第38話 俺の役割

 召喚されて辺りを見渡してみると、そこには傷つき倒れている炎のような深紅の長髪が特徴的な竜人の少女と、彼女を取り囲むようにして攻撃を仕掛けているモンスター達の姿があった。

 あれは、確かサンドラか。


「バニラ! 《急いであの子を助けてあげて! 〝セイクリットダスター!!!〟》」


 レイナの魔力の籠った指示が飛ぶ。特訓後でほぼ魔力切れ状態だろうに、まだ魔力を絞り出すのか。

 今回は特に拒む理由もないため、素直に魔力を受け取って魔法を発動させる。


「ニャブ!?(危ね!?)」


 光を纏って加速したことで、なんとかグリムゾンの燃え盛る拳を掻い潜ってサンドラを救出することに成功した。


「チッ、またてめぇか」


 舌打ちが聞こえた方を振り向くと、そこには不機嫌そうな表情を浮かべたチャガが立っていた。


「人のトレーニングに割り込んできて、なんのつもりだ」

「トレーニングですって? こんなのただの虐待じゃない!」


 レイナは怒りを露わにして叫ぶ。目の前で倒れたサンドラを囲んで攻撃を続ける光景は、モンスター虐待と言われても否定はできないだろう。


「なんか勘違いしてるみてぇだな」


 しかし、チャガは全く意に介さずに鼻で笑い飛ばした。


「このトレーニングはそこのサンドラを鍛えるためのもんじゃねぇ。他の連中を鍛えるためのもんだ」

「チャガ選手、それなら訓練場の特殊サンドバッグを使用するべきです」


 モンスターをサンドバッグ代わりに使うチャガを許せないのか、アビィがチャガに詰め寄る。確かにチャガのやり方は合理性に欠ける。ただ魔法や技の練習がしたければ、自分の使役するモンスターを標的にする必要はないはずだ。


「それじゃダメだ」


 アビィの言葉を聞いて、チャガは面倒臭そうに大きなため息を吐き出すと、頭を掻きながら答えた。


「サンドラの特殊能力は〝逆鱗転火げきりんてんか〟。こいつが死にかけのときに出す炎は火力も含まれる魔力の濃度も段違いだ。それを他の連中に食わせれば急激な成長を促せるって寸法よ」


 そう言いながらチャガは腕を組み、口角を上げてニヤリと笑みを浮かべた。


「この方法を見つけてから俺のモンスター共は各段に強くなった。グリムゾンだけじゃねぇ。他の奴らもみんな炎を食える火属性のモンスターへ神化させた。その結果がこの前の新人王戦だ」


 チャガの話を聞き、俺はこいつに抱いていた違和感の正体がようやくわかった。

 何故、ジュニア部門で鳴かず飛ばずだったこいつが急激に台頭してきたか。どうして火属性のモンスターしか使役していないのか。

 その全ては火属性のモンスター限定のパワーレベリングを行うことによって、短期間で爆発的にモンスターを強くした結果だったのだ。


 そして、新人王戦優勝という結果から、こいつは自分の考えが間違っていなかったと確信したことだろう。


「キュ、ルゥ……(たす、けて……)」


 俺の腕の中でボロボロになったサンドラが弱々しく声を上げる。その姿が遠い昔見た何かと重なった。


「ニャウニャ!(レイナ!)」

「わかってるわ、バニラ」


 俺はレイナに向かって大声で呼びかけると、レイナはすぐに意図を察してくれたようだ。


「チャガ、この子をこれ以上傷つけたりしないで」

「はぁ?」


 レイナの言葉にチャガは顔を歪めて訝し気な視線を向けた。


「ミシカライザーにとって大切なのはモンスターとの信頼関係よ。こんなやり方じゃモンスターは応えてくれなくなるわ」

「ハッ、ぬるいこと言ってんじゃねぇよ」


 レイナの言葉を嘲笑うと、チャガは口角泡を飛ばしながら叫ぶ。


「ミシカライザーは勝てなきゃ意味がねぇんだよ! 俺様は勝ち続けた。モンスター達は俺が育てて勝てるようにしてやったんだ。こちとら金をもらって試合をするプロのミシカライザーとして役割を果たし続けてんだ。過去の栄光に縋るしかない負け犬に文句を言われる筋合いはねぇ!」


 チャガのやり方はともかく、言っていることは正しかった。

 ミシカライザーは勝てなきゃ意味がない。その考えは神剋のミシカライザーとして頂点に君臨し続けた俺の考えそのものだった。


「だったら、負け犬のあたしがあんたに勝てば考えを改めるのかしら」

「なんだと?」


 レイナの言葉にチャガは怪訝な表情を浮かべる。そんな彼に向かってレイナは堂々と宣戦布告をする。


「チャガ・ソック! あんたに石版大戦を申し込むわ!」

「……ほう」


 レイナの宣戦布告に対して、チャガは顎に手を当てて考え込む仕草を見せる。

 そして、何か思いついたような顔をすると、口の端を歪めて笑みを作った。


「じゃあ、俺が勝ったらてめぇは〝オワコンミシカライザーが調子に乗ってすみませんでした〟ってプラカードをぶら下げて全裸でアーバンロック中を歩き回れ」

「上等じゃない! あたしが勝ったらその子をもらうわ!」

「ちょっと、レイナ!?」


 とんでもない条件を飲んでしまったレイナに、アビィは激しく狼狽している。

 無理もない。普通に考えれば、今のレイナがチャガに勝つことなど万に一つもないからである。


 ただ、その万に一つをレイナに掴ませる。それこそが今の俺の役割だった。

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