第十五話 砦の少女

ならず者がいるという砦は、傭兵たちの言っていた通りかなりの大きさのものだった。

中に捕らえた村人たちを収容しているであろう事も考えても、それなりの規模を想定した方がよさそうだ、というのが全員の共通認識だ。

砦の形はブロック状。その上に同じ形の少し小さな建物が乗った二階建てで、外見はシンプルな作りだ。

唯一の出入り口と思われる門と正面扉には見張りの兵がそれぞれ二人ずつ。

繰り抜かれた窓枠には鉄格子が嵌っており、此方から中の様子をうかがうことは難しい。


「砦というよりも拠点だな、こりゃあ」

「確かに。土塁も堀もないからな……」

「砦を囲う壁の上にも見張りは居ないようですね」


勇魚いさなの言う通り、傭兵たちの言っていた砦は規模と言い防備と言い簡易拠点と言った方がいい。

ただ、問題はやはり構築にかかった時間だ。

例え堀や土塁がなく、見張りが少なくとも、何もなかった場所にこんな建造物を数日で作っているという事実が脅威なのだ。

「放っておけば、本格的な砦となってしまうかもしれんのう」という爺様の懸念ももっともな言葉だった。


村には念のために兵を数名残し、残りの4名と花咲の爺様は砦の外側。

彼らには逃げる者や陽動を行ってもらう形になる。

二階から俺が中に侵入して、勇魚達とハヌマンを誘導。村人たちの安全を確保した後に内と外から一気に殲滅する。

というのが理想だ。

しかし相手の規模が全く分からないので、今回は不確定要素が多い。

多分この通りにはいかないが、頑張ろう。


(しかし、この間の潜入の経験がさっそく活きるとは……)


先に行ってしまったという傭兵の少女や捕まった村人の安全を考えると、あまり時間をかけることは出来ない。

幸い周囲は木々に囲まれていて視界は悪く、侵入には事欠かない。

俺は魔法で作った水の階段を作り、門番を躱して勇魚達と共に砦の背面二階部分の外側に降り立った。

侵入準備が整ったところで出す合図は先日の河童たちによる誘拐騒ぎで、勇魚を案内させるために使った水で作ったの魚の応用。

花咲の爺様の元に一体あらかじめ魔法で作っておいた水の魚を解除し、破裂させるだけである。


(それじゃあ、爺様。陽動頼むよ)


そうして此方で魔法を解除した。今頃花咲の爺様の元にいる水魚は崩れ落ちているはずだ。

そして合図の成功は程なくして、砦の表の方で騒ぎが始まった事で確信になる。


「花咲の爺様、うまい事騒ぎを起こしてくれたみたいだな」

「きちっと見張りを射抜いたんだろうさ。殺さないように、見張りから見えない位置から」

「見張りを殺さないのですか?」


少し驚いた様子でハヌマンが確認してくるが、無理もない。

俺も最初、見張りを殺してしまえばいいのにと思った。

しかし今回の爺様の役割、目的は砦内部の目を外に向ける事。


そのためには外で異常が起きたことを分からせる必要があるが、火矢を使えば村人の身が危なくなる。

だからあえて見張りを殺さず、半端に残しておくことで誰かが砦を外から狙っていることを広めてもらうのだ。

物理的な火炎は使えずとも、警報装置さえ鳴らしてしまえば騒ぎにすることは出来るというわけだ。


勿論、騒ぎになったところでスムーズに村人たちの安全を確保する必要があるから、時間の勝負であることに変わりはない。


「今の内今の内」


水で台を作って鉄格子を覗き込むが、薄暗くて正直良くわからない。

とりあえず魔力で水刃輪を作り出し、金属カッターのように鉄格子を切断して外す。


「お、いきなり当たりか……」


切断した鉄格子を落として侵入した先は、牢屋だった。

中には十数名の子供たち。

大人が見当たらないあたり、子供達は付加価値があると見て分けられているようだ。


「兄ちゃん、だあれ?」


赤く泣きはらした目と怯えた表情で話しかけてきたのは、一人の少女。

年の頃は6歳か7歳くらいか。衰弱したり怪我をしているわけではなさそうだが、周囲の子供達も含めて一様に酷く疲れが見られた。

痛めつけられたとか無理やり何かをされたというよりは泣き疲れたといった所だろう。

鉄格子は升目状になっている為に、すり抜けることもできない。

ただ、幸い升目自体は大きく大人の腕でも通りそうだ。


「俺は蘇芳すおうの将……領主様の家来だ。仲間と君たちを助けに来た。よくがんばったな、えらいぞ。」


屈んで視線を合わせ、乱れた髪を直すように撫でてやって言葉をかけると、少し安心したらしい。

怯えた表情が和らいで僅かに少女の顔に笑顔が戻る。

周囲の子供達もそれに釣られて安堵の声を上げた。

しかしその表情も長く続かなかった。

硬質な靴音を響かせながら、何者かが近づいてきたからだ。


「あちゃぁ」


さっそく失敗してしまった。

会話の声を見張りが聞きつけてきたか、あるいは鉄格子を切断して落とした音を聞きつけたらしい。

ともかく少女を始めとした子供達を後ろに隠し、自分は足音が近づいてくる方向の壁際に身を寄せる。

やがて鉄格子の扉越しに見張りの姿を確認すると、素早く距離を詰めて格子の隙間から腕を伸ばして相手の腕を引きずり込んだ。


「うわ!なんだお前!!」


腕を捕まれ引きずり込まれる形になった見張りは、体を鉄格子に押し付けるような形になった。

そのまま魔法を使って見張りごと鉄格子を一緒に凍結させて固定すると、そのまま身動きが取れなくなる。

そのまま侵入時と同じ要領で少し離れた場所の鉄格子を水刃輪で切断して出口を作ると、なんとか脱出しようともがく見張りの唯一凍結していない鼻っ面に柄尻を叩き込んだ。

そして再度牢屋に戻り、今度は壁を切断して勇魚達を招き入れる。


「二人とも、もういいぞ」

「桃、お疲れ」

「ありがとうございます、桃様」

「前回の任務で浦島衆と一緒に潜入に当たったって聞いてたが、お前そっちもイケるんだな」

「いやいや、とてもじゃないが浦島衆はもっとすごかったよ」

「いいなぁ。俺も見てみたかったぜ……ん?」


心底残念そうにいう勇魚が、俺の後ろに隠れた子供達に目を向ける。

当に彼らの事には気が付いていた筈だが、安心させるためか、勇魚は大げさに笑いながら屈んで子供たちに話しかけた。


「おおっと、悪かった。気が付かなかった。俺は勇魚。桃の仲間だ。こっちのでかいのは……」

「ハヌマンです。桃様、彼らは?」

「捕まった村の子供達だろう。恐らくは親と分けて収容されてるんだと思う」

「そう、ですか」


一瞬、ハヌマンの表情に影が差した。

恐らくは家族の事を思い出したのだろう。

彼は勇魚と同じように子供たちに向き直ると、跪いてそのうちの一人の少年の頭を撫でる。


「私も君たちと同じように悪い男たちに捕まっていたのだ。桃殿も勇魚殿も、そんな私を助けてくれた御仁だ。安心しろ」

「ほかに捕まっている子供たちはいるかい?」


俺の問い掛けに、少女がこくりと頷く。

少女の話ではこの二階には子供たちが十名ずつ。おおよその年齢に分けて収容されているようだ。


「お父とお母は下にいるって、ここに来たやつが言ってた」

「よしよし、じゃあ父ちゃんと母ちゃんも他の奴も助けてくるからよ。お前らここで少し待ってろ。動くと危ないから。桃、俺は一階へ行く」

「わかった。ハヌマンも勇魚と一緒に行ってくれ。二階は俺が探す」

「わかりました。桃様、お気をつけて」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


子供たちを一先ず檻に待機させて勇魚達と別行動をとった俺は、そのまま二階の探索を続ける。

砦内は決して広くないはずだが、迷路のように入り組んでいて注意していないと同じ所をぐるぐると回ってしまいそうだ。


「魔法で探知みたいなの出来ないかな……」


ちらりとそんな考えが頭をよぎる。

とはいえ俺が得意なのは水魔法。探索に使うとして同引っ掻けるかが問題になる。

他属性なら空気の流れや地面から伝わる振動、熱探知での探査といったアイデアが浮かぶが、いまいち水にそういったイメージがない。


(例えば水に関わるもので俺が探知できるもの……水の魔力に湿度、水のある場所……水……水か)


生命が生きていくうえで欠かせない体の中にある水。血液。

水がある場所を魔力探知が可能なら、その応用で出来るかもしれない。


「水……水……血、血……血、ち、ちー……」


大切なのはイメージ、やりたいことに対する具体的な想像力。

大丈夫、何度もやってきたことだ。

そうして意識を集中させると次第に頭の中に浮かぶものがあった。

目の前には砦の冷たい石壁の廊下。

それを透過するように見えるのは、人の形の複数の染みだ。

その染みが呼吸するように僅かな伸縮を繰り返し、それぞれが意思を持っているかのように動きまわる。

足元には大きな塊が二つ。

階下の光景ならば恐らくは勇魚とハヌマンだ。


「こっちか……!」


視界に移り込んだ染みの塊を頼りに、入り組んだ道を進む。

途中で出会った見張りは出会い頭に倒して、やがてたどり着いた先にはもう一つの牢屋があった。

牢屋の前には見張りが一人。

此方にすぐに気が付いた様子の見張りだったが、もう遅い。

剣を抜こうとしたところを突進で牢に押し付け、そのまま柄にかけられた手を掴んで封じ込める。


「ふんっ!」

「うぐぅ!」


そのまま腹に膝で一撃。体を折り曲げて悶絶したところで念のために首にも後ろから柄で一撃入れて気絶させる。


「牢の鍵……あった。あとこれは……メモ?」


見張りは筆まめな性格だったらしい。メモには牢屋の配置や村人たちから押収した武器のありかが記されていて、此方としては非常にありがたい。

見張りの腰にぶら下がっていた牢の鍵を拝借して、牢を開けると中には聴いていた通り子供たちがいた。

先ほどの牢屋に閉じ込められていた子たちが幼稚園~小学校低学年くらいの年齢層なら、こちらは少し年上、小学校中学年くらいか。

お陰で少し前に侵入者が現れて二階の牢に入れられたらしいという話も聞くことが出来た。

多分それが件の女傭兵だろう。

見張りが残したメモに寄れば、この牢屋の近くにもう一つ牢屋があるようで、子供たちの話から総合すると恐らくはそこに捕らわれていることが推測できる。

あとは間に合うかどうかだ。

なにせ相手はならず者で、捕まったという傭兵は少女だ。

ただの怪我では済まされないかもしれない。

顔も知らない少女だとしても、その心に深い傷が付くような展開は見たくなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……さっきから騒がしいな……」


後ろ手に手枷で縛られた状態で、芋虫のように這いずって少女はなんとか壁際へ寄りかかった。

少女を捕らえたならず者の見張り二人は大人しくしておけと吐き捨てて彼女を牢へ放り込むと、そのままどこかへ去ってしまった。


なにか彼らにとっての面倒事が起きているらしいというのは分かったが、今の少女に状況を解析するだけの余裕はない。

村人たちを自分だけでも助けに行ってやると息巻いて挑んだはいいものの、結果はこの通りだ。


「複数人に寄ってたかってでなきゃ、勝てたのに……」


いまさらそんな事をいっても仕方ないが、思わず愚痴が出てしまう。

それなりに腕には覚えがあったし、現に最初は順調だった。

けれど多勢に無勢。一度流れが乱れれば崩壊は早く、武器も防具も奪われて牢屋行きだ。

その場で慰み者にされなかっただけマシだが、それも時間の問題だろう。


「あたしも年貢の納め時かなぁ」


女だからと性別を理由に使われるのが昔から気に食わなくて、ずっと反発するように刀を振るってきた。

強くなって、女なのだからああしろこうしろという両親や兄を見返したくて、家を出た。


「……父さん、母さん、兄さん。勝手に家出て結局こうなっちゃった、ごめんね……」


誰に聞かせるわけでも、誰に聞こえるわけでもないけれど、少女の口からは自然と謝罪の言葉が零れる。

今から自分の身に起こることは、命を奪われるにしろ尊厳を奪われるにしろ親不孝な自分が招いた結果だ。

心配してくれていたことだけは分かっているつもりだったけれど、結局自分は勝手をして親不孝な行動で更に親不孝な結果を招こうとしている。


(さっきからの騒がしさの原因を確認したいけど、こんな状態じゃ格子窓を覗くこともできないしなぁ)


格子窓は少女の身長よりも幾分か高い位置に空いていた。

幸いなことに足だけは縛られていなかったが、手枷で腕が使えない以上頭より上にある格子窓を覗くのは難しい。

騒ぎが起きているお陰でならず者たちは自分の事を後回しにしてくれたようだが、動けないではこの機会も意味がない。


「うぅ……」


背伸びをしても飛んでも、覗けないことに変わりはない。諦めるしかなくなった少女は、再び牢の扉に目を向ける。

連れてこれるまでに子供達が捕らえられた牢を通ったが、そことは違って狭い個室だ。

壁面と同じ素材で出来た扉は窓と違って顔の位置に鉄格子の窓が付いているが、そこから覗き込んでも行き止まりの廊下が見えるだけ。


「……なにが起きてるやら……」


せめて剣が欲しい。贅沢言わないから。

せめて腕に自由が欲しい。贅沢言わないから。


(とにかく、何かあたしにしに来る奴が居ようものなら股間を蹴り潰してやる……)


恨みがましく少女が扉の外を眺めて、どのくらいの時間が経っただろうか。ついにその時は訪れる。


「……あれ?」


自慢ではないが、少女はそこそこ耳は良いつもりだった。

乱れた複数の足跡がこちらへ向かってくるような気がしたので内心身構えたが、それが突然静かになってしまった。


「ふぎゃああぁ!!」

「え」

「あぶぶぶえぶばべっ!!」

「は?」


静寂を破って現れた……否、吹き飛ばされてきたのは先ほど自分を連行してきた二人の男。

一人は壁に叩きつけられ、もう一人は頭に強烈な水流を浴びせられて伸びてしまう。

少女は突然の事に呆気に取られてしまったが、後を追う様に角を曲がってきた人影にすぐに警戒心を持ち直した。


(……誰……?)


近づいてくる人影は、線の細い顔だが男だ。

艶のある濡れ烏の髪に、垂れ目気味の目尻と右目下の泣きボクロ。

一見すると優男だが、感じられる魔力の名残は敵意を向けられれば竦んでしまいそうな迫力がある。

戦いを経験した者にしかできない、そういう目だ。

男は余裕のある足取りで静かに此方迄歩いて来ると、一言「離れていてくれ」と告げた。


「あ、うん……」


言ってしまえば、少女にいう事を聞く謂れ等無い。

状況を考えれば警戒してもおかしくなかったが、不思議と少女にその考えは起こらなかった。

「離れていてくれ」の一言が、とても穏やかで悪意の類を感じられなかったこと。

その言葉一つに敵意や悪意の欠片も感じられなかったことで、男の言葉がするりと懐に入り込んできたのだ。

少女が言葉に従って扉から離れたのを確認して、男によって扉が破られる。

その手には水の魔力の塊が丸鋸のように回転していて、これで鍵を切断したのだと分かった。


「銀髪の女……先にならず者を倒しに行ったってのは、君だな。助けに来た。」


次々と移り変わる事態に目を丸くするばかりの少女は、その言葉に安心したか驚いたか、バランスを崩して尻もちを付いたまま頷いくことしかできなかった。

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