第四十三話 その力を継ぐもの
酒呑童子の信じがたい一言に、俺の思考は停止した。
今この男はなんと言った?孫?俺が、酒呑童子の?
ということはなにか。父母のどちらかが、彼から生まれたという事か。
あまりにも唐突な言葉に、俺は思わず酒呑童子に疑問を投げる。
「孫って、それはどういう……」
「あー。孫って言ってもあれだ。遠い子孫というか、遠縁の親戚?とかそんな感じだ」
「
「いんや。多分いないだろうな」
その一言に、猶更頭がこんがらがる。
酒呑童子の言葉の意味をそのまま捕らえるのであれば、彼の子供の何れかが俺のご先祖ということだ。
だがそれならば、家系図の中に入ってくるはず。
そもそも、なぜそんなことが言い切れるのかも不明だ。
「酒呑童子、其方はあまりにも飛ばし過ぎだ。其れでは分からぬであろう」
「ああ~。俺はこういうの苦手なんだがなぁ」
吉祥様の助け舟が入って、酒呑童子がうんうんと唸る。頭の中でどう説明した者かと組み立てているのだろう。
しばらくすると彼は再びいつものいたずら好きな表情を取り戻して、その目を爛爛と輝かせていた。
「よし、桃。いったん表に出ろ」
「んん?分かった」
決めたら即実行の精神か、酒呑童子の提案はまたもや唐突なものだった。
しかしそれでも外に出ることが俺の知りたいことに繋がるのだろうと、酒呑童子と二人で表に出る。
その後ろに、そろぞろと恵比寿様達も続いていた。
お陰で表に繋がる縁側は、ちょっとした観客席のようになっていた。
多聞様など、いつの間に用意したのか優雅に金平糖をつまんでいる。後で一粒くれないかな。
「さて、じゃあ桃。いまからお前さんの力を少ぅし見せてもらう。構えろ」
「ああ。わかった。でも俺、今武器も指輪も持ってないぞ?」
「分かってる。そら」
そう言って酒呑童子に投げ渡されたのは、両刃の直剣。と御館様に借りたものとよく似た指輪。真ん中にはキラキラと光を反射す る歪な形の石が嵌っている。
剣を鞘から抜き放てば、何の変哲がないながらも曇りひとつない刃によく手入れされた剣だというのが分かった。
いつも通り、剣を構えて酒呑童子に向き直る。
「よしよし。それじゃあ……死ぬなよ」
「っ!!」
次の瞬間、ヒヤリと全身を大蛇に締め上げられたような圧迫感があった。
それは正真正銘の、氷のように冷たく鋭い殺気。
いつの間にやら、目の前には大振りの金棒。ざわざわと肌が泡立ち、本能のままに剣で受ける。
(だめだ、折れる!!)
何の変哲もない剣といっても、手入れはしっかりとされていた。
こんなにも脆く、飴細工のように壊れる謂れはない。それでも酒呑童子の振るう金棒から腕に伝わる衝撃は、剣が耐えられないと 直感できるものだった。
直後、耳障りな音と共に剣がとんだ。
酒呑童子の振るった金棒の威力に耐えきれずに、折れたのだ。
だが嘆く暇など無い。剣が折れたという事は即ち、防御を突破した金棒が俺に襲い掛かるという事だ。
(間に合え!!)
水のマナを急いでかき集め、無我夢中で≪
先ほど感じた殺気は冗談ではない。目前に迫っている死が、俺の本能を焚きつける。
「おおおぉぉぉ!!」
最後っ屁とばかりに折れた剣を酒呑童子に投げつけて、迫る金棒へ≪水刃輪≫を叩きつける。
一瞬拮抗したかに見えた水の刃と金棒は、しかしその均衡を直ぐに崩した。
≪水刃輪≫が金棒を丸鋸で気でも切り落とすかのように切り進み始めたのだ。
そして、ゴトンという重苦しい音を立てて、酒呑童子の手に会った金棒はあっけなく真っ二つになって地面に落ちた。
其処までのやり取りがあって、お互いにそのままの間合いで俺達は止まる。
「……ふぅん」
程なくして息を漏らした酒呑童子が、手に持っていた金棒の片割れを放り投げる。
彼はそのまま満足そうに笑うと、腰の
そして酒を飲んだ口元を乱暴に腕で拭うと、今度は空を仰いで肩を震わせ始め、大笑いを始めた。
「こりゃあ参った!桃!お前という奴はやはり俺が思った通りのタマだ!!」
「いやいや、一人で納得して笑ってないで説明してくれよ……」
膝を叩いて大笑いする酒呑童子をじろりと睨んで、このやり取りの真意を問いただす。
とはいえ、彼にはその視線も楽しさを増す一つの要素の様で、その笑いを止める効果は何も無かった。
「いやぁ、すまんすまん。あまりにも思い通りに行くと楽しいもんでな。これが笑わずにはいられなかったのだ」
「で、いったい今のやり取りで何を試したんだ?先の『孫』ってのに関係があるんだろう?」
「ああ。まず今の打ち合いで確信がより強くなったが……、お前の血に最も色濃く出ている魔物は、俺の親父だ」
「酒呑童子の?」
「ああ。ちと話がややこしくなるが、まず桃。俺の事を妖怪だと思ってないか?」
「違うのか」
「違う。俺は妖怪じゃあなく魔物だ。そもそも俺はお前に一度も自分が妖怪だなんて名乗ってないだろう?まあ、女狐さんに付いた妖怪をまとめる頭ではあるがな」
「じゃあ何」
「俺の本当の名は、伊吹童子。だから会った時にも言ったろう。『人間には酒呑童子と呼ばれている。』ってな。俺はある祭魔から直接力を与えられた眷属ってやつだ」
ここで酒呑童子の話を頭の中で整理する。
酒呑童子はまず、妖怪ではない。これはいい。
指摘されて気が付いたが、酒呑童子は沙羅殿の様に自らを妖怪と名乗っていたわけでななかった。
妖怪達を纏める立場と姿から、俺が勝手に思い込んでいただけなのだ。
では人を凌駕するこの雰囲気と力は何なのか。その答えが、彼の言葉の中にあった。
――祭魔から直接力を与えられた眷属。
この世界、すくなくともこの大陸において自然現象や災害すらも起こす強大な力を持つと言われ、信仰の対象となっている魔物、祭魔。
その直系の眷属。これはいいかえれば、祭魔の子供のようなものである。とも言えるだろう。
そうすると、先の酒呑童子の発言にも糸口が見えてくる。『遠い子孫』『遠縁の親戚』『孫』ここまで来て、ひょっとして、という一つの答えが頭に浮かぶ。
「その祭魔の名前は【八岐大蛇】お前の血を遡った先に行きつく魔物であり、お前の血が最も色濃く力を継承している魔物だ」
「八岐大蛇……。祭魔……。とんでもない大物が来たな……」
「なんだ、意外と冷静だな。初めて『お?』と思ったのは、城の蔵に侵入してきたお前たちと対峙したときだ。あの時の魔力から、俺と同じ匂いを感じた。それが有力だと思えたのは、鉄鼠との戦いでのお前の魔法をみて。そして確信に至ったのが……」
「今さっきここで打ち合った結果、か。匂いだけで分かるものなのか」
「まあ、何より俺と同じ系譜だったってのが大きいがな。一番の確信材料はお前の魔法の使い方だ」
「魔法の?」
「そうだ。お前、俺の金棒を吹っ飛ばした魔法を使った時指輪を通さずに魔力を出しただろう」
「そう……なのか?」
言われて初めて記憶を辿るも、曖昧で実際に魔法をどう使ったのかまでは覚えていない。
ただ、酒呑童子から借り受けていた指輪を使って、俺としてはいつも通りに魔法を使ったつもりだった。
普段と違うことと言えば、指輪そのものが違う事と、感じた殺気に対しての防衛本能が働いて、ただただ必死だったことくらいだ。
「そうだ。お前さんに渡した指輪にはまっていた石な。ありゃただの硝子細工なんだ」
「通りでいびつな形の石なわけだ……。でもそれじゃあ」
「そうだ。お前は四属性の内、人間の身のまま、水を象徴する物を持たないままで、あの魔法を発動させたことになる。こいつは普通の魔物の血を継ぐ人間に出来る事じゃあない」
「つまり、俺は祭魔である八岐大蛇の力が血に濃く現れている為に、こんな魔法の使い方だ出来るって事、でいいのか?」
「それで違いない。そもそも、自然エネルギ―……マナってのはこの世界に無数に、無造作にあるもんだ。魔法ってのはその中から決まった属性、性質の物を集めて形にすることで発動する。その為にそれぞれの属性を連想できる道具を媒介するわけだな」
此処までは、俺も承知している。
この世界に存在するマナ。それらは無造作に散らばっていて、水が流れたり、風が吹いたり熱を持ったりといった自然現象を起こす。
端的に言えば、魔法はそんな風にしてあちこちで自然現象を起こすエネルギーを借り受けて、自分の力とする技術だ。
当然、使う魔法によってそれに見合った種類のマナが必要になるわけだが、これを効率よく集めるために必要なのがマナの呼び水となる触媒。
つまりは、地水火風のいずれかを連想させるアイテムだった。
ところが、俺の魔法は前提から違うようなのだ。
これまで魔法を使う時は全て指輪を通してマナを集めているつもりだったが、今回、そうでもないことが分かった。
「俺、普段から指輪を使ってマナを集めているつもりだった……」
「そりゃ自覚が無けりゃそうなるだろうさ。さっきみたいにそうやって触媒も無しに魔法を使えたのは、お前が本能的に命の危機を感じたからだろうよ」
(じゃあ、あの面頬の武者と天狗の襲撃の時の力もひょっとして……)
――先ほどから使っている魔法、その指輪を通していないな。
奴はそう言っていた。
あの時俺はとにかく必死で、状況を打開する事だけが頭にあった。
その危機感が、指輪を通さずに魔法を使うことが出来た原因なのだとしたら。
何よりあの力をいつでも使えるようになれば、今後の戦いの糧になる。
「……俺の意思で、指輪を通さずに魔法を使えるようにはなるのか?」
「それももちろん可能だ。というか恐らくはお前さん、氷の魔法を使う時に限っては風のマナを集めるのに自然とそれをやってのけてる。本来氷の魔法には水と、少しの風のマナが必要だからな。水の触媒になる石だけ着いた指輪じゃ、普通なら魔法も中途半端に終わっていたはずだ」
「それであの時、天狗は俺を複数の属性持ちなんて言ってたのか……」
「まあそういうわけだ。普段使っている水の魔法でも同じように触媒を通さない使い方ができるようになれば、お前はより早く、感覚的に魔法を使えるようになる。今以上に強くなるだろうよ」
言葉の少なくなった俺に、酒呑童子は励ますためか、あるいは焚きつける為か、そんな言葉を突きつける。
「それともう一つ。恐らくお前の力は八岐大蛇のものだけじゃあない。他のなにかも混ざってる。その正体までは俺も分からんがな」
「混ざってる……か」
それは俺と桃の、本来のこの身体の持ち主との成り代わりに関わるものなのか。
酒呑童子の話ではその正体は分からないそうだが、ここにきてまた謎が増えてしまった。
今日だけで色々な事を知りすぎて、正直な話頭が少しパンクしそうだった。
自分の身体は亡国の生き残りであり、この大陸の中でも屈指の力を持つ祭魔の力を色濃く継いでいる。
なるほど、確かに俺の事を狙う連中がいるのも納得できる。
この先強くならなければ、周囲どころか自分の身を守ることも難しいだろう。
そういった意味では、酒呑童子の言葉は僥倖だった。
「まあ、お前さんの力についてはもっと詳しく観ることが出来る道具が瑠璃領にある。今の俺の言葉の裏付けもできるだろう。その為には、瑠璃を取り戻さなきゃならねえ。だがお前が色濃く継いでいるのが八岐大蛇の力なら、正真正銘天災を起こす力だ。確かめるまでに、確りと己の力の使い方を戒めておけよ」
「ああ。そうだな。……ありがとう酒呑童子、時間をくれた事、感謝する」
曰く、祭魔は天災すら容易に起こすという。
そんな魔物の力を継いでいる自分が、今後どう力を振るうのか。
前世では力を振るうどころか、弱かった自分が、この世界に来て得た力と向き合うべきなのか。
いま改めて、問いかけられていた。
「安心しろ。力の使い方も含めて、ある程度は俺が教えてやる。同じ魔物の力を受け継ぐ以上、その性質も似通っているからな」
「ああ、頼んだよ。師匠」
「任せておけ」
酒呑童子は歯を見せてニッと笑うと、俺の背を叩く。
体も手も大きな彼のその一撃は少し痛かったが、心強かった。
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