第36話 仇敵再来

 客車を切り離された魔馬の速度は、想像以上だった。

 魔馬が近寄るだけで樹木が避け、道なき道を走り抜ける。

 遠かった王都が、ものの数分で目の前へと迫る。

 

 破壊された城門をくぐるなり、敵兵の姿が見えた。

 民家に入りこもうとするスナージャ兵の頭を、馬上から撃ち抜く。

 向こうは五人一隊が基本か? すぐさま四人がこちらへと銃口を向けるが、弾は空中で止まる。

 

「タイサオ!?」


 恐らく、なんでだ!? と言ったのだろう。

 ずっと聞いてきたから、スナージャ語がちょっとだけ理解出来る。

 銃弾を四人の頭へと撃ち込むと、家の中から服が乱れた女性が顔を出して、涙ながらに頭を下げた。


「大丈夫とは言えません、そのまま隠れていて下さい」


 なんていったって、俺は一人だ。

 アーチボルト中尉が来るのも、早くて三日は掛かるだろう。

 どうあがいても単独戦、味方はいない。 


「いや、いるか。とても頼りになるのが」


 眼下にいる黒天の馬が、何よりもの味方だ。


「行くぞファラマン、王都を駆けまわるぞ」


 奴等の背後から銃弾を撃ち込み、ファラマンの脚力にて他の場所へと移動する。

 円状の街なんだ、走り回っていれば、いずれは元の場所に戻る。

 とにかく射撃、弾が無くなれば敵の銃を拾い、それを撃つ。

 

 小一時間ほど銃撃戦を繰り広げると、俺の前には多数のスナージャ兵の顔があった。

 怒りに満ちた顔、敵の誘導には成功した感じだな。


 さてと、ここらでヒミコ二曹に書かせた手紙を読み上げるとするか。

 俺が魔術大国カルマの王子だと知れば、奴等はこれまで以上に喰いついてくるはずだ。

 出来るだけ高貴な文章でとお願いしたけど、どんな内容やら。 


「えっと……ドラクノウ! (ゴミ共が!)」


 ざわっ。


「トイラカルマ、ホアング、トゥルトゥツゥ、コウアングクロックマヅィー、エリエント、ディ、カルマ! (俺は魔術大国カルマが第四王子、エリエント・ディ・カルマだ!)」

「モトッシンバット、コンサスマーアツゥィット! チョゥデコバオニール、コンボセタイッ、ツタップライ、トイノアットディンセビ! チンミニチスゥディット! (魔力を持たない種無しが! どれだけクソ虫どもが集まろうが、俺一人に殺される運命なんだよ!)」

「ベェニャウオング、ウツオボイメイ、ディディドポウライ! (雑魚は家に帰ってママのおっぱいでも飲みな! 赤ちゃんなお前たちには、それがお似合いだ!)」


 ……こんなもんか。 

 さて、スナージャ兵の反応はどうかな?


「トイセジバイ! (ぶっ殺す!)」

「ダイラナブゥチェングドイ、トイカムゼイユィユゥデゼイバイ! (こんな屈辱、生まれて初めてだ!)」

「トイセビエン、ノザンモトホイマウ! (血祭りにあげてやる!)」


 お、なんだ、なんか叫び始めたぞ?

 ちょ、ちょっと待て、これまで以上というか、完璧に怒り狂っているんだが!?

 

「アイツ、一体何を書いたんだよ!」


 これまで以上に苛烈な攻撃が始まっちまった。

 銃弾の隙間を縫うように斬撃も飛んでくるようになったし、そもそも弾がなんか違う。

 多分これ、狙撃用の弾なんじゃないか? 

 おいおい、俺の防弾の腕輪を貫通しないだろうな。

 

「――――! っと、あぶねぇ!」

 

 殺気を感じて、咄嗟に顔を倒すも、頬を銃弾がかすめていきやがった。


「マジか、銃によっては防ぎきれないのか」


 先に知ることが出来て良かった。

 脳天に喰らってからじゃ、どうにも出来なかったぜ。


 結果として煽ることに成功し、王都にはびこるスナージャ兵は俺一人に釘付けになった。

 きっと今頃、王城にアナたちは到着しているのだろう。

 俺もいつまでもこんな場所で兵相手に戦っている訳にはいかない。

 

 グロデバルグ宰相とラムチャフリ元帥。 

 この二人が、そこにいるはずなのだから。


「ファラマン、最後だ。このまま反対側まで行き、城壁を飛び越えて王城まで一気に行く」


 これだけの兵が集まったんだ、反対側は手薄になっているはず。

 魔馬とはいえ、ファラマンの息も荒い。

 これ以上無理させたら、命に関わる。


「よし、行く――」

「行カセナイヨ」


 首筋に、鎌状の刃。

 耳に覚えのある声。

 

「オ前ハ、ココデ殺ス」

「……クーハイ、なぜ、貴様が生きている」


 首に掛かる刃を防弾の腕輪で発生させた壁で押し返すと、奴は身体を反転させて距離を取った。

 全身を包帯に巻かれ、所々、ほどけた包帯が風に靡いている。

 隙間から見える目が焼けただれ、右腕も失っている。

 だが、間違いなく奴だ。

 俺の大事な人を殺した、宿敵ともいえる男だ。


「? ナゼ、俺ノ名前ヲ知ッテイル?」

「まぁいい……そういえばまだ、ヒュメルの仇を、俺は討てていなかったな」

「ヒュメル? ……オ前マサカ、デイズ小隊ノ黒髪カ!」


 奴にも分かるように、緑髪のウィッグを外してやった。

 ははっ、見ろよ、途端にアイツも笑顔になりやがったぜ。

 俺もアイツの大事な人を殺してしまっているんだ、仇は取りたいよな。


「カカ……」

「はは……」

「クカカカカ」

「ははははは」

「クカカカカ、カーカッカッカッカ!」

「あははは、あーっはっはっはっは!」


 旧友との再会を懐かしむように、二人して笑っちまった。 

 目を閉じれば、弾むピンク髪をした彼女を思い出す。

 忘れることは無いと思っていた。

 だけど、人間って奴は、忘れちまう生き物なんだな。

 

「思い出させてくれて、ありがとうよ」


 ファラマンから飛び降りて、クーハイへと軍刀カゼキリを叩き込む。

 奴はいとも簡単に受け流して、口と左手だけで器用に銃を撃った。


 戦争が、どれだけ恐ろしい事であるか。

 防弾の腕輪や軍刀カゼキリを手にしてから、弱者の立場を無くしてしまっていた。

 どれだけ弱くても、戦場にいたら戦わないといけない。 

 ヒュメルのように。 


 刀と鎌が何度もぶつかり合い、時たま撃たれる銃弾を躱し、受け止めて、それでも斬り合う。

 ただ、以前のようなキレがない。奴が負った傷が、そうさせているのだろう。

 

「俺ハ、今デモズット、キズナヲ愛シテイル! 忘レルヨウナ、薄情ナオ前トハ違ウ!」

「俺にとってヒュメルは単なる部下だ、そもそも恋人でもなんでもない!」


 弱弱しい斬撃、かつての稲妻のような一撃が嘘のようだ。

 払いのけると、それだけでクーハイは地面に転がる。


「嘘ダ! アレダケ毎日近クニイタ、俺トキズナノヨウニ、ズット側ニイタジャナイカ!」

「分かれよクーハイ! 俺の愛している人は、最初からずっと、この人だけだ!」


 皮肉にも、俺とクーハイは繋がってしまっているから。

 アナスイ姫殿下という最愛の人を、クーハイに叩きつける事が出来てしまう。

 送話ではなく、相手の身体を支配する新魔術。

 その光の帯が、俺とクーハイを強引につなげる。


「ウグゥッ! ……ナッ、ナンダ、コノ女ハ」


 支配魔術は、イメージした絵を送る事も出来るのか。

 無論、送ったのはアナスイ姫だ。

 ヒュメルじゃない。


「……ジャア、俺ガ、殺シタ女ハ」

「お前のキズナって彼女が殺した、レギヌ小隊長って人の娘だよ。お世話になった人の娘だったんだ、人一倍大事にするに決まっているだろうが」


 戦場なんだ。

 殺し殺されで、とやかく文句を言うつもりはない。 

 

「無関係ナ女ヲ、俺ガ殺シタ」

「ああ、そうだな」

「ソウカ……」


 もし、出会う場所が違ければ。

 お前とは、友になれたのかもしれないな。


「――――ッ」


 軍刀カゼキリを、両膝を地についたクーハイの首へと、叩き込んだ。

 ゼーノクルスの時のように、止めたりはしない。

 コイツは、ヒュメルの仇だから。


 ゴトリと落ちたクーハイの顔、目が茫然と見開いたまま、俺を地面から見上げる。 

 その目を閉じてやると、クーハイはもう二度と、瞼を開けることは無かった。


「……後味が、悪いな」

 

 クーハイがいたから、ヒュメルを思い出せた。

 ある意味、彼女との最後のつながりが、目の前で死んだんだ。


 無意味に天を仰いじまう。

 雨の一つでも、降ってくれればいいのに。

 

 そういえば、他の敵兵は一体何をしているんだ。

 いつの間にか俺の方を見て、銃を縦に構えていやがる。

 

 クーハイへの黙祷か。

 お前もそれなりに、人望が厚かったんだな。


「行くぞ、ファラマン」


 スナージャ兵は意外にも、決闘を重んじる種族のようだ。

 クーハイとの戦いに勝利した俺に対して、銃口を向ける者はおらず。 

 ただ、黙ったまま血走った眼だけを、ひたすらに俺へと向けていた。

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