第23話 無茶苦茶な戦法

 砂漠のロンドマン。

 砂魔術の使い手であり、グロッサ丘陵を急襲した将の一人。 

 黒い布で目を隠し、髪のすべてを後ろにひっつめ辮髪べんぱつにしている。

 浅黒い肌、細身にして鍛え上げられた肉体、手にした曲刀、それと散弾銃。 


 デイズ小隊長に匹敵するぐらいの武闘派、スナージャ帝国における大将軍。

 そんな人物が、なぜ単独行動をとり、この場にいるのか。

 

 スカール将軍の存在に気づいたから? 

 特務部隊の暗殺に気づいたから?

 

 理由を考えても答えが出る訳じゃない。

 問題は、いま目の前にロンドマンがいるという事実だ。


 息を潜め、物陰に隠れる。

 探知を発動しているから、相手の動きは手に取るように分かる。 

 分かるけど、それが逆に不気味だ。 

 動いていない。

 両足を地に付け、その場所から一歩も。


「上」


 誰かが言った。

 その言葉に釣られて、俺も見上げたんだ。

 途端、視界が影に包まれる。

 荷重は間違いなく動いていない、なのに、ロンドマンは俺達の上を跳んでいた。


「跳んで!」


 声の主はヒミコ二曹だった。

 言われるがままに身体を投げ出すと、直後、散弾銃の音が耳に突き刺さる。

 なぜ? の疑問を解かずにはいられなかった。

 見ると、荷重の場所、そこには二つの砂の塊がうごめいている。


「そんな、単純な方法で……」

「探知は初歩って習わなかった? ダメだよ頼り切っちゃ」


 いつもの短剣ではなく、二丁拳銃を手にしたヒミコがさっそく銃を乱射する。

 態勢もまだ整わないのに、飛びながらの射撃だ。

 

「ちっ、砂が全部防いじゃうのか」


 たった数粒の砂が、銃弾を弾く。

 ロンドマンの銃口が、こちらに。


「ヒミコ、下がれ!」


 ヒミコの腕を掴み、強引に俺の後ろへ。

 ロンドマンの銃口が文字通り火を噴くと、俺の身体に数多の衝撃が襲い掛かった。 

 防弾の腕輪は、小銃の一撃でもそれなりに痛い。

 それの何十発分を、まとめて喰らう。


「いっ……てぇ」


 軍服が一撃で穴だらけになっちまった。

 だが、痛いだけ、僅かな出血止まりで耐えられる。


「中隊長、ありがと」

 

 チュッと頬にキスを残すと、ヒミコは俺の身体に隠れながら銃を撃ち始めた。


「え?」

「そのまま盾になっていて頂戴ね」

「うぉ、ちょっと待て、うおおおおおぉ!」


 最悪だ。

 この女、上官である俺を背後から掴み、弾避けにしてやがる。 

 確かに散弾銃相手に逃げられるとは思えないけど、こんなのってあるかよ。


「ハハッ、ハハハッ、ハーッハッハッハッハ!!」


 ロンドマンも俺達のやり取りが面白いのか、容赦なく散弾銃を連射しやがるし。

 曲刀の連撃の中に、散弾をぶっ放す。 

 弾は身体、曲刀は軍刀、俺に出来るのは受けることのみ。

 真後ろにいる緑髪のはねっ返り娘は、俺の後ろを離れずに、肩口や股間から乱射を繰り返す。


 どういう戦法だよ。

 というかこの場面における俺は、一体何なんだ。


 回数にして十、弾数にして三百発ぐらいか? 服もボロボロだし、体中が痛い。

 ようやく弾切れになったのか、ロンドマンは砂の壁を前に出し、姿を見えなくした。

 今ここで奴を逃したら、俺達に勝ち目はない。

 逆だ、姿を隠そうとした今こそが好機なんだ。


 背後にいるヒミコもそう思ったのか、目だけで「突っ込む」と合図を送り、俺も頷く。

 絶対に仕留める。

 ロンドマンをここで仕留めることが出来れば、戦況がかなり有利に働く。


「ウグッ!」


 だが、好機と思ったのは、俺達だけではなかった。

 砂壁の向こうからロンドマンの苦悶の声が上り、サラサラと崩れ落ちる。

 ロンドマンの背後に立つ、ロッカの姿。

 こちらからでも分かる。

 ロッカの刃がロンドマンの首を貫通し、それを左右に振り抜いた。

 浅黒い顔が宙を舞い、地面へと落ちる。


「ヒュウ♪ やるね兄さん」

「中隊長が囮を買ってくれたんだ、これぐらいしないと」


 買った訳ではないのだが、反論する意味もあるまい。

 ロンドマンの首は金になるとし、仕留めたロッカが袋詰めにし、腰から下げた。 

 これでロッカも三曹から二曹、もしくは准尉までありえるかもしれない。


「中隊長、今の騒ぎで兵が集まりつつあります」


 サレス一曹に言われ、咄嗟に物陰に隠れる。

 スナージャ兵が一人、二人と増えていき、ロンドマンの死体を発見すると、彼等は叫び始めた。


「コゥクアンデッィクアディ!」

「トゥオング、ロンドマン、ダヂダアアバイ!」

「チムノ! ナットピャイ、チムドック! ウアアアアアァ!」


 相変わらず何を言っているか分からないが、何となく分かる。

 ロンドマン、彼は彼で英雄だったのだろうな。

 胸に手を当て、顔の無い彼の死体に涙する。

 復讐を胸に誓い、敵の殲滅を願ったのだろう。

 だが、そんな彼等のことを、背後から特務部隊が容赦なく刺し殺した。

 血も涙もない話だ。

 

「隠し通路、どうせなら城に直通だったら良かったのに」


 ヒミコ二曹がそう漏らしてしまう程に、城はスナージャ軍によって包囲されてしまっていた。

 城前広場近くの民家の二階に潜み、敵兵の数を確認する。

 扇状に隊列、数は一万近く。

 

 地面が黒く焦げているから、火球魔術の使い手が中にいるのだろう。

 ショウエ少尉の部隊だとしたら、二百人はいたはずだ。

 防御力は問題ない、後は兵站がどれだけ残っているか。


「兵数が少なすぎる。これは、関所を抜かれているかもしれないね」


 ロッカが怖いことを言った。

 ガデッサ城の裏には関所がある。

 そこを抜かれているとしたら、既に王都へと進軍が始まっているということだ。


「あー、なるほど。だから静かなのか」

「城壁に三万、城を囲うのに一万、残り六万は進軍した感じかな」

「やば、最悪のシナリオじゃん」


 囮作戦だなんだで時間を掛けている場合じゃなかった。

 奴等は一歩も二歩も先に進んでいる。


「送話を使う、周囲の見張りを頼む」

「了解」


 ロンドマン戦で防弾の腕輪を稼働させてしまっているから、魔力切れは必須だ。

 だけど、そうも言っていられない、一秒でも早くこの事実を伝えないと。

 地面へと意識を潜らせ、光の帯を伝う。


「アレス殿下、聞こえますか」

『すぐに切れ、繋ぎ直す』

 

 言われて、送話を即座に解除する。

 周りに変化はない、多分、一分も経過していないんだ。

 それなのに鼻血は出ているし、めまいもする。

 魔力切れ。意識だけは、しっかりしないと。


『緊急か』

「はい、半数以上の兵が関所を通過した可能性があります」

『なんだと? ……いや、分かった』


 送話、もう切れてしまった。

 

「アレス殿下、なんだって?」

「いや、分かったってだけ」

「そっか。じゃあアレかもしれないね」


 アレ? アレってなんだ?

 ヒミコ二曹はというと、髪色と同じ緑色の眉を波打たせ「ふっふーん」としたり顔をしている。

 分からないままでいると、鼻血を拭いてくれたサレス一曹が理由を教えてくれた。


「グレン中隊長、アレス殿下は、アースレイ平原では二つ名で呼ばれているのです」

「二つ名?」

「はい。猛り狂う赤髪の王子こと、赤獅子アレスと」

「怒った殿下は怖いよぉ~? 多分、今頃先頭を突っ走っているんじゃないかな?」


 ヒミコ二曹の予想は、見事に的中した。

 送話を終えてからすぐに、城門の方が賑やかになったのだ。


「グレン中隊長、ここからでも、赤獅子のたてがみが見えますよ」


 銃と魔法のこの世界で、昔ながらの騎馬に跨っての攻撃。

 騎馬ごと包み込む真っ赤な炎は、遠目に見ても存在が明らかだ。


 揺れる炎のゆらめきが、獅子のたてがみに見える。 

 赤獅子アレス、二つ名通りのお姿だ。


 城壁の動揺は、城を包囲していた兵へと伝わる。

 包囲を解くと、九割は加勢へと向かい、残り一割は城の背後、関所へと向かった。

 百にも満たない兵だけが、城の周辺に残る。


「行くぞ」


 この好機を逃す訳にはいかない。

 遮蔽物の無い広場にいる兵なんて、単なる的だ。

 民家の二階から、俺達は攻撃を開始した。


 ヒミコ二曹が二丁拳銃を乱射し、ロッカが長銃で狙撃する。

 サレス一曹と俺は民家を出て、二人の援護を受けながらも接近戦を挑む。

 

 魔力がほとんどない以上、ロンドマン戦のような戦い方は出来ない。 

 だが、発動させたままの探知なら、まだ使える。


「左二、右に投擲一」

「了」

 

 探知魔術は、回数ではなく継続時間だ。

 デイズ小隊長から教わったこと、何ひとつ間違っていない。

 包囲網を突破すると、俺達は閉鎖された城の門扉までたどり着くことが出来た。

 

「空盾の蓋、展開します」


 サレス一曹が丸い玉をこねると、それは大きな楕円へと姿を変えた。

 以前、トーランド一等兵が展開してくれたのと同じ物だ。

 火球魔術は耐えられなかったけど、銃弾なら余裕で耐えてくれる。


「ドングデトィトロン!」

「ドゥォィデェァノオゥ!!」


 包囲を突破した俺達へと、兵が集まってくる。

 ロクな指揮官がいないのだろうな、何も考えずに接近するとかさ。

 立ち上がり、奴等へと教えてやる事としよう。

 

「この城は、俺達だから通ることを許されたんだ!」


 奴等は、自分たちがどこに立っているのかすらも、忘れてしまっているようだ。


「不敬な貴様達に、この城は近寄ることを許さない!」


 黒こげの石畳。 

 奴らが立っている場所は、火球魔術の範囲内だ。


 俺の声が聞こえたのだろう。

 城から火球魔術が放たれると、スナージャ兵は綺麗に爆散した。


「トドメだ! 敵を殲滅する!」


 その後は民家に残るヒミコとロッカ、城側から俺とサレスの挟撃で、瞬く間に敵兵は沈黙する。


 硝煙と血の臭い。

 築き上げられた敵兵の死体の山。

 四人で戦ったにしては、上出来過ぎる結果だろう。


「グレン!」


 いつの間にか城の扉が開かれ、俺の名を呼ぶ声がした。

 金色の髪を揺らし、赤い宝石のような瞳を潤ませると、たまらず駆け始めてしまう。


「すぐに扉を開けずにごめんなさい、流れ弾が民に当たるから、ルールルがダメだって」


 駆け寄るなり、何を言うかと思いきや。


「最初から、扉を開けてもらう予定はありませんでしたよ」

「ですが」

「空盾の蓋、アレがあれば、弾は防げますから」


 金の柳眉を下げる彼女が、とても愛おしい。

 柔い身体を俺の腕で包み込み、もう二度と離したくないと、思い願ってしまう。


「アナが無事で、本当に良かった」

「グレン、グレン……!」


 アナの方も俺の腰に手を回してきて、優しく、それでも強く抱きしめてくれた。

 城の方を見ると、沢山の市民の方々と、ショウエ曹長の姿もあって。

 ぺこり頭を下げると、彼女は腕を組んで、やれやれと肩を上下させた。

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