第30話 軍人としての誇り
駐屯地へと戻ると、顔を腫らし失神したままのゼーノクルスを見て、周囲は騒然となるも。
「言わずとも分かる、良くやってくれた」
ルクブルク将軍が彼を引取り、そのまま戦犯者を放り込む独房へと押しやった。
独房と言っても小さな獣用の檻、みたいなものだが。
残る部隊に関しては、ロッカ中隊長に依頼し、教育と訓練のやり直しを始める。
腐った性根を叩き直すには、死線を潜り抜けてきた現役兵が一番いい。
『そうか、ゼーノクルスがそんなことを』
主が不在になった南本部軍の天幕にて、俺はアレス殿下へと送話魔術を発動させた。
「はい、ガデッサの住人が求めていたようなことを、そのまま実践しておりました」
『そんな事をすればどうなってしまうのか、分かりそうなものだがな。しかし解せぬな、南部軍はゼーノクルス一人に全てを任せていたのか? 他にも将と呼べる人間が数人はいたはずだが』
「見た感じでは、主だった将はゼーノクルス殿下お一人でした」
『……ふむ、少々きな臭いものを感じるな。一日でも早く全権を掌握したい。急ぎ北上し、グロデバルグとの接触を頼む。それと無条件降伏をした将兵だが、彼等の保護、及び尋問し、その結果を報告すること。昼夜問わず、終わり次第俺に送話を飛ばしてくれ。以上だ』
この戦は、簡単には終わらないと思われていた。
だが、そこまで苦戦する内容でもなかったはずなんだ。
それが完全に膠着状態へと突入してしまい、戦いの音はほとんど聞こえてこない。
頬にあたる生暖かい風。
この戦場、何かが起きている。
アレス殿下の言う通り、一日でも早く全権を掌握した方がいいのだろう。
「エリエント殿下、無条件降伏の兵、受け入れ完了しました」
「ありがとう。ヒミコ二曹、彼等の指揮官を、俺の前に連れてきてくれないか」
「了、少々お待ちください」
ヒミコ二曹が連れて来たのは、スナージャ特有の浅黒い肌をした、目の細い、大柄な男だった。
彼女に通訳を頼み、後ろ手に束縛されたまま
「前任者に代わり、俺がこの軍を任される事となった、エリエント・ディ・カルマだ。貴殿の名を伺いたい」
「……名はトン、役職は将軍、ラムチャフリ元帥より南部守護を委任されていた」
低い声、三十代ぐらいに見えるが、もっと上か?
隆々とした筋肉は、デイズ中隊長を彷彿させる。
「貴殿の独断により無条件降伏の書状を出したらしいが、これに違いはないか?」
「ああ、そうだ。だが、まさか元帥に密告されるとはな。あまつさえ、我らスナージャの民を人間扱いしないとは……前任者には教育が必要であると、貴様に伝えておく」
「既に実施した。だが、どのような扱いをしていたとしても、貴殿たちに謝罪するつもりはない。お前たちもガデッサで似たような事をしていただろう、前任者を恨むのは間違っているぞ」
謝罪は、それだけで相手を優位に立たせてしまう。
するのではなくさせる、これが基本だ。
「さて、数点、貴殿に伺いたいことがある。まずは、なぜ独断で無条件降伏を?」
「ラムチャフリ元帥についていけない、そう考えたからだ」
「具体的に」
大きな身体を丸めながら、トン将軍は小さく息をついた。
「強行軍が過ぎる。シナンジュ大河川の戦いの後、グロッサ丘陵を超えガデッサへと攻め込み、そのまま中央平原まで戦い続けてきたのだ。兵は皆疲れ果て、少ない食料で飢えを乗り越え、雨と雪で喉を潤してきた。そして対峙する大軍。軍人なんだ、戦いで死ぬとは思っていたが、こんなの、戦いですらない」
「上官の命令は絶対だ。例え死ぬことであろうとも、背くことは許されない」
「……おっしゃる通りだ。どうやら、俺達は軍人ではないらしい。軍人でない俺たちは、降伏し、フォルカンヌ軍へと寝返る予定だった。優勢な方につきたくなるのは人間の真理だろ? 酷い扱いを受けようとも、生き延びることが出来るのならば、それを選択したかったまでのことだ」
あの紙にそこまで書かれていたのか?
受け入れれば、それだけで戦争が終わりそうなものを。
しかし、いま寝返った所で、彼等は戦力にはならない。
ゼーノクルスが玩具にし、半数以上の兵を壊してしまった。
「次の質問だ。なぜ、今回スナージャ軍はカルマのルールを破り、魔術師団を処刑してまでフォルカンヌへと攻め込むことを選択した? スナージャにとってカルマは同盟国であり、魔術師を殺したとあっては、その後下される制裁によって、場合によっては国が亡ぶ。愚かな選択をしたとしか、俺には思えないのだが?」
陽が沈み、暗くなった天幕の中、かがり火がトン将軍の顔を照らし上げる。
少々の沈黙の後、力のある、けれど
「……反魔術同盟」
反魔術同盟?
通訳に同席したヒミコ二曹を見るも、彼女も何も知らないと首を振った。
「反魔術同盟とは、一体なんだ?」
「戦場に似合わぬその服装、貴様はカルマの人間だろう? ならば、魔力の有無により生まれる優劣は、身をもって味わっているはずだ。魔力の無い者は人ですらない、それがカルマでの生き方だからな。フォルカンヌは王族を始め、基本的に莫大な魔力を保持している者が上に立つ国だ。俺達からしてみれば、フォルカンヌもカルマも同じ、魔力に縛られた過去の遺産だ」
魔力は、生まれ持っての才能だから。
僅かでも保持していれば努力次第で化ける事もあるが、無ければどれだけ努力しても徒労に終わる。
そして、ほとんどの人が、その身に魔力を宿していない。
俺の村にも、魔術師は一人もいなかった。
「俺達の目的はフォルカンヌだけではない、お前たちの背後にいる魔術大国カルマこそが、俺達の最大の敵だ。魔術による絶対的な支配力を持ち、中立を謳いながらも各国に手を出してくる。新魔術をいち早く取り込み、他国に漏らさぬよう自分たちで管理し、それを力と金に変える。反魔術同盟は、そんな支配から逃れるために生まれた、魔力を持たない者たちの集まりだ」
……これは、想像以上にヤバイ話なのではないか?
俺達の国だけじゃない、派遣されたカルマの魔術師、全員が処刑される可能性だってあるぞ。
魔術師を駆逐した後、各国が一斉にカルマ潰しに動くのだとしたら。
どれだけカルマが魔術に優れていても、世界全てを相手には、勝てない。
「いずれ、フォルカンヌは反魔術同盟によって滅ぼされる。だが、ラムチャフリ元帥はそれが許せなかった。長き因縁を、自分の手で決着を付けたかったのだろうな。我々は元帥の我儘に付き合わされ、こんな所まで来てしまった。戻ることのできない、一方通行の死出の旅路だ」
見上げる仁を持った瞳のまま、将軍は何かを噛む仕草をした。
「最後に、俺がなぜここまで全てを語るのか、貴様に教えてやろう」
「……?」
「もう、ここで終わりだからだ。無条件降伏をすれば、部下は助かると思っていたのだがな」
口から血、まさか。
「エリエント殿下! スナージャ兵が!」
俺達のいる天幕へと伝令が走り込むと、将軍は溢れる血をそのままに、天を仰ぐ。
「どうやら、我々はまだ、軍人だったらしい」
「……貴様」
「せいぜい生きることだ。カルマはそれだけで、命を狙われている」
口の中に毒を仕込んでいたのか。
捕虜として彼等を引き合わせてしまったが故に、覚悟を与えてしまった。
俺の、判断ミスだ。
数時間後、保護したスナージャ兵の死を確認した後、俺はアレス殿下へと送話を飛ばす。
月も小さい深夜だというのに、アレス殿下は呼びかけると、すぐさま返事をしてくれた。
『そうか、確保したスナージャ兵全員が、自死を選択したか』
「はい、かなり強い毒だったらしく、解毒も間に合わず。俺の責任です、如何様にも処罰を」
『いや、いい。責めるべきは貴様ではない』
誰もが皆、大事な人の為に戦っている。
大事な人を奪うだけで、人は死を選択してしまうんだ。
それだけは、手段として選んではならない。
大事な人を失う悲しみは、途方もない憎悪へと、変わってしまうものなのだから。
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