第六話 後編 決裂

 キスケが言い終えるのと俺が飛び出すのはほぼ同時だった。

 カワベエがそれに合わせてナイフを投擲する。

 

 横穴を飛び出した俺はそれに合わせて天井ぎりぎりの高さまで跳躍すると、体を捻って武装する集団の一人、細身のスキンヘッドの男に跳び蹴りを見舞った。

 頭を綺麗に捉えた跳び蹴りにたまらずスキンヘッドの男が転がっていく。

 その様子を傍目に転がって受け身を取ると、突撃してきた小柄なナイフ使いの男に足払いをかけた。

 その隙を捉えるように頭上から剣が振り下ろされたが、これもバク転で躱して距離を取る。


 次に突撃してきたのは槍を持った二人。

 突き込まれた槍を躱し、思い切り近づいて叩き込まれた槍の衝撃を殺して受け切った。

 そのまま腕を取ってもう一度突き込まれる槍に対して盾代わりにさせてもらう。


「なっ」


 仲間を突いてしまった男は予想外だったのだろう、たじろいだ様子を見せた。

 その隙に顔面を殴りつけて背負い投げの要領で投げ、そのまま担ぎ上げて足払いをかけて尻もちをついていたナイフの男に向けて投げ飛ばした。


「ふぎゃ」


 小柄な男が投げ飛ばした男に潰されて声をあげる。

 絡みついたようにもつれ込んだ二人はそのまま岩の上に転がって動かなくなった。


「調子に乗るんじゃねえ!!」


 直後に後ろから振り下ろされたのは手斧。

 これを少し横にそれて躱すと後ろを向いた状態で腕を取り、後ろに中段蹴りを見舞う。

 さらに蹴りの衝撃で手から離れかけた斧を奪い取り横なぎに振るわれた剣を受け止める。


(……今のは危なかったな……)


 少しひやりとしながら剣を弾いて、水魔法で作った勢いよく水流を足元にぶつける。

 足を取られた剣士がそのまま滑って転んだところで今度は剣を奪い取った。

 さらに周囲が開けたところで弓が射かけられるが、剣でそれを打ち払うと手斧を射手に投擲して討ち取った。

 射手はもう一人、弓をつがえる前に近づいて制圧したいが、足元に違和感を感じて飛び退く。


「あの河童兄弟か……!」


 河童の兄弟の行方を確認すればキスケと名乗った兄の方は動かず此方の様子を窺ったままだ。

 恐らくはちょっかいをかけてきたのは弟のほう。

 一か所に留まるのはあの沼につかまってしまうだろうから避ける必要がある。


(姫様もあそこか)


 手斧を受けて倒れた弓兵の背後に鮮やかな紫陽花青の着物の裾が見えた。

 破れた着物の裾から縛られた足も見える。

 この中で放置していてはまた人質にされる危険があるから、なるべく早く助ける必要がある。

 

 河童の術に足を取られないよう、足元に気を配りながらさらに襲撃してくる兵の攻撃を凌ぐ。

 剣を振りかぶってきた男の剣を奪った剣で受け止め、腹に蹴りを入れて柄で首を打ち据える。

 両刃の斧を振るってきた男に対しては斧を剣でいなして、顔面に水魔法を打ち込み、怯ませて股間を蹴り潰した。

 ナイフを持って襲い掛かってきた男には水弾をぶつけて対抗し、槍の突きは躱したところを掴みとって脇腹を二度蹴り込み投げ飛ばした。

 そして最後、残った弓兵が射かけた矢を剣で弾き接近、弓を叩き切って柄で顎をかち上げた。


「姫様、遅くなりました。奴らが横穴から離れたら脱出を。道中の敵は気絶させてます」

「桃……!」


 倒れた弓兵が持っていた短刀を奪って素早く縄を切り、凰姫様を解放する。

 顔色は悪いが怪我はしていないようで、すこし安心した。


 唯一の脱出口である横穴の入り口にはキスケが陣取っている。

 直ぐに脱出させるのは不可能。

 手足の自由を取り戻した姫様を助け起こすが、まだ河童の兄弟が残っている。

 赤河童のキスケは以前入り口を固めているが、弟の方は姿が見えない。

 恐らくは襲撃時と同じように地面に潜っているのだろう。

 

 案の定足元がぐずぐずと変化し始めたのを感じて、俺は彼女を抱えてその場から飛びのいた。

 沼と化した岩場から緑色の腕が飛び出て、空を切る。


「姫様はどこかの岩場の影に隠れていてください」

「……分かった。気を付けてね」


 姫様が近くの岩場の影へ隠れに走るのを背に、飛び出た腕を切りつけにかかる。

 それを察知して即座に沼へ引っ込んだ腕は再度俺を捕まえようと足元を変化させるが、それも移動することで避けた。


「チィ、ちょこまかと……」


 痺れを切らして出てきたのはカワベエ呼ばれていた弟の河童。

 やはりあの奇妙な力で地面に潜っていたようだ。


「それはお互い様だ。ちょっかいばかりかけやがって。その奇妙な技、魔法か?」

「こいつは魔法なんかじゃあねえよ。あれは俺達の魔物としての固有能力だ」


 その言葉に眉を顰める。この言い方はまるで自分たちが魔物であるかのような言い方だ。


「魔物としての……?お前たちは魔物なのか」

「そうじゃあねえ」


 疑問を口にした俺に割って入ったのは兄河童のキスケの方だった。

 俺が凰姫様を逃がした時も横穴に陣取っていた彼は、カワベエとやり合っている最中にこちらへ近づいてくるのが見えていた。


「兄貴、横穴見張ってたんじゃあ」

「本命はあんただ。正直想像以上の力だ。まさか兵たち全員やられるとはな思ってなかった。カワベエだけじゃ荷が勝ちすぎてる」

「それはどうも」

「話を戻そうか。俺たちは魔物じゃあ無ぇ。祭魔やその眷属達が零落した一族…妖怪の河童ってやつだ」

「妖怪……」

「種族の呼び名は昔次元穴を通して異世界から来たっていう奴が付けたらしいがな、まあ要するに魔物から外れちまった半端ものさ」

 

 キスケはそう言って自嘲するように肩を竦める。

 しかし言葉とは裏腹にそこに一切の負い目は無い。

 むしろこちらを軽く見ているような調子だ。


「俺たちはもともと沼地を守護する魔物として信仰されていたんだがね、それが堕ちてこの様だ。だが力は当時のまま。お前たちの言う魔法なんて目じゃない。魔物としての能力がある。」

「それがあの地面に潜る力ってことか」

「そういう事だ。俺たちは何処にでも水脈を作って何処にでも潜ることが出来る。どこにいようが俺たちはお前を引きずり込めるってことだ」

「成程、確かに厄介だが……」


 不意打ち……になるのかもしれないけれど、構わない。

 俺はまだ弱い。勝つための手段は問えない。

 ましてや二体一で相手は特殊な能力持ちだ。

 言い終わる前に、俺は剣を構えて即座にカワベエに切りかかった。

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