第27話 新魔術の価値、エリエント殿下としての出立
要塞城ガデッサの奪還から四日、城下町は戦争の傷跡が多数残っているが、死体は全て火葬され、灰となってフォルカンヌの大地へと戻っていった。スナージャ兵の死体に関しては、戦争犯罪はこれを禁ズという軍規に乗っ取り、火葬処理をし、近隣の川へと流した。
「スナージャの奴等、家の物全部持っていきやがった」
「ウチも、残しておいた食料全部やられたよ」
「家に隠れていたお隣さん、家族全員皆殺しだって」
「援軍が来てくれて良かったよ、来なかったらどうなっていたことか」
街の人たちとしては、火葬なぞせず、見せしめに生首を城壁に晒せばいい、みたいな過激な発言もあったみたいだが、それらは全てアレス殿下が却下した。戦争の中にもルールがある、それを破ってしまっては、勝ち方として間違っていると。
今朝がた雨が降ったお陰か、街に残る血は洗い流され、臭いも随分と薄まった気がする。
本当は俺も手伝いたかったのだけど、俺はエリエント殿下だから。
あの男はそんなことをしない、アナに言われ、泣く泣く自室へと籠ることに。
「グレ……違ったか、エリエント殿下はいるか」
「アレス殿下、はっ、ここに」
あてがわれた私室に籠りくすぶっていると、アレス殿下が部屋を訪れてくれた。
敬礼しそうになるも、エリエント殿下は敬礼しないよなと思い、腰を曲げる礼をすべきかどうかと迷っている間に、直立不動になってしまう。そんな俺の様子を見て、アレス殿下は眉を波打たせた呆れ顔のまま、楽にしろと開いた手を上下させる。
「どのように会話していいのか分からん。すまないがこれまで通りにさせて頂くぞ」
「了解しました」
事実上の部下であり、来賓の状態なんだ。
本来は俺に対しての敬語や、それ相応の態度が必要なのだろう。
だが、慣れ親しんだものはなかなか変えられない。
俺の方としても、以前のままの方が落ち着いて話が出来る。
是非ともこのままをお願いしたい。
「さて、話というのは他でもない、王都カナディースへと進軍したスナージャ軍討伐部隊に関してなのだが。この戦いに、エリエント殿下として、貴様も戦いに参戦させることが決定した」
エリエント殿下は魔術大国カルマからの援軍部隊なのだから、参戦が基本だろう。
防衛戦は勝利し、追撃戦で敗走だが、追撃戦は意図的に敗走したとのことだ。
改めて思う。
死んでくれて良かったと。
「貴様の右目に宿るエレメントジェーバイト、そして探知魔術、魔術武装の数々は、温存しておくには惜しい程の戦力だ。二万の兵はガデッサ防衛に俺と共に残す。残り一万の兵をルクブルクと共に率いて、スナージャ軍討伐へと向かって欲しい」
「一万で、六万をですか?」
「ふふっ、さすがにそんな無茶は言わんよ。届いた書簡には、奴等は王都と要塞城との間にある中央平原に陣を敷き、グロデバルグ率いる近衛第一部隊との接敵を果たしているとの事だ。グロデバルグの部隊が七万、数だけでみれば我らが勝っている状態だ」
アナが早馬を送ったという援軍か。
さすがは王都だ、北のシンレイ山脈に支援を出しつつも、それだけの兵を残していたとは。
「だがな、その七万の兵は、訓練中の新兵も含まれる」
「……え」
「更に言えば、大軍の指揮を執っている将の中に、我らの末弟であるゼーノクルスの名もあった。まだ十三歳だ、兵法を学び始めたばかりの弟がどうして大軍の指揮を執れよう。王都にリースディーズ兄さまや七男のエルネオパがいれば、奴等に任せられただろうに」
ゼーノクルスにリースディーズ、エルネオパ。
俺の知らないアナの兄弟か、忘れないようメモしておこう。
「総大将であるグロデバルグも、基本的に内政が主の男だ。七万の軍勢の指揮が執れるとは思えん。ルクブルク将軍にも伝えてあるのだが、貴様は中央平原へと到着次第、平原を南下し回り込むようにし、グロデバルグとの接触を計れ。その後はエリエント殿下として、七万の軍勢の指揮をお前が執るんだ」
「俺が、七万の軍勢をですか?」
「
ああ、なるほど。
エリエント殿下の時と同じ扱いということか。
「グレン、これだけは言っておく」
それまで柔らかだったアレス殿下の表情に、剣が走る。
「奴等はグラッシャ兄様とショルシャ兄様、弟であるガイナスを殺している。絶対に負けるなよ。負けたら俺がお前を殺す。貴様にも殺された仲間が多数いるだろう、彼等の無念を決して忘れるなよ」
アレス殿下と初めてお目見えした時から腕についている喪章は、今も外されていない。
聞けば聞くほど、王族での兄妹間はとても仲が良かったのだと、伝わってくる。
俺もそうだ、殺された仲間の無念は、未だ晴らせていない。
「その目が出来るのなら、大丈夫そうだな」
「アレス殿下……」
「妹に毒され、全ての負の感情が無くなってしまったように見えていたのでな」
そんなことはない、と否定したかったけど。
アナとの生活で荒んだ心が癒えてしまったのは、確かだ。
「それと、エレメントジェーバイト、使いこなせるようにしておけよ」
右目に装着した緑色の宝石、エレメントジェーバイト。
輝く丸い宝石は、絶えず俺へと魔力を供給し続けてくれている。
だが、試しに風斬りの魔術を使用しようとしたものの、上手くいかず。
ショウエ少尉に教えを乞うと、それは当然だろうと言われてしまった。
「以前教えたと思いますが、グレン……ではなかったですね、失礼。エリエント殿下の魔術属性は土になります。風と土の相性は悪く、例え軍刀カゼキリを使用したとしても、刀身に風の刃をまとうだけで精一杯だったはずです。それは国宝と呼ばれるエレメントジェーバイトであっても変わりません。恐らく現状、その宝石は本来の力の十分の一も引き出せていないのだと思われます」
「十分の一ですか」
「はい。更に付け加えますと、魔力無しのエリエント殿下が風斬りや大竜巻の魔術を使えたとの事ですが、それは逆に魔力無しだったからこそだと仮定することが出来ます。反発する魔力が存在しない人間だからこそ、その宝具は使いこなせる。皮肉ですよね、使いこなせれば使いこなせるほど、魔力がないことの証明になってしまうのですから」
カルマにおける魔力無しは、異端児として扱われる。
例え王族であったとしても、それは変わらない。
魔力無しを不憫に思った親が生み出した、可愛い子供の為の宝具。
それが、エレメントジェーバイトなのではないかと、ショウエ少尉は語ってくれた。
使いこなせと言われた以上、やれるだけのことはやる。
けれど、大竜巻はおろか、風斬りすらまともに出来る気がしない。
それでも、この宝石を装着して、大きく変わった点が一つだけある。
『これが、送話魔術なのですね』
俺の方から送話を使用しても、魔力切れを起こさなくなった。
以前は即応体制保持のため、俺の方から送話魔術を試すことが出来なかった。
俺と繋がっていたアナが送話を試そうとし、失敗報告があったことも理由として大きい。
『とても素晴らしい魔術です。ですが、これは根っこであるエリエント殿下の資質に大きく頼る魔術ですね。基本的に通しているのは土、探知魔術の延長線上に存在するものだと思われますが、それを相手にも強要するのが送話魔術……確かに、物凄い速度で魔力が消費されていきます。このままだと魔力切れを起こしそうです。すいませんが、一旦解除しますね』
たたらを踏むように足を動かし、光の帯を遮断する。
さすがはショウエ少尉だ、送話を使用しても、鼻血が出ていない。
「なるほど、一度繋がってしまうと二度と外れないのも、この魔術の特徴ですね」
「アナスイ姫殿下は魔力消費がほとんどない、と言っておりましたが」
「分母の差でしょうね。王族は基本的に魔力量が桁違いです。アレス殿下のたてがみもご覧になったでしょう? アレだって、他の者が使用したら魔力切れ必須ですよ」
確かに、あの赤獅子アレスの状態は凄かった、真似できるものではない。
一通りの送話魔術のテストを終えた後、ふと、あることを思いだした。
「そういえば、エリエント殿下との戦いの際、送話魔術ではない魔術が発動したんですよね」
「送話魔術ではない魔術? 一体どんなものでしょうか?」
「相手の身体を支配する、そんな魔術でした」
カランと、ショウエ少尉が手にしていたペンを落とした。
そのまま微動だにせず、水色の瞳を瞠目させる。
「ショウエ少尉?」
彼女は俺へと歩み寄ると、両肩に手を置いた。
吸い込まれそうなほどに綺麗な瞳が、目の前に来る。
「それは、真ですか」
「はい」
「肉体支配が発動したのは、エリエント殿下との戦いが初動でしょうか?」
「いえ、確証は持てませんが、クーハイという敵斥候兵との戦いの際にも発動したと思います」
ぐいぐい迫って来て、ついぞ床に押し倒されてしまった。
「もっと詳しく教えて下さい。状況は? 魔力消費は? どこまで支配し、どれぐらいの時間支配したのですか? 相手の身体を動かすことは出来るのですか? 支配している時、相手の精神はどこへといっていましたか? 自分の肉体を動かすことは出来ましたか? 記憶共有は?」
「ちょ、ちょっと」
「相手の魔術を使うことが出来ましたか? 相手は死んでいますが支配の最中に死んだのですか? 空腹の共有はありましたか? 喉の渇きはどうでしたか? 魔力の奪取は出来ましたか? 五感はどこまで共有しておりましたか? 痛覚はありましたか? 実質的な肉体支配はどのぐらいの時間可能でしたか?」
「ちょっと待って下さい!」
凄く近い、ショウエ少尉の鼻が俺の鼻に触れるぐらい近いぞ。
他の魔術兵に見られたら事だ、すぐに離れないと。
彼女の両肩を押し上げ、なんとか抱擁から脱する。
「と、とにかく、再現できる魔術かどうかは未だ試していないのでわかりません。明日出立ですので、これで失礼します。また何か分かりましたら、すぐに報告をいれますから」
俺から離れた後も、ショウエ少尉は一人ごちながらペンを走らせていた。
新魔術の価値、しかし、肉体支配はどう転んでも悪用しか出来ないと思うけど。
翌朝、エリエント殿下が着用していた黒の外套に模した服へと、袖を通す。
目に掛かる程度の長さ、緑髪をしたウィッグをかぶり、右目には眼帯を装着する。
こうして着飾ってみると、本当、エリエント殿下そっくりだ。
鏡を見ているだけで、むかっ腹が立つ。
「きゃ」
小さな悲鳴。
声の方を見てみると、アナの姿があった。
上背をのけぞらせ、両手を口にあてている。
「す、すいません、本物がいたのかと思いました」
「……あはは、憎たらしい程に、そっくりですよね」
「そ、そうですね。ですが……」
近くに寄ると、アナは俺の腕を手に取った。
「優しい声は、彼には真似できません」
キスがしたい。
だが、今のアナは出立式に伴うドレスアップした姿だ。
普段よりもピンク色をした唇に光沢が走り、目の周りも明るい色に染められ、綺麗な金髪も編み込まれ、花冠のように美しい形で整えられている。
俺の独断で崩す訳にはいかない。
我慢だ。
アナと共に部屋を出ると、俺達は城前広場へと足を運んだ。
一万の兵が列をなし、出立の時を望む。
踏み入るなり凄まじい殺気を感じる。
俺へと注がれる殺気は、想像以上のものであった。
グレン中隊長を殺した、憎きエリエント殿下。
ある意味、軍内部への情報統率は完璧である証拠とも言えよう。
だが、何人かは、俺の方を見て笑みを浮かべている者たちもいた。
准尉に昇格し、中隊長へと抜擢された、ロッカもその一人だ。
なぁんだ、生きてたんじゃない。
サレス一曹へと語り掛ける、ヒミコ二曹の口がそう動いている。
デイズ中隊長も、目を閉じ腕組みしつつも、口角だけは上げてくれていた。
「第一陣、出立! 目標、中央平原!」
数多の兵に見送られながらの、エリエント殿下としての初陣。
兵数で勝り、補給線もスナージャ軍は絶たれている。
後塵を考えない愚直な攻めは、逆に不気味さを感じさせる。
「緊張しておるのか? なに、いざとなったら儂が主を守る。安心しなさい」
「ルクブルク将軍……すいません、顔に出すとは、何とも不甲斐ない」
「いやいや。それにしても驚きましたぞ、まさか将軍を飛び越えて、王族になってしまうとは」
与えられた馬車の中、蓄えられた真っ白な髭に触れながら、ルクブルク将軍は糸のように目を細めた笑みを作る。
「儂からしたら貴殿は既に孫のようなもの。アナスイ姫とのお子が楽しみでしょうがないわい」
話が飛躍しすぎている。
アナとの子供とか。
……アナとの子供?
もし生まれたとしたら、その子はカルマにおける王位継承権を得ることになるのか?
俺の立場は生涯エリエント殿下のまま。つまりは魔術大国カルマの第四王子だ。
子供が生まれたら、報告の為に本国に戻らないといけない。
……それって、マズイのでは?
「んむ? どうしたのだ? まさかもう、ご懐妊――」
「いえ、それはさすがに。まだ式も挙げておりませんから」
これから戦争に行くような雰囲気じゃないな。
アレス殿下が心配してしまうのも、無理は無いか。
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