第十八話 迷宮壁地獄

「やあ、いらっしゃい。一本道にしておいた筈だが……随分と遅いご登場だね」


 突然壁に囲まれ、放り出された先の廊下を進んで扉を開けた先にはドーム状の空間。

 そこに佇んでいるのは一人の男。

 見たところ歳は三十代。恵まれた体格とタイルのような升目状の特徴的な剃りこみの入った頭。しかし露出した野太い腕や首は何処か岩石のような質感をしているように見える。

 

 座った状態で感じる違和感は、その異様な質感の所為だろうか。

 体温をあまり感じない、岩から削り出した彫刻のようだ。

 狛の話していた首領と思しき男はこの男の事だろう。

 案の定、横に並んだ狛がこちらに「桃!この人だよ!この人が見たボスっぽい奴!!」と耳打ちしてくる。


「ご挨拶どうも。お邪魔しますよ。この砦はあんたが作ったってことで良いのか?」

「正解だ。俺はガンリョウ。そういう君は蘇芳すおうの桃君、だな。そこのお嬢さんに用事は無いんだがまあ付いてきてしまったものは仕方がない」

「(また俺が狙いか……)以前にもそう言って俺の仲間にちょっかいかけた連中がいた。あんたはそいつらの仲間か」

「それは言えないね。君が付いてきてくれれば自ずと分かる」


 訊いても教えてはくれそうにない。当たり前だが。

 俺を狙っておきながら村を襲った理由も気になるが、これ以上の問答に意味はないだろう。

 静かに鞘から剣を抜いた俺を見て、ならず者の主、ガンリョウはにやりと笑みを浮かべた。


「ああ、なんとも。分かっていたが残念だ。交渉決裂という奴だな」


 肩を竦めてゆらりと立ち上がったガンリョウが、スッと目を細める。


「うわ……」


 思わず言葉が漏れてしまったのは、仕方がないと思いたい。

 座った状態で感じていた違和感は、見た目から感じる質感の異様さの所為だけではなかった。

 下半身と比べて異様に大きな上半身と、様変わりしていく外観の所為だ。


 そして今、立ち上がったガンリョウの腕がその上半身に合わせるように巨大になっていく。

 あれだけの重量の上半身を支える下半身は地面に固定されたのか、腰から下が埋まったように沈み込んでいった。

 

 今目の前で起こっているのは、ただの人間に成せる技ではない。

 今やガンリョウの大きさは、下半身の大部分が埋まっているにもかかわらず俺達を軽く見下ろす程になっている。

 

「一つ自己紹介をするにあたって伝えるのを忘れていた。私はかつて異世界人に妖怪と言われた存在。私のような者を人々は塗壁ぬりかべと呼ぶ」

「これが妖怪……」


 狛の反応も無理はない。

 自分も初めて河童に出会った時は唖然としたものだ。


「私は名前の通り壁の化け物でね。壁を作るのが得意なんだ。以後、お見知りおきを」


 直後、丸太のように太い腕が俺と狛を引きはがすように襲い掛かった。

 肌に感じた圧力は並ではない。お互いに示し合わせる間もなく、俺と狛は左右に分かれる形で地面に叩きつけられた腕を躱す。


「うんうん、いい反応だ!楽しめそうで私は嬉しい」


 笑みを崩さぬまま、床の石畳を突き破った拳を抜きながらガンリョウは立ち上がる。

 その腕はやはり石のように硬質のようで、元々の腕の太さから来るパワーもあって相当な威力だ。

 まともに喰らうのはまずいというのが今ので嫌でもわかる。

 そして俺が斬りかかるよりも早く、ガンリョウの向こう側から狛が素早く肉薄し斬りかかる。


(狛、素早しっこいな!)


 我流だと聞かされていたが、その動きはなかなか様になっていた。

 獣のように低い姿勢からの独特の構えと、素早い反応。

 ちらりと見える手足は細いながらも鍛えられていて、美しい。


「たぁああ!」


 狛の攻撃は止まない。

 石のような質感の腕に直接刃を弾かれた事にも怯まず、返す刀で襲い掛かる腕をいなし、弾いて斬りかかる。

 相手が重装備の人間や今回のような特殊な肌を持った相手でなければ既に相手を切り伏せていたに違いない。


(俺も負けてられんな)


 狛の連撃を無駄にしないよう、俺も懐に走り込んで刃を振り上げる。

 狙うは関節部分。大振りになって隙が出来た脇の下だ。

 しかし狙い通りに斬りかかっても目論見通りにはならなかった。

 ガキン!と鈍い音を立てて、剣が弾かれる。


「硬っ……!」


 驚きはしても想定内、動揺はしない。

 崩れかけた体制を立て直し、次は顔を狙って剣を突き出す。


「むん!」


 今度は腕で防がれた。顔は硬質化していないのか、可能性はあるが反射的な行動の可能性もある。


「少し鬱陶しいな」


 まるで虫を掃う様に、野太い腕が振り回される。

 不規則に振り回される岩石の鞭を掻い潜り、俺は素早く距離を取った。

 狛の方も流石に攻撃をやめて躱すことに集中したようだ。

 屈み、跳び、時にあえて近づいて、狛は当たれば大ダメージを受けるであろうその剛腕の鞭を悉く躱していた。

 驚異的な体の柔らかさとバランス感覚に感心しながら、俺は魔法で鉄砲雨を撃ち出してその回避を支援した。


「ありがと、助かったよ。硬くて嫌んなっちゃう」

「ああ。だが全く通らないというわけではなさそうだ」


 同じく距離を取って俺の隣へ戻った狛が愚痴る。


 だがよくよく観察すれば、攻撃を行った箇所には罅割れがある。

 特に関節部分は罅割れも大きく、相手が決して無敵ではないことを物語っていた。

 狛もそれには気が付いているようで、その表情に攻撃がなかなか通らないことに対する焦りは無い。


「だね。桃、私を助けてくれた時の魔法は?」

「試してみるか」

「私はどう動けばいい?」

「あれだけ動けるんだ。好きに動いてくれて良いよ。俺の背中は任せる」


 その言葉に、狛が少し驚いたように目を見開く。

 図々しかっただろうか、と少し焦ったが、彼女は直ぐに嬉しそうに「任せてよ」と笑みを浮かべた。


「桃も、私の背中お願いね」


 そう言った彼女の裾や袖は、激しい動きをした為か、あるいはぎりぎりの回避だった故か、所々避けて素肌が見えていた。

 その手足はさすがに俺よりも細いものの、よく鍛えられたしなやかな筋肉に覆われていて美しい。

 まるで体操の選手か、あるいはネコ科の獣のようだ。


「任せておけ」


 その言葉を合図に、狛は月白の髪を靡かせて突撃する。

 ガンリョウの方から積極的に攻めてはこない。


 どちらかといえば相手はあの硬い体を活かして攻撃を受け止め、近づいてきた相手に大きな一撃を与えるような戦い方だ。

 かといって、相手から攻撃しないわけではない。

 走り寄ってきた狛に対し、再び剛腕が襲い掛かる。

 彼女は地面を蹴って飛びあがると、更にその腕を踏み台にして首めがけて斬りかかった。


「いきなり首とは……」


 殺意の籠った狙いに流石にガンリョウも驚いたようだ。

 しかしやはり首も腕と同じく石のように固くなっているようで、有効打にはならない。


「君は少し邪魔だ」


 刀を弾かれ、離脱しようとした狛をガンリョウの腕が捕まえようと襲い掛かる。

 俺はその隙をカバーできるように間髪入れずに攻め込み、関節を狙って数度にわたって切りつけ注意を逸らす。


「まだまだぁ!!」


 俺の攻撃をものともせず迫る掌を躱し、踏み台にして駆け上がる。

 狙うは先ほど狛が攻撃した場所。

 水のエネルギーを集め、圧力をかけ、回転させる。

 今回はそれだけではない。

 剣にも同様に、圧力をかけた水の刃をチェーンソーのように纏わせる。

 右手には水刃輪を纏った剣、左手には水刃輪。


「むうっ!!」


 狛がさらに肉薄し、腕に入ったひびを捕らえる。

 的確に狙い済まされた斬撃は陶器のツボを割る様に、ひびからガンリョウの腕に食い込んだ。


「チィ!!」


 ここにきてガンリョウはようやく焦りを見せた。だがもう遅い。

 狛の刀と同じように、ガンリョウの首のヒビには既に俺の剣が食い込み、鋸が木材を切断するように切り進んでいる。

 左側も同様だ。


「ぬおおお!!」


 苦し紛れに迫る腕を狛が牽制し、逸らす。

 ガンリョウの石の首は両側から、切断されていく。

 既にどちらかに集中するだけの余裕はない。

 その瞬間は直ぐに訪れた。

 ゴトン。と重い音を立て、俺の着地と同時にガンリョウの首が落ちた。


「やった!!」


 狛が小さく声を上げて、駆け寄ってくる。

 しかし首を落とした俺だからこそ、気付いた事があった。


「まだだ!」


 直後、狛の腕を掴んで逃れた俺に彼女は驚きの声を上げた。


「え!?」


 崩れていくガンリョウの上半身から見えるのは、先ほどとは違ってごく標準的な人間の人影。

 大柄ではあるが、上半身が異様に大きいわけでも、腕が長いわけでもない。

 零れ落ちた身体の破片が土を舞い上げ、辺りを土煙が覆っていく。


「どういうこと!?」

「俺が首を切断した断面は、中に何が入ってるでもなく丸っと石の断面だった、恐らくは本体にダメージは入ってない」

「中身は無かったって事?」

「いや、中に本体は居たんだ。あんまりにも違和感なく動くんで、巨大化したうえで肌が直接硬化したものだと考えていたが……。あの石の身体は肌を硬質化していたんじゃなく、石の分厚い外殻を纏っていたんだ。蓑虫みたいに。俺が切断した首はあくまで殻の部分だったんだよ」

「んと、あいつがおにぎりの具だとしたら、私たちは一生懸命お米の部分だけ攻撃してたって事?」

「逆にわかりづらい例え……。まあ、そんな感じでいいよ」


 そんな会話の間に、舞い上がった土煙が晴れていく。

 最初に目に入るのは、特徴的な升目の剃り込みの入った頭。


「いやはや、恐れ入った。ここまでやるとは思わなかった。やはり私自身が移動できないのは駄目だな」


 想像通り、土煙の中から現れたのはガンリョウだった。

 先ほど受けた印象の通り体格はこれまでとは打って変わって大柄な人間の範疇。

 目を引くのは晒した素肌に浮き上がった規則性のある模様。

 否、あれは模様というよりも塗壁の呼び名に相応しい石垣や石塀のような体なのだ。恐らくハッタリではない。


「狛、気を付けろ。さっき以上に相手は強いぞ」

「その通り。今の私は自由な下半身を得た。硬さも持久力も、先ほどとはまた一味違う。さあ、第二幕といこうか」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一方で桃と狛が塗壁と戦闘を開始する少し前、勇魚いさなとハヌマンはというと、侵入した先々に出現する行き止まりに足止めを食らっていた。


「くそっ、右に行っても左に行っても戻っても行き止まり……、どうなってやがるこの砦……」

「私たちが先ほど侵入したときには、こんなではなかった筈ですよね……」


 焦りと疲労を顔に滲ませながら、勇魚とハヌマンの口から愚痴が零れる。

 侵入したはいいが、砦の内部は先ほどと様変わりしていた。

 まるで此方の突入を拒むように入り組んだ空間となった砦内部は、どうやら巨大な空間の中を壁で仕切った迷路になっているようだった。

 それに気づいて目印を付けながら進んだはいいが、なかなか奥へ進ませてくれない。


「やっぱり、壁を破って進むか……?」

「しかしいくつ壁を破ればいいか分からない以上、私たちの拳の方が限界を迎える可能性もあります」


 壁を拳で破るのは容易い、とまではいかないが不可能ではない。

 此処に侵入したときと同じ要領で何度か思い切り殴れば破れるが、それを何十、何百ともなれば別だ。

 助けに行く前にこちらの手がイカれてしまうなど、笑い話にもならない。


「だよな……、せめて鈍器になるものがありゃいいんだが……」

「先ほどから印を付けながら歩いていますが、壁が突然出現したりするので思う様に動けないですね……」

「そうやって俺達を辿りつかせないよう誘導してるんだろうさ」

「誘導?そんなことが可能なんですか?」

「少し前に凰と桃が河童に襲われた事件があってな。その時の河童も妙な能力を持っていたらしい。桃の言ってた通り今回の件も妖怪が関係してるなら、そういう力があってもおかしくねぇ」

「成程、しかしそうなると」

「ああ、尚の事桃達の所に急がねえと……、となるとやっぱある程度は壁壊しながら行くしかねえ……」


 ある程度破壊する基準を決めて進むしかない。

 勇魚とハヌマンが共通の認識をもって再度動き出す。


「勇魚様、壁を壊す基準はどうされるのですか?」

「壁を作って妨害するってことはだ、逆に言えばそっちには行ってほしくないって事じゃないかと俺は思うんだ」

「成程、つまり壁が生えてきたところを破れば……!」

「そうと決まれば行くぞハヌマン!」

「はい!」


 方針が決まれば勇魚の行動は早い。

 

 勇魚自身はどちらかと言えば考える事に対して苦手意識があるが、勘の良さと判断力、決断力は恵比寿からも褒められる事が多い。

 そしてハヌマンも、今のところは知識と思考力が追いついていない。

 国にいたころは労働と近所の子供たちの世話、奴隷時代も当然勉強などできるはずもなく、書物や座学に触れたのは蘇芳に来てからだった。


(私が今一番貢献できることは、動く事!)


 だからこその自覚。

 今の自分が最も貢献できるのは、丈夫に産まれた身体を使う事だった。


(ああ、頑丈な体に生まれることが出来てよかった……)


 弟を奴隷商の暴力から庇う時、この体が頑丈な事を感謝した。

 そして今も、人として生きる道へ戻るきっかけをくれた桃を助けるために、その桃にとっての大切な誰かを手助けするために、自分はこの丈夫な体を使っている。

 

 これまで自分が生きる意味は弟を守ることだけだったけれど、今回桃に付いてきてハヌマンは自分の中で守りたいものの存在が増えていることを自覚した。

 片目の光は失ってしまったけれど、それ以上に大切なものが増えたのだ。


「勇魚様、壁を破るのは私にお任せを」

「ハヌマンお前……、これまでも結構やってただろ、大丈夫なのか」

「ええ。私、頑丈なのが取柄なので」


 勇魚よりも前に出て、ハヌマンは拳を振るい道を拓いていく。

 ただ一心不乱に、桃の元へ行くために。


「俺も負けてらんねえ」


 勇魚もハヌマンに刺激され、更に前に出た。

 互いが互いを刺激し、競い合う様に二人は壁を破っていく。

 いつの間にかその顔からは、焦りも疲労も消え失せていた。

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