第26話 とってもイライラします!

「それが、今回の件の全てか」

「はい」


 昨晩起こった出来事を、俺はアレス殿下へと報告した。

 送話魔術を使い、ソリタス殿下も同時送話の状態だ。


「兄さまは、なんと言っている」

「ソリタス殿下は、まだ何も」


 アナとのことも、包み隠さず全て語ったんだ。

 王族に手を出してしまった以上、極刑だってありえる。

 いろいろと覚悟しておこう。

 後悔はないさ。


『その昔、俺達はカルマという国を訪れた事がある』


 ソリタス殿下の言葉を、同時に俺も発し、アレス殿下へと伝える。


『だが、俺達に紹介されたのは第三王子までだ。第四王子の存在は秘匿されていた』

「確かに、俺もエリエント、という名は初耳だ」


 王族同士、国としての繋がりはあったのだろう。

 だが、そんな両殿下ですらも、エリエントのことを知らないとは。


『アナの言う通り、魔力無しが原因なのだろうな。カルマという国は、魔力でその人物の評価を決めると聞いたことがある。エリエントの評価は、カルマにおいては一般市民以下の存在だったということだ。エレメントジェーバイトを埋め込んだとしても、それは変わらない。彼はある種、追放という形で、カルマという国を去った可能性が高い。……断定は出来んがな』


 カルマという国に誰よりも失望し、誰よりも熱望していたのが、エリエントだったのかもしれない。

 王族として生まれながら、魔力がないだけで人外の扱いを受ける。

 彼の幼少時代、どれだけの苦しみを受け続けてきたのか。


『だからと言って、彼の横暴を許す訳にはいかない。遅かれ早かれ、彼はフォルカンヌの逆鱗に触れ、始末せざるを得なかったのだろう。難儀な話だ。ふむ、となると、現在解決すべき事案は、エリエントの死がカルマに漏れ伝わってしまうことだな。秘匿された王子とはいえ、対外的に表に出してきたのだ。殺しましたはいそうですか、という訳にはいかないだろう』

「だが、エリエントの身体は肉片すら残さず消え去ってしまっている。どうやっても言い逃れは出来んぞ」

『考えたのだが、エリエントの評価がエレメントジェーバイトのみであった、という事はないだろうか?』


 それは一体、どういう意味だ?

 とりあえずソリタス殿下の言葉を口にし、俺の考えは何も語らずにおこう。


「秘匿された第四王子が、突如外交の役割を果たさんと表に出てきた。その理由がエレメントジェーバイトによるものなのだとしたら……なくはないか」

『つまり言い換えれば、エレメントジェーバイトを右目に装着すれば、エリエントの替え玉が可能なのではないかと、俺は考えるのだが。追放された者をわざわざ確認しに来ることもあるまい。そもそも魔術大国カルマは鎖国に近い外交を主としている。送話魔術の件がなければ、今回だって出てくることはなかったはずだ』

「なるほど、兄様の考えは理解した」

『奴が死に際に言い放った密書とやらも気になる所ではあるが、今ここで議題に挙げても致し方あるまい。では、これにて送話を終わりにする。アースレイ平原の平定も間近だ。王都へと進軍した六万の兵が気がかりだが、アナからグロデバルグへと既に早馬が走っている。六万程度、問題あるまい。アレス、長かった俺達の戦いも、ようやく終止符が見えて来たな』


 ソリタス殿下の高笑いと共に、送話は終わった。

 第四王子エリエント殿下の替え玉を務める。

 結構な大役だけど、誰がするのかな。 

 

「ふむ、ではグレン」

「はい」

「貴様、右目にエレメントジェーバイトを装着しろ」

「……はい?」


 右目にエレメントジェーバイトを装着する? 

 それってつまり、俺にエリエント殿下の替え玉をしろって事か?


「いや、ですがアレス殿下」

「なんだ、話を聞いていなかったのか? エレメントジェーバイトがあればエリエントの替え玉は十分だ。幸い、右目を既にお前は損傷している。失った眼球の代わりに宝石を埋め込むだけのことだ」

「た、確かにそうですが、俺で大丈夫なのでしょうか?」


 王族の知識なんて皆無だぞ。

 しかもカルマのことなんて本当、ゼロに近いのに。


「何を言っている。貴様以外適任者はいないだろうが。右目に宝石を埋め込むことができ、さらにカルマが欲している送話魔術も使いこなせることが出来る。万が一カルマ本国へと戻らされたとしても、送話魔術を身に着けてきましたと言えば済む話ではないか」

「で、ですが」

「背丈も近い、髪色も緑に染めればいい。安心しろ、俺達の会話の通り、エリエントは最近まで一切表には出てこなかった。カルマにおけるエリエントを知る者は皆無だ。三人の兄がいるが、末弟の存在を知ったのも、今回の政略結婚が初なのではないか? それに――」


 アレス殿下は俺へと近寄ると、拳を握り、俺の顔面へと叩き込んだ。


「貴様は、我が妹との婚約を望んでいるのだろう?」

「……は、はい!」


 鼻血にまみれた拳を、更に俺へと叩き込んだ。


「ならば尚更、断る理由なぞあるまい? エリエントの替え玉ということは、我が妹、アナスイの婚約者、という意味でもあるのだぞ? 俺達がどれだけアナを大事にしてきたのか、何も知らないくせに、お前を殺せないのが、今の俺の最大のストレスだよ! このクソ野郎が!」


 言葉の節々に殴らないで欲しい。

 アレス殿下の拳は、デイズ中隊長並みに痛いのだから。

 でも、どれだけ痛かろうが、高揚の方が勝ってしまう。


 俺が、アナの婚約者。

 もう、それだけで、もう千発ぐらい殴られてもいい。


「と、いう訳なんだけど……アナ」

「……」


 ガデッサ城に設けられた、アナスイ姫殿下の私室。

 そこで俺は、ソリタス殿下とアレス殿下の話し合いの結果を伝えたのだけど。

 アナは話を聞くや否や、表情に影を落とし、俯いてしまった。


「婚約者が俺とか、やっぱり無理があるよな。もう一度、両殿下と話をしてくるよ」

「……嬉しい」


 ぎゅっと、服を掴まれてしまった。

 言葉は嬉しい内容だが、表情は相変わらず暗い。


「ですが……本当に、宜しいのですか?」


 案じ顔をしたアナは、俺の服の裾をつまんだまま、赤い瞳を俺へと向ける。


「エリエント殿下を騙るということは、グレンという人間がこの世から消え去ってしまうことを意味します」

「別に、それぐらい」

「簡単に考えてはいけません」


 俺の手を両手で握ると、アナは自分の胸へと押し当てる。


「これを承諾したが最後、グレンは生涯を懸けて、全世界の人々を騙し続けないといけないのです。これまで率いていた部隊、上官や部下、それだけではありません。故郷に残してきたご両親や親しいご友人、全てを捨てて、グレンはエリエント・ディ・カルマにならないといけないのです。もう、ヨクロ村のグレンを名乗ること、一切が許されなくなるのですよ?」


 そのあたりの話は、既にアレス殿下から聞かされている。

 俺が偽物であるということを、誰にも悟られてはいけない。


 両親には莫大な金と共に訃報が届き、軍内部においても限られた人以外は、俺は先のエリエントとの戦闘で殺されたという噂が広められている。ヨクロ村のグレン中隊長は、既にこの世にはいないものとして、動き始めているんだ。


 握られた手を離すと、俺は彼女のことを包み込むように抱きしめる。


「それで、構わないよ」

「そんな簡単に」

「大丈夫。俺は、一番近くでおはようと微笑む、君の笑顔が見たいんだ」

「……ばか」


 キスを求めると、素直に応じてくれる。

 口元に手を当て、すぐに恥ずかしがってしまうのに、何度も応えてくれるんだ。


「大事なことだから、心配したのに」

「ありがとう。でも、覚悟はしているし、何を言われても変わらないさ」

「グレン……」

「アナ、愛しているよ」


 背中に回した手が、彼女の柔肌に触れる。

 薄い一枚布の服は、豊満な身体を隠そうとしない。

 唇から額へとキスをすると、少し下げて、肩口へと顔を沈める。


「……んっ」


 細い首筋にも唇をあてがうと、彼女は身をよじらせながらも、しっかと反応してくれるんだ。

 開いた肩口から指を差し入れると、それですらも抵抗せずに受け入れてくれる。

 このまま押し倒して、蜜月を味わいたいと願ってしまう。

 けれど、まだ日は高い。

 それに、黙ったままだけど、こちらを睨みつけている斥候兵の女の子が、部屋の隅で佇んでいる。 

 目が合うと、白髪の彼女は自分を指さし、私ですか? と、なぜか目で訴えかけてきた。

 

「ああ、大丈夫ですよ。私は部屋の隅によくある人型の観葉植物ですので」

「ル、ルールル!? 一体いつからいたのですか!?」


 どうやら、アナは気づいていなかったらしい。

 慌てて離れると、崩れた身なりをぱっぱと直し始めた。


「いつからと言われましても、グレン殿が入室する前からおりましたが」

「そ、それならば、いると言いなさい!」

「思いつめていたご様子でしたので、お声を掛けるのをためらってしまいました。ああ、すいません、グレン殿ではなく、エリエント殿下とお呼びしないとでしたね。両殿下が愛を育んでいる所を、どうして一兵士の私がお邪魔することができましょう。声を掛けるまもなく始まってしまいましたので、ああ、これはもう木になるしかないなと思い、沈黙しておりました」


 まぁ、それだけではないのだろうな。

 彼女はアナ専属の斥候兵だ、彼女を守る為に、この部屋に留まったのだろう。


「ルールル中尉がいらっしゃるのならば、もう大丈夫ですね」

「グレン……」

「アナ、俺はもう、グレンではありませんよ」


 正直なところ言うと、俺の方もまだ慣れていない。


「……エリエント殿下」

「はい、アナスイ姫……なんだか、イライラしますね」

「ふふふっ、はい、とってもイライラします」


 この名前で呼ばれるだけで、あの男を思い出してしまう。

 慣れるまでは大変かもしれないと、アナと二人で声を出しながら笑ってしまった。

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