やがて王と呼ばれる男の英雄譚~一般兵だった俺が、高嶺の花である第三王女を娶るまで~

書峰颯@『幼馴染』コミカライズ進行中!

第1話

※本日から連載開始します。

※応援、宜しくお願いします




「徴兵令? 俺に?」


 俺がその話を聞いたのは、真っ青な空の下、クソ暑い日差しを浴びながら、必死になって地面を耕していた時だった。


「ああ、お前だってフォルカンヌとスナージャが戦争状態にあるのは知っているだろ? あそことの戦争はもう十年になる。本当なら俺だって徴兵されてもおかしくないんだが、俺は以前魔獣に襲われて、右足が使えねぇからな」


 そう言いながら、親父は義足になった右足を見せつけるように持ち上げた。


「もうグレンも十七歳だ。戦地に近けりゃ、もっと早く徴兵されていただろうさ」

「……まぁ、そうなんだろうけど」

「母さんが言うには、基本的に戦地で畑を耕すのが任務って書いてあるらしい。敵とドンパチやるような部隊じゃなさそうだし、世間様を知るには丁度いい機会だ。世の中がどういうもんか、勉強も兼ねて行ってくればいい。それに、少なくない金も貰えるしな」


 まるで喜ばしいことのように、目を細めながら親父は語る。

 基本的に国の意向に逆らう訳にはいかない、徴兵令が来た時点で、俺に拒否権は無いんだ。

 後日、両親に見送られながら、俺は生まれ育ったヨクロ村を出立した。

 雑兵に迎えなんか来るはずがない、自分の足で戦地へと向かい、自分の足で戦う。

 二週間ほど歩いた所で、集合地点であるガーネリサという街に辿り着いた。

 辿り着くなり風体で判断されたのだろう、見知らぬ男に声を掛けられることに。


「あの、貴方も兵士、徴兵された人でしょうか?」


 背の低い、前髪を切りそろえた女みたいな顔をした男だった。

 

「そうだけど」

「ああ、良かった! 実は僕、村から出たことなくって、この場所であっているかどうか不安だったんですよ! 僕の名前はロッカ、東にあるトロロ村出身です! お互い兵士として頑張っていきましょう!」


 知り合いを作るつもりもなかったが、敵を作るつもりもない。

 ロッカという男と一緒に指定された場所で待機していると、やがて似たような連中が集まってきた。

 百人はいるだろうか、俺の村の人口は既に超えている。


「定刻となった。徴兵令の札を手に持ち、各々二十人ごとに馬車に乗り込むように」


 軽鎧姿のオッサンの指示に従って、俺たちは馬車に乗り込んだ。

 むさ苦しい野郎ばかりの馬車の中、足を延ばすことも出来ずにただ座り込む。

 最初の内はロッカがいろいろと喋りかけてきたが、他から「うるせぇ」と聞こえてきて、黙り込んだ。

 正直なところ、静かにしていてくれた方が助かる。


 馬車に揺られること一週間で、辺境伯とやらが駐屯している城へとたどり着いた。

 腰も足も痛い、馬車なんて乗り物は貴族の乗り物だから、もっと乗り心地が良いかと思っていたのに。

 歩いた方が楽かもしれない。

 そんな事を考えていると、軽鎧姿のオッサンが前に出て声を張り上げる。


「整列! これより王族から訓示を頂けることとなった! ありがたく清聴するように!」


 いきなり整列言われてもな。

 横に習えの精神で一列に並ぶと、ロッカも俺の横に立った。

 訓示なんか言われても腹の足しにもならない。

 これなら配給のひとつでもあった方が頑張れる、そう思っていたんだが。


「みなさん、ごきげんよう」


 簡素なボロ材で組みあがった壇上に上がったのは、場違いな程に美しい女性だった。


「私はフォルカンヌ王国第三王女、アナスイと申します。我が父フォルカンヌ王に代わり、皆さまへと感謝の意を伝えに参りました」


 透けるような金髪、日に焼けていない真っ白な肌なのに、燃えるような赤い瞳がやたら印象に残る。

 村にいる女の誰よりも美しい彼女を見て、それだけで俺の心は鼓舞してしまう程だった。


「これから皆さんを待ち構えている苦難は、私の想像を遥かに超えるものでしょう。時には命を落とされる事もございます。ですが、それを恐れないで下さい。国の為に命を懸けることは、何ら恥ではございません。しかし、生きて帰ってこれる可能性が僅かでもあるのならば、必ず生きて帰ってきて下さい。私たち王族は、皆さまの死を望むものではありません。一人でも多くの方が、生きてこの地に戻られることを、心よりお祈りいたします」


 美しさに魅入ってしまい、半分以上聞きそびれてしまった。

 そんな俺に気づいたのか、アナスイ王女は俺の方を見て、ニッコリと微笑む。

 国の為に死ぬのは、あまり想像できない。

 だが、彼女の為に死ぬのなら、想像できる。

 男とは、とても簡単な生き物なのだなと、何となく思った。


「今、アナスイ王女、僕の方を見て微笑みましたよね! もしかして僕に惚れちゃったのかな!」


 ロッカがそう言ってきたので「そうかもな」とだけ返した。 

 他にも同じような会話が聞こえてきたので、一人俯き、頭を軽く掻いた。


「これよりドルイド部隊による魔術適性検査を行う! 各々テント前に集合せよ!」


 この暑いのに、あのオッサンも大変そうだな。

 素直に従いテントに入ると、不思議と中は涼しかった。

 顔をベールで隠した女の前に、丸い水晶玉が置かれている。 

 「どうぞ」と言われ椅子に座ると、ベールの中の女の顔が見えた。

 黒真珠のような瞳に薄い唇、ほんと、綺麗すぎて何とも言えない。

 さっきのお姫様といい、美人っているとこにはいるんだな。


「お名前と出身地を」

「ヨクロ村から来ました、グレンと申します」

「では、グレン・ヨクロ、両の手で水晶に触れて下さい」


 水晶玉は触れると、思っていた以上に冷たかった。

 氷に直接触れているみたいで、しばらくすると掌がじんじんと痛み始める。

 魔術なのかただ単に冷たくて痛いのか、それともこの冷気がそもそも魔術なのか。


「もう、離しても大丈夫ですよ」


 言われて手を離し、あまりの冷たさに手をこすった。

 

「グレン・ヨクロ、貴方、魔術の才能が眠っていますね」

「……そうなんですか?」

「はい。ただ、微々たるものですので、現在のままでは魔術師団には入れません。予定通り屯田兵へと配属となり、余裕があれば魔術訓練を受ける事をおススメします」


 これまで魔術の才能があるなんて言われた事がない。

 両親が知ったらどんな顔をして驚くことか。


「あ、グレン! どうだった!」


 テントを出ると、ロッカが駆け寄ってきた。

 

「屯田兵、徴兵令通りだったよ」

「そうなんだ。僕も徴兵令通りだったけど、グレンもてっきり突撃兵かと思っていたのに」


 突撃兵、つまり配置場所は戦争の最前線だ。

 女みたいな容姿なのに、ロッカで果たして務まるのだろうか。

 戦争は膠着状態とはいえ、最前線となればそれなりに戦いもあるだろうに。

 恐らく、ロッカを見るのはこれで最後になるかもしれない。

 あまり情が湧かないように、会話は最小限にとどめる。


 ロッカと別れてから、二か月が経過した。


 グロッサ丘陵、フォルカンヌ王国の最西端に位置する、緑豊かな小高い丘だ。

 フォルカンヌ王国の最西端、と言い始めたのは二年ほど前のこと。

 それより前は、スナージャ帝国の最東端と呼ばれていた。


 辺境伯の城から馬車で一週間ほど離れた場所であり、ここは既に戦地と呼ばれる場所だ。

 だが、聞こえてくるのは虫の音と、訓練に明け暮れる兵士のうめき声ばかり。

 膠着状態になって既に一年。

 魔術師団による火球魔術によるけん制や、塹壕に籠ってのにらみ合いは続いているものの。

 大部隊を組んで一斉攻撃……なんて状態には、当分なりそうにないらしい。


「こうしてクワを握っていると、田舎暮らしと何ら変化を感じませんね」

「そうだな。この状態が長く続くと軍本部が考えている以上、俺たちの仕事が変わる事はないと思っていいだろうな」


 俺が配属された屯田兵部隊の小隊長、レギヌさんは、俺よりも年齢が二回り上の、色黒に肌の焼けた人当たりの良いオジサンだった。

 軍隊らしい行動や訓練をするものの、俺達屯田兵の本分は農夫であること。

 兵站へいたんと呼ばれる食料を生み出すことが、目下最優先とされる。

 既に開墾された土地ではあるが、まだまだ足りていないらしい。

 兵士は何万人いるか分からない、そんな人数が駐屯しているんだ、日々の消費も半端じゃない。


「もしかしたら、戦争らしい戦争はしないままに、兵役を終えてしまうかもしれないな。そうであれば、村に残してきた妻や娘にも、手土産をたんまり持って帰る事が出来るんだがな」


 レギヌ小隊長は、こうであって欲しい未来を言葉にする。

 誰だって人殺しなんかしたくない、それが本音だろう。


 だが、そんなものはとても甘い。

 熟れた果実のような、甘い考えだったんだ。


「レギヌ小隊長! 食料倉庫に火が!」


 戦争において、相手の食料を狙うのは常套手段だ。

 誰もが寝静まった深夜に響き渡る警鐘の音は、嫌でも眠気を吹き飛ばす。


「消火しろ! せっかく収穫した食料が、全て燃えてしま――――」


 鎧も身に付けず、着の身着のままで消火活動をしていたレギヌ小隊長の声が、ぷつりと途切れた。

 首に突き刺さった黒く塗られた刃、背後に黒装束を身に纏った人間の姿が見える。

 それも一人じゃない、何人もいるじゃないか。

 

「敵だ! スナージャ帝国が攻めて来たぞ!」


 武器もない、戦うべき道具すら持たない俺達では、武装した相手に勝てるはずがなかった。

 クワの柄じゃ刃は止められない、成すすべもなく殺される。

 あちこちから火の手が上がり、夜の闇が一気に、嫌な赤色に染まる。


 逃げるしかない、そもそも戦う為の訓練だって全然していなかったんだ。

 毎日毎日土いじりしかしていなかった俺たちで、敵兵相手にどれだけ戦えるというのか。

 必死になって走った、全力で逃げた、でも、後ろから追いかけてくる足音が聞こえてくる。


 一人だ、黒く塗られた剣を持ったのが一人。

 ……一人なら、いけるんじゃないか?

 毎日土いじりをして鍛えた身体があれば、一人ぐらいなられるんじゃないか?


 走っていた足を止めて、振り返りながら黒装束相手に殴りかかる。

 アッサリ躱されて腕を斬りつけられたが、足を引っかけて転ばす事には成功した。

 倒れた身体を起こす前に頭を掴み、持ち上げて地面に叩きつける。

 軽かった、信じられないぐらいに軽い身体だった。

 だから、容赦なく地面に頭から叩きつけて、動かなくなるまで繰り返したんだ。

 

 ……れる。


 動かなくなった黒装束から剣を奪い取って、燃え盛る食糧倉庫を目指した。 

 目的は消火じゃない、敵を殺すこと。

 相手は全部軽かったんだ、剣での一撃も、筋肉を引き締めれば骨まで達しない。

 相手の骨を折り、死体を盾にして、時には振り回して武器にもして、徹底的に抗った。

 

「生き残りはいるか! 誰か生き残りはいるか!」


 全身傷だらけになった頃、そんな声が聞こえてきた。

 黒装束の奴等も一斉にいなくなって、俺だけが残った。

 俺だけが、生き残ったんだ。

 

「……お目覚めですか?」


 目が覚めると、見慣れない天井と、見覚えのある女の顔があった。

 金の髪に燃えるような赤い瞳、第三王女アナスイ、何で彼女が。

 慌てて起き上がろうとするも、身体がいうことを聞かない。 


「無理をしないで下さい、刃に毒が塗られていたのですから」

「毒、ですか」

「はい。ですが、他の兵士を斬り付けた際に、塗布されていた毒が幾分落ちていたのでしょう。少量で済んでおりましたので、魔術による解毒を急がせたのです。意識が戻ったということは、もう大丈夫ということでしょう。貴方だけでも生き残ってくれて、本当に良かった……」


 神に祈るように、両手を握り締めて涙を流す。

 第三王女である彼女が、なぜこんな場所にいるのか。

 なぜ、近くで訓練していたはずの支援部隊があんなにも遅れたのか。

 いろいろな疑問が浮かんだが、目が覚めた俺が真っ先に口にしたのは、違う内容だった。


「アナスイ王女、アンタに頼みがある」

「……頼み、ですか?」


 神に祈る手を掴み、俺は王女に願った。


「俺をもっと、敵が殺せる部隊に配置して欲しい」

 

 屯田兵じゃ、殺せない。

 仲間だった奴等を皆殺しにされた仇を、俺は討たないといけないんだ。


「……分かりました。貴方、お名前は?」

「……グレン」

「グレン、では、貴方は今この時をもって、第三王女の権限により、歩兵部隊、突撃兵へと配置転換といたします。安心して敵を屠って下さい。だから今は、ひと時の休息を」


 アナスイ王女の手が光り輝くと、俺の意識はどこかへと行っちまった。

 治癒魔術だったのか、聖女の加護だったのか、俺には分からない。

 だが、夢の中で俺は、レギヌ小隊長たちと一緒に畑を耕していたんだ。

 それがもう、叶わない光景だと知りながら。

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