第十話 血煙溶ける闇の中で

「なんだ慌てて。また面倒事でも持ってきたか」

「大正解です!!」

「……わかった、聞かせろ」


領主の館に戻り、速攻で恵比寿様えびすへお目通り願ってからの会話がこれだ。

結構な距離を走ってきて慌てていても顔には出していないつもりだが、ばれていたらしい。

御館様にビーマからの話を報告し、海が船を既に調べに行ったことも報告すると、それからの領の動きは雷火の如く早かった。


最近の交易船に関わる書類からビーマからの情報の精査に始まり、戻ってきた海の情報の確認と周囲からの追加の情報収集。

そしてそれらをもとにした捕縛の為の部隊の編制。

それら諸々の準備を陽が落ちる前には終わらせ、現在は最終的な確認の段階だ。

すでに勇魚達は出発し、此方も間もなく作戦を開始する手はずになっている。


周囲には頭巾のない忍び装束のような服を着た男が二名。残りは同じような服装のおと殿とかいだ。

浦島衆としての乙殿と顔を合わせるのは初めてになる。

目線を合わせて軽く会釈すると、乙殿も同様にこちらに視線をよこして会釈してきた。


「揃ったな」


この場にいるのは全部で五名。

それぞれに目配せして、海が告げた。


「大筋は伝書のカラスに持たせた手紙で伝えている通りだ。今回は違法貿易を企む豪商の頭の捕縛と、そいつが働かせている奴隷の保護。

 標的の商船は大型だ。海沿いの崖に隠れるように停泊していて、洞窟内を経由して崖上に荷物を運びこんでいる」


灯篭の揺れる灯りの中で、数人の影が地図を覗き込んだ。

海の指先がその上を言葉と共になぞっていく。


「外部で荷物を運ぶ者たちは勇魚と花咲の爺様の部隊が捕らえる。

 俺ら浦島衆と桃は船内で人質にされるであろう奴隷の解放と、武装している傭兵の    無力化、証拠品の隠滅の阻止が仕事になる。

 桃は解放した奴隷たちの護衛と討ち漏らしの処理をやってくれ。」

「見取り図からして結構広い船なんだな」


次に懐から出したのは、手書きの船内見取り図だった。

先に調べてくるとは言っていたが、ここまで調べ上げるとは恐れ入る。

船の見取り図によると、結構な大きさな大型帆船だ。

密輸品の船倉までは四層。

居住スペース、目くらましも兼ねた正規の商品が第二第三層。

各層と甲板、船室及び船外の小船に見張りが数名ずつ。

大型の帆船故に水深の深さが深い洞窟入口に停泊し、小船を使って洞窟内から中に侵入しているようだ。

この洞窟は先日の誘拐騒動で使われた洞窟と違って地上に繋がる出入口がある。

勇魚達にはその周辺にいる息のかかった商人を取り押さえてもらい、俺たちは洞窟内から海へ向かう形になる。



「ああ、俺も正直びっくりしたよ。件の密輸品や働かされてる奴隷たちはほとんど船倉付近だから、道中哨戒する見張りを各個片付けながら侵入することになるな。

 桃には浦島衆が片付けた退路から奴隷を連れて逃げてもらうのと、船に近づく為にお前の魔法の力を貸してほしい」

「わかった」

「初めてだろうから紹介しておくよ。お前らこっち来てくれ」


そういって海が手招きすると、机の横で一緒に船内図を見ていた二人が横に並んだ。

全員が画一された忍び装束を着ているが、其々の手甲には違った海の生き物のレリーフが刻まれている。


「まずは左。かんざしのエイジ。変装も得意で人から情報を聞き出すのにも一役買ってる。普段は北蘇芳の街で簪職人やってる」

「よろしく」


そういうとエイジはひらりと袖から簪を出して見せた。

今回の仕事用に加工されているのか、西日に照らされてその先端が鈍く輝く。


「で、右のでかいのが按摩あんまのフカマル。普段は按摩師やってる」

「あんたが桃か。噂は海の旦那から聴いてるよ」

「どうも」


にこやかに覗き込むように顔を近づけた挨拶に、俺は少し引き気味に答える。


「本当はまだいるんだが、ちょっと今日中に来れる距離じゃなくてな。とりあえずこれだけだ」

「まだいるのか」

「ああ。一応隠密組織だからな。何人か各地に散らばってるんだよ。今回は今日中にここに来れるのがこの二人だけだったんだ」

「それは……急がせたな……」

「構わないさ。仕事だ」

「潜入に当たって注意すべきことは?」

「特にない。が桃はこういうの初めてか。まあ今更だが殺すときには躊躇うな。速攻で失敗に繋がる」

「了解」

「それとこれは全員に周知しておく。商人の頭のセコイっておっさんは殺すな。人相書き渡しておくから。

ビーマって子の言う通り、労働力として雇っている奴隷を酷く虐待している。奴隷の命を何とも思っていないような連中だから人質を取られないようにな」


そういって渡されたのは筆で書かれた人相書きだ。

そこには太った蛙のような男が描かれている。

随分と人相悪く書かれたこの男が、件のセコイという豪商だろう。


「ああ、それとな」

「ん?」

「脱げ」

「え?」


海がにこやかに俺の服装を指さして告げた一言に面食らう。

一瞬スパイかなにかと疑われてしまっているのかと思ったが、どうもそんな様子でもない。


「兄様。その言い方では誤解を生むかと……」

「ああそっか。その服装だとちょっと潜入には向かないからさ、着替えてくれ」

「ああ、そういう……」


そういって渡されたのは海達と同じような装束だった。

鎖帷子の上に暗闇に溶け込む濃紺の布地。

頭巾は無いが首元に巻いたスカーフ状の布で顔も隠せるようになっている。

手甲と脚甲は関節の動きを阻害しないように作られていて動きやすい。

袴の形は普段鍛錬で使っているものに近く、脛のあたりが足の形に添うように仕立てられている。


「ほーぅ」

「結構動きやすくていいだろ?」


動きやすさを確かめるように手を握ったり開いたりを繰り返す俺に海が尋ねてくる。

確かにこれはなかなかにいいものだ。

普段は小袖に袴、戦闘時も精々腰を守る脇盾と籠手、脛当を付ける程度だ。


「うん、動きも大きさも問題ない。ありがとう」

「よし。それじゃあ改めて……難しい任務じゃないが、広い上に見張りの数も多い。油断はするなよ」

「了解」


その場にいる全員が人相書きを懐にしまい、武器を検める。

それはさながら今から標的に向かう暗殺者のようでもあり、獲物を狩りに向かう狩人の様でもあった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


潜入は打ち合わせ当日の未明だった。

今回は水中からの奇襲であり、位置の特定は決して手を抜くことはできない。

周囲は墨を溶かしたように暗い海水に覆われていて、夜陰に浮かぶ小船の位置はそれらが灯す灯りと乙殿の力が頼りだ。

それは彼女の中でもっとも強く流れる魔物の血が船の位置を特定するのに一役買っている為だ。

その魔物はセイレーン。水と風のマナを操る彼女らは船乗りたちに信仰されている魔物のひとつであり、その力を持って空気や水を振動させ、特殊な音を操る。

乙殿はその力を利用し、音を操る魔物達の特性でもある様々な音域や音波を感じ取る性質をもってソナーのような役割を担っている。


一方の俺は潜入の為、全員を水中から船の近くへ運ぶ役割だ。

これは以前魔猪を倒した時にやった水面を走る魔法の応用になる。


「話には聞いていたが、すごいな。どうやっているんだ?」


感心したように周囲を眺める海達の周囲は、まるで海水が意思をもっているように球状に空間を作っている。

その光景はまるで昔話で聖人が海を割ったという光景か、あるいは凝った水族館の様でもあった。


「水の状態を固定してるんだ。液体の水を個体のように決まった形で固定する」

「なるほど、それでこんな空間が……」

「船まで登るのもその応用だ。足元に板状に形作った水を階段状に固定すれば足場になるんだ。

 相手の船が多少深さのある場所や沖に停まってても消耗を最小限に小船の下まで歩いて水中から奇襲をかけられる。今昇ってるのがまさにそれだな」

「まさに今回の任務におあつらえ向きの魔法ってわけだ」


足元にあるのはまさに話した通りの水の階段。

水の中に出来た空間に螺旋状に組み上げたそれを昇りながら、継ぎ足すように段を追加していく。

程なくして間近に水面が迫ると、乙殿の力で小船の状況を探りながら揺らめく水面と船底を睨み、奇襲の機を窺う。

乙殿の合図はすぐに訪れた。


イルカのように小船に飛び出したのは二人、エイジとフカマルだ。

水を隔てた状態ではよく聞き取れないが、船底の揺れからなにか揉み合ったのは分かる。

しかし揺れはすぐに収まり、代わりに男が三人少し離れた水中に落ちてきた。

月明りの差し込む水中においては視認することも難しいが、僅かな光源に照らされた水の中で落とされた男たちから血煙が上がるのが見える。


「全員死んでるなありゃ」

「ですね」


海と乙殿がぽつりと呟く。

わかりづらいが、落ちてきた三人のうち二人は喉に穴を穿たれ、残る一人は体のあちこちがあらぬ方向に曲がっている。

僅かに息があったとしてもあれでは溺れ死ぬだろう。


「俺らも上がろう」

「了解」


小船の上に上がり、先に上がった二人と合流する。

エイジもフカマルも怪我などを負った様子はない。

先ほどの船底の揺れが収まる速さと男達が落ちてくる迄の手際の良さから心配はあまりしていなかったが、無事を確認できると安心するものだ。

小船に上がった俺達は標的の船の傍まで漕ぎつけると、そのまま鉤縄を甲板の柵に引っ掛けて昇っていく。


(潜入と聴いていたから想定はしていたが、まるで忍者だ)


あながち間違いではないだろう。

浦島衆。

蘇芳領に二つ存在する隠密方の片割れであり、より奇襲や破壊工作に特化した部隊だ。

構成員の多くは普段は市井の人々の中に紛れて情報収集を行っており、有事にはこうして各地で構成員が集まって任務をこなす。

どこが敵になるのか分からないこの時世の中で、そういった情報戦が行える組織は非常に重要だ。

彼らの活躍による余計な戦闘の回避や数的不利の逆転劇などは、子供の頃から爺様から聴かされていた。

現在頭領を務めている海も年齢こそ若いが、その実績をもって頭領に抜擢された男だからその実力は保証されている。

当然、彼らからすればこんな鉤縄を昇るなど朝飯前である。


(……早っ……)


作戦上声は出せないが、それでも心の中で叫びたい。

門外漢の自分を置いて次々と登り切らないで欲しい。

結局頑張って上り切った時には全員がスタンバイしている状態で、何なら既に見張りが片付けられていた。


(……これ、俺必要だったかなぁ……)


今更ながら覚えた不安をその背中にぶつけつつ、俺も海に付いて行って持ち場に向かう。

夜の闇に溶ける海面は空との境界を曖昧にさせ、月明りと星がなければ闇に飲み込まれるような錯覚を覚えるだろう。

自分が今いる場所が海だと分かるのは緩やかな波の立てる音と揺れだけ。

空からの灯りと船の上に灯されたランプの灯りを頼りに、遮蔽物に隠れながら俺たちは船の中へ繋がる扉の前に立った。

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