第十六話 分断の罠
扉を破ってみれば目の前にいたのは同じ年頃の少女。
青白い月のような色の髪をハーフアップにした少女の目は驚きと戸惑いに見開かれている。
髪の長さは肘くらいまであるだろうか。軽くカールした髪は見た目にも美しい。
特徴的なのは頭からアンテナのように飛び出た、いわゆるアホ毛だ。
猫のような印象を受ける顔は表情がくるくると変わって分かりやすく、黄金色の目の奥からは何処か固い意志を感じさせた。
服装は髪と同じ色の、鎧の下に着る様な
普段よく見る街の女性や
その服も転がされていたことで少し汚れてしまっているが、凰とはまた違った美少女だ。
「立てるか?」
「ん……、難しいかも」
尻もちを状態の彼女に手を差し伸べて、気まずそうな顔で返した彼女が手枷をはめられていることに初めて俺は気付く。
傭兵と言っていたから、余計な事をしないような措置だろう。
「ちょっと失礼」
後ろに回り込んで、手を取る。
一件華奢だが掌には剣ダコがいくつもできた跡がある。
後ろに回ったところで彼女の身体が強張ったのは、やはり警戒心があるからか。
木製の手枷を≪水刃輪≫で切断したところで、ようやく自由を取り戻した少女に改めて声をかける。
「俺は
「そっか、蘇芳領主様の……。ありがとうございました……」
「敬語はよしてくれ。多分同じくらいの年だろうし、俺はそんな偉い人間じゃないから。それで、君の名前は?」
「え……、それじゃあ。私は
敬語をよしてほしいと言うなり、彼女はすぐにやめてくれた。
同年代に敬語を使われるというのは正直くすぐったいのでありがたい。
武器の事を確認したら彼女は気まずげに目を逸らす。
「その様子だと連中に没収されたってところか」
「うん。ちょっとマズっちゃって」
「そうか……。取り戻してやりたいが、まずは村人たちの安全を確保したいから一旦砦の外に出たい。構わないか?」
「わかった。村人さん達の身の安全は確かに大事だもんね」
「話が早くて助かる。歩けるか?」
「それは大丈夫。正直何かされようものなら金的するつもりだったから!」
「あ、うん。それは何より……」
脚はどうやら問題ないらしい。
ぐっと拳を握って金的宣言した狛に若干恐ろしさを感じながら、俺は外へ出るよう促す。
勇魚いさな達もどうやら村の大人たちの救出に成功し、俺が助けた子供達も含め最初に開けた壁の穴から順番に外に逃がしているようだ。
大丈夫と言いつつも少しだけふらついた狛の手を取って、俺は
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
救出中の喧騒とはうって変わって、外は驚くほど静かになっていた。
俺が魔法で作った砦を囲む壁の外へ続く水の階段を、おっかなびっくりで降りていく村人たちを見守りながら門の様子に目を凝らす。
此方からでは死角になってよく確認ができないが、爺様達が上手くやってくれているのは確かなようで、村人の避難に邪魔が入る様子はない。
「村人たちと一緒に先に避難しても良かったんだぞ?」
「私は村人たちを助けに来たんだよ?先に避難なんてできないよ。それとも、女は邪魔?」
すこし非難めいた視線を向けて聞いてきた狛の言葉を、俺は即座に否定する。
「狛が今武器を持っていないからだ。性別なんて関係ないさ。それとも格闘術の経験もあったり?」
「う、格闘はあんまり……。でも剣はそれなりに使えるつもりだよ!?」
「知ってるよ。勇魚達が一階で何人も刀傷を負った見張りを見つけてるし、俺も何人かそういうのを見たから」
「私がやったかなんてわからないじゃない」
「俺達以外に乗り込んだって聞いてるのは狛だけだ。それに俺達の中に刀を使う奴は居ないからな」
「そうなんだ……。桃は?私を助けてくれた時、水の魔法使ってたよね」
「俺は剣と水魔法だな。魔法に関しては色々試してる最中さ」
「器用なんだね。あ、そうだじゃあ今度私の相手してよ!」
良い事思いついた!といったテンションで狛が俺を覗き込む。
その目にはありありと俺への興味が浮かんでいて、断ってもはいと言うまで聴かない雰囲気だ。
「一応聞くけど、なんの?」
「決まってるじゃない。修行の相手!」
「いいけど、すぐには無理だ。色々片付けなきゃいかんだろう」
「やった!」
そういって狛が無邪気に飛びついてくる。一度警戒を解くと無邪気に飛びついてくるあたり、やはり犬か猫のようだ。
(……それはそれとして、少しくっつきすぎだな……)
この世界に転生してこれまで会ってきた女性は、一歩引いた位置で見守るというか、控えめと言うか、こういう積極的な子は居なかった。
飛びつかれて邪な感情を抱くのはよくないと思いつつ、少しばかり照れてしまう。
「分かったから、少し離れろ。あまり同じ年頃の男に抱き着くもんじゃない」
「それは分かってるって!約束ね!」
抱き着いたまま言っても全く説得力がない。
「そんな無警戒で、よく傭兵やってこれたな……」
呆れたように言った俺に、狛は口を尖らせる。
「私だって誰彼構わずこんなことするわけじゃないよ。桃が初めて」
「なんだって俺にはそんななのよ……」
「うーん。なんとなく?」
そうあっけからんと言って狛はようやく俺の身体から離れた。
いちいちそんなことで動揺するほど初心ではないが、それなりに葛藤はあるので正直ありがたい。
内心で一息つけば、二階から壁の外の地面に伸びた水の階段の下で、勇魚が声を上げた。
村人の避難完了の合図だ。
「俺達も行こうか」
「うん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
勇魚達の元には村人たち数十名が身を寄せ、待機していた。
傍ではハヌマンが目を光らせている。
彼は俺と目が合うと一つ微笑んでから頭を下げて、再び村人たちに目を向ける。
その手には槍が握られていた。
保護したときは痩せてしまっていたが、今では体格も戻り、見た目にも頼れる男になっている。
その横からは同じように槍を手にした勇魚が、水の階段を降り切った俺達の近くまで歩いてきた。
「勇魚、お疲れ」
「おう。お前もな。そっちが例の?」
勇魚が視線で指示したのは、俺の手をとったままの狛だ。
水で出来た階段を見るのは当然ながら初めてだったようで、恐る恐る、かつ興味津々に足先でつついたりしながらも此方の手を離さなかった。
「ああ、狛だ」
「よろしくお願いします。えと、勇魚様……でいいのかな?桃から聴いてるけど、蘇芳領主様のご子息様なんだよね?」
「ご子息様って柄じゃあねーよ。まあ好きに呼んでくれりゃいい。元気そうで何よりだが、大丈夫だったか?」
「うん、手を出される前に桃が助けてくれたから」
「そりゃあ何よりだ。お前が先に殴りこんでくれたおかげで、随分こっちは楽できたよ。村人に変わって礼を言う」
「確かに随分と楽は出来たな。花咲の爺様の陽動も大きいだろうけど」
分かってはいたが、花咲の爺様の陽動は見事なものだった。
爺様の連れていた兵は爺様の指導を受けた兵とはいえ、ごく少数。
その少数の兵で、砦の見張りの目を十二分に引き付けた。
挑発や攻撃、逃走。あらゆる手段を用いて相手の注意を引きながら、徐々に敵の数を削っていったのだ。
結果として、砦の内外で襲撃を起こされたならず者たちは大したこともできずにほぼ壊滅した。
彼らも元兵士だったのかある程度の練度があったが、内外で騒ぎを起こされて浮足立った状態ではそれも発揮できずに終わった。
「もうすぐ爺様達も合流するだろうから村人たちは爺様に任せるとして、頭を捕まえてないんだよなぁ」
保護した村人達は大人子供含めて40名余。学校のクラス一つ分くらいの人数はいるだろうか。
全員命を奪われることもなく保護できたのは幸いだったが、気になるのは砦の中に首領に当たる人物が見当たらず、見張りしかいなかったことだ。
「確かに。相手した中にはいなかったな」
「あ、それなら私見たかも」
ならず者の首領を捕まえていない。そのことだけが気がかりで思い悩んだところで、狛が思い出したように言う。
「私が正面から乗り込んだ時、最初のフロアの奥で一人だけ偉そうに座ってるやつがいた!」
((正面から乗り込んだのかこいつ……))
今、心の声が勇魚と重なった気がした。
それはそれとして、狛の言葉からやはり首領は砦の中にいることが推測できる。
狛が突撃してから俺達が潜入するのにそこまで時間差は無かったようだし、その僅かな時間で首領だけ砦を抜け出すのは少し考えづらい。
「見た目はどんな感じだったか覚えてるか?」
「うーーーーん」
俺の問いに、狛は両手の指で頭をぐりぐりして唸る。
そうして暫くぐりぐりした後、少し髪が乱れた頭の狛が口を開く。
「なんか、顔色悪い感じ?というか、なんかこう岩から繰り抜いたみたいな……」
「筋骨隆々だったってことか?」
勇魚が聞いたのは多分、以前凰が話していた本の内容を覚えていたからだろう。
筋骨隆々の人間を、その本は岩から削り出したようだと例えていたという。俺も読んだので覚えている。
「ムキムキっていう感じじゃないかなぁ。本当に、質感が岩っぽい?というか、血が通ってなさそうな感じ?」
「なるほど、わからん」
勇魚の意見ももっともである。が、俺としては一つ思い当たる節があった。
人とも、人に姿を変化させた魔物とも違う見た目をした存在。
例えばあの河童の兄弟や、自治区から一緒の覚のような。
「……妖怪、かもな」
「妖怪……、凰や桃を狙った連中かもしれないってことか……」
俺の言葉に、勇魚の目に一層闘志が宿る。
凰を攫った相手と違うとはいえ、同じような存在となれば無理もない。
あの誘拐騒動の後、勇魚は「俺も一緒に助けに行かなきゃならなかったのに」と大層悔しそうにしていた。
勇魚としては、真っ先に凰の為に危険に飛び込むべきは兄である自分だという認識があるようだ。
「妖怪か、私は会ったことないけど……、桃は会ったことあるってことだよね」
「ああ。あれは……」
俺が河童たちの事を掻い摘んで離そうとしたその時だった。
『正解だ』
「!!!」
その声は出所を探し始めた俺達をあざ笑う様に、含み笑いをしながら語り掛ける。
「どこからだ!?」
声の出所は相変わらず分からない。
警戒の為傍に居た狛と周囲を探るが、目の前には同じように周囲を探る勇魚とハヌマン、怯え戸惑う村人がいるばかりだ。
『おおっと、残念ながらそっちに私はいない。不正解だ』
この声は少なくとも目の前ではない。何方かと言えば頭の上だ。
かといって上空には何も居ない。
まさか、と一つの考えに至った時、必死の形相で何事か叫びながら駆け寄ってくるハヌマンが見えた。
「桃様!後ろです!!」
「壁!?」
俺の背後にそびえたつのは、砦を囲んでいた壁。
それがまるで意思を持っているかのように、傍まで迫っていた。
壁が動くなど意識の外だったために、俺も狛も反応が遅れてしまった。
『正解』
正確には背面頭上。
狛と振り返って見上げれば、そこには壁に目と口が生えていた。
そしてそれを認識して離れようとした瞬間、逃すまいと俺と狛の周囲を新しい壁が次々と取り囲む。
「桃!!」
「勇魚!来るな!!」
此方になんとか飛び込もうとした勇魚が、壁の出現に巻き込まれそうになる。
不規則に組み変わっていく周囲の流れに巻き込まれれば無事では済まないかもしれない。
それを見て即座に魔法で水流を出し、押し戻した。
「何これ!?どうなってるの!?」
「わからん!だが絶対に離れるな!」
逸れてなるものかと狛の背中に腕を回し、周囲の変化が止むのをひたすら待つ。
轟音と土埃が舞う中でようやく表れたのは、周囲を石造りの壁で覆われた一本の廊下だった。
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