第四十話 同盟三領主集結

 空は既に日が顔を出しきり、澄んだ青空が広がっている。

 終わってみれば、初めて経験する大きな戦はたった一晩の出来事だった。


「……生きて戻ってきたぁ……大して活躍できなかったけど……」


 味方本陣に戻ってきて、ようやく戦の終わりを実感する。

 本陣の守備を任されていたという花咲の爺様と、ハヌマンと狛に熱烈に出迎えられ、酒呑童子と共に奥へ向かった。


 奥では救出対象であった瑠璃領主の吉祥きっしょう様が沙羅さら殿とカワベエを伴って待機しており、俺達の顔を見つけるとその顔を僅かにほころばせる。

 無事蘇芳すおう本陣まで脱出してきていたようで、お互いの無事を喜んだ。


「カワベエ。吉祥様の護衛、ありがとうな」

「あったり前だ。約束した以上は守るさ。そこの婆さんの目もあったしな」


 ちらりと沙羅殿のほうへ視線をやったカワベエは、少しばかり青い顔をしている。

 初めて顔を合わせたときに目に砂を食らっていたから、苦手意識があるのかもしれない。

 カワベエのそんな様子に、戦が終わった後もわずかに残っていた緊張が抜けていくのを感じた。


「桃、よく戻ってきてくれた。お前が無事でよかったよ。お前を私の所為で失ったとあれば、姉上に顔向けできないところであった」

「姉上……?それはどういう……」


 俺は吉祥様の言葉の意味を聞こうとしたものの、その言葉は優しい微笑に制されてしまった。

 昔迦楼羅かるら様が俺や勇魚いさな達兄弟を撫でるときにしていたような、慈愛の籠った顔になんともむず痒い気持ちになって、俺は思わず言葉を止めてしまう。


「私が今こうして無事に永らえているのは、桃のおかげじゃな」

「ありがとうございます。でも……」

「馬鹿タレ。そういうのは、ちゃんと素直に受け取っておけ」


 俺がそれを過分な評価だと言おうとしたところに、またもやそれを打ち消す声が割り込んでくる。

 その声は普段から聴きなれた、威厳と愛情を備えた響きのある、恵比寿えびす様の声だった。

 振り向いて声の方向に目を向ければ、兵に肩を借りた勇魚もいる。


「お前の働きが作戦の肝の一つだったのは間違いないんだ。もっと胸を張れ」

「でも、作戦を立てたのは御館様ですし、夜襲を成功させたのも他の将たちですよ」


 卑屈な感情からでなく、本当にそう思う。

 自分がある程度の役割を担って達成できたのは確かだが、今回は戦いという面においてはあまり役立てていない。


 作戦自体は事前に知らされている以上納得の上だが、それでももう少し、戦いでも功を上げたかったという気持ちはある。


「当たり前だ、俺らも働かないと示しがつかないだろうが。若造が生意気言ってるんじゃあねえ」

「あ痛だだだだ。それよりも、勇魚はどうしたんです?肩借りて歩いてるし、怪我でもしたんですか?」

「安心しろ。大したことはねえ。あの馬鹿息子はちょいと無茶しでかしただけだ」


 ぐりぐりと頭を撫で繰り回されて、少しふらつきながら吉祥様と話し込む恵比寿様の背中を見つめる。

 少々乱暴ではあるが、なんとなく労いも感じられて文句は出なかった。


「桃、お疲れ」

「勇魚……。無茶したんだって?御館様から聴いた」


 兵に肩を借りていたためか少し遅れてやってきた勇魚に声をかけられ、俺は再度勇魚の方へと振り向く。

 大したことは無い、と恵比寿様は言っていたが、その顔には隠しきれない疲労が濃く浮かんでいた。


「あー……少しな、熱くなりすぎて深入りし過ぎた」

「……俺が言えたことじゃないが、あんまり無茶すると凰姫様に泣かれるぞ?」

「だよなぁ。まあ、心配かけた俺が悪いんだ。覚悟しとくよ」


 気まずそうな表情を浮かべた勇魚は、凰姫こうひめ様の名前を出した途端に焦ったような表情になった。

 この場に姫様はいないが、兄としては妹を泣かせるというのはやはり焦る物なのだろう。


「でも、無茶した割に元気そうでよかったよ」

「ああ。正直かなり危なかったんだが、父上が危ない所に割って入ってくれてな」

「御館様が?じゃあ、目の前で御館様の戦いを観たのか」

「直ぐに終わっちまったけどな。相手の攻撃を動かずに無傷で止めたときは正直開いた口が塞がらなかったよ」


 当時の事を思い浮かべてか、勇魚は若干引き気味に答える。

 よほど衝撃的な場面だったのか、まるで信じられないとそのまま顔に書き記したような表情だ。


「無傷で……。いったいどうやって止めたのさ」

「いや。胸で」

「は?胸?胸って……」

「だって、胸で止めたとしか言いようがないんだもんよ」


 なにそれ怖い。

 恵比寿様は大胸筋バリアが使えるのだろうか。

 勇魚の話は確かに聴いただけでは信じられないような事だが、勇魚はそんな嘘をつくことは無い。

 理屈は分からないが、本当の事なのだろう。


「俺も見たかった……。そういえば、一寸殿も凄かったもんなぁ」

「そういえば、そっちには一寸殿が合流してたんだっけか」

「うん。バカでかい鼠の化け物を氷像にして一瞬でばらばらにしてたよ。」

「うへぇ」

「俺ら。まだまだだなぁ」

「ああ。まだまだだなぁ」

「お前らぁ!そんな所でしょげてないでこっちに来い!」


 そういって、前世でいう所のコンビニの前の不良の如くヤンキー座りをして肩を落とす俺達に、恵比寿様の呼び出しがかかる。

 何事だろうと勇魚と顔を合わせて立ち上がり、言われるままに恵比寿様の元へ行くと、そこにはいつの間にやら見慣れぬ一団が増えていた。


「ほほほ、これはこれは、甥御おいごも桃殿も大きくなられましたなぁ」

「げぇ!伯父御おじご!!」


 そのなかでも最も目立つのは、勇魚を甥御呼ばわりしてきた公家風の出立の男だった。

 麻呂眉に白塗り、腰には二本の太刀を指すこの男の周囲には、数名の傍仕えが見える。

 そしてなにより、見覚えがあった。この男の顔を俺は昔何処かで見ている。


「一応紹介しておく。梔子くちなし領の領主、普賢多聞ふげんたもん殿だ」

「普賢多聞殿……あっ!」

「ほほほ、覚えてくれていた様じゃの。あの時は化粧をしていなかった故印象が変わっているであろうが」


 名前を聞いて、記憶の中で顔と人物が繋がる。

 小さいころから、何度か顔を見ている相手だ。

 最後に見たのは、恵比寿様のお方様である迦楼羅様が亡くなられた時だったはずだ。


「勇魚も、久しぶりじゃの。可愛い甥御に会えて麻呂は嬉しいぞ。凰と鯱丸は元気にしておるか」

「ええ、まあ……」


 珍しく勇魚が気圧されているのは、化粧の所為だけではない。

 多聞様には元々、幼いながらもただならぬ気配を感じていたものだ。

 表向きは飄々ひょうひょうとしているというか、気のいいおじさんなのだが、時折纏う雰囲気が異様に重くなる。


 昔はそれが何なのか、まだ分かりかねたが、今ならわかる。

 この人は強いのだ。きっと一寸殿と同じか、或いはそれ以上に。


「しかし、随分とのんびりだったな。戦ならもう終わらせたぞ」

「ほほほ、流石は我が義弟おとうとよな。じゃが、将を何人か逃しておろう?」

「兵力に余裕があったわけじゃあないからな。逃げていく連中は深追いしなかったが……」

「そうじゃろうと思うてな。ほれ」


 そう言って多聞殿が差し出したのは、布に包まれた一つの桶。

 真新しい血の匂いに、その中身を察して俺は少し顔をしかめそうになる。

 受け取った恵比寿様も同じなのか、少しばかり、眉に皺を寄せているように見えた。


「これは?」

「道中、逃亡中の敵部隊と当たっての。斥候からの情報と一致していた故討ち取っておいた」

「……そりゃあどうも」


 そういって受け取った包みを開けると、中から現れたのは想像通り、一つの生首だった。

 話を聴く限りでは、逃げた敵将の首だろうか。そう推察していると、首をみて声を上げたのは勇魚であった。


「こいつ!足長!!」

「そういえばそのような事を言っておったの。なんじゃ勇魚。こやつの事を知っておるのか」

「俺、こいつと戦ったんですよ。逃げられましたけど」

「そうであったか。だが心配はいらぬ。なにせ麻呂が仕留めたからの」

「そりゃ有難いけど、こいつ結構厄介だったんじゃないですか?妖怪ですよ?」


 勇魚の話によれば、この首の主の名は足長という妖怪らしい。

 勇魚は足長へ傷を負わせたものの、一緒にいた手長という妖怪によって逃亡を許してしまったとのことだった。


「確かに変わった奴ではあったの。じゃが足が伸びるだけではなぁ。実際いくつも脚を生やして襲って来たが、芸がない故即刻首を刎ねたわ」

「まじか……」


 多聞殿の言葉に、勇魚は再び信じられないといった顔になる。

 手足が伸びる妖怪、成程確かに厄介そうだ。

 それを芸がないと言ってのけるあたり、やはり多聞殿もただ者ではない。


「どれ、麻呂もなかなかやるじゃろう?もっと尊敬を込めて、昔の様に伯父様とか、伯父上と呼んでくれてもよいのじゃぞ?」

「いや、それは気恥ずかしいっつうか、伯父御の事は尊敬してますけどっ」

「そうか、凰は呼んでくれるのに残念じゃのう。そうじゃ恵比寿よ。お主、麻呂の事を『義兄おにいちゃん』と呼んでみぬか?」

「やなこった気持ち悪ぃ」


 心底嫌そうな顔で言った恵比寿様に、多聞様はこれまた残念そうに。拗ねたように口を尖らせた。

 ノリは軽いのに、一方でさらっと『首を刎ねた』など言ってのけるあたり、やはり一筋縄ではいかない人だと思う。


「多聞よ、お主も来てくれたか。感謝する」

「ほほほ。義姉上の窮地とあってはな。それに義兄上あにうえまで寄越されては、麻呂も動かねばなるまいよ」

「そうか、我が伴侶はしっかりと勤めを果たしてくれたか」

義姉上あねうえがよい伴侶をもって、麻呂も鼻が高いのう」

「なんでお前が鼻を高くするんだ阿呆」


 三人の領主は、軽い言い合いをしながら一見和気あいあいとした様子だ。

 吉祥様が反逆された状況でもなければ、そのまま宴会にでも突入してしまえそうなほどである。

 先代の領主たちの意向で互いの弟妹ていまいを交換するような形で義理の兄弟関係になった三人だが、その仲は血の繋がった兄弟としてみても遜色ない。


「えと、とりあえずこれからの戦い、三つの領が共同で当たるって考えていいんです……よね?」


 此方を置いて盛り上がり始めそうな三人の背中に声をかける形で、俺は疑問をぶつけた。

 その言葉を聴いて、思い出したように三人が口を止める。


「あー……、すまん。桃の言う通りだな。三人の領主が揃ったんだ、今後は瑠璃領を筆頭に共同で事態にあたる」

「迷惑をかけるがよろしく頼む」

「ほほほ。まあ麻呂たちが力を合わせれば、大抵のことは何とかなるじゃろ」


 三者三様の反応で返して、それぞれ連れている軍を纏め始める。

 これから一旦蘇芳に戻って、もう少し詳細な話し合いになる事だろう。

 まだまだ忙しくなりそうだと気を引き締めながら、俺と勇魚は恵比寿様の指示に従って兵達を纏めていくのだった。

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