第12話 二度と舐めた口利くんじゃねぇぞ

 目が覚めると、あのクソ駄馬に貫かれた傷は完治していた。

 あの野郎、絶対に許さねぇ……!


「それにしてもここはどこだ?」


 周囲を見渡すと、真っ白で先の見えない空間が広がっていた。どうやら俺はレイナの持つ石版に封じ込められてしまったようだ。

 それにしても封じられたモンスターはこんな空間にいたのか。


「よぉ、新入り!」


 突然背後から声を掛けられた。振り返ってみると、そこには褐色肌の棍棒を持った小鬼。ゴブソイルがいた。


「身体張ってお前を助けてくれたお嬢に感謝するんだな!」


 ゴブソイルは多くの新米ミシカライザーが使役しているモンスターだ。周りを見るに、レイナの使役しているモンスターはこいつだけらしい。


「オイラはマチョルだ。先輩として敬えよ」


 マチョルと名乗ったゴブソイルは、偉そうに胸を張った。


「……よろしく、マチョル」


 よろしくする気もないが無視しても面倒だし、適当に返事をしておこう。


「おいおい、態度がなってねぇな。さんを付けろ」


 しかし、マチョルは俺の態度に不満があったのか、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「使役されるモンスターに上も下もないだろ」

「あぁん? お前には口の利き方ってのを体で教える必要があるみてぇだな!」


 マチョルは三下の子悪党のような台詞を吐くと棍棒を掲げて殴りかかってくる。


「いくぞゴラァ!」


 なんて喧嘩早い奴なんだ。どうする、カスレアの性能は把握しているが、いきなり戦いなんてできるわけがない。こちとらつい先日まで指示を出す側の人間だったんだぞ。

 こうなればヤケだ。やってやろうじゃないか。


「上等だァ!」


 こうして俺のモンスターとしての初の戦いが幕を開けるのであった。


「二度と舐めた口利くんじゃねぇぞ」

「ずびばぜんでじた……」


 そして、数分後。


 マチョルはボコボコに腫れ上がった顔で土下座をしていた。

 俺はマチョルの上に腰掛けると、奪った棍棒を回して手の感覚を確かめる。

 意外と猫の手でも持てるもんだな。特殊な肉球が良い感じに握力を補強してくれて、なんなら人間のときより物が持ちやすいかもしれない。


「ゴブソイル。新米のミシカライザーには使役しやすいモンスターとして人気だが、その実態は実力を身に着けるまでの繋ぎだ。特殊能力も持たない〝バニラ〟じゃこんなもんだろ」

「あのぉ……バニラって何スか?」


 俺の言葉に疑問を持ったのか、マチョルは土下座の体勢のまま尋ねてきた。


「身体能力が高い割に、特殊能力を持たないモンスターの総称だ。シンプルな割においしいバニラアイスから名付けられた俗語だよ」

「へへっ、それほどでもないッス」

「褒めてねぇよ」


 一般的にバニラとは蔑称に当たる。高火力でごり押すのが基本の新米ミシカライザー同士の戦いじゃ重宝されるが、中堅以上になってくるとそんな戦い方は通じない。

 それ故、ゴブソイルのようなバニラ達は実力が付いてくるとスタメンから外されることを運命づけられた悲しきモンスターなのである。

 育成済みのバニラを新米ミシカライザーに高い値段で売りつける商売が社会問題になったこともあるくらいだ。俺がいた華やかな世界とは違い、底辺ミシカライザー共の界隈は闇が深い。


「しっかし、この身体でも意外と動けるもんだな。案外モンスターの才能もあったのかもな」


 元が人間だっただけにうまく動かせるかわからなかったが、不思議なことにこのカスレアの身体は俺によく馴染んでいた。

 おかげで二足歩行で歩けるし、棍棒を奪って殴りつけることだってできた。


「そういや、カスレアなのに何でそんなに強いんスか?」


 世間的にカスレアは、倒して養分にするくらいしか使い道のない雑魚モンスターという認識だ。マチョルの疑問も当然だろう。

「カスレアはただの養分として見られがちだが、新米ミシカライザーが使役するモンスターの中じゃ、保有する魔力が段違いなんだよ」


 それに加えて豊富なバフとデバフを扱える。魔法で身体能力を上げ、相手の身体能力は下げる。有効に使えば十分戦えるのだ。

 その上、カスレアの特殊能力は〝光速詠唱〟だ。光属性の魔法は全て瞬時に繰り出せる。これによって使おうと思った瞬間には、もう魔法が発動できているのだ。


「じゃあ、雑魚扱いされてるのおかしいッスよ! こんなん詐欺ッス!」

「お前、詐欺って言葉知ってるんだな……」


 意外と知能があるマチョルに驚きつつも、俺は答えを口にする。


「簡単なことだ。相手を弱くしたり自分を強くしたりするより、最初から強い奴で殴った方が早いだろ」

「あっ」


 マチョルも俺の言葉で気づいたようだ。


「バフやデバフって概念は新米ミシカライザーの間じゃまともに浸透してないし、使いこなせる奴もいない。そんなん使ってる暇があったら一手でも多く相手を攻撃した方が効率がいい」

「真理ッスね」


 結局、新米ミシカライザーは何も考えずに高火力で殴るのが正解なのだ。

 戦術などの概念は、それが通じなくなってくる中堅以上の戦いから発生するものなのだ。


「ん? 待ってくださいッス。それなら中堅以上の戦いならカスレアは輝けるんじゃないッスか?」

「良い質問だな。これも答えは簡単だ。中堅以上の戦いに使うにはカスレアはステータスが低すぎる。それだけだ」

「世知辛いッスね……」


 新米ミシカライザーが使うには難しく、中堅以上のミシカライザーが使うには弱すぎる。

 そんな中途半端な性能をしている癖に、あまり生息していないというレア度。

 こんなしょうもないモンスターでも、倒せば他の雑魚を狩ったときの数百倍は魔力を吸収できるため、見かけたらとにかく狩るのが吉だ。


 まあ、そのせいで酷い目にあったのだが。


「ふと、思ったんスけど、どうしてあんたはそんなに石版大戦について詳しいんスか」


 さすがに一モンスターがここまで石版大戦の知識を持っているのは疑問があったのか、マチョルはシンプルな疑問を口にした。


「俺は元人間だ」

「あー、なるほど。元人間――えぇぇっ!?」


 絵に描いたようなオーバーリアクションで、土下座の体勢のままマチョルは大声を上げた。よくその体勢のまま叫べるな……。


「モンスターがどの程度知ってるか知らんが、俺は世間じゃ神剋の称号を持つミシカライザー、ケイム・ブライヤだ」

「神剋のミシカライザーって、お嬢が憧れてるあの!?」

「その、神剋のミシカライザーだ」

「うおおおおおお! すごいッス! だって最強のミシカライザーじゃないッスか!」


 人間の頃、段々と価値を感じなくなってきていた称号だったが、こうしてオーバーリアクションで賞賛されてみると悪い気はしない。


「そんな大したもんじゃねぇよ」

「大したことあるッス!」


 なんだこいつ、単純バカだが良い奴じゃないか。


「これからアニキと呼ばせてくださいッス!」

「……しょうがねぇな」


 こうしてモンスターになって早一日目。俺には子分ができたのであった。

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