第9話 崩れ落ちる
アルコバレアスと戦闘を開始してから数時間が経過した。
「くそっ、纏う光で属性が変わるのか」
何度攻撃しても、その身に攻撃を命中させても、纏う光のオーラによってダメージが軽減されてしまう。なんて反則染みた特殊能力だ。
だが、逆に言えばこいつを使いこなせたとき、俺はミシカライザーとして更に強くなれる。
「ますます欲しくなったぞ、その力」
それにこちらは複数体で戦っているのだ。瞬時に属性を切り替えて対応しようと限界がある。
「セット、ヴェスピマキナ。ミシカライズ」
風属性のヴェスピマキナが攻撃すれば、即座に赤い光を纏って火属性に変化する。
「《突っ込め、ヴェスピマキナ。〝アクセルディザスター!!!〟》」
最初はこちらのモンスターの弱点を見抜いて的確に対応してきたが、今はもう対応しきれなくなっている。クロノガルムでさんざんデバフもかけさせ、耐久自慢のベアルゴンで攻撃を出させ続けて疲労もさせた。
もうヴェスピマキナの攻撃をどうにかできる体力は残っていないはずだ。
「ヴェビビビッ!」
「ルオォォォ!」
ヴェスピマキナは回転しながら風を纏い加速して突進する。自身すら傷つける特攻技の針に貫かれ、アルコバレアスは膝をついた。ふん、所詮虹の幻獣といってもこの程度か。
ミシカライザーの指示がないモンスターの実力などこんなものだ。俺がせいぜい有効に使ってやろう。
「ターゲット、アルコバレアス。インプリズン」
俺はスマホを取り出して空の石版をセットすると、アルコバレアスへとかざして石版の中へ封印した。アルコバレアスは光の粒子となってスマホの中へと吸い込まれていき、空の石板の色は虹色へと変化した。
「ったく、苦戦させやがって」
「ヴェ、スス……」
それと同時に気力で現界を保っていたヴェスピマキナも、光の粒子となってスマホへと帰っていった。
「ご苦労。よくやった」
防衛戦のときといい、ヴェスピマキナはよくやってくれた。サポートもあったから一匹の力ではないが、餌のグレードをもっと上げてもいいかもしれないな。
「っ!?」
アルコバレアス封じ手安堵したそのとき、急に足元が崩れた。咄嵯に手を伸ばしてみるも、虚しく空を切る。そのまま全身を浮遊感が襲い重力に従って体が落ちていく。
視界がスローモーションのようにゆっくりと流れる。そして、目の前にはポケットに入れていた婚約指輪が宙を舞っていた。
「セット、アルコバレアス! ミシカライズ!」
咄嗟に叫ぶ。他のモンスターは全員魔力を使い果たして治療中だ。再度召喚するには相当時間がかかる。
しかし、アルコバレアスが虹色の石版から召喚されることはなかった。
「くそっ、どうして召喚されねぇ!?」
俺は主人だ。魔力を流しているのに、召喚されないなんて許されることじゃない!
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!」
掴もうとした婚約指輪は俺の手を離れ、アルコバレアスは召喚されず。俺はそのまま真っ逆さまに落下していくのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目を覚ますと、俺の視界には雲一つない青空が広がっていた。
ここはどこだ? 確か俺はアルコバレアスを石版に戻して、それから――そうだ。
アルコバレアスを石版に封じたあと、地面が崩れて俺は霊峰アルカンシエルから滑落したんだ。
他の石版は戦闘不能になり呼び出せなかった。だからアルコバレアスを呼び出そうとしたのに、反応がなかったのだ。
つまり、俺はあの天空からそのまま落下したことになるのだが、不思議と体に痛みはなかった。
「ニャニャニャン、ニャーガ……(アルコバレアスの奴、ふざけやがって……)」
起き上がって俺をこんな目に遭わせてアルコバレアスに毒突くが、突然猫の鳴き声のようなものが聞こえてきた。
そのことに違和感を覚えた。
自分の声は聞こえず、周囲には何もいない。猫の鳴き声もまるで自分の口から発せられたような近さで聞こえた。
あり得ない、そんなことはあり得ない。
そう思いつつも、俺は恐る恐る自分の両手を見てみる。
「ニャッ!?」
そこにあったのは人間の手ではなかった。黒い地肌が白い体毛に覆われ、掌にはピンク色の肉球が着いた猫のような手。
慌てて体を弄ってみるが、鞄やスマホがないどころか、全身が体毛で覆われており、ご丁寧に尻尾まで着いていた。
「ニャンニャ、ニャンニャニャ(何で、こんなことに)」
かつて神話には人からモンスターになったという話もいくつか存在する。奇跡も魔法も当たり前に存在するこの世界であり得ないなんてことはあり得ない。
絶対に無事で済むはずがない場所から落ちたのに無傷で、肉体は猫のようなものになっている。答えは一つしかない。
どうやら俺は死んで、モンスターに転生してしまったようだった。
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