第二話 後編 魔獣と次元穴
「ふたりともようやった」
爺様が警戒は解かずに歩いてくる。
先ほどの手負いの猪は両目を矢でつぶされており、身体には眉間から尻に至るまで貫通する矢創が出来ていた。
狙いの正確さもさることながら、分厚い頭蓋骨に突き刺さるどころか身体ごと貫通してしいるのはとんでもないという他ない。
「こいつら半魔獣化しておる。まあそのおかげか真っすぐ突進してくるだけの阿呆になっておったのは幸いじゃな」
そういえば猪は存外器用に方向転換できると聞いたことがある。
真っすぐにしか走れないイメージがあったが、今回は正しくそのイメージ通りに動いてくれて助かっていた。
そうでなければもっと苦戦していただろう。
「魔獣化……ってことは近くに穴が?」
「おそらくな。猪の食い物の傾向が変わっておるのも、やたら巨大化しておるのも恐らくそれが原因じゃ。」
「人間やほかの動物を積極的に襲っていたのはそのせいってことか……」
確かによく見てみれば牙の形は禍々しく鋭い。
この大きさも、食性の変化や凶暴性も魔獣化の影響であれば納得できる。
「すでに教えている通り、魔物とは基本的に自然エネルギーの化身じゃ。特にこの世界の信仰の対象になっている強大な魔物……
「祭魔やそれらに近い眷属ほど高い知恵と力をもっていて、人と関わり子を成すものもいる……だったな」
爺様の復習講義に
「その通り。彼らは自然エネルギー……。一般的にはマナと言われるそれらと人々の信仰心によって生まれ、その力を増す。そしてその力をもって世界を循環させ、安定をもたらすのじゃ。しかし時にこの世界を循環している自然エネルギーが、突如異常をきたすことがある」
「その原因となるのが次元穴……」
次元穴はこの世界で時折出現する空間の穴だ。
穴と呼ばれるだけであり、空間がそのまま割れたように穴が出現してそこにあったものを消してしまう。
穴を魔力による攻撃で塞げば元に戻るものの、放っておけば周囲の自然エネルギーのバランスを崩してしまう。
次元の穴が空間そのものを消してしまうことで、そこにあった自然エネルギーも失われてしまうためだ。
「その通り。自然エネルギーは地水火風の配分によって様々な環境を形成するが、それが短期間で変わってしまえば突然の環境変化や災害に繋がってしまう。現に十六年前の大天災の原因も、中央国家アノンの国境に空いた大穴が原因と言われておるのだ。」
「あの大穴もやっぱり次元穴なのか。なんで塞がないんだ?」
勇魚の疑問も至極当然だろう。
原因が推測できるならば塞げばいい。それをしないという事は何かあるのか。
「穴が大きすぎるのです。大陸中の人間の魔力を集めても足らんと言われております。それに自然に収まるのを待つべきという勢力や、穴から出てくる副産物……異世界の技術や人間を狙うものもおるのです」
次元穴の副産物……それは穴に繋がっているという異世界から流れ着く人や物だ。
時間や空間を問わず、そして恐らくは次元も問わない。
明らかに古い土器が流れ着くこともあれば、未知の機械が流れ着くこともある。
物だけではなく、人も。
ひょっとしたら自分はこの大穴からやってきたのかもしれないとも思っていた。
だがあの時の自分には肉体なんてなかった。
それが魂だけの状態だったというのなら、あの穴は魂も飲み込むという事になる。
「それだけではなく、この世界ではあらゆる生き物が自然エネルギーの影響を受けるために付近の動物を魔物化させてしまう。故に穴は塞げるならば塞ぐ必要があるのです」
「まあ、それは知ってるんだけどよ。魔力が足りないなら祭魔に頼めばいいんじゃ?人には友好的なんだろう?」
「祭魔は自然に与える影響が大きすぎて、普段は隠遁しておるのです。下手に動けば逆に大陸中の環境が様変わりするでしょうな……」
「力が大きすぎるのも大変なんだな……」
「そうですな。今回は幸い猪で済んでいますが、それが増えれば厄介な事になりまする。ただ魔物化しただけならば人の信仰を受けておらぬ故、知性もさほどなくそこまで危険なわけではありませぬが、魔獣化は人の恨みつらみに影響されて知恵を付けますからな。今回襲って来た三匹は頭こそ普通の猪以下でしたが、やはり狂暴性ゆえに周囲の生態系を破壊しておりました。あのまま放置していれば被害は拡大し、中蘇芳も危なかったでしょう」
「とりあえずは早いうちに見つけられたのが幸いってやつか……。桃大丈夫かよ?さっきから無言だけど……」
「どこか傷でも負うたか?無理はせん方がよいぞ」
「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事してただけだよ」
「なんじゃい心配かけさせおって。まだここは敵地じゃ。集中せい」
「了解。」
大陸に空いたという大穴。
それが原因で起きたという大天災と、それから逃れてきたという母。
時間と空間を超えて流れ着いてくるというものたち。
(……大穴にいけば、なにかあの時の事について分かったりしないかな……)
あのとき自分はどうやってこの世界にやってきたのか。
かつていた自分の世界はどうなったのか。
そして俺の身体……桃の本当のルーツやその魂の行方も、推察できるかもしれない。
(いいや。爺様の言う通りいまは集中しないと)
考えをいったん振り払って、三匹の死体の前に居直る。
爺様や勇魚も俺が考え事をやめたのを見て、話を再開した。
「この三匹は殺せたが、まだ油断はせず、決して離れるな。こいつらは体の模様からして子供。本命がいるはずじゃ」
三匹の死体を検めながら、爺様が警告する。
「そういえば、この三匹は途中で見かけた縄張りの痕跡よりも小さいな……」
その警告にここへ来る途中の光景を思い出して身震いする。
途中見かけたマーキング跡は、勇魚の身長を超えていた。
先ほどの三匹もよく見れば体に特徴的な縞模様がある。
俗にいうウリ坊というやつなのだ。これでも。
「でもあれだよな。こいつらが子供なら近くに親玉がいるよなきっと。その辺から見てたりしてな」
勇魚が冗談めかして言う。
「いやいやまさか。わざわざ自分の子供がやられるの観察してたりはしないでしょ。」
カラカラと笑いながら俺はその言葉を否定した。
そんなことは無い。はずだという若干の希望も入っていた。
しかしそんな気持ちもむなしく、近くの藪がガサガサと揺れる。
その音に俺と勇魚はビクリと肩を跳ねさせた。
「まったく。油断するなというとるのに」
ただ一人冷静な爺様はさすがの年季といったところか。
何時でも矢を放てるように弓を構え、藪に向けて俺と勇魚の前に出る。
藪は熊でも隠れられそうな大きさだ。
しかし藪の中から何かが出てくる様子はない。
藪の不審な動きは止まっていたが、油断せずに観察を続ける。
「……これはいかん……」
「「へ?」」
「回り込まれてしもうた」
「「は?」」
同時に振り返る。
今までどこで何をしていたのだろうか。
そこには大きな影があった。
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