第11話 因果応報

「……ケイムとの待ち合わせまで時間はあるし、悪いけど狩らせてもらうよ。セット、トライコーン。ミシカライズ!」


 腹部に強烈な衝撃を感じて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。何が、起きたのか、分からなかった。顔を上げてみれば、そこには今まで見たことがないほどに冷たい表情を浮かべているアビィがいた。


「ありがとね、スクーデリア」

「ブルルッ(お安い御用だ)」


 アビィは無表情でトライコーンの特徴的な金色の鬣を撫でた。そいつは俺がアビィにプレゼントした使えない奴だった。いつの間にか名前までつけていたみたいだ。


「ケイムが言ってたんだよね。カスレアはモンスターとしては弱いけど、魔力はたくさん持ってるから倒して吸収させれば良い養分になるって」

「ブルルルッ(ほう、あのクズ野郎が)」


 言葉は通じず、俺だとも理解してくれない。

 絶望的な状況の中、トライコーンの奴の言葉を理解できることに気がついた。石版大戦では使えない奴だったが、今はこいつに縋るしかない。


「ニャニャイ! ニャニャ、ニャンニャニャン!(待ってくれ! 俺だ、俺はお前の主人だったケイムだ!)」

「ヒィン?(何だと?)」


 俺の必死の訴えにトライコーンが反応してくれた。


「ニャンニャニャーゴ!(頼むよ! アビィに俺がケイムだって伝えてくれ!)」

「ん? 何て言ってるのかな? ま、いっか。スクーデリア、《逃がさないで! 〝グリンホーン!!!〟》」


 アビィの命令を受けたトライコーンは即座に動き出し、トライコーンの三本の角が輝く。


「ブルルッ(我の主人はアビィ殿だ。貴様ではない)」


 次の瞬間、俺の腹はトライコーンの三本の角に貫かれていた。


「ブル、ブルル……ヒヒィン(それに我が何を言ったところでモンスターの言葉など人には理解できまい……貴様がそうだったようにな)」

「ニャーゴ……!(てめぇ……!)」

「ヒヒィン(良いことを教えてやろう)」


 トライコーンは角から俺の魔力を吸い取ると、心底楽し気に告げた。


「ブルルヒヒヒィン!(貴様の使役するモンスター達はみんな貴様のことが大嫌いだったよ!)」


 そう叫ぶと、トライコーンは激しく首を振って俺を思いっ切り吹っ飛ばした。


「あー、もう! せっかくの養分が……」


 最後にアビィのそんな言葉が聞こえたが、もう何もかもどうでも良かった。

 頼みの綱である彼女にすらこんな仕打ちを受けるのだ。こんな体で生きていたってしょうがない。短い二度目の人生だったが、来世にかけた方がよっぽど有益だ。


 浮遊島を超えて吹き飛ばされたことで、俺の体は遥か下にあるアース神域まで自由落下の最中だ。頑丈なモンスターの肉体だろうと、助かる見込みはない。

 空を飛びながら薄れゆく意識の中、俺は静かに目を閉じた。ああ、願わくば次に生まれる時は人間でありますように。


「ターゲット、カスレア! インプリズン!」


 そんなとき、遠くから必死に叫ぶ女の子の声が聞こえた。

 バカだな。それはモンスターを石版に封じるときの詠唱だ。カスレアを攻撃したいのなら自分のモンスターを召喚しなきゃいけないというのに。


「インプリズン、インプリズン! インプリズン! お願い、届いて!」


 目を開けてみると、俺の上空にゴンドラゴンが飛んでいるのが見えた。そこから誰かが身を乗り出して俺にスマホを向けていた。


「セット、ゴブソイル。ミシカライズ!」


 そう唱えると、女の子は信じられないことにゴンドラゴンから飛び降りてきた。


「絶対に助けるから!」


 必死の形相で飛び込んできた女の子。その顔には見覚えがある。ゴンドラゴンでサインを書いてあげた俺のファンであり、かつて神童と呼ばれていたミシカライザー、レイナだ。


 理解ができない。どうして俺を助けようとするんだ。こんなカスレア如き、救う価値もないだろうに。

 あっという間に俺の高度へ追いついたレイナは俺を力強く抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫だからね」


 優しく俺を安心させるように語り掛けてくるが、現状まったく安心できる要素はない。飛行能力を持つモンスターでも使役しているのだろうか。


「マチョル、引き上げて!」


 レイナはゴンドラゴンに向けてそう叫ぶ。

 よく見てみればファンガールの足にはゴム製のロープが括り付けられていた。どうやらさっき召喚したモンスターが引き上げてくれるらしい。一歩間違えれば死にかけないのに、なんて無茶を……。


「無理矢理仲間にする形になっちゃってごめんなさい。緊急事態だから許してくれる? ターゲット、カスレア。インプリズン」


 既にボロボロで抵抗する力のなかった俺は、光の粒子となってレイナのスマホへと吸い込まれていくのであった。

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