第九話 助太刀

領主の間を後にし、昼食を取った俺は恵比寿えびす様から受け取ったお金の一部を持って再度街へと繰り出した。

残念ながら一人ではないし、凰姫こうひめ様と一緒というわけでもない。

俺の傍らで歩くのはおと殿に似た雰囲気を持つ長身の男性。

袖を切り落とした着物で小麦色に焼けた腕を晒し、乙殿と同じ色の髪は後頭部で団子状にしてまとめてあった。

竜宮かい。竜宮乙の兄であり、この領の暗部を担う二つの組織の片割れ、浦島衆の頭領。

先日の一件で俺が狙われている可能性がある以上、戦えるとしても一人での行動は好ましくないとつけてくれた護衛だ。

俺の釣り仲間でもあり、年上ながら気さくなので領内の中では比較的気安く話せる仲でもある。

現在地は大きな通りからは外れた脇道で、人もまばらで閑静な場所となっている。

人々の賑やかな声もいくらか離れ、耳には会話以外に三人分の足音が聞こえるだけの静けさだった。



「まさか、護衛相手として顔を合わせるとはなぁ。桃、お前何やらかしたのよ」

「やらかしたわけじゃないよ……、むしろこっちが聞きたい」

「本気で心当たりないのな……。まあ、俺がいるんだ。大船に乗った気持ちでいるといいさ」

「それはそれは、ありがたい」


ほんの少しわざとらしく頭を下げると、海は「面倒を引き受けてやったのにかわいくねーの」と拗ねたように言う。

とはいえ口元は少し笑っているので、台詞とは裏腹に興味津々と言った様子だ。


「しかし、武器なぁ。どうしようかなぁ」

「剣でいいんじゃないか?お前そこそこ剣得意だったろう」

「ただの剣じゃ個性がなぁ」

「武器に個性を求めるなよ……。変に奇をてらうと使いこなすのに苦労するぞ」

「でもなんかこう、浪漫が欲しい」

「まあ気持ちは分かる。浪漫というか、個人的にはかっこよさならやっぱ刀だな」

「刀か……」


刀、と言われてぱっと思い浮かぶのは一寸殿だ。

あらゆる武器を使いこなす彼がもっとも得意とする刀は、まさしく日本刀そのもの。

これも昔異世界人が持ち込んだ武器を参考に、魔物が技術協力して再現したという。

斬るのに特化している為に全身に鎧を着こんだ相手には向かないが、一寸殿にかかれば鎧の継ぎ目から切断するし、なんなら鎧ごと三枚おろしにしてしまう。

元日本人としては、やはり格好良さという点において刀の存在は外せない。


「まあ、安い買い物じゃないんだしゆっくり考えなよ。俺のお古でよけりゃ暫く貸してやるから」

「助かる……今度良い釣り場見つけたら真っ先に教える……」

「ははっ、期待してるよ」


先ほどとは違って実感のこもった言葉に、海は吹き抜ける海風のように笑う。

所属する組織の特性上後ろ暗い任務もあるだろうに、それを感じさせない明るさが気持ちのいい男である。


「で、目的の鍛冶屋はどっちだっけ」

「こっち。そこの角から近道だ」


海と二人、更に一つわき道に入る。

ここまで来ると道幅も結構狭くなっていて、人もほとんど通らないような道になる。

すれ違うのも猫の方が多いくらいだ。

そんな狭い狭いわき道に入って少ししたところで、俺は振り返った。


「なにか用か?」

「!?」

「おっと、こっちは行き止まりだ」


振り返って目にしたのは、ぼろ布をかぶった小さな影。

体格からして子供だろうか。

たじろいだ様子のぼろ布の主は、さらに後ろを気配を殺して回り込んできた海に塞がれて目に見えて動揺している。

正確に言えば、わき道に入ってすぐに屋根に跳んでから背後に音もなく降りたのだが。

まあなんとも恐ろしい早業だ。

殺気も敵意も感じないからと付いてきていた足跡を放置していたが、やはり海も気が付いていたようでこの路地に追い込ませてもらった。

逃げようとする様子もないし、どちらかと言えばこちらに用事があって声をかけるタイミングを計っていたような印象を受ける。


「……お前に敵意がないのは分かる。だが後を付けられるのはあまり気持ちのいいもんじゃない。

 なにか用事があるなら聞かせてくれ」

「……」


ぼろ布の主は、俯いて逡巡しているように見えた。

そうして数分悩んだところで、ようやく決心をきめてぼろ布を取り払う。

姿を現したのは、赤く日焼けした一人の少年だった。

伸ばしっぱなしの赤茶の髪は埃っぽく、手入れはあまりされていないように見える。

年の頃は鯱丸様と同じくらいだろうが、かなり痩せている。

蘇芳は決して裕福な領ではないが、領民の食糧事情は悪くなかったはずだ。

青い瞳はどこか怯えたように此方を見つめていて、こちらの顔色をしきりにうかがっているような様子だった。


「……あの、お話をずっと聴いていました。あなたたちは蘇芳の領主様の配下の方々ですか……?」

「そうだが、君は?」

「僕はビーマと言います……あの、兄ちゃんを…兄を助けて下さい!!」


少年の答えは強い願いの籠った声で、昼下がりの静かな路地裏の壁に反射して強く耳に響いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あまりここは使ってないからな。埃っぽいしあまり広くないし茶は出せないが勘弁してくれ」


後ろを付けていたビーマから事情を聴くために傍の木箱の埃を掃ってハンカチ代わりに持ってきた小さな布を敷く。

この場所は元々浦島衆が使っていた隠れ家の一つだ。

何度か場所を変えている中ですでに使っていない所が近場にあった為、海の提案で案内してもらった。

一応定期的に手入れはしているらしいが、少し埃っぽいのは仕方がない。

部屋の入り口には海が腕を組んで陣取り、此方の話に耳を傾けている。


「で、お兄さんを助けたいってことだけど、事情を聴かせてくれるか?」

「……はい。僕はセコイという豪商の船で労働力として働かされている奴隷です。船ではいつもろくに休みももらえずに働かされていました」

「その豪商の売り物は……?」

「織物と美術品が主です」


―豪商……領に入港してくる船は皆許可を得たうえで入ってきているはずだった。

彼の話が本当だとして、最近領に入港している船の中で織物や美術品も持ち込んだ船を頭の中でリストアップする。

織物や美術品を扱う船は少ない上にセコイなんて面白い名前は記憶に残るはずだが、やはり思い当たらない。


「主って事は他にも?」

「……奴隷を……」

「奴隷……違法のはずだが、だからこそか……」


この大陸、アノンテリー大陸においては奴隷の売買は禁止されている。

しかし件の大天災以後、災害孤児や国の情勢の悪化のために身寄りを失くす子供が多くなった。

不安定になった国同士の小競り合いで生まれた戦争捕虜等も増え、そういったものを奴隷として売買する事が大陸共通の問題になっていた。

各国の法律とは別に敷かれている大陸全体の大陸法において禁止されている奴隷売買だが、現状それを取り締まることができていない。

特にひどいのが大陸北西の国メルクリオで、ここで攫われた人間の大半が、よりにもよって大陸最初の国家アノンに売られているというのが現状である。


「奴隷の販売先は主にアノンと聴いているが」

「はい。だから今船に乗せられているのは労働力として働かされている数名だけです。

 セコイは関税を逃れて商品をこの国に持ち込み、その足でカムナビの孤児を仕入れようとしています」


国際間の貿易では大陸法で一定の関税が課されている。

関税は各国の交易を担う港で管理されるが、これも逃れようとする商人がいるのだ。

当然違法行為なのだが、船舶での貿易や往来の管理というのは穴ができやすい。

隠れて船をつけられる都合のいい場所や斡旋してくれる相手がいればなおのことだ。

セコイという商人は蘇芳の港に寄港した記録がない。

新しい商売先としてこの地にやってきたか、あるいは違法貿易の常習犯かのどちらかということになる。


「その話が本当ならうちとしても放っては置けないが……なぜ俺達に?

 抜け出すのは危険だし君のお兄さんも危なくなるはずだ」

「はい……。でも少し前に海岸沿いの洞窟で爆発があったとかで蘇芳領の海岸近くに兵の出入りが多くて、セコイの元々の予定が狂ったんです。

 そのおかげでしばらく船を近くにじっと停泊させている日があって、その時に兄は僕を海へ……」

(……河童兄弟の時の爆発か……)

「この街に逃げてきて、蘇芳の領主様の評判を耳にしたんです。その配下の人たちの評判も」

「それで俺達なら話を聴いてくれるかもしれない……と探していたら俺達を見つけて後をつけてきたと」


その言葉に、ビーマはこくりと頷いた。

先ほどまでのこちらの顔色をうかがうような目つきも、話ができたことで幾分か和らいでいる。


「僕を逃がしたと知られたら、きっと兄は酷い目にあわされます。

 体も大きいし丈夫だからっていっつも僕を守ってくれていたけれど、今度は本当に殺されるかもしれない……。

 僕が逃げ出してもう三日たつから、ごまかすのも限界だと思うんです……」


ビーマの声は次第に萎んでいき、最後には涙交じりの物になっていた。

言葉にしたことで兄の死を想像してしまったのかもしれない。

自分の身近にも仲のいい三兄弟がいるし、彼らとは兄弟のような付き合いだからその気持ちは少しは想像できる。


「ともかく泣かないでくれ。まずは御館様に話を付けないといけない。海、話は聴いてたよな?」

「ああ、もう既に伝書のカラスを飛ばしてある。俺はこのまま船の様子を探る」


横で話を聴いていた時点で既に文を認めていたらしい。

彼は俺が言う前にすでに伝令を飛ばしていた。さすがに仕事が早い。


「さすが。でも御館様の返事待たないでいいのか?」

「これは蘇芳だけの問題じゃ済まなそうだしな。早い方がいいだろう。

 浦島衆頭領として、ある程度独断での決定権も与えられているから大丈夫だ。」

「わかった。俺は領主館に戻って準備してくる。ビーマ君は……」


どうするべきか。ここに置いていくのもまずい。外はだんだん暑くなってきているし見たところ碌に栄養を取っていない。

直接日に当たらなくても子供の体力だし熱中症になられると困る。

子供とはいえ素性の分からない人間をいきなり領主館に連れて行くのも多分まずい。

頭を悩ませること数十秒、俺の頭の中を知ってか知らずか、助け舟を入れてくれたのは海だった。


「とりあえずお兄さんに船を案内してくれるか?」

「わかった」

「案内してくれたら身を隠す場所を教えるからそこに隠れてな」

「海、いいのか?」

「どの道案内は欲しいからな。身を隠す場所も海沿いならいくつも候補がある」

「恩に着る。じゃあ気を付けてな」

「安心しろ。キッチリ調べ上げてやる」


外に出れば日差しはまだ強い。

その暑さと眩しさにほんの少しの恨み言を言いながら、仕事モードに入った俺と海はそれぞれの目的地へと繰り出した。

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