの国は良しとしないのです』


 国の為に、研究に協力して欲しい。

 快諾すると、アナスイ王女は『ありがとうございます』と、俺なんかの為に感謝を告げてくれた。

 その言葉は、むしろ俺が言わなくてはいけないのに。


 実験を通して、いくつか判明したことがあった。


 ひとつは、俺の方から送話魔術を発動させると、意識全てが持っていかれてしまうということ。

 受ける分には魔力消費はなく、意識を保持したまま、俺とアナスイ王女との会話は成り立っている。

 これについて、ショウエ曹長は独自の見解をこう述べた。 


「考えられる要因としては、アナスイ王女は聖女の加護を受けており、根本的に魔力量が違うという点が挙げられます。そうですね、分かりやすい例えを出しますと、アナスイ王女が使用している治癒魔術、あれをグレンさんが使用した場合、一回で魔力切れを起こし、鼻血噴出確定だと思われます」

「そんなに違うのですか」

「はい、さすがは聖女の加護だと、言わざるを得ません」


 確かに、アナスイ王女が不在になってからは、治癒魔術の質が落ちた気がする。

 一回で細かな傷まで回復したのが、最近では重症部分のみで精一杯だと断られる事が増えた。

 スナージャの攻撃が苛烈さを増し、衛生兵が疲労している、というのが一番の原因だとは思うが。


 突撃兵である俺は、研究以外にもスナージャとの戦いにも参戦する。

 デイズ小隊として戦い、戻り次第研究に没頭する。

 身体は悲鳴を上げていたが、そんなことを気にする必要はない。

 全てはスナージャ兵を殺すため。

 その為ならば、俺の身体なんてどうなったっていい。 


「グレン二等兵には先に伝えますが、我々魔術師団に対し、本日中に要塞城ガデッサへと撤退するよう命令が下されました。明日にでも部隊全体に退却命令が出ると思われます。撤退時におけるスナージャの追撃は想像を超えるものだと予想されます。可能ならばグレンさんも、我々と一緒に撤退していただけたらと思うのですが」


 魔術大国カルマとの同盟条約締結の条項のひとつとして、戦時における自国民の命を最優先にしなければならない、というものがあるらしい。戦争の最中はもちろん、それは撤退時にも適用される。まずは魔術師団が撤退し、それから部隊の撤退となるのだ。


 魔術師団と共に撤退する、それはつまり、俺の命は絶対に守られるということ。

 だが、ショウエ曹長からのありがたい申し出だったが、俺は丁重にお断りをした。

 火球魔術で主力メンバーが死に、探知魔術を使えるのは数名しか残されていない。

 こんな状況で俺まで抜けてしまったら、撤退戦で一体何人の仲間が殺される事となるか。


「そう、お返事すると思っていました。いえ、むしろ兵士なのですから、この返答は当然とも言えます。ですが、今のグレンさんの命はこの軍全体よりも重いもの。失う訳にはいかないのです。ついてきてください、グレンさんにお渡ししたい物があります」


 言葉通りついて行くと、そこは武具倉庫として使用されているテントだった。

 ただし、これまで見たことがない程に装飾が施され、一目見ただけでも高価だと分かるものばかり。


「これら武具は、カルマ本国から私たち専用に送られてきた、魔術が込められた武具になります。切れ味も硬さも、普通の物とは比べ物になりません。まぁ、お値段も比べ物にならないんですけどね」


 沢山の武具から、ショウエ曹長は一本の剣と、腕輪を俺へと手渡す。

 

「そちらの腕輪は、防弾の腕輪と呼ばれる特殊な装飾品になります。読んで字のごとくの性能なのですが、さすがに至近距離で何発も撃たれたら死にますので、そうなる前に対処して下さい。こちらの剣は軍刀カゼキリ、グレンさんが魔力を込めて剣を振れば、刃に風の魔術が纏い切れ味が増します。更に魔力を込めれば、風の刃となって敵を切り裂いてくれることでしょう。どれほどの威力なのかは、一度試してみることをおススメします。……生きて戻って来てくださいね。グレンさんの命は、もう貴方だけのものではないのですから」


 俺が死んでしまったら、新魔術という手土産が無くなってしまうから。

 魔術大国カルマとは、思っていた以上に分かりやすい国なのかもしれない。


「魔術を込めた武具か。そういう武具があるのなら、惜しみなく提供するべきだろうに。あの子狐め」 


 小隊へと戻り、腕輪と軍刀をデイズ小隊長へと報告すると、小隊長は物珍し気に剣を手に取った。

 テントの外へと出て、さっそく一振り、剣を振るう。


「え、うわああああああぁ!」


 途端、巻きあがる暴風に、周囲に設置されたテントごと、俺達は吹き飛ばされる。

 デイズ小隊長も爆炎魔術の使い手、魔力量は凄まじいらしい。


「……皆、すまん」

 

 珍しく、謝罪するデイズ小隊長を見る事ができた。

 試しに俺も剣を振るってみたが、デイズ小隊長のような暴風は起こらなかった。 

 ショウエ曹長の言う通り、刃体に風が纏い、切れ味が増す程度で終わっている。


「魔術属性もあるのだろうな。炎と風は相性が良いが、土と風は反発しあう属性だ。敢えて反発属性の武器を渡すあたり、ショウエ曹長は大きな戦いにはならないと踏んでいるのだろう。……まぁ、俺は逆の考えだがな」

「逆……ですか?」

「ああ、これまでスナージャの奴等が攻めきれていないのは、魔術師団のテントが見えていたからだ。それが無くなった以上、奴等は本腰を入れて、俺達を攻め殺しに来るだろうぜ」


 違う、ショウエ曹長も、撤退戦は厳しくなると言葉にしていた。

 デイズ小隊長も同じ意見という事は、そういう事なのだろう。

 だが、考え方を変えれば、これまで以上にスナージャを斬れるということ。

 むしろ、喜ばしい事だと思うべきだ。

 それに、ショウエ曹長の思惑は、先のデイズ小隊長の一撃を見れば分かる。

 あの威力は、集団戦には不向きだ。 


「全員、整列!」


 魔術師団が戦地を離れてから一週間後、まだ朝日も上がる前に全部隊が集結する。

 三日前に衛生兵や物資班は出発しており、この場に残されたのは歩兵部隊のみだ。

 各団のテントも消え、グロッサ丘陵は元の緑豊かな丘陵へと、姿を変えている。


「これより、要塞城ガデッサへと移動を開始する!」


 一斉に移動するのではなく、大隊を三部隊へと分けて東へと移動する。

 北側、中央、南側、火球魔術を受けて壊滅することを懸念しての分隊だ。

 現在地から要塞上ガデッサまで馬車で一週間、軍隊の行進となると一か月が見込まれる。

 

「俺達が南側部隊の最後尾だ。ウチの魔術師団が撤退した以上、スナージャの奴等も本腰を入れて追撃してくることが予測される。油断するなよ。俺達が耐えきれば、アイツ等はカルマの制裁を受けて終わるのが確定している。厳しいのはウチよりも奴等だ。逆を言えば、ここさえ乗り切れば俺達の勝利が確定している。要塞城ガデッサを落とすなんてことは、アイツ等には到底不可能だろうからな」


 戦争は、守備側が有利である。 

 俺達が要塞城へと逃げ切ることが出来れば、もうこの戦争は勝ったも同然なんだ。

 後は籠城し、スナージャの奴等を堅牢な城から眺めているだけで戦争が終わる。

 

 スナージャの奴等からすれば、この撤退戦が唯一にして絶対のチャンスなんだ。

 要塞城ガデッサを落とせなかった場合、北のシンレイ山脈からの進撃にも影響が出る。

 互いに、ここが踏ん張りどころだと分かっているからこその緊張感。


「探知」


 指定された範囲ではなく、意識が保てるギリギリの範囲に探知魔術を広げて発動する。

 毎日の訓練のお陰か、これだけ広範囲に発動させても日に十回は使える。

 東側の音に注意する必要はない、気を付けるべきは西側、スナージャの方角だ。


「何も来ないか」

「はい、人間の荷重は感じられません」

「スナージャの野郎、一体何を企んでいやがる」


 南側の部隊で探知魔術が使えるのは、俺を含めて四人。

 一時間に一回、他の探知魔術が使える兵と交代しながらの、二十四時間体制での監視だ。

 南側の部隊だけでも千人以上いるのだから、小隊運用と違ってかなりの余裕がある。


「来るとしたら、女神の二重瞼かもしれないな」

「オルオ一等兵、女神の二重瞼って、なんですか?」

「グレンは知らないのか。この先にあるグロッサ丘陵の観光名所でもある、渓谷地帯だよ」


 南北を切り立った崖に囲われた天然の要塞。

 中央部分に湖があり、そこから王都へと綺麗な川が流れている。

 湖のほとりには色とりどりの花が春秋に咲き乱れ、夏に涼風を与えてくれる。

 観光に訪れるには最適な場所なのだと、オルオさんは語ってくれた。

 

「丸く窪んだ地形が女神の瞳、そこから流れる川が涙に見えるっていうんで、女神の二重瞼って呼ばれるようになったんだってよ。いつか戦争が終わったら遊びに行こうって、シーシャと約束したんだ」

「なんだオルオ、説明かと思ったらノロケか?」

「せっかく出来た彼女なんで、少しは自慢させて下さいよ」


 横やりを入れてきたトーランドさんの顔にも、自然と笑みがこぼれる。

 それぐらいに何もない、このまま要塞城まで平和に行けてしまうのではないか。

 そう、勘違いしてしまう程の静けさが、部隊全体を包み込んでいたんだ。


 だから、先手を取られる事になる。

 

 耳に聞き覚えのある爆発音が、あってはいけない方角から聞こえてきた。

 東の、今まさに話題に上がっていた女神の二重瞼から、黒煙が上がっている。


「……まさか」


 安全の為に、衛生兵と物資運搬の部隊は、三日前に出立しているんだ。

 普通に進めば、今頃は女神の二重瞼を通過している頃だと思う。

 そこを、スナージャに狙われた。


「……っざけんなよ」


 真っ先に声を上げたのは、オルオ一等兵だった。

 いつものしたり顔をしていた、余裕のある先輩といった姿は今はなく。

 激昂し、長銃を握り締めて、今にも飛び出そうとする勢いで、彼はデイズ小隊長へと可否を問う。


「ふざけんなよ! デイズ小隊長! 俺、今すぐ救援に駆けつけます!」


 シーシャさんが、今まさに危機に瀕しているんだ。

 オルオ一等兵の気持ちは痛い程に理解できる。

 もし、あそこにアナスイ王女がいたとしたら、俺だって自分を抑えきれない。

 けど、俺達が所属しているのは、軍隊だから。


「ダメだ」

「デイズ小隊長!」

「規模的に少数、二週間前、俺達に火球魔術を使用した奴等が先回りして、渓谷から逃げられないように火球魔術を使用したと見るのが妥当だろう。つまり、あれは陽動だ」

「でも、でもよ! あそこにはシーシャが!」

「ダメだ。いずれにせよ、最後尾にいる俺達が向かった所で、もう間に合わん」


 デイズ小隊長の判断は、きっと正しい。

 最後尾にいる俺達の役目は、スナージャの追撃を食い止めること。

 最前線での戦いは、最前線での部隊に任せた方がいい。


「……っ、でもよぉ……ッ!」


 そして、陽動が起きた以上、敵も動き始める。


「探知兵から伝令! スナージャの追撃部隊です!」


 いつだったか、デイズ小隊長が俺に教えてくれた言葉だ。

 軍隊に個人の感情は不要、国の為に生き、国の為に死ね。

 そうじゃないと、悲しむ人がもっと増えるから。


「グレン」

「はい!」

「お前も前線に出て俺と共に戦え、いなくなっちまったガミの代わりを、お前が務めろ」


 ガミ兵士長は、火球魔術敗戦の傷が原因で、二週間前に戦線を離脱している。

 兵士長はいつだってデイズ小隊長に追従し、戦果を挙げてきたんだ。

 その役目を、俺が務める……最高じゃないか。

 

「分かったか」

「はい! グレン二等兵、デイズ小隊長と共に敵を皆殺しにします!」

「それと、オルオ一等兵」


 まだ、銃を握り締めたまま、上がる黒煙を眺めていたオルオさんだったけど。

 二度、三度と首を振り、肩で息をしながら、俺達の方を振り返った。


「分かっていますよ、デイズ小隊長。敵を皆殺しにすればいいんですよね」

「……ああ、そうだ」

「了解。とっとと片づけて、シーシャの所に向かいます」

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