第10話 たとえ姿形が変わろうとも
俺が何をしたっていうんだ。
俺はただ神剋のミシカライザーとして更なる高みを目指していただけだというのに、こんな仕打ちあんまりじゃないか。
もし人間に転生していたのならばまだ納得はできた。
保有する魔力量は才能に左右されるが、努力とモンスターの運用次第でその辺は後からどうにでもなる。ゼロからのスタートでもミシカライザーになれれば、何度でも神剋の称号を手にすることはできる。
アビィとのことだってそうだ。プロポーズしようと思った矢先にこんなことになってしまい、どうしろというのだ。
こんな得体の知れないモンスターに転生してしまってはどうすることもできない。そもそも俺が転生したこの猫はなんなんだ。
周囲には鏡も水溜まりもない。今はただ当てもなく歩き続けることしか俺にはできなかった。
それからどれくらい歩いただろうか。人間の体と違ってまったく疲れない肉体に違和感を覚えながらも足を止めずに進み続けると街が見えてきた。そこには見覚えがある。確かセレスティア神域首都ランドルクスから西部に位置する小さな浮遊島にある街エルミナだ。
誰でもいい。今はとにかく誰かに助けを求めるしかない。
俺は街の入口へと向かい、門番らしき男に声をかけることにした。
「ニャン、ニャニャン!(おい、そこのあんた!)」
「おっ、カスレアじゃねぇか」
「ニャ、ニャン?(は、カスレア?)」
門番の男が口にした言葉に俺は戦慄する。
カスレア。それは光属性のモンスターの種族名であり、一般的に珍しい割に弱いとされているモンスターの蔑称としても使われている。
そして、もう一つ。カスレアの知名度が高い理由がある。
「へへっ、倒すと良い養分になるってあのケイム選手も言ってたからな。こいつはラッキーだぜ」
それはカスレアが多くの魔力を内包し、倒した際に吸収できる魔力――通称、養分が多いという点だ。効率よく育成をするため、俺が発見して多くのミシカライザーに共有した情報なのでよく覚えている。
つまり、今の俺は見かけただけで誰もが血眼で狩る〝おいしい〟モンスターということになる。まずい、このままでは殺される。
「セット――痛っ!?」
ミシカライズと唱えられる前に俺は慌てて門番に飛び掛かり、口元を爪で引っ掻いた。
今はとにかく逃げなければ。
「カスレアだ! カスレアが出たぞ!」
「くそっ、待ちやがれ!」
「俺が先に狩る!」
「私が狩るわ!」
「待てよ、俺が先だ!」
背後からは俺を追ってくる大勢のミシカライザー達の声が聞こえる。感じたことのない恐怖が全身を襲う。何故だ、何故俺がこんな目に遭わなければならない。
「ニャニャ、ニャンニャニャン!(クソ、四足歩行だと走りづれぇ!)」
慣れない体で必死に逃げ、モンスターからの攻撃をよけたりしている内に、いつの間にか上体を起こして二足歩行で走れるようになった。
逃げる速度も上がったことで、俺は後ろから追ってくる集団をなんとか撒くことに成功した。
どこに行くあてもない俺は、路地裏に隠れて途方に暮れる。路地裏に隠れながら周囲の様子を窺うと、見覚えのある顔を見つけた。
空のように澄んだ青い瞳に、肩口まで伸びたウェーブがかかった髪が特徴的な背の高い女性。俺の彼女であるアビィだ。
俺が霊峰アルカンシエルから落ちてどれだけ経ったかわからないが、もしかして今日は約束の日なのではないだろうか。
それならば、アビィがこの場所にいるのも納得できる。
俺は路地裏を飛び出して急いで彼女の下へ向かう。大丈夫だ。アビィとは長い付き合いだ。姿が変わっても愛さえあれば俺だってわかってくれるはずだ。
「ニャニィ、ニャニャ! ニャニャガ!(アビィ、俺だ! ケイムだ!)」
必死に声を上げると、彼女はこちらに気付いてくれたようで駆け寄ってきた。良かった、これで助かる。
「カスレアが出たって本当だったんだ」
まさか、俺のことがわからないのか? そんな馬鹿なことあるわけがない。
「ニャニャン、ニャニャ! ニャニャンガ!(気づいてくれ、アビィ! 俺はケイムだ!)」
何年も一緒にいた恋人だ。たとえ姿形が変わろうともわかってくれる。そう信じて俺は何度も名前を呼び続けた。
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【お知らせ】
個人的な宣伝になります。
作者の別作品である「ルミナの聖剣~タイトル的にこいつが主人公だな!~」の書籍化が決定いたしました。
https://kakuyomu.jp/works/16818093074303862356
もしよかったらこちらもよろしくお願いいたします。
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