第四十二話 その血を繋ぐもの

 そして二日後。

 吉祥きっしょう様から話があった通り恵比寿えびす様からの呼び出しがかかって、俺はハヌマンと狛を連れて領主の間にいた。


 一段上の間には恵比寿様、その両脇には吉祥様と多聞たもん様が佇んでいる。

 そこから一段下がって自分たちと同じ高さの床に、酒呑童子が胡坐で座っていた。


 そしてそれに対面するのは、自分と共に連れてきた二人。そして花咲の爺様。

 主だって指名されていたのは他でもない俺だが、この二人は御館様の判断でこの場に呼ばれたらしい。

 雰囲気だけで言えば、さながら集団面接の会場の様であった。


「さて、まずは先の集まりでも伝えたが、今回の戦、よく働いてくれた。感謝する」

「そのような言葉をいただけて、恐悦至極にございます」


 恭しく手をついて頭を下げ、御館様の言葉に応える。

 ここまでは格式ばった、いわば任務が終わった後にはよくあるやり取りだ。


「さて、今回来てもらった理由だが、予想が付いている者もいるだろう。桃についてのことだ」

「……はい」

「さすがに当人は察しがついているか。時期としては半端だが、この機に三同盟の領主が揃ったのもなにかの巡りあわせなのかもしれん」

「それで、私のことというのは……」

「他でもない、桃の血筋と力に関する事だ。まだ受け止める自信が無いのであれば無理に明かしはしないが、どうする?」


 恵比寿様はそれだけ言って、俺の言葉を待つ。

 その言葉に含まれているのは言外の強要などではなく、正真正銘の気づかいだった。


 俺が自分の生い立ちの事を明かされることにどういった感情を抱くのか、それをどう受け止めるのか正直な話自分自身でもわからない。

 ただ一つだけ言えることは、ここで先延ばしにしてもまた向き合わなければならないだろうという事。

 此処で耳を塞ぐのは簡単だが、結局のところそれで何かが変わるわけではない。


(何より、この身体は殆ど成り代わったみたいなものだ。その責任を果たすなら、向き合わなきゃいけない。それに……)


「……伺います」


 口から自然に出た言葉は、ある意味では責任感と後ろめたさから出たものだった。

 ただ、以前の自分であればそれだけだったかもしれないけれど、今は少し違う。

 この世界で生き抜くことを決めて、戦う様になってから色々な事があった。

 その色々な事の中には、俺自身が狙われたことで起こったものもある。


 なぜ自分が狙われるのか。その理由が体に宿る血筋や力に関係があるのならば、知りたいと思ったのだ。


(自分が何で狙われてるのか、分かったほうが身の守り様もあるからな……)


「分かった――吉祥、頼む」

「心得た」


 真っすぐ淀みなく出てきた言葉に、恵比寿様が答える。そしてそのまま流れるように吉祥様につなぐと、今度は吉祥様が扇子を片手に口を開いた。


「さて、まずは何から話すか……。まずはそうだな、桃、其方と私の関係について話すとしようか」

「吉祥様との?」


 その言葉に、吉祥様が時折送っていた視線を思い出す。

 あって間もない俺に対するあのどこか慈愛の籠った視線は、確かに気になっていた。

 彼女の言う俺との関係に、その答えがあるのだろうか。


「そうだ。結論から話そうか。まず、其方は私の姉……葛葉妙音たえの子だ」

「と、いうことは吉祥様は私の……」

「ああ、叔母ということになる」

「じゃあ、あの時の……」

「其方に顔を見せて欲しいと言った時か。正直、其方の顔を見てあの時は驚いておったのだ。目元が姉によく似ていたからな」


 ――本当に、よく似ておるな。


 吉祥様は初めて会った時、俺の顔を良く見せて欲しいと言って俺の顔を見るとそう言った。

 あの時の言葉は、あの肉親を見て懐かしむような表情はそういう事だったのか。


「じゃあ、俺は本来瑠璃の人間、ということでしょうか」

「いや、そうではない。姉はある国の貴族へ嫁いでいったからな」

「ある国?」

「そうだ。その国はかつて、このアノンテリー大陸において絶対中立の立場を持つ緩衝地としても重要な役割を担っていた」

「つまりその国が大陸の国家間のもめごとの仲裁に一役買っていた、と」

「そうだ。だが今は既にその国は無い。其方の父もな」

「それは、滅ぼされたという事でしょうか」


 何者か、或いはどこかに滅ぼされたのであれば合点がいく。

 中立という立場であれば、野心的なもの達にとっては鬱陶うっとうしかったであろう。

 一瞬にして国はほろびるわけではないから、母が其処から逃れてきたということか。


「いや。何者かに滅ぼされたわけではないのだ」

「ではなぜ?」

「『滅ぼされた』という表現が、そもそも違うのだ。彼の国……カムイは、二十年前に消滅した」

「消滅って……」

「ところで桃、大陸に存在する大穴、あれがいつ空いたか知っておるか?」

「たしか二十年前……あ、もしかして」


 吉祥様の言葉に、俺はハッとした。

 そうだ、今しがた吉祥様は二十年前にそのカムイと呼ばれた国が滅んだと言った。

 二十年前の大穴の出現と、時期が符合する。なにより消滅した、というあの言葉……。


「気が付いたようだな。あの大穴があった場所。それがかつて神の集う土地……神の園、あるいはカミゾノと呼ばれた国。カムイのあった場所だ。其方の両親はその僅かな生き残りだった」

「両親が巻き込まれなかったのは……」

「偶々国外に出ていたそうだ。大穴が開いたことで国にも戻れず、一時的にアノンに逗留とうりゅうして大穴を戻す手段を探していたようだが……その四年後の大災害に巻き込まれてそなたの父親も死んだ」

「…………」

「大災害の折。僅かな供と共に姉はアノンを脱出して瑠璃を頼ろうとしたが、途中で力尽きた。だが不幸中の幸いか、大災害で被害を被った地域の支援に回っていた花咲の翁が姉を見つけて保護したのだ」


 成程、と心の中で静かに納得する。

 俺がこの世界で初めて見たあの光景は、大災害から脱出してきた母の姿だった。

 あの時は母が倒れたところで光景が切り替わったが、倒れた後で母を保護したのは花咲の爺様だったのだ。

 

 「そして保護された姉はそれから程なくして其方を産んだ。桃という名は、出産に入る直前に其方の母が蘇芳の者に託したものだ」

「俺の名前は……母が付けてくれたものだったんですね……。俺が蘇芳に来たのは、偶然だった……」

「そうだ。本来であれば実家である瑠璃へ来てもらう所だったのだが、身重の姉をあの状態で動かすことなどできなかった。そのまま蘇芳で出産を迎え、産まれたのが其方という訳だ」


 告げられていく事実に、言葉を探しきれなくて黙り込む。


 安定期に入っていたとして、大穴の出現で国が消滅し、大災害に巻き込まれたストレスは察するに余りあるものだったはずだ。

 だが生まれた赤ん坊は泣かず、母体も危険な状態になって皆が必死になって助けようとした。

 そうして必死になって命を繋いでいたところに、俺は割り込んでしまったのだろう。


 黙り込んだ俺に、ハヌマンと狛が気遣うような視線を送ってきているのを感じる。


「……大丈夫か?」


 吉祥様も、同様に気遣う様な声を掛けてくる。

 自然と俯き加減になっていた頭を上げると、御館様も口には出さないものの、此方を気遣う様に見つめていた。

 それを受け止めて、すこしだけ冷静になれた。

 

「――大丈夫です。俺は亡国の人間だったんですね……。もしかして、俺が狙われるのはそれに関係があるんでしょうか」

「恵比寿からも聴いておる。ここ数か月其方を狙う者たちの襲撃が続いていたそうだな。確かに其方の産まれを考えれば、利用価値を見出す者がいないわけではないだろうが……どうも私にはそれだけではないように思える」

「俺の……魔法ですか」

「心当たりがあるようだな」

「以前戦った妖怪達が、『化け始めている』と」

「そうか。ならば尚の事、其方にはもう一つ知らせておかねばなるまい。酒呑童子、頼む」

「あいよ姐さん」


 これまで黙って話を聴いていた酒呑童子が、膝を叩いて立ち上がる。

 そのまま俺の正面にやってくると、再びどかりと音を立てて胡坐で座り込んだ。

 そしていつになく真剣な顔つきと声色で、真っすぐに俺をみて口を開いた。


「さて桃。俺もまどろっこしいのは好かん。だから結論から言うぞ。お前は俺の……孫だ」

「……は?」

 酒呑童子の言葉に、俺はその日何度感じたか分からない驚きをもって、思わず言葉を失った。

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