第24話 恋仲
「城壁は抑えた! このまま城下町を制圧するぞ!」
アレス殿下の部隊は、要塞城ガデッサの城壁を抑えると、そのまま城下町を蹂躙し、スナージャ兵を一人残らず殲滅した。その後も敗残兵が民家に隠れているかもしれないとし、兵に全ての家屋の探索を実施させ、結果、要塞城ガデッサからスナージャ兵は一人残らず駆逐される事となる。
そのまま追撃するかと思いきや、アレス殿下はガデッサ城に残り、休息を取ると宣言した。
アースレイ平原からここまで、アレス殿下の部隊はほとんど休んでいないのだから、疲労の限界もあったのだろう。俺もアナとの再会を果たすと、すぐに意識を失い、その場で倒れ込んでしまう程だった。魔力切れが一番の原因だろうけど、肉体の疲労も限界だったのかもしれない。
夜、動ける人間だけで、戦争の後処理に当たった。
俺も意識を取り戻し、他の兵と共に死体処理にあたる。
積みあがる敵兵の死体と、戦死してしまった仲間の死体。
人の肉が焼ける臭いは、いつ嗅いでも慣れる気がしない。
「それで、アナスイ姫とグレン中隊長って、どういった関係なんですか?」
食事の時間、ヒミコ二曹が、今まで見たこと無いくらいに瞳を輝かせながら聞いてきた。
せっかく配給された夕飯を食べる手が、自然と止まる。
「アタシが思うに、お互い呼び捨てだったじゃないですか。しかもあんな風に抱き合っちゃって。アレ、絶対に恋仲だって思うんですよね。いや、思わない訳がない。誰がどう見ても恋仲です。でも、アナスイ姫って婚約者いるじゃないですか。というと、これは禁断の愛なのではないのでしょうか! アタシ、気になります!」
気になられても、答えは決まっている。
「俺は、アナスイ姫殿下直属の騎士なだけだよ」
「えー? そんな風には見えませんでしたけどぉ? アナ……グレン……って、超大好きオーラ全開だったじゃないですか! アタシの目は誤魔化せませんにょ」
叫ぼうとしていたヒミコの口を、隣で黙々と食べていたサレスさんがつまんでくれた。
「中隊長を困らせないの。それにエリエント殿下は戦死したって噂よ? 相手がいないのだから、禁断の愛でも何でもないわよ」
「え、エリエント殿下戦死したんですか? どういう人か知らないけど、ご愁傷様ですねぇ」
何とも不敬な会話だが、聞かれてヤバイ人は周辺にはいないだろう。
これ以上この場にいると、ヒミコ二曹の追撃が来そうな気がする。
とっとと食べて、寝床へと逃げるとするか。
『グレン、今、大丈夫でしょうか?』
寝床につき、横になった途端、アナから送話が入った。
「はい、大丈夫です」
『あの、せっかくですので、会ってお話が出来ればと思うのですが』
アナからのお誘いを、断る理由はどこにもない。
サレスさんの言う通り、エリエント殿下は戦死してしまったのだから。
夜、青白い月の下、彼女はいつもの服装で来てくれた。
真ん中で分けた金色の髪が、月の光を浴びて神秘的に輝く。
俺を見つけて笑みを浮かべて、小走りになる所なんてたまらなく可愛い。
白い肩が見える一枚布のワンピースを揺らしながら、必死になってぱたぱたと。
改めて思う、アナは世界一綺麗で、可愛いお姫様だ。
「誘っておきながら、遅くなってすいません。ルールルが離してくれなくて」
「大丈夫ですよ、俺もいま来たところです」
「そ、そうですか。なら、良かったです」
困った感じに視線を下げながら、耳前の髪を掴んで意味もなく指で梳く。
黙ったまま見つめていると、しばらくして見つめ返してきて、目が合うと赤面してしまう。
本当に可愛い、自然と顔がほころんでしまうよ。
「座りましょうか、こちらにどうぞ」
噴水の
立ったままでいようかと思ったのだけど、隣に座らないの? と目で訴えかけてくる。
隣へと腰かけると、アナは俺の方を見ながら、また微笑んでくれたんだ。
「いろいろと、お話をお聞きしました」
座ってからすぐに、アナは語り始める。
「今回の戦いは、グレンの送話が無ければ、敗北していたかもしれないと」
「……それは買いかぶり過ぎです」
「いいえ、そんなことはありません。アレス兄さまが迅速に動けたのは、城内に残る兵数が少ないと判明したからです。送話による情報提供が無ければ、未だに城壁を前に動けずにいたかもしれないのですから。ご存じでした? この城、備蓄品はほぼゼロだったのですよ?」
「そうなのですか?」
「ええ、それなのに、民のほとんどをこの城に逃がしてしまったせいで、城内は人で溢れかえっていたのです。食料も水もない、もって一日か二日、そういう状況だったのですよ」
そんな状況だったのか。
それを分かっていたからこそ、スナージャは兵站攻めを選び、残る兵で王都へと進軍したと。
「グレン」
隣に座るアナの手が、俺の手の甲に触れる。
「貴方が来てくれるという言葉があったから、私たちはそれを信じ、戦うことが出来ました」
「……アナ」
「貴方のお陰です、グレンがいなかったら、私」
重なった指が、指の間、ひとつひとつに落ちていく。
やがて全て重なったあと、俺達は近かった距離を更に寄せ合い、互いの顔を真摯に見つめ続ける。
月の光に照らされた彼女が、何よりも愛おしい。
俺は、この人の為に生き、この人の為に死ねる。
いなくなるのならば、絶対に俺の方から。
この人だけは、何があっても殺させはしない。
静かに、彼女が目を閉じた。
唇をすぼませながらも、つんと持ち上げる。
お互いの距離が、ほとんどゼロになる。
俺はまだ、将軍になっていない。
好きの気持ちは誰よりも大きいって分かる。
生涯、この人以外は愛せない。
俺がこの世に生まれた理由は、アナと一緒になる事なんだって分かるんだ。
だけどまだ、キスをしてはいけない気がする。
まだ、その時じゃない気がするんだ。
「……グレン」
「……」
「……いいのですよ。これは、褒美なのですから」
褒美。
王女様から騎士へと与えられる、寵愛にも似たもの。
逃げ道を得た俺は、それまでの迷いを捨てた。
「んっ……」
唇を重ねる。
彼女の頬の香り。
唇に塗られた紅の味。
キスをしながら触れる耳の柔らかさ。
逃げようとする腰を引き寄せて、何度も唇を重ねる。
「アナ、俺」
「はい、もっとしても、大丈夫です」
もう、むしゃぶりつきたかった。
逃げられないように、彼女の後頭部へと手を回す。
唇を舌で無理にでも開くと、彼女の涎の味まで分かってしまった。
彼女の吐息ですら、全て俺の物にしたい。
誰にも渡したくない、俺だけのアナになって欲しい。
切に願う、絶対に、誰にもこの人を渡したくない。
「……っ」
アナの口から声が漏れる。
力が入ってしまったのか、目を開けると、アナの眉が僅かに歪んでいた。
「ごめん……」
「……ふふっ、凄いキス、しちゃいましたね」
互いの唇の間に糸が垂れてしまう。
そんな濃厚なキスをした後だと言うのに、アナは目を細めて微笑んでくれるんだ。
互いの額を当てながら、アナは俺にだけ聞こえるように、ささやく。
「愛しています、グレン」
いつから、こんなにも惚れてしまったのだろうか。
いつから、こんなにも惚れてくれたのだろうか。
特別な何かがあったようで、何もなかった。
けれど、俺達は繋がり合い、信じあい、助け合う仲だった。
例え一緒にいなくとも、側にいる気がした。
いつだって、彼女が側にいる気がしたんだ。
だから、これからもずっと一緒にいる。
何があっても、ずっと。
「やはり、二人は恋仲だったのだな」
聞きなれない声がした。
男の声、いや、数回は聞いた記憶のある声だ。
「こうして身の潔白を証明することが出来て、僕は満足だ」
緑色の髪、右目の眼帯。
暗闇の中でうごめく姿は、魔物か何かに見えた。
魔物を見ながら、アナが呟く。
「エリエント殿下……なんで」
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