第二十三話 共に或る理由
俺達が全てに目途を付け、村を出て中蘇芳に戻ったのは白殿と出会って五日後の事だった。
村には復興の支援と防備の為に、幾らかの兵を駐屯させている。
共に岐路についたのは、
しかし中蘇芳の状況を事前に知らされていることもあり、皆の表情は任務帰りにも関わらず硬い。
帰ってきても気の抜けない状況が続きかねないと、各々理解しているのだ。
中蘇芳に到着した俺達は到着後、すぐに御館様の元へと向かった。
一刻も早く
「御館様。桃です。只今帰参いたしました」
「入れ」
勇魚と花咲の爺様を伴い、ハヌマンと狛は一度部屋の外に待機してもらって入室する。
畳張りの室内、一段高い場所に
後ろに撫で付けた獅子の鬣の様な白髪、鋭い目つきは変わらずだが、心なしか俺達の姿を見たその顔は安堵から和らいだように見えた。
「大筋は訊いているが……、まずは報告を頼む」
「はい。
「当初依頼を受けていた傭兵達では難しい相手だったとも聴いているが、それはどうだったんだ」
「盗賊の規模は際立って大きい訳ではありませんでした。しかしその首魁に妖怪がおり、その能力によって砦を短時間で建造。村人たちを監禁しておりました」
「また妖怪……か……。相手の狙いは?」
「本来の目的は恐らく、村の制圧かと」
「その根拠は?」
「塗壁と戦闘後、正体不明の人物が二人現れましてね。その時彼らが言っていた言葉からです。『本来の目的を置いて欲をかきおって』と」
「お前の言う通り本来の目的が村だったとして、『欲をかきおって』ってのはお前から見てどう思った」
「これも盗賊の首魁……塗壁の言葉ですが、『用事があるのは桃君だ』と。つまり俺だったみたいです」
「成程な……」
そういって、恵比寿様が少しだけ思案するように顎を撫でる。
そしてそのまま質問の標的を俺以外に変えた。
「勇魚、幹久。お前たちの意見は」
「俺も桃と同意見だ父上。村に来たのも盗賊の砦に乗り込んだのも偶然と言えば偶然だしな。最初から桃を狙っていたとは思えねえ。それに桃と狛……一人だけ砦に乗り込んだ傭兵がいたんだが、分断された時は桃を狙っていたように見えた」
「わしはその現場は見ておりませぬが、陽動を行った際の盗賊の下っ端達の様子から、わしらの襲撃は想定外だったことは確かでしょうな」
「そうか。となると、瑠璃領主が行方知れずになった件も関わってくるかもな……」
「と、いうと?」
恵比寿様の言葉は、事前に伝えられていた瑠璃領での出来事とのかかわりを示唆するものだった。
しかし今回事件が起きた村は、瑠璃領の境に近いとはいえ蘇芳領内の出来事だ。
まだ此方が知らない情報も含めて出した結論なのだろうかと思わず確認する。
「望月衆の情報によれば、領主の死体はまだ確認されていない。加えて蘇芳に繋がる瑠璃領内の主要な街道や村々には兵が多数配置されて、監視体制が敷かれているのが確認されている」
「あの村を制圧しようとしたのも、その一端って事か……」
あの村は老人だけが残されていた。
あのまま上手くすれば労働力と連絡役として老人たちを使い走りにして、いざという時は子供をつかって脅すつもりだったのだろ う。
大人たちはさしずめ兵力へ組み込む兼人質といったところか。
いずれにせよ多量の土地にまで手を出すあたり、なりふり構わない相手の様子が見て取れる。
「ふむ……まるで捕り物の様ですな」
恵比寿様の言葉に反応したのは花咲の爺様だ。
実際その様子は警察の検問を彷彿とさせる。
何方かと言えば動き回る何かを探すような印象を受けた。
「領主が行方知れずになったのに直ぐに伝書で連絡をよこさなかったのも気になる。要件を伝えるだけなら伝令よりも早いにも関わらずだ」
これも恵比寿様の言った通り。
この世界においては最も早い手段が伝書の鴉に要件を書いた手紙を持たせ飛ばす事だ。
前世の世界以上にこの世界の鴉は知能に優れ、人や場所を複数判別できる。
捕獲されたり途中で襲撃されたりする恐れがあるものの、空を飛ぶために伝令よりも早く事を伝えられる。
その為火急の要件の時は人間の伝令ではなく、鴉を飛ばすのが一般的だった。
瑠璃領とは同盟関係の為、襲撃の心配などもない。
領主の失踪という事件をいち早く知らせるのに鴉を使わず、伝令を使うのは不自然だ。
その伝令も、ボロボロで未だに昏睡状態が続いている。
「俺達には領主の失踪を知られたく無かった……ってことですかねぇ」
「かもな。だが伝令をよこしている辺り、領主の危機を伝えようとしている者たちもいる」
俺の言葉に、静かに恵比寿様が同意を示す。
そして付け加えた言葉の通り、この二つの情報は瑠璃領内の勢力が二分されている事を暗示していた。
「……頭の痛ぇ話だ全く。ともかく不審な点を順に洗い出すしか無え。幹久、村を襲撃した盗賊の下っ端達の身元と装備を竹取の婆さんと協力して検めろ」
「ははっ」
「勇魚、お前は自治区から同行してもらった覚と河童たちの尋問を行え」
「任せとけ父上」
「桃、課題の進捗はどうだ」
「ハヌマン達兄弟は蘇芳に残る方向で意志を固めているようです。ビーマはまだ決めかねているようですが、ハヌマンからは配下になる事を希望する旨の言葉を聞いております。それと今回の一件でもう一人、私と共に在りたいという人物がおります」
正確には狛と部下になる順番を争っていただけなのだが、あれはもうそういう事だろう。
其処まで鈍感ではないし、一応確認も取っているから間違いない。
自信をもって答えた俺に、恵比寿様が更に指示を出す。
「ではお前は一旦外して二人を呼んでくれ」
「ははっ」
それぞれに指示がとび、二人は頭を下げてその命を拝受する。
勇魚と花咲の爺様はそのまま立ち上がると、早速命令を果たすために部屋を後にした。
俺も一旦部屋を後にして、外で待機していたハヌマンと狛に入室を促す。
「二人とも、御館様がお呼びだ」
呼びかけに応じた二人が、どちらともなく緊張した様子で頷き合う。
「失礼いたします」
「入れ」
一つ大きく息を吐きだし、決心したように中に入室した二人の背中を見守りながら、俺は静かに壁に背を預けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
蘇芳領主館のある一室にて、恵比寿は入室してきた若者二人をまるで裁判官の様な眼差しで見つめていた。
その視線の先には平伏する赤茶の髪の青年と
「顔を上げろ」
「「はい」」
対して顔を上げた二人は、まるで裁きを受ける罪人のような緊張感に包まれていた。
勿論、二人にやましいことなど無く、なにか罪状があるわけでもない。
ただ恵比寿の纏う主としての雰囲気に圧倒されていた。
無理もない事だった。
ハヌマンにしろ狛にしろ、こういった場で領主と相対する機会などこれまで一度もなかったからだ。
恵比寿に直接会う狛は勿論の事、保護されて以降何度か顔を合わせているハヌマンも、その緊張を解くことは出来ない。
見た目の仰々しさや恐ろしさではない、内側から滲み出る存在感が、そこにはあった。
(これが領の主……)
(保護されてお会いした時とまるで違う。謁見する場と状況でここまで変わるものなのか……)
「さて、まずは自己紹介と行こうか。ハヌマンと、それからお前さんの名前は狛。でよかったか」
「はい。改めましてご挨拶を申し上げます。桃様の提案により任務に同行させていただきました。ハヌマンと申します」
「狛と申します。この度は恵比寿様の家臣である桃様に助けていただき、同行を願い出ました」
「ハヌマンと狛。まずは蘇芳を代表してこの度の協力に感謝する。知っていると思うが、蘇芳領領主の恵比寿だ。今回呼び出したのは他でもない。桃の事だ」
「桃様の……ですか?」
恵比寿の言葉を確認するように復唱したのはハヌマンだった。
勇魚や花咲の老爺であればともかくとして、自分たちはまだ桃と出会って日が浅い。
悔しいが、二人と比べれば彼に関して知っていることは言うまでもなく乏しい。
そんな自分たちを桃の事で呼び出す意図を、ハヌマンは掴みかねていた。
狛に関しても似たような感情の様で、思わず隣に目配せをすると戸惑い気味の彼女と目が合う。
「まあ、突然呼び出されていきなりでは戸惑うのも無理は無え。だが今回俺が聞きたいことはお前たちでないと答えられない事だからな」
「私や狛でないと……ですか?」
「そうだ。単刀直入に聴こうか。お前たちが桃の事をどう評価するか。一人の将として、あいつが仕えられる器かどうか。それを聞きたい。桃は今外しているから遠慮することは無い。率直な言葉を聞かせてくれ」
恵比寿の口から出た言葉は、二人にとっては意外なものだった。
自分たちから見た桃の評価が、蘇芳に、桃にどう関係してくるのか想像もつかない。
しかしハヌマン達の言葉を黙って待つ恵比寿の目は真剣で、曖昧な答えや忖度した答えがが望まれていないことも明白。
であれば、二人にとっての桃の評価を、恵比寿に素直に伝えるほかない。
「私にとっての桃様の印象は、始めは優しいながら酷な方だという印象でした」
始めに言葉を紡いだのはハヌマンだ。
彼は真正面から恵比寿の眼差しを受け止め、自身の感じた桃の肖像そのものをありのままに語った。
「しかしだからこそ、私に示してくれた道が真剣に考えた末のものだと思えました。何より私は桃様に一度ならず、先の任務でも救われています。私はそれに応えたい」
「それは命を救われたから、その恩を返すためには蘇芳で働かざるを得ない。と?」
「それは違います。勇魚殿にも指摘され、改めて考えさせられましたが…私は私自身の為に桃様と共に在りたいのです。この蘇芳であれば。あの方の元であれば私はかつてと同じように人として生きられる。今私があの方と共に在りたいと思うのは私自身の意思であり、桃様にはその力があると信じております」
ハヌマンが強い眼差しと言葉をもって恵比寿へその意思を示す。
それを確認した恵比寿は表情を変えぬまま、次は狛へ視線を映した。
「次はお前だが……狛と言ったか。お前は桃をどう見る」
「あ、ええと。う~ん……一言でいえば、強いけど危なっかしい人、ですかね」
「ほう」
「私を助けてくれた時も、一緒に戦った時も、その強さは確かだと思います。勇魚様からまだ戦い始めてから日が浅いって聞いて驚くくらいには。でも、なんというか自分の優先順位がすごく低い気がしました。武器がない私を見て自分の唯一持ってた武器である剣を渡そうとしてきましたし」
「それも似たようなことを勇魚から聴いたな。俺もあいつの自分自身に対しての無頓着さは気になっていたが……」
「はい。だから桃……様は強いけれど、何かあったらあっさり死んでしまいそうな危うさを感じました」
「成程な。で、お前はなぜ桃と共に居たいと?」
「私は女です。女の傭兵や斥候は多いですけど、正直軽く見られがちです。見た目によっては言い寄られたり媚びたりされることもある。でも桃様は初めて会った私を、そういうの関係なく信じて、背中を預けてくれました」
狛もまた、ハヌマンと同じく恵比寿と同じく真っすぐに見つめて告げる。
黄金の瞳が、歴戦の獅子の如く此方を見定める恵比寿の眼差しとぶつかるが、彼女は怯まずにそのまま言葉をつづけた。
「なにより私を一人の戦士としてちゃんと見てくれた。ハヌマンと比べると取るに足らない理由かもしれませんけど、私にとってはそれが何より嬉しかったんです。だから一緒に戦いたいと思ったし、一緒に強くなりたいと思いました」
ハヌマンと違って家出してきただけの自分のこの理由は、取るに足らないものだろう。
それでも狛にとっての根幹を、なんの色眼鏡もなく真っすぐに認めてくれたのが桃だ。
複雑な生い立ちも、切羽詰まった理由も必要ない。
狛にとって己の在り方を認めてもらう事こそが最も重要で、だからこそ強さとその器を備える桃は衝撃的で、逃したくない相手だったのだ。
「わかった」
二人の主張が終わり、恵比寿がゆっくりと目を閉じる。
「ならば改めて問う。お前たち、桃の傍で蘇芳の利となるよう、惜しまず働く覚悟はあるか」
「「必ずや」」
示し合わせたわけでもなく二人の声が重なる。
その声色に一切のブレは無く、代わりに強固な決意をもって、一切の淀みなく答えた二人に、恵比寿は満足そうに口の端をつり上げた。
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