第33話 託されたモノ
『そこ、違和感があります』
突然、アナが精査を打ち切った。
『今回スナージャが動員した兵は、十万という途方もない大軍です。それだけの軍を、元帥の独断で動かせると思いますか?』
「……いや、無理だと思う」
『はい、絶対に無理です。となると、自死されたトン将軍、彼の言葉も信用性を無くしてしまいます。元帥の独断であるとは、彼が発していた言葉に過ぎません。死ぬことすら厭わない軍人、果たしてそんな彼が無条件降伏なんて、国を裏切る選択をするのでしょうか? 更に言えば、毒とは高価なものです。予め渡してあったという事は、逆に元帥から並々ならぬ期待があったのではないのでしょうか?』
彼は最後にこう言っていた。
我々は軍人であったと。
命令の為に命の華を散らすのは、軍人として名誉のある死だ。
最後は軍人として死ぬ、だからこそ、どんな辱めにも耐える事が出来た。
「だとすると、まさか、南部軍無条件降伏すらも、謀略のひとつだったってことか?」
『推測に過ぎませんが、恐らく。ですが、そこまでです。そこから先が見えてきません』
南部軍無条件降伏をさせてまでしたかったこと。
時間稼ぎか? では一体、なんの為に時間稼ぎをしている?
命を懸けてまでの時間稼ぎだ、相当な内容でないと天秤が釣り合わないぞ。
『……そういえば、本陣に、グロデバルグが不在だったのですよね?』
「え? あ、ああ、そうだけど」
『幼き頃から彼のことを見てきましたが、軍本部を中尉に任せて不在になるような、無責任な人ではありません。もしかすると、グロデバルグは誰に任せても大丈夫なことを、事前に把握していたのではありませんか?』
誰に任せても大丈夫なこと。
にらみ合いが続き、争いが激化しないと分かっていたと、アナは言いたいのか?
それってつまり、宰相閣下がラムチャフリ元帥と内通していたって事になるのだが。
『付け加えると、南部軍無条件降伏をラムチャフリ元帥へと密告したとの事ですが、愚弟であるゼーノクルスにそんな事が出来ると思えません。一体誰がどのようにして密告し、なぜ元帥はそれを信じたのですか? 無条件降伏は、元帥側から見てみれば、敵であるフォルカンヌが言ってきたに過ぎないのですよ? 僅か数日で信じ込むことの方がおかしいのです。もしトン将軍という方に嫌疑が掛けられたとしても、敵側の虚言、この一言で肩が付くはずなんです』
確かに、その通りだ。
言われてみると、おかしな点だらけじゃないか。
『ですが、何故グロデバルグがそこまでして動くのかが、私には理解できません。彼がフォルカンヌを裏切る理由は、何ひとつないはずなのです』
グロデバルグ宰相閣下が国を裏切る理由。
考え込んでいると、ふと、アナと俺を繋ぐ光の帯が目に入る。
そういえば以前、俺は宰相閣下へと、送話魔術を試した事がある。
ペンで机を叩く音、側に近寄るも、宰相閣下は俺に気づきもしなかった。
「もしかして、それこそが、反魔術同盟なのではないのでしょうか?」
『……え?』
「反魔術同盟は動いていない、という考え方自体が誤りなのではないのでしょうか? 今回の戦からして、既に反魔術同盟は動いていると仮定すると、グロデバルグ宰相閣下の行動も筋が通ってしまいます。同盟加担の為に、裏で動いていたと」
『ですが、グロデバルグは魔力を』
「保持していません。送話魔術を繋げようとした時、宰相閣下には繋げられなかったのです」
俺の送話魔術は、前提条件に魔力の保持を必要とする。
繋げることの出来なかった人物、それはつまり、魔力無しを意味する。
ある意味、最悪のシナリオだ。
敵国の元帥と、自国の宰相が手を組んでいる。
「敵の狙いは一貫して陛下の命です。しかも、ラムチャフリ元帥自らが出向いている可能性が高い。中央平原の部隊が動いていない理由、それは間違いなく吉報を待っているのだと思います。待っているだけで戦争が終わる。自分たちはこの場所で、敵軍を釘付けにすればいい」
見えてくると、とてもまっすぐな一本の線じゃないか。
何もかもが布石、たった一本の刃、それを陛下の胸に突き立てる為だけに。
『以前、グロデバルグは魔術大国カルマのことを、魔術バカと申しておりましたが……まさか、そんな』
常日頃から辟易していた、だからこそ出てくる言葉だろう。
アナとの送話を終えると、そのことをすぐさまアレス殿下へと伝える。
『……確かに、残念なことに辻褄が合う』
「まだ、何一つ確証はありません。ですが、この戦場に立ってからずっと、違和感がありました。グロッサ丘陵で突撃兵だった時とは、空気が違うのです」
『貴様の違和感なぞ、何の確証にもならん。そもそも反魔術同盟という言葉も、貴様が尋問したトン将軍とやらの口から出た言葉だ。だがしかし、ひとつの嘘を隠す為に本物を混ざらせるのは常套手段だ。全てが嘘、という訳ではあるまい』
スナージャはカルマの魔術師団を処刑している。
反魔術同盟に関しては、ある意味裏付けがあるようなもの。
木を隠すには森、嘘を隠すために、反魔術同盟という本物を混ぜてきた。
『しかし、この話は放置するには危険過ぎる内容だ。これより魔馬車を貴様の下へと送る。翌朝には中央平原軍本部へと到着するだろう。それに乗り、王都カナディースまで最速で向かい、親父の警護に当たれ。本来なら俺が向かいたい所なのだが、現状、ガデッサを離れる訳にはいかない』
魔馬車、あのエリエント殿下が乗ってきた馬車か。
『ラムチャフリ元帥が中央平原から出ていたとしても、魔術を利用する魔馬車の存在があれば、探知兵が気づかないはずがない。恐らく普通の馬を使い、北側の村から更に北上し、大きく迂回するルートで王都へと向かっているのだろう。親父へと送話を繋げれば早い話なのだが、一度繋がったら二度と離れないようなものを、親父に繋げさせる訳にはいかない。いいかエリエント、もし親父の身に何かあった場合、貴様の首だけではすまさんからな。何がなんでも親父を守れ、以上だ』
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