第四十一話 その体に負うもの
戦を終えた俺達は、戦いの中で亡くなってしまった敵味方の兵達の火葬を済ませ、
本来なら地獄もかくやという様相になっていてもおかしく無い戦いだったが、戦の規模に反して味方の被害が少ないのは、
ただでさえ物資が不足しているだろうに、提供して大丈夫なのかを聴いてみれば「私の血に眠る魔物の力は戦闘向きではないが特別でな。多少の物資なら融通が利くのだ」と微笑んでいた。
瑠璃領の者たちは、
残っていた兵数は最初に聞いていた数から百足らずに減っていて、俺達が来るまでの戦いの厳しさを突き付けられたようだった。
考えても仕方のない事だが、もう少し早くに来られていれば、とも考えてしまう。
「そのような顔をするな」
「吉祥様」
心情が顔に出ていたのだろう。少し離れたところにいた吉祥様が、柔らかく微笑んでこちらへと近づいて来る。
初めてであった時とも、戦の最中とも違う柔らかな表情。
俺の顔を見せて欲しいと言ってきたあの時と、同じような慈しむ表情だ。
「お主ら蘇芳の軍勢が来てくれねば、何れ私は死んでいた。私を守ってくれた兵達の死も、無駄になるところであった。それを救い上げてもらったことに感謝こそすれ、責めることなどありはせん」
「そうかもしれません。でも、『
そう、ある意味でこれは俺の悪い癖のようなものだと思う。
前世から何かとそうだった。持病のために行動へ起こせなかったことを後悔し、今度こそはと考えて行動したことが裏目に出て後悔する。
そうしてその度に『あの時ああしていれば』と考えるのだ。
そしてそれは死ぬときも、死んで此方に来てからも続いた。
むしろ、此方に来てからもっと酷くなったかもしれない。
此方ではその選択の末に他人の人生がかかってくることもある分、猶更に。
前世よりも頑張っている自信はあるけれど、それでも前世より上手に生きているか?と問われれば、正直な話自信をもってハイと答えられない。
(――上手に生きるって、難しいなぁホント)
「悪い癖か、確かにな。だが私も似たようなものだ」
俺の言葉を少しだけ反芻していたのか、少しの間黙っていた吉祥様が再び口を開く。
「吉祥様もですか」
「私も人だからな。失敗もすれば後悔もする。今回の事だってそうだし、それより以前にも、な」
吉祥様の目が、僅かに細められた。
その眼差しはどこか遠くを見ているような、何かを探しているような、僅かに潤んだような、そんな眼差しだ。
迷子になった幼い少女のような、そんな目だった。
「……そういう時、その後悔を吉祥様はどう片付けるんですか?」
「そうだな。私はどうにも、その術を持っておらなんだ」
「……それ、潰れちゃいません?」
「確かに、考えなしに全部を心に乗せれば潰れるであろうよ。故に、向き合って覚悟したうえで背負うのだ」
「背負う。ですか」
その言葉の真意を問う様に繰り返した俺に対し、吉祥様は静かに頷く。
そうして何かを思い出すように、俺から空へと、投げるように視線を移した。
「そうだ。両の手で抱えられぬなら背負うしかない。私はこれまでの失敗や後悔も、この戦で死んだ者の命も背負う。それが私の責任だからな」
「俺はまだまだ、そんな大きなものは背負えそうにないですね」
「いずれ慣れる。荷物と同じだ。少しずつ背負う物を増やし、慣らしていけばいい。時に誰かに手伝って貰ったりしながらな。其方ならば大丈夫だとも」
これまでぶつかっていた視線が外れた分、その心の内を読み取ることは少しだけ難しくなる。
それでもその横顔から、吉祥様も背負い抱えているものがあるのだという事は嫌というほど伝わってくる。
当然だろう。彼女は俺よりも人生を長く生きている。
前世の分を含めれば俺の方が年上なのかもしれないが、それでもその人生の濃密さからくる差は決して埋められるものではない。
吉祥様の立場であれば、いくらでも悲しみや後悔等出てくる。
彼女の言葉を借りるならば、きっと多くの荷物を背負っているはずなのだ。
そんな彼女からの「大丈夫」という言葉は、とても心強かった。
「……背負う、か」
「此度の戦い、其方は初めての大きな戦だったと聞く。今は休むと言い。それに、蘇芳の姫君も首を長くして其方の事を待っているであろうよ」
「あー……」
領に帰ってきて、それはそれで仕事は多かった。
将の務めとそれに手を付けようとしたところ、ハヌマンと狛に『今回桃様は大役を任されたんだから休んでいてください。桃様の確認が必要なところはまとめて持っていきますから』と言われてしまった為、手持無沙汰だ。
申し訳ないと思いつつも、心配してくれているであろう凰姫様の事を後回しにしてしまっていた。
確かにそろそろ顔を出した方がいいかもしれない。
「そう、ですね。ありがとうございます。吉祥様」
「良い。恵比寿からも聴いていると思うが、明後日にまた其方を呼び出すことになろう。伝えなければならないこともあるからな」
「はい。では、私はこれで失礼いたします」
「そうと決めたなら、早く言ってやると良い。女を待たせすぎると、後が怖いぞ?」
そういって吉祥様に背中を軽く押されて送られる。
ほんの少し口元と目元に浮かんだ悪戯っぽい笑みは、まるで少女の様だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて、来たはいいものの……」
白様が詰めている救護詰所の扉の前に立って、俺は唸った。
素直に入ってしまえばいいのだが、今の時間帯は昼が終わったくらいのタイミングだ。
(……ひょっとしたら遅めの休憩中か、休憩明けで忙しい所かも……)
もしそうだったらちょっと邪魔になるかな、と二の足を踏む俺は、傍から見ればさぞ滑稽だったことだろう。
入ろうか入るまいかと悩みつつ、ほんの少しだけ、こっそりと扉を開けて隙間から中の様子をうかがってみた。
すると目の前には、金色の大きな瞳。
「うおっ!?」
除くつもりが逆に覗き込まれる形になって、俺は思わず後ずさる。
すると先ほどまで覗き込んでいた扉が開いて、中からは訝しげな表情をした狛が出てきた。
「狛!?」
「さっきから何やってるの、桃様……?覗き?」
「違う。いや、違わないか?よく気が付いたな」
「そりゃそんな気配漂わせてたら分かるよ。救護所なんて覗いたってなんもないだろうに、何で覗いてたの?」
「いや、
「なぁんだ。其れなら大丈夫だよ。ひと段落して今から休憩に入るところだから」
「そうか。狛はここへ何しに来たんだ。ハヌマンは?」
「私は薬と備品を届けにね。こっちの仕事もある程度片付いたから、凰姫様と一緒に休憩しようかと思って。ハヌマンも今頃ビーマ君の所じゃないかな?」
「そっか。お疲れ様、ありがとうな。で、俺も一緒に休憩いいかな?」
「勿論。凰姫様も会いたがってるだろうから、一緒に休憩大賛成!さ、入って入って」
「おぅ、引っ張るなよ~」
狛に手を引っ張られる形で救護所に引き込まれると、中では奇妙な光景が広がっていた。
「……桃、助けてくれ……」
上半身裸の勇魚が、うつ伏せで寝かされている。
その周りを凰姫様と白殿、そして助手であろう白衣を纏った数名の者が取り囲んでいた。
更に言えば、勇魚は固定されてその背中には湿布が貼られていた。
「なにこれ」
「あら桃、やっと会いに来てくれたの?待ってたのよ」
「ええ、遅くなってすみません。ところで……、その、勇魚はいったい何を?」
少しばかり笑顔の怖い凰姫様に話しかけられて、背筋がピンと伸びる。
俺は極力彼女を刺激しないように、今の勇魚が置かれている状況を尋ねた。
「ああこれ?お兄様ったら、戦った時に腰も打ってたみたいでね。少し腫れていたから白様に治療してもらってるの」
「成程……。でもなんで囲んでるんです?」
「お兄様ったら、暫く動かないよう言われた傍から鍛錬に出ようとしたの。だから見張りよ」
「あぁ……」
首を長くして父と兄の帰還を待っていた凰姫様としては、大きな戦から怪我を負って帰ってきた兄にはさぞ肝が冷えた事だろう。
其れなのに勇魚はというと、治療もそこそこに鍛錬に出ようとしたわけだ。
これはさすがに勇魚が悪い。気持ちは分かるが、弁護できない。
「俺はもう平気だって、痛みだって引いてるし……」
「勇魚、こういうのはちゃんと医者のいう事聴いとかないと、後でぶり返したりして却って酷くなったりするもんだ」
「……それは……そう、なのか?」
「そうなの。だから大人しく白様と凰姫様の言う事は聞いておいた方がいい。それに勇魚だって、体に気を使いながら鍛錬するよりも思い切りやりたいだろ?」
「まあ、そうだけどさ」
「じゃあ、今は大人しくしておこう」
「……分かったよ……」
渋々ながら納得した勇魚に、ようやく凰姫様の顔から警戒の色が解ける。
なるほど、少しだけ雰囲気が険しかったのは勇魚の脱走を警戒しての事だったか、と個人的に納得した。
「ああ、そうだ。俺も休憩ついでに、戦いのときの傷を一応見てもらっておきたくて。姫様、頼めますか?」
「勿論」
少しだけ得意げに笑った凰姫様は、いつも以上に活き活きとしたように見えた。
狛の言葉を借りるなら、『待っているだけの状態から、何かせめて力になる事を見つけられた』お陰なのかもしれない。
戦いの中で俺が負った傷は大きなものでないが、放っておけば感染症に罹ったりすることもあり得る。
一応妖怪との戦いで追った傷という事もあって、白殿も傷の様子を診察してくれたのは心強かった。
その治療の最中、凰姫様が狛の所に備品を取りに言ったタイミングで、白殿に凰姫様の様子をこっそりと伺ってみると、やはりというか、彼女の頑張りが色々と垣間見えた。
「凰姫様はよう手伝ってくださりますよ。私にどうしても師事したいと頼み込んできましてね。教えてみればメキメキと知識を吸収し、驚くばかりです」
「そうですか。姫様が……」
「私としてはあの村から蘇芳に到着するまでの短い間の教え子のつもりだったのですが、思いのほか熱が入ってしまいましてね。いつの間にやら絆されていたようです」
「凰姫様、結構頑固なところがあったりしますからね。でも優しくて、健気で、芯の強い方です」
「ええ。本当に。将来が楽しみな方です。きっと数年経てば、その名の通り、大きく才の翼を広げられる事でしょう」
「それは……数年後が楽しみですね。姫様、美人になるでしょうし」
「ほほほ、それは、間違いないでしょうなぁ」
真っ白で長い仙人のような顎髭を撫でながら、白殿は緩やかに笑う。
まるでその先の世界をすでに見てきたような口ぶりは相も変わらずどこか浮世離れしていたが、不思議と眉唾物とは感じなかった。
凰姫様は、まだ13歳。俺が前世で同じくらいの年の頃は、友達にいかにしてゲームで勝つかとか、呑気な事ばかり考えていたものだ。
この世界の若者は俺が元居た世界の同じ年頃の子たちと比べて、かなり考え方がしっかりしている。
正直な話、感心すると同時にもう少し子供らしくあってもいいのに、とも思ってしまうし、かつての自分と比べて恥ずかしくもなる。
姫様はこれから少しずつ大人になっていくだろう。間違いなく、理知的で見目麗しい魅力的な女性になる。
その時、自分が姫様にとってどういう存在で居られるのか。少し不安もあった。
(もう少しだけ、変わらないで甘えて欲しいと思うのは、俺のエゴなんだろうなぁ)
「白様、ただいまもどりました……あら」
「桃様も白様も、何か二人とも楽しそうだね?」
狛と共に戻ってきた凰姫様に「なんでもないですよ」と笑ってごまかす。
やっぱりというか何かを誤魔化したのはばれてしまって、ほんの少し頬を膨らませた凰姫様の子供らしさに、俺はどこか安心するのだった。
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