第31話 アーチボルグ中尉の悲劇

 トン将軍を始めとした、スナージャ南部軍全兵士の死。

 彼等の死に際は勝ち誇った顔をしており、フォルカンヌの新兵へと恐怖を植え付ける。

 精々、罪悪感に苦しんでくれればと思う。

 俺が戦場で相手を斬るのと、新兵がした事は、まるで意味が違うのだから。

 

「彼等の遺体を丁重に葬ること。それが終わり次第北上し、中央軍との合流を果たせ」

「了、昨晩寝かせずに新兵に処理させましたが、さすがに数が多い。終わりが見えませんわ」

「……自業自得だと言っておいて下さい。ではガンデス曹長、後を任せます」


 遺体処理にあたっていた新兵たちの顔は、皆暗く、陰鬱なものへと変わっていた。

 彼等が運ぶスナージャ兵の死体。

 敵の気持ちを汲んでしまうのは将として失格かもしれないが、新兵が合流して来たら最前線に送り込んでやろう

 それが俺に出来る、せめてものはなむけだ。


 曇天から小雨が降る中、泥を蹴りながら丘陵地帯から盆地へ。

 フォルカンヌ軍、近衛第一部隊駐屯地、軍本部。

 そこで俺達は、予想もしていない状況を知る事となった。 


「グロデバルグ宰相閣下が不在だと!?」


 ルクブルク将軍が南軍本部に続いて、中央本部でも雄叫びの声を上げた。

 本部を任されていたのは、近衛第一部隊第三中隊所属、アーチボルグ中尉。

 聞けば、宰相閣下は戦争開始から僅か三日ほどで、本陣を離れてしまったとか。


――南部軍が自滅してくれたのですから、このままにらみ合いを継続しましょう。いずれは要塞城ガデッサへと支援部隊を出さねばなりません。私は王都へと戻り、北へと支援に出してしまった部隊の呼び戻しに向かいます。いいですかアーチボルグ中尉、絶対にこの本陣を抜かれてはなりませんからね? もし抜かれた場合、貴殿の一族郎党、全員ネズミ炙りの刑に処しますからね? ――


 たまたま近くにいたアーチボルグ中尉は、宰相閣下にこう言われたのだとか。


 ネズミ炙りの刑。拘束した死刑囚の腹の上にネズミを数匹置き、鍋をかぶせ熱することで、高熱から逃げるネズミが死刑囚のハラワタを食い破る拷問刑だ。首切りのような生ぬるい処刑方法ではない。腹に襲い来る激痛を何十時間、酷い時は何日も耐え続けないといけない。拷問の中でも五本の指に入るほどの苦痛は、死刑囚の断末魔を処刑場から絶やさないのだという。

 

「自分は、自分は必死になって頑張りました! これで家族は、一族は大丈夫で宜しいのでしょうか!」

「あ、ああ、そうだな。よくやったぞアーチボルグ中尉」

「あああ、ありがとうございます! では、失礼します!」


 任を解かれたアーチボルグ中尉の表情は、とても晴れやかだった。

 それもそうだろう、いきなり七万の軍の最高責任者を任されては、泣きたくもなるというもの。

 彼よりも上の左官や尉官もいたのに、まったく可哀想なお人だ。


 それにしても、宰相閣下は南部軍の無条件降伏のことを把握していたのか。

 ゼーノクルスの言っていた通り、敵の罠だと考え、膠着状態を選択したということか?


 ……戦略としては、無くも無いか。

 なんとなく、疑念が残るが。


 本部軍天幕にて、軍議の場、上座にて送話魔術を使う。

 俺の正体を知る者は、この場にはルクブルク将軍しかいない。

 アナスイ姫殿下より送話魔術を賜ったエリエント殿下が、送話魔術でアレス殿下と密談している。

 他の者の目には、そう映っているのだろう。


『グロデバルグめ、アイツの戦下手は有名だが、まさかこの土壇場で逃げだすとは。まぁいい、奴は奴で国の為に動いたに過ぎん。それに奴に動かされ、戦場をかき乱されては、場合によっては現状よりも悪くなっていたかもしれないからな。所詮アイツは内政、陣を敷いただけでも良しとするか』

「では、アレス殿下、ここからはどういたしましょうか?」

『予定通り、貴様が陣頭指揮を執れ。作戦は今から口頭で伝える、そのままその場で口にしろ』


――まずは南方、総崩れになった丘陵地帯は既に奪還したも同然だが、改めて兵を置く。逃げ場を封じる為にも砦を築き、盤石に固めてしまえ。新兵はあてにならん、任務をやり遂げたアーチボルグ中尉を筆頭砦主として構え、南方へと逃亡するスナージャ兵を皆殺しにしろ――

 

「自分ですかぁッ!」


 やっと解放されたのにと涙するアーチボルグ中尉を、皆が称える。

 きっと戦争が終われば、論功行賞として領地や左官が与えられるさ。


――北側に陣しているユーキュリー少佐へと、ボルクス村奪還に動くよう伝令しろ。村から北は離れた所に集落や街が数多に存在している。北側から逃げられないように一万の兵で逃げ道を塞ぎ、残り一万の兵で正面から潰せ。西側へと逃げる? 馬鹿を言うな、西側にはスカール将軍の部隊、それを抜けてもアレス殿下が待ち構えている。貴様たちが案ずるは北側のみだ――


 地図を見ても、北はどこまでもなだらかな盆地が続き、所々に村や町があるのが分かる。

 さらにその先にはシンレイ山脈があり、残党部隊が残っていた場合、合流されたら面倒だ。


――最後に中央部隊だが。ここに座するスナージャ軍総大将、ラムチャフリ元帥。これまでの作戦は全て彼の立案したものである可能性が高い。通告無しの火球魔術、シナンジュ川の爆破、要塞城ガデッサへの奇襲。奴が現状動いていない事が、ただただ不気味だ。だが、このまま兵站攻めをするつもりは一切無い。エリエント殿下が入手した情報、反魔術同盟。どの国が連盟しているのか不明だが、いつまでも国の内側に戦力を置いておきたくないのが一番の本音だ。よって、ここは最大の餌を撒き、奴らの戦力を引き出すことを最優先とする。……最大の餌が何か? そんなもの、お前に決まっているだろうが――


 どうやら、俺の方がアーチボルグ中尉よりも酷い扱いを受ける事になるらしい。

 この話を聞いた彼が少しだけ笑顔になっていたのを、俺は見逃さなかった。

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