第12話

「グレン、ちょっと来い」


 ルクブルク将軍閣下と鍛錬を始めるようになってから、一週間ほど経過したある日のこと。

 デイズ小隊長に呼び出された俺は、何用かと思い小隊長の天幕へと向かったのだが。


「貴様、あの酔狂な王女と一緒になりたいとか、ぬかしたらしいな」


 なぜか、あの日の言葉がデイズ小隊長へとバレてしまい。


「歯を食いしばれ、理由は言わなくても分かるよな」


 小隊長の前に到着するや否や、岩のような拳を顔面へと叩き込まれたのであった。


「立て、俺に殴ってもらいたくて、あんなことを口走ったのだろう?」

「……っ、は、はい!」

「これで貴様に語るのは三度目になるか。戦争に個人の思想は不要だ。ましてや恋愛感情などもってのほか、作らなくてもいい弱点を作り、そこを突かれた時に苦しむのは誰だ」


 今度は腹、それも凄いのを数発、連打で。

 胃液が逆流して、鈍痛で、思わず膝をついてしまった。

 だが、それでも、デイズ小隊長は殴る手を緩めたりはしない。

 髪を掴み強引に顔を持ち上げ、俺のことを殺意のある目で睨みつけるんだ。 


「グレン、貴様は既に小隊長だ。小隊長の判断ミスで苦しむのは誰だ」

「はい! 自分についてくれた、隊員になります!」

「違う。貴様のミスで苦しむのは陛下であり姫殿下、つまりは国だ」


 掴んだ髪を持ち上げ、無理やりに立たされる。

 そしてまた数発、顔と腹に叩き込まれるんだ。


「勝てるはずの戦争に負け、自国民がスナージャ兵によって蹂躙される苦しみを、貴様の判断ミスが引き起こす可能性がある。隊員は国の為に死ぬことを苦痛だとは思っていない。上官の命令は絶対だ、例え死ぬことになったとしても従うべきもの。貴様は違ったのか?」

「い、いいえ! 違いません! 俺は、デイズ小隊長の命令で、死ぬ覚悟がありました!」


 デイズ小隊長の命令に従っていれば、スナージャの兵士を殺せるから。

 もし俺が死んでも、デイズ小隊長が仇をとり、スナージャを殺してくれるから。

 

「グレン、小隊長とはな、そういう立場の人間のことを言うんだ」

「はい!」


 個人を殺し、国の為に戦う。

 自分の命令で隊員が死んだとしても、それは国の責任だ。

 そう言えるように、生きなくてはならない。


「いずれ、貴様を殴ってくれる奴はいなくなる」


 デイズ小隊長は俺をきをつけの姿勢に正すと、膝についた埃を払ってくれた。


「道に迷い、どうしていいか分からなくなった時、その時はまた俺の所に来ればいい。貴様が将軍になろうが王様になろうが、俺は容赦なく、貴様を殴りつけてやる」

「……はい! ありがとうございます!」

「以上だ。グレン小隊長、貴殿の活躍を期待している」


 デイズ小隊長が、俺へと敬礼をしている。

 とても違和感がある景色に、気づけば涙していた。


 歩兵部隊への配属希望は、壊滅してしまった屯田兵の仇を討ちたかったから。

 あの時から、どれだけの時が流れたのだろう。

 村を出た時は、世界はまだ青かったのに。

 今はもう、真っ白な雪に包まれようとしている。

 

 死んでも良かったんだ。


 どれだけの死地にいても、デイズ小隊長がいたから、俺は今も生きている。

 ダメな俺を死なせない為に命令し、小隊全員の命を必死になって守ってくれた。

 救えない命だってあった。 

 それでも、いつだってデイズ小隊長は、小隊の為に考え、動き、戦っている。

 全ては国の為、俺達の命が失われると、それだけ国が傷つくから。


「バカ野郎、泣く奴があるか」

「……すいません」


 殴られた数だけ、教えられた。

 俺はきっと、一生この人に頭は上がらない。

 そう思えるぐらい、凄い人だった。



 魔術大国カルマが、スナージャ帝国との同盟を破棄してから、実に三か月が経過した。

 要塞城ガデッサにおいては、籠城戦を決め込むも、スナージャは表立った行動はしてこないまま。

 日に日に城を取り囲む兵の数は増えてはいるものの、攻め込む気配はまるで感じられない。

 

「どうやら、北のシンレイ山脈で大きな戦争が起こっているらしい」

「そうなのですか? あそこは既に敗北したとお聞きしておりましたが」


 毎日のように俺はルクブルク将軍閣下の下を訪れ、鍛錬を重ねていた。

 基本戦術から銃剣術、刀を用いた戦い方など。

 小隊長として必要な知識と力を得る。

 そのためには、時間がいくらあっても足りないくらいだった。


「シンレイ山脈に、王都からの支援部隊が到着したらしいですよ」


 鍛錬場には、青髪の魔術師団長、ショウエ曹長の顔もあった。

 送話魔術の解明に全力の彼女だが、未だに解明は果されていない。

 今現在も、送話魔術は俺とアナだけの特許魔術としての扱いを受けている。


「第三王子リデロ殿下率いる第三師団、それと剛腕のミッケラン率いる近衛第二兵団も支援に向かったらしいですからね。フォルカンヌ国としても、やられっぱなしという訳にはいかないみたいです」

「カルマの支援は入らなかったのですか?」

「カルマは腰が重いことで有名ですからね。今も机上の空論で忙しいのだと思いますよ」


 一か月でスナージャを滅ぼすとか、以前聞いた記憶があるのだが。

 わざわざショウエ曹長の機嫌を損ねる必要はないだろうとし、聞くのは止めた。


「こういう状態も含めて、一日でも早く送話魔術の解明を急ぎたいのですが」

「……お力になれず、申し訳ありません」

「まぁ別に、この魔術は戦時下のみ役に立つ火球魔術とは違って、平素でも活躍が見込める魔術ですからね。それに新魔術の解明にどれだけの時間を要するのか。昨今の新魔術開発がなされていない現状を踏まえれば、既に実例がある送話魔術は他よりも、一歩も二歩も先んじていると言えるでしょう。焦る必要はありませんが、出来たら急いで欲しいというのが、カルマの本音なのだと思いますよ」


 アナも送話魔術には可能性があると、この前熱く語ってくれていたから、この辺の理解は出来ているつもりだ。商売のやり取りや作戦会議、子供たちへの教育や緊急事態の早期連絡。挙げればきりがないと言っているのだから、送話魔術への期待値の高さが、うかがい知れるというものだ。


「それと、既に姫殿下からお聞きしました?」

「ああ、はい。ガデッサへの入城の件ですよね」


 王都カナディースへと避難したアナが、近日中に入場するらしいのだ。

 ガデッサ城の西側には今もスナージャ兵の姿が見えるが、東側はそうでもない。

 要塞城ガデッサの東側には、ソウルレイ山脈と呼ばれる南北に伸びた連峰が存在する。


 二千メートル級の山々が天然の城塞と化し、岩肌剥き出しの山脈には陣を敷くことはまずもって不可能であり、唯一の山間には要塞城が存在するのである。


 スナージャ帝国が直線で王都カナディースを目指す場合、この要塞城は落とすしか方法はない。

 それが分かっているからこそ、要塞城は通常の城よりも防衛能力が高い造りをしている。

 

 船のように先端が伸びた城壁は、そそり立つ壁のように造られている。

 落下しないのか? と不安になるも、特殊構造なので落下しないのだと、以前説明を受けた。


 万一敵兵が攻めてきた場合、船首のように伸びた城壁から火球魔術を放ち、相手を一網打尽にすることが出来る。魔術師団が不在になったとしても、落石や上からの弓矢で圧倒的有利に立てるのだから、防衛に特化したこの城を攻め落とすことは難しい。


 狙えるとしたら兵站攻めなのだろうけど、フォルカンヌ本国はここから更に東側に位置している。

 物資の流通は守られており、兵站に関する心配事はほとんど無いと言っていい。

 だからこその均衡、この三か月、俺達は城によって守られてきたんだ。


「姫殿下の入場ということは、カルマのエリエント殿下も入城されるという事か」

「はい、ついに我々も、動き出す時がきたみたいです」


 現状に、甘えて良い訳が無い。

 籠城したままでは敗北はないにしても、勝利はありえないのだから。


「グレン小隊長! 訓練終了でありますか!」


 送話魔術部隊の天幕に戻るなり、敬礼をする女性兵士。

 俺に与えられた兵の一人である、ヒュメル一等兵。

 以前よりも階級をひとつ上げた彼女も、送話魔術部隊の一員だ。

 なんでも、俺が小隊長になると聞いて、率先して志願したらしい。


「ああ、近日中にアナスイ姫殿下が入城されるらしい。それと共に魔術大国カルマの第四王子、エリエント殿下も入場されるとのことだ」

「ついに戦いが始まるんですね! グレン小隊長の下で、どんどん武功を積み上げてやりますよ!」


 背が小さく、元伝令兵の彼女は他よりも素早く動くことが出来る。

 これは突撃兵というよりも、斥候としての能力が高いということ。

 最近のヒュメルは小銃以外にも、短剣の訓練にも精を出しているのをよく見かける。

 剣を持つには非力だが、短剣なら彼女でも扱える。

 スナージャの斥候兵も、手首に鎌を仕込んだ軽い武器を使用していた。

 ああいった戦い方が、女性ならではの戦い方になってしまうのだろう。 


「グレン小隊長、新兵の訓練、終了しました」


 後ろで結わえるほどに伸ばした髪を遊ばせながら、俺の下についたもう一人の仲間が敬礼する。


「ありがとう、ロッカ兵士長」


 徴兵の時に一緒の馬車に乗った時は、彼がここまで成長するとは思わなかった。

 身長も伸び、筋肉が全体的に付いているのが分かる。

 オルオさんのように長銃を扱え、トーランドさんのように工作兵としての知識もあるのだとか。

 

 彼が所属していたゼーマ小隊は、無通告火球攻めの際に火球を直撃してしまい、全滅している。

 顔の左半分に残る火傷は、その時のものだ。

 あんなにも、人懐っこい顔をしていたのに。


「グレン小隊長に対し、敬礼!」


 ロッカが兵士長、ヒュメルの他一等兵が三人と、二等兵が五人。

 計十名が、送話魔術隊における、俺が指揮できる小隊の全てだ。

 運用方法としては、伝令兵の域を出ないと予測されている。 

 俺がアナスイ姫殿下、つまりエリエント殿下の軍略を送話魔術で受け、そこから各隊へと飛ばす。

 この戦術の最大のメリットは、指揮官が戦場にいなくてもいい所にある。

 その気になればそれこそ、机上の空論で全てを終わらせることが可能だ。

 

「近日中に、エリエント殿下、アナスイ姫殿下が要塞城ガデッサへと入城される事が決定となった。長かった籠城生活も終わりを迎える日が近い。俺達に与えられた任務は情報の伝達だ。戦場における情報の重要性は、何よりも重い。故に、自分たちが狙われる可能性は非常に高いと思え」

  

 武器をほとんど持たず戦場を駆け抜ける伝令兵の存在は、嫌でも敵兵の目に留まる。

 これまでも襲われた事は多かったのだと、元伝令兵のヒュメル自身が語っていた。

 

 一人でも戦って逃げられる程の武力と脚力、口頭で言い渡される情報をメモする速記術、送話魔術隊に求められることは、伝令兵のそれと変わらないのかもしれない。


 だが、送話魔術隊には、他の部隊にはない特権が存在する。

 俺達の部隊は、有事の際、戦場において最大の権力を有することが出来る。

 俺の言葉が、そのまま殿下の言葉になるのだから、当然とも言えよう。


 逆を言えば、絶対に死ねないということ。

 最後まで生き残るべき部隊として、この部隊はあり続けなければならない。

 

「殺されると思った場合、全力で相手を殺せ。殺せば殺されない。とても、簡単なことだ」

「はい!」


 気持ちのいい返事だ。

 昔の俺が出せなかった言葉だな。

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