第6話
「お、気づいたか」
目が覚め、瞼を開くだけで激痛が全身を襲った。
また救護テントの天井、それと横には、オルオさんの心配そうな顔があった。
「デイズ小隊長は容赦がないからな」
「オルオ一等兵……すいません、俺の責任です」
「いや、お前さんだけの責任じゃないさ。俺もトーランドもガミも、グレンが夜中テントを抜け出して、誰かと逢引しているのを知っていたからな。まさかその方法が新魔術、相手がアナスイ王女だとは、夢にも思わなかっただけのことさ。つまり、俺達も報告義務を怠っていたんだよ」
見れば、オルオさんも面長な顔に青タンを幾つも作っていた。
デイズ小隊長は恐らく、全員に教育的指導を行ったのだろう。
「立てるか?」
「……はい、なんとか」
「負傷兵が多すぎてな、ベッドの数も衛生兵の数も、全然足りていないんだ。本来ならお前さんレベルの怪我は治癒魔術の対象だっただろうけど、今はお前さんよりも重傷な奴等が多くてな。通常の手当てで我慢して欲しいって、俺の彼女から言われたよ」
オルオ一等兵の言うとおり、救護テントの中は沢山の怪我人で溢れかえっていた。
包帯から血が滲み出ている、なんていうのは、もはや軽傷の部類なのだろう。
足が無かったり、腕が無かったり、腹が
火球魔術で焼かれてしまったのか、全身の皮膚がただれている人もいた。
「オルオ、その人、大丈夫そうならベッドを空けてもらってもいい? 見ての通りでさ」
オルオさんのことを呼び捨てにする赤毛の女性。
制服の上に着用したエプロンを見るに、衛生兵なのだろう。
「ああ、大丈夫だ。無理を言って悪かったな、シーシャ」
「この貸しは、いつかベッドで返して貰うからね」
「ははっ、分かったよ」
シーシャさんがオルオさんの彼女、なのだろう。
仲睦まじい二人を見て、ほんの少し、心が和んだ。
「いっ――」
アナスイ王女の治癒魔術なら、こんな怪我も、ものの数秒で完治してしまうのに。
通常手当がこんなにも効果が薄いのを、今更ながらに思い出した。
でも、俺はベッドで休む訳にはいかない。
皆と違って、俺の傷は名誉の負傷ではないんだ。
――おい、アイツだぜ。
――ああ、聞いたよ。アイツが情報を流さなかったから、今回敗戦したんだろ?
――俺が痛いのはアイツのせいかよ、畜生。
歩くだけで、俺への不満の声が聞こえてくる。
デイズ小隊長は、全員の前で俺へと矯正指導を行った。
結果、俺の愚行を知らない人は、この場にはいない。
「デイズ小隊長を恨むなよ」
「……はい」
「あの人がグレンをここまで痛めつけていなかったら、お前さん、殺されていたかもしれないんだぜ?」
結果として、デイズ小隊長は俺のことを助けたのだと、オルオさんは教えてくれた。
俺がやらかした事の意味を理解したのは、あの場にいた曹兵なら誰でも分かること。
恨みを買い、闇に葬られたとしても、おかしくはない。
デイズ小隊長が殺さない程度に俺を痛めつけてくれたから、今はそれで許してやる。
どうやら、そういうことらしい。
「あの、オルオ一等兵、今はどこに向かっているのでしょうか?」
「……お前が行かなきゃいけない場所だよ」
当初、言葉の意味が理解できなかった。
でも、目的地へと到着し、言葉の意味を理解する。
「今回の敗戦で、戦死した仲間は数えきれない程にいる。ここに積まれているのは、なんとか回収出来た仲間、もしくは、自分の力で戻ってきて、そのまま息絶えた仲間だ。グレン、お前さんの判断ミスだけとは言わない。だが、お前さんが王女の事を伝えていれば、コイツ等は死なずに済んだかもしれないんだ。忘れるなよ、絶対にコイツ等のことを、忘れてはいけないんだ」
見上げる程の死体を、これまで見たことがなかった。
これだけの数の仲間を、俺は死なせてしまった。
判断ミスが、仲間を殺す。
屯田兵部隊の頃から、俺は何も、成長していない。
両膝を地に着き、山のような仲間の遺体を見上げる。
遺体の中に短く刈られた青髪を見つけてしまい、俺は思わず視線を逸らした。
ザック二等兵、だったのかもしれない。
火が放たれ、周囲は人が燃える臭いで満ちていく。
死なせてしまった彼等に、果たして俺が祈る権利はあるのだろうか。
死にたい、俺も彼等と共に死んでしまいたい。
きっとその方が、楽になれると分かるから。
『私の為に戦うのであれば、必ず生きて戻ってきなさい』
今になって、アナスイ王女との誓いがどれだけ重く苦しいものか、理解することになった。
逃げることは許されない。
死、なんていう楽な道は、俺には許されていないんだ。
すいません、先輩方、俺もいつかそっちに行きます。
ですが、今は俺の身勝手を、どうか許して下さい。
俺が絶対、スナージャ帝国を、滅ぼしてみせますから。
「戻ったか」
デイズ小隊長は、顔半分に包帯を巻いた状態で、俺を出迎えてくれた。
「はい! グレン二等兵、これより任務に復帰します!」
足も負傷したのか、デイズ小隊長の机には杖が立てかけられていた。
しかし、杖の横には銃剣もある。
どれだけの傷を負っても、この人は戦うことをやめない。
少しだけ、安心した。
「ああ、さっそくだが、グレンには再度、魔術師団へと出向くよう命令が下りている。以前顔を合わせたショウエ曹長が、アナスイ王女とグレンとの間でのみ使用可能な新魔術、送話について話が聞きたいとの事だ」
「はい! 復唱します! グレン二等兵、魔術師団へと出向き、ショウエ曹長へと送話魔術についての説明を、実施いたします!」
「……それと、グレン」
「はい!」
「部隊の長は、隊員一人一人に何が出来るのかを把握する義務がある。以後、グレンが何か新しい魔術を使用できるようになった場合、即座に俺に報告することを徹底しろ」
「はい! 了解しました!」
本来なら、新魔術のことを伝えていなかった事も、罰に値すると今なら分かる。
だが、軍法の中に、同じ罪での罰は繰り返し与えてはいけない、というものがあるんだ。
それをデイズ小隊長は遵守しているのだろう。
一度罰を与えた以上、もうこれで終わりだと。
改めて、凄い人だと思った。
「失礼します、グレン二等兵、命令により出頭致しました」
久しぶりに訪れた魔術師団のテントだが、あれだけの敗戦だったというのに、ここにいる女性陣の顔は涼やかなものだった。
慌てる素振りもなく、ケガのひとつも負っていない。
考えてもみれば、魔術師団は戦争の最初、火球魔術だけで役割を終えているのだから、ケガを負う場面は皆無なのだろう。
戦場を焼野原にし、その後は撤退し、安全圏から眺めて終わり。
戦争に負けようとしているのに、それで終わっていいのだろうか。
「いいのですよ、それで」
たまらず、俺はショウエ曹長へと、疑問をぶつけてしまった。
だが、ショウエ曹長はショートカットにした青髪を指で梳きながら、平然と答える。
「我々魔術師団は、魔術大国カルマから派遣されている者がほとんどです。例えこのままスナージャ帝国がこの軍を壊滅させようとしても、魔術師団のテントだけは絶対に攻撃しません。もし彼らがこの魔術師団のテントに攻め込んだ場合、魔術大国カルマを初めとした、列強諸国が総出でスナージャ帝国を壊滅させます。そうですね、一か月も掛からず勝敗を決するかと」
知らないことが多い。
このテントにいれば、無傷で生き残れるのか。
「しかし、スナージャ帝国にも魔術師団がいるのですよね?」
「ええ、魔術大国カルマは、同盟諸国へと平等に魔術師団を派遣していますから」
「だとしたら、今回のルール違反、おかしくないですか?」
なぜ、スナージャ帝国の為だけにルール違反をしたのか。
ルールなんていう生易しい言葉じゃない、条約ともとれる取り決めを、なぜ一方的に反故にしたのか。
「これは私の憶測ですが、あの時の火球魔術使用者に、カルマの人間は加担していないと推測されます。我々カルマの人間が現地民に魔術を教え、利用できるようになった者のみで、あの戦術を行ったのでしょう。ルールを破った時の罰則は、カルマの人間にはとても恐ろしい結果を招きますからね」
大国同士でなら、経済制裁や新魔術の提供拒否にとどまるが、ルールを破った魔術師へは、問答無用で極刑が課せられるのだと、ショウエ曹長は教えてくれた。
「奪われる必要の無い命を懸けてまで、ルールを破る愚か者は、カルマにはいませんよ。教えた魔術をどのように扱うかまでは、我々の責任ではありませんからね。さて、ここから先は軍隊らしく、私語厳禁でお願いします」
剣による殺人が起こったとして、その剣を作った人にまで責任がある訳ではない。
理解はしている、だが、納得することは難しい。
あの火球魔術のルールを破ったのに、経済制裁なんていう、甘い制裁で終わってしまうのか。
「グレン二等兵とアナスイ王女との間だけで使用可能な新魔術、送話。これに関して、我々カルマの人間は非常に興味を持ちました。距離を問わずして会話が可能である。情報統制として、機密情報の秘匿送信方法としては、最適かつ完全なものになります。我々はこれを確固たる新魔術として会得したい。ぜひ、グレン二等兵にはご協力をお願いしたい。もちろん、見返りもご用意いたしました、その内容は――」
ショウエ曹長はぐっと前かがみになり、俺の心まで見透かすような目をしながら、こう言った。
「魔術大国カルマが、今回の戦争に援軍を出す、とのことです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます