第15話 レベルの低い野良試合

 モンスターに転生してからわかったことがある。


『セット、ゴブソイル。ミシカライズ!』


 レイナがそう唱えるのと同時に、先ほどまで隣にいたマチョルの姿が消える。スマホから外の世界に召喚されたからだ。


『マチョル、張り切っていくわよ!』

『ギギッ!(了解ッス!)』


 石版大戦中、スマホの中で控えているモンスターはミシカライザーの視界を通して外の様子を窺い知ることができるらしい。……あいつらも、俺と同じ景色を見ていたのだろうか。


『セット、グランドーガ。ミシカライズ!』


 少年の声に呼応するように、厳つい顔をした褐色肌の鬼が召喚される。


『まさか同種の対決になるとは思わなかったよ。それじゃ、最初の一手はそちらからどうぞ』

『グム(俺もそれで構わん)』


 石版大戦の相手はどこか拗らせてそうな少年だった。彼の使役しているモンスターはグランドーガ。大量の魔力を摂取して神化が進んだゴブソイルの成長した姿だ。


『余裕ぶっちゃって……マチョル、《最初から全力でいくわよ〝怪力棍棒!!!〟》』


 レイナの指示を受けたマチョルへと魔力が流れ込む。それと同時にマチョルの筋肉が隆起する。

 怪力棍棒は、ゴブソイルが最初から使える基本的な攻撃方法だ。小柄な肉体に宿る怪力。それを一時的に強化して、持っている棍棒で殴る。ただそれだけ。特殊能力もない、魔法も使えない。そんなゴブソイルの強みは筋力だ。

 武器を持ち、怪力を活用したゴリ推し。戦略などいらないシンプルな暴力ほど使いやすいものはない。


『ギッシャァ!』


 マチョルは吠えると、猛然と駆け出す。距離を詰めると棍棒を振り下ろした。

 重い衝撃音が響く。マチョルの一撃は、直撃すればただでは済まないだろう。


『グゥム(なかなか筋がいいな坊主)』


 だが、相手は自分の種族が神化した姿。完全な上位互換相手に、マチョルが力で勝てる道理はない。マチョルの渾身の一撃は片手で受け止められてしまっていた。

 人間の子供程度の体躯しかない小柄なマチョルと違い、グランドーガは人間の大人よりも一回りも二回りも大きな体躯をしている。

 使用している武器も金棒。木製の棍棒で勝負になるわけもない。


『今度はこっちの番だね。グリム、《こっちは〝怪力金棒〟だ》』

『グゥム!(承知した!)』


 グリムと呼ばれたグランドーガはお返しとばかりに、金棒を振るう。見た目通りのパワフルな一撃が振り下ろされる。単純な腕力はゴブソイルの数倍はあるだろう。まともに食らえば即死だ。


『マチョル! 《棍棒でガードして!》』

『ギギッ!(了解ッス!)』


 マチョルは必殺の一撃をなんとか棍棒でガードするが、衝撃はマチョルの身体を通じて地面へと流れ、マチョルを中心に小さなクレーターができた。

 今の判断は悪くない。判断が遅れれば一瞬で敗北していたというのに、咄嗟に武器を利用した防御が思いつくのは、棍棒を武器として扱うゴブソイルの特徴をよく勉強しているといえるだろう。


「って、何真剣に批評してんだ……」


 どうせマチョルは負ける。そして、俺を次鋒で召喚したところで勝てる見込みはないのだ。

 こんなレベルの低い野良試合、見る価値もない。

 何度か似たような攻防を繰り返し、レイナは指示の内容を変え始めた。


『マチョル、とにかく攻撃あるのみよ! 《連続で〝怪力棍棒!!!〟》』


 レイナに表情には焦りが見せる。どうやら、魔力切れを心配して短期決戦にもつれ込む腹積もりのようだ。

 わかっていない。マチョルの体力を温存して、俺を召喚する。それから俺の特殊能力を駆使して一瞬でグランドーガにデバフをかける。

 そして、マチョルに比べればカスみたいな身体能力の俺に攻撃を受けさせ、攻撃後に相手に隙が生じた瞬間、再びマチョルを繰り出す。いわゆる死に出しという戦術。これが現状から導き出される最善手だ。


 デバフを掛けつつ、死に出しする。これしか勝ち筋は残されていない。

 相手もグランドーガ一体でレイナのモンスターを相手取っている。ハンデありとはいえ、十分に勝てる試合内容だ。


『マチョル、《頑張って!》』


 石版大戦において俺が一番嫌いなこと。それは勝ち筋を捨てて負けを受け入れることだ。

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