第四十五話 梔子の街
カワベエとのやりとりから数日。俺は
旅の供となるのは、
そして
「狛、しっかり掴まってろよ。あと落ちるなよ」
「分かってるよ~。耳にタコできちゃうってば。そりゃまだ練習中だけどさぁ」
「まったく、桃殿の手を
俺の身体に手を回して強く抱き着く形で、狛が
そんな彼女に対してハヌマンが呆れたような眼差しを向けて俺の横につけた。
「む。仕方ないじゃん。私はハヌマンと違って馬に乗る機会が無かったんだから」
「まあ、乗れるようになると便利だから、練習は続けような」
「はぁい」
狛とハヌマンが部下となってから、二人が武術の鍛錬と並行して練習していたものがある。
馬術だ。俺の供として戦に出るのであれば、当然乗れた方がいい。
しかしながら、実家の家業が牧畜だったこともあってかハヌマンが圧倒的に早く馬に乗れるようになってしまった。
一方、狛は傭兵時代も含めてこれまで馬に乗る機会が無かった完全初心者であった。
彼女なりに頑張っているのだが、まだ一人で手綱を握らせて長距離移動するのは心許ない。
そういう訳で、狛は俺と相乗りしているのだ。
「というか、ハヌマンの方に乗ればよかったんじゃないのか?」
「あ、ひどーい!私と相乗りしたくないの?」
「いや、そういうわけじゃないが、なんで俺なんだ」
「桃様の方が掴まりやすいんだもん」
「そーですか」
やっぱり、というか単純な理由だった。
(そこまで初心じゃない。とはいえこうも密着されるさすがに意識するよなぁ……。平常心……)
割と狛は俺に対して距離感が近いところがあるので、他意などあるはずもない。
それなのに妙にむず痒い気持ちになってしまうのは、我ながら難儀なものだ。
肉体の年齢に気持ちが引っ張られてるだけだと自分に言い聞かせながら、俺は気を引き締めて手綱を握り直した。
「
「ほほほ。もうすぐじゃ。この峠を越えれば、麻呂の街が見えてくる。賑やかな場所じゃ、
「ええ、今から楽しみです」
「桃殿は色々あって、なかなか外に出すわけにはいかんかったからの。そちにとっては新鮮さも大きいじゃろう。これを機に外の空気を学び、楽しむとよい」
実のところ、この歳になるまで領の外へ出向くようなことは数えるほどしかなかった。
だから今回の遠征は、俺にとっては久しぶりの小旅行でもある。
無論、任務である以上浮ついた気持ちでいてはいけないのだが、それでも
(俺があんまり領の外に出されなかったのは
自分の産まれを知った今、それが恐らくは俺が狙われないようにとの
ここ数か月の俺に対する襲撃を思えば、産まれた当初は猶更警戒もする。
災害に見舞われて爪痕の残る不安定な情勢の中で、まだ自分の身すら守れない子供の俺が狙われないようにすることが必要だったのだろう。
そのことに対して、元々悪い感情を持っていたわけではなかった。
むしろ当たり前のことだと受け入れていたため、
今回の人選に俺も
(なんて、さすがに考え過ぎか)
いずれにしても、これから戦が激しくなれば嫌でも緊張の連続を強いられる。
未だ決着はついていないとはいえ、今回の任務をちょっとした小休止として一度息を入れるのは悪くない。
まだ見ぬ土地への期待感を胸の内に抱きながら、極力浮つかぬ様俺は馬の脚を進めていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわぁ……」
「賑やかですね……」
「ここは
それに満足そうに答える
「たしか、ここはカムナビの首都とも直接大きな街道で繋がっているのよね。なんだか前来た時よりも賑やかになったみたい」
「そっか、
「ええ。この通り沿いにね、美味しい栗饅頭のお店があるの」
俺の言葉に
普段は
実は到着して
因みに
年相応の反応が見られて、寧ろ安心だ。
この戦いが落ち着いたら乗せてあげよう。
「栗饅頭!!」
そして
彼女も
俺も甘いものは好きなので、
「定期的にこの町だけでなく、街道沿いの宿場町も金を出して整備しているからの。賑わいに関して言えば、
その言葉の通り、周囲の人々の活気は
立地的に恵まれている領であり、農業や鉱石の他にも、茶葉の栽培や職人たちの手による武具の生産などで非常に潤っている場所だ。
この空気感の違いは、そう言った所からも出てくるのだろう。
呼び込みを行っている店の者達の恰好や商品を見れば、その種類の多さに驚かされる。
「賑わいもですが、随分と店の種類も多いですね」
「なにせ自慢の街じゃ。あちらには大きな花屋があるし、麻呂のよう利用する武器屋もある」
「花屋!」
「武器屋!」
「なんじゃ、そちら興味があるのか」
大きな反応を見せたハヌマンと狛に、
「ハヌマンは花の世話が趣味でして。狛も鍛冶屋の娘なので……」
「なるほどの。まあ、まずは要件を済ませたようかの。その方が其方らも心置きなく街を楽しめよう」
「それはありがたいですが、
「心配は要らぬ。今はお互い直ぐに動ける状況ではないからの。特に
「そうれはそうですが」
「
「次の戦への布石、ですか」
「左様じゃ。次の戦では決着がつかずとも大方の趨勢が決まろう。形としては
「分かりました。心得ておきます」
「そうしてくれ。なあに。それまではゆるりと過ごすがよい。常に気を張り詰めるなど疲れるだけじゃ」
ゆるりといった柔らかな所作で、
機嫌よさげに街の自慢をしていたと思ったら、戦の話となれば途端に雰囲気を変え、今度は一瞬で真逆の表情を湛えて笑いかける。
この戦に関してもどこまで読んでいるのか、本当に、よく分からない方だと思う。
そしてやっぱり、
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