第4話
グロッサ丘陵最西端に、魔術師団の旗を掲げた女性陣が立ち並ぶ。
今回の戦いの目的は、シナンジュ大河川までスナージャ帝国を押し込むこと。
「火球魔術、放て!」
銅鑼の音と共に始まった魔術師団による一斉掃射は、見ていて圧巻だった。
何千個の火球が空を舞い、スナージャが築き上げた塹壕を破壊していく。
魔術大国カルマが発祥のこの戦法は、当初これだけで戦場を圧倒出来たという。
しかし、強大な魔術の連発は、魔術師の肉体を蝕み、昏倒させてしまう。
「第二掃射、放て!」
魔術師たちの連携、魔力が切れた者は下がり、第二陣が前へと出る。
次々に火球が打ち出され、戦場の防衛線を押し上げていった。
火球の嵐が止み、更地になった場所へと、突撃兵である俺たちが全速力で向かう。
敵がいなくなった場所に塹壕を築くことが出来れば、そう簡単に敵は攻めてこれない。
火球の前に銅鑼の音を鳴らす必要性を、以前、同じ小隊仲間のオルオ一等兵に聞いた事がある。
「銅鑼の音が無ければもっと敵を殺せるんじゃないかって? 怖いこと言うね、君」
「怖いこと、ですか? 戦場では敵を殺すことが最も国益に繋がると思うのですが」
敵が死ねばこちらが殺されることはない、単純なことだ。
オルオ一等兵は手入れをしていた銃を机に置き、今度は短剣を手に取り磨き始める。
「確かにそうだが、あの戦術は魔術大国カルマが発祥ってのは、お前も教わっただろ?」
「はい、先日デイズ小隊長から教わりました」
「その国が決めたんだよ。あの戦術は人を必要以上に殺してしまうってな。何でもアリの戦場だが、実は禁止されていることが結構多い。例えば井戸に毒を投げ入れたり、火球魔術を都市部に放ったり。それらタブーを破ると、問答無用で同盟破棄をされたり、魔術大国カルマが制裁を加えてくることがあるんだ」
「制裁とは、どんな?」
「経済制裁とか、新魔術の提供拒否とか、いろいろだよ。一個一個のルールの把握なんざ、俺達いち兵士がする必要はない。どんな内容であれ軍本部の命令に従っていれば、自然とルール上での戦いになっているからな」
最大効率を求める場合、人道を外れている事が多い。
人はそれを許しはしない、戦場では今もまだ、人が死んでいるのに。
「銅鑼の音が止んだ! デイズ小隊、駆けろ!」
「はい!」
デイズ小隊の人数は総勢六人。
デイズ小隊長。
ガミ兵士長。
オルオ一等兵。
トーランド一等兵。
ザック二等兵。
最後に俺、グレン二等兵。
各々に役割分担がされており、デイズ小隊長は切り込み隊長として先陣に立ち、ガミ兵士長はデイズ小隊長が撃ち漏らした敵の処理、オルオ一等兵は長銃を用いた精密射撃に、トーランド一等兵は工作兵兼小銃手、ザック二等兵は物資運搬兼小銃手、そして俺はというと。
「グレン! 探知は俺が使えと言ったタイミングで使え! 発動範囲五百メートル、二十分は持たせろ!」
「はい!」
魔術探知兵兼小銃手として、デイズ小隊長のサポートが、俺に与えられた役割だ。
与えられた物資を背負い、手には銃剣を持ち、全速力で走る。
鍛錬が足りない場合、途中で置いて行かれる事だってあるらしい。
無論、誰も助けの手を伸ばしたりしない。
怠惰な者を救う余裕など、戦場にありはしないのだから。
「
「はい!」
両手を合わせ「探知」とつぶやく。
世界の色が変わる。
目だけじゃない視界が広がり、音だけで人影が浮かび上がるんだ。
だから分かる、敵兵はまだ生きている。
あれだけの火球の嵐の中、塹壕に籠って耐え忍ぶ。
そしてやってきた俺達へと、銃弾の雨を降らすのだが。
「爆炎!」
戦場に突如として生まれる炎の渦。
熱波と共に吹かれる強風が、敵の弾を逸らしてしまう。
ロッカが言っていた通りだ。
戦場に現れる炎の渦は、味方を鼓舞し、敵へと戦慄を与える。
「しゃらくせぇんだよ雑魚共が!」
「デイズ小隊長! 敵音、塹壕に九!」
「それぐらいなら突貫だ! 行くぞガミ兵士長!」
「あいよ!」と軽快な声を上げ、背の小さいガミ兵士長がデイズ小隊長と共に塹壕へと飛び込む。
途端巻きあがる血しぶきだが、探知を使っている俺には、それが二人の物でないと分かる。
二対九だったのに、ものの数秒で制圧してしまうのだから、さすがとしか言えない。
「グレン、次!」
「九時の方向に五! その先に八です!」
「おっしゃ行くぞ! まだまだスナージャの糞野郎をぶった斬れるぜ!」
蛇のようにうねった塹壕を、次から次へと駆け抜ける。
このまま終戦してしまうのではないかという勢いだ。
「――! オルオ一等兵! 七時方向、投擲音!」
デイズ小隊長に聞いたステップ音。
人は物を遠くに投げる時に、どうしても踏み込んでしまうものだ。
土魔術の探知は、それらを見抜くことが出来る。
「あいよ、視認した」
俺の声を聞いた小隊が突貫を止め、オルオ一等兵が長銃を構え、そして撃つ。
破裂音が広がりを見せ、手りゅう弾に仕込まれたであろう、鋭利な破片が飛び交う。
オルオ一等兵は、投擲の瞬間に射抜いたんだ。
手りゅう弾の威力は、そのままスナージャ兵へと降り注いだ。
つんざくような悲鳴が聞こえてくると、デイズ小隊長は容赦なくトドメを刺しに行く。
「そろそろか! デイズ小隊、停止!」
停止の合図と同時に、俺の探知が切れた。
視界と聴覚の世界から、視界だけに戻る感覚は、何度やってもなれない。
敵を駆逐した塹壕に六人でとどまり、荒れる息を整える。
「これより五分間の小休止とする、トーランド一等兵、ザック二等兵は周辺の監視だ」
「トーランド一等兵、了解」
「ザック二等兵、了解しました」
デイズ小隊長とガミ兵士長は、既に返り血で軍服が真っ赤に染まっている。
そんな状態で笑みをこぼしているのだから、本当に頼もしい。
敵だとしたら……いや、考えたくもないな。
「トーランド一等兵、周辺の様子はどうだ」
「他の小隊もついて来ていますが、予定よりも少ないっすね」
「探知使いは少ないからな。このまま待つよりも、グレンがいる俺達が蹴散らした方が早いか」
魔術が使える兵士は、実は相当に少ないらしい。
初歩でありながら探知という魔術は、使えない者からしたら相当に厄介なのだという。
塹壕を造り、息を潜めて待ち伏せしているのに、何の役にも立たない。
それどころか気づけば背後を取られ、容赦なく撃たれる。
「グレン、行くぞ」
「はい!」
自分に与えられた恩恵を遺憾なく発揮し、初日の戦闘は想定よりも前に進むことが出来た。
使用した探知は七回、それぞれ五百メートルを二十分、上出来だ。
日が沈み始める頃、攻撃終了を伝える伝令兵が来て、この日の戦いは終了となった。
塹壕構築の為に、工兵部隊が戦いが終わったばかりの戦場へと駆ける。
彼らの防衛のために数人は見張りとして残るも、大半は駐屯地へと戻ることを許可された。
明朝すぐに作戦開始となる、休める時に休めた方がいい。
そう考えるのは、戦争に慣れていない、二等兵の俺とザックだけだったらしい。
さぁ寝ようと横になった途端、先輩方がテントを覗き込む。
「よう、失礼するぜ」
顔を見れば、狙撃手のオルオ一等兵と、特攻のガミ兵士長だ。
灰色の逆立った髪を揺らしながら、背の低いガミ兵士長が顎に手をやり俺達に問う。
「もう寝るのか? 今日の快勝を祝って、軍本部から女の子たちが派遣されてきたらしいぜ?」
「女の子ですか!」
寝床から飛び跳ねたのは、青い髪を坊主にしたザック二等兵だ。
その様子を見て、長髪のオルオ一等兵も、面長な顔にニヒルな笑みを浮かべる。
「グレンは行かないのか? 新兵だからって遠慮する必要はないと思うぜ?」
女の子を
「いえ、俺は魔力回復に努めないといけませんので」
「……そうか、魔力を使い果たすと昏倒するって聞くもんな。誘っちまって悪かったか」
「いえ、お気遣い、ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくてもいいさ。探知魔術のお陰で随分と楽をさせて貰っている。もう行っちまったけど、ガミもグレンのことをベタ褒めだったぜ? 明日以降も頼りにしてるぜ、ゆっくり休めよ」
「じゃあな」と一言残し、オルオさんはテントを後にした。
俺がいない時、この小隊はデイズ小隊長のみが魔術の使い手だった。
もちろん探知の魔術は使える、けど、デイズ小隊長は使わずに戦っていたらしい。
爆炎、あの魔術の魔力消費は相当なんだろうなと、俺でも分かる。
敵の弾を逸らしてしまう程の爆発は、至近距離で喰らったらそれだけで戦闘不能だ。
探知に割くほどの魔力の余裕はない、ということだろう。
それにしても、女の子とお酒か。
アナスイ王女と一緒に酒が飲めたら、相当に楽しかっただろうけど。
ゆったりとした席に、俺と彼女の二人きり。
隣には笑顔の彼女がいて、グラスをテーブルに戻した後、俺に寄りかかったりしてな。
――グレンさんと飲むお酒は、とても美味しいですね。
――俺の方も、美味しくて驚いているところさ。
――そうなのですか?
――ああ、多分、隣に君がいるからだろうな。
――また、そんなこと……でも、お世辞でも嬉しいです。
――お世辞なんかじゃないさ。
――グレンさん、あんまり言うと、本気にしちゃいますよ?
――本気にしても構わない、だって俺は、アナスイ王女のことが好きだから。
――グレンさん、実は、私も……。
なんてな、相手は王族だぞ? 対して俺は一般兵、格差があり過ぎる。
彼女に誓いを立てれただけでも、満足しないとだよな。
無駄な時間を潰さないで、魔力回復の為にとっとと寝ないと。
『こんばんは』
……?
ははっ、幻聴まで聞こえてきやがった。
ここは突撃部隊のテントだぜ? 寝床にアナスイ王女が来るはずがないだろうに。
『グレンさん、聞こえますか?』
幻聴……にしては、はっきりと聞こえてくるな。
だが、周囲には誰もいない、声だけが聞こえてくる。
『私です。救護テントで何度かお会いした、アナスイです』
三度目、これは間違いなく本物だ。
本物のアナスイ王女の声が、なぜか聞こえてくる。
「あの……アナスイ王女で、しょうか?」
驚き過ぎて、声が変な風に裏返ってしまった。
『うふふっ、良かった、無事繋がりました。先日、探知魔術で私と繋がりましたでしょう? 魔術師団のショウエさんからご質問を受けて、私を探知したのがグレンさんだと知り、こうして私からも会話が出来るのか試してみたのです。実験は成功のようですね、良かったです』
綺麗な、音色のような声が、耳に直接、囁くように聞こえてくる。
「凄いですね、本当、驚きました」
『はい、私も驚きました。ショウエさんによると、探知魔術はあくまで探知のみであり、会話は普通出来ないのだそうです。そもそも会話が出来る魔術が存在しないとか? ショウエ曹長もこの現象を調べるべく、いろいろと動かないといけないと、嬉しそうにしておりましたよ』
「そうなのですか?」
『ええ、なんでも、軍事的利用価値があると、おっしゃっておりました』
軍事的利用価値……確かに、情報の伝達速度としては相当に速い。
この速度で情報伝達が出来るのだとしたら、伝令兵なんかもはや不要だ。
『夜分に突然すみません、ですが、どうしてもグレンさんに伝えたいことがありましたの』
「伝えたいこと、ですか?」
『はい。本日のデイズ小隊の戦果は素晴らしいものだと、ルクブルク将軍もお褒めの言葉を漏らしておりました。デイズ小隊とは、グレンさんの小隊ですよね?』
ルクブルク将軍? 正直、見たことも聞いた事もない人だけど、多分、相当偉い人だよな。
「はい、デイズ小隊は、俺が所属する部隊です」
『ああ、良かった。破竹の快進撃だと聞き、救護テントにいる私も思わず喜び、手に汗を握ってしまいました。普段滅多にお褒めにならないんですよ? その将軍が〝素晴らしい……〟なんていうものですから、私も驚いてしまって。それで、今なら大丈夫かなと思い、
「送話? この魔術、送話というのですか?」
『ああ、いえ、前例のない魔術でしたので、ショウエさんに名前を決めて欲しいと言われ、私の方で勝手に命名してしまいました。グレンさんのご希望があれば、変更して頂いて大丈夫ですよ?』
「いえ、そんな、アナスイ王女が命名したのであれば、それで問題ないと思います。送話魔術、良い名前だと思います」
『ふふっ、ありがとうございます』
前例のない魔術を、なぜ、俺とアナスイ王女だけが使用できるのか。
探知は何度も利用しているが、会話が出来る程に深く入り込めたのはアナスイ王女だけだ。
俺が惚れているから……だとしたら、国王の逆鱗に触れ、最悪極刑ものかもしれないな。
『遅くにすみません、明日も早いのですよね』
「いえ、俺としてもアナスイ王女の声が聞けて、とても嬉しく思いました」
『こちらこそ……ああ、一番伝えなければならない事を、伝えそびれておりました』
こほん、と喉を整える。
『グレンの活躍を聞き、私も嬉しく思いました。今後も、期待しておりますからね』
感、極まってしまう。
「アナスイ王女にそう言っていただけるだけで、俺は満足です」
『ですが、無理はなさらずに。私へと立てた誓いを、お忘れなく』
「かしこまりました、必ずや、アナスイ王女の下に生還致します」
『うふふっ……ありがとう、おやすみなさい、グレン』
「はい、アナスイ王女も、良い夢を」
『また明日、お話しましょうね。おやすみなさい』
ふわっと、俺を包む魔力が消えた。
送話魔術で、俺とアナスイ王女だけが出来る、秘密の会話。
「~~~~~~~~~~~~~~~~!」
なんだか嬉しくて、足をバタバタさせた後、無駄に拳を天へと突き上げる。
他の女との酒なんか、行かなくて良かった。
俺にはアナスイ王女がいる、他の女になんか、現を抜かす暇はないんだ。
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